悪役令嬢、海底に沈む
「ここはいずれ海に沈む。この部屋にこれだけの人数がいて、空気は何時間持つかな」
スキンヘッドの男の声が、海辺の崖の下の、小さな隠し部屋に響いた。
部屋の中には、義賊『ピュアカルマ』のメンバーと、人身売買のために捕らえられた人達合わせて十数人いる。
ロープで腕を括られた口を塞がれていた人はロープを解いたが、厳重に鍵をかけて閉じ込められてしまっては、逃げることはできなさそうだった。
アラン皇子のところに送られてきた嘆願書の1つ。村長を殺した犯人を捕まえて欲しいと送られてきた手紙と念写の映像。そこに隠された教会の横の畑に積み重ねられた死体の映像。
それは、未来の私達の姿のようだ。。
ベック達が扉に勢いをつけてぶつかっても、扉はびくともしなかった。
「馬鹿力のベックがいてもダメなんて、、、」
「何か方法があるはずだ。落ち込むくらいならここからでる方法を探すぞ」
ベックは励ますように声をかけてくる。こんな時に前向きな発言ができるなんて、本当にベックはベックだと思う。
「でも、、、」
ぐるりと私は部屋の中を見渡す。
ベックの背中にある大剣は、天井も低く人が敷き詰めあう小さな部屋では振り回せない。私の微力な闇魔法も、この狭い中で使用したら、下手したら捕らえられた人が吸収されて死んでしまうかもしれなかった。試しに使うには危険すぎる。
マイリントアの衝撃波は威力が強すぎて、間違いなく全滅してしまう。
「、、、こんな状態でどうしようも、、、」
「どうせ死ぬなら、ダメ元でワレが魔法を試してみようか」
「ちょ、ちょっと。マイリン。ここは崖の下にある洞窟でしょ?上の壁が壊れたら、皆、潰れちゃうわ。絶対やめて」
「じゃあどうするのじゃ。海水が満ちてきたら、水圧でそれこそ扉は開かんくなるぞ。まだ潮が満ちていない今しかあるまい。のんびりしてる時間はないぞ」
この部屋の扉の前に海水が満ちたら、部屋の中の空気だけでは酸素が足りなくなって窒息死してしまう。
部屋を壊したら天井から崖が崩れてきて圧迫死。
海水が満ちた状態で少しでも穴が空こうものなら、海水が入って溺死。
これって絶対詰んでるわよね、、、。
「マイリントア。最近、生活魔法の修行頑張ってるんでしょ。鍵を開ける魔法とかないの?」
「ワレは別に『生活魔法』を修行しておるわけではないけどな。ーーー鍵をあける魔法はあるぞ」
「え?」
私は期待に顔が綻ぶ。
「じゃが、鍵は外にあるからなぁ。手元に鍵がないと開けられんのじゃ」
「あーーー」
がっくりと私は項垂れた。
『ピュアカルマ』のメンバーはともかく、人身売買のために捕らえられていた人達の疲労の色は濃い。冬は近いとはいえ、脱水を起こしているかもしれなかった。
「マイリン、、、可能性だけど、この中に何かの魔法を使える人はいないの?マイリンがその人の魔力使って、、、」
「ワレもそれは考えたんじゃがな。、、、この中で一番魔力があるのは、リネじゃぞ」
「、、、、、」
ほぼ魔力のない私が、この中で一番の魔力持ち。
それは絶望的だった。
時間は刻々と過ぎていく。
マイリントアが生活魔法『保清』で多少は空気も綺麗になると、空気を調整してくれているので、少しは息苦しさも薄れたが、やはり人数が多い分、ただの生活魔法程度で長くは持ちそうになかった。次の干潮までは無理だろうとマイリントアは言う。
私は体操座りのような体勢で頭を下げる。
ーーー昔聞いた、水没してドアにかかる水圧の話を思い出していた。
50センチくらいの高さになると、100キロくらいの圧がドアにかかるらしい。
今、多分そのくらいだ。鍵さえ開いてしまえば、ベックをはじめ、他の人達でドアの圧力に対抗できるかもしれない。
しかしこれ以上の海水が溜まると、ドアにかかる圧力で、どんなに人数を増やしても対抗できなくなるだろう。
鍵だ。鍵さえ開けらればーーー。
私は必死に考えるが、どうしても良い方法を思い付かなかった。
いや、実は1つだけ頭に過る方法がある。
しかしそれは人としてやってはいけないことのようで、、、。どうしても躊躇われた。
『転移の魔道具』
マイリントアは持っている。
ただ、転移の魔道具は最大3人しか人を移動できない。マイリントアがそれを出してくれたとしても、魔道具を使えなかった多くの人の命が奪われてしまう。しかも転移の魔道具があるなんてことを言ったら、魔道具で逃げる席を求めて争いが起こるだろう。こんなところで、そんな醜い争いが起こるなんてーーー地獄以外の何ものでもない。
すでに、部屋の中は絶望と恐怖で泣き出す人が大半だった。はじめ怒っていた人も哀しみが強くなり、死という避けれない絶望に今は襲われている。
転移の魔道具はダメだ。助かるなら全員助からなければーーー。
、、、、でも。
空気が少しずつ濁り、頭がぼんやりする中で、私は同じことをグルグルと考えていた。
未来の、死亡している自分の映像。
転移の魔道具。
海辺の教会。
ーーーその横の畑の死体の山。
教会の司祭。シスター。スキンヘッドの男。
村長を刺したナイフ。
カナドル伯爵の紋章。
崖の下の隠し場所。
海辺の教会と畑だけの映像。
ふと。
村長1人が倒れた映像が頭に強く浮かんだ。
あれは念写だとマイリントアは言った。
それなら多少工夫できるかもしれない。
だけど、皇太子に送るくらいの手紙だ。村長を殺した人を探してくれと。
あのーーー村長の映像は、間違いなく、その瞬間『見た』映像なのだろう。
村長の背中にカナドル伯爵の紋章をつけたナイフが刺してあった。
そのナイフの存在は、あとから確認にきた人には知らされていない。多分、刺してすぐに抜かれたからだ。刺した犯人によって。
ーーーということは、目撃者は、犯人と同じ場所にいたはずだ。犯人が村長を刺したときに、その場に。
あの村長に刺さったナイフ。全く血が出ていなかった。あの刺し方。カナドル伯爵の首を一刺しで殺したあのナイフのそれに似ている。あえて血を出さないようにした、プロの仕業だろう。
犯人を探してくれという目撃者は、犯人の仲間である可能性が高い。それならば、なぜ、皇太子に依頼するのか。
「ーーリネ」
マイリントアが私を呼んだ。マイリントアは、重い雰囲気で声をかけてくる。
「もう随分時間が経った。リネの気持ちを汲んで、ワレも尽力して待ったが、もうこれ以上は、、、。ワレらだけでも転移の魔道具で」
私は兜の奥でにっこりと笑う。
「マイリン。私、気付いちゃったんだ。犯人。やっつけに行こうかーーー皆で」
「ーーーー???とうとう恐怖で狂ったか」
マイリントアは声に出す。
、、、海は、満潮の水位に達しようとしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
海辺の教会の中。
礼拝堂を掃除していたシスターが、悲しそうな顔をしながら司祭に言う。
「ーーーあそこまでしなくても良かったのではないのですか」
司祭はーーいや、司祭の格好をした男は、うっすらと笑った。
「情報を握る人間は、1人でも少ない方がいい。シスター。貴女も同じ目に遭いたくなかったら、素直に従っていた方がいいと思うぞ。あの『隠し場所』を知って殺された村長のようにもなりたくないだろう」
シスターは俯いて黙る。
ふふと司祭の姿をした男はほくそ笑んだ。
「ーーそう。いつものように黙っているのが一番だ。シスター、貴女はこの教会の管理者。ここは我々の隠れ蓑にはちょうど良くてね。そうでなければこれほど事情を知っている人間を生かしはしないんだが」
「ーーーいつか神の罰が下るでしょう。私も、貴方も」
はははと男は笑った。
「その時はちゃんと神に祈るさ。本当に罰が下るなら、な。今日はやけに口数が多いようだが、本当に死にたいのか?」
シスターは悔しそうに唇を噛む。
シスターは持っている箒を止めて、教会を見渡した。「ーーーーあの方は、まだ戻られないのですか?」
「あの方?あぁ、あいつか。もうすぐ戻るだろう。海に沈めた奴らが気になるなんてな。今頃、皆、窒息してる頃だろうに。心配症なやつだ」
「心配症の方がプロには向いているんだって」
突然、聞き慣れない声が教会の礼拝堂に響いて、司祭の格好をした男は慌てて辺りを見渡した。
私は換気のために開いていた窓を、剣でスパンと切り落とした。窓の奥に私のーーー白鎧の姿を見つけて、男は後退りした。
「っっっな。なんでお前がここにっ」
「言ったはずだけど。『また来ます』って」
窓を乗り越えて、私は教会の中に入り込む。私の後ろから、ベックとマイリントアとーーそして『ピュアカルマ』のメンバーが続いた。
司祭の格好をした男は今度こそ驚いて、祭壇の後ろに回った。
「なんでお前らまで生きているんだっ。あいつがーーーゲオルが裏切ったのか?」
「ゲイル?ゲイルって名前だったかな。ーーーいかんな、一緒に行動するならせめて、名前は覚えるようにした方がいいな」
ベックは笑う。その肩には、気絶したゲイルという男が担がれていた。彼のスキンヘッドが光る。
「ーーーゲイルっ!?」
私はそのゲイルと呼ばれた男を見る。
「あの部屋を脱出して、崖から上に上がったらこの男が戻ってきてたんだ。自分達の姿を見て、すぐに逃げ出そうとしてたけどね。犯人は現場に戻るとは聞くけど、これはちょっとお粗末だったね」
満潮になって海から崖へ上がるのは比較的、簡単な作業だった。崖を登ってスキンヘッドのゲイルという男を見つけて、逃げたゲイルをベックはものすごい速さで追いかけた。ダンジョンでも思ったけど、ベックは体格が熊のようなのに身体は俊敏なのだ。追われる身としては物凄く怖いだろう。
追い付いたベックは、背中に担いだ身体ほどの大きさのある大剣を抜いて、そのままゲイルに振り下ろした。
巨大なモンスターでさえ一撃で仕留める剣だ。
これは死んだな、と目を伏せたが、一応、当て身で済ませたらしい。ゲイルは死んでいなかった。その代わり、気絶してから未だにゲイルは目を醒まさない。
ベックはあまり怒らせない方が良さそうだ。
司祭の格好の男は叫ぶ。
「ベックが裏切ったわけではないのなら、どうやってあの部屋から出れたんだっ?あそこは厳重に何個もの鍵をかけてーーー。扉も海水が入らないように完全に密閉できる仕組みのはずなのに」
「ヒントは、水圧ーーーかな」
私はほほえんだ。
あの時。
私は思い付いたのだ。
マイリントアが、扉の裏にさえ行ければ鍵を開けられることがわかって。そこには転移の魔道具もあって。あとはマイリントアを転移の魔道具で扉の外に行ってもらい、鍵を魔法で全部開けてもらえば良かった。
ただ問題は、水圧によって重くなった扉をどうやって開けるかということだった。それができなければ、部屋の中の全員が助かることはできない。
マイリントアの魔法と転移の魔道具のことに気がついたときには、もう海水は扉の上の方まであがってきていて、とても数人の人間の力では開けられそうになかった。
その時、車が浸水したトラブルの回避方法が頭を過った。
車が水に沈み出し水中で斜めになって半分水に浮いている時は、水圧でドアは絶対に開かない。しかし車が全部沈んでしまうと、扉にかかる水圧が減り、ドアから脱出できるのだと。
もしかして、という思いがあった。
いや、これしか方法はないと信じるしかなかった。
私は扉が海水に全て沈むのを待った。
そして時がきて。
マイリントアは泳げないというので、私がマイリントアと転移の魔道具で扉の反対側まで飛んだ。マイリントアの場所指定の魔法は本当に正確で、ちゃんと扉の向こうに飛べた時は感動した。
泳げないマイリントアの身体をしっかりと支え、マイリントアは数多い鍵を外していく。
全部外し終わって、ベックに合図をすると、ベック達は力を合わせて、扉を押し開けた。
海水が小屋の中に押し寄せてきて、何人かがその水の勢いで溺れた。水圧で気を失う人もいた。
ベック達はその人達をそれぞれ海上まで運んでいくのに精一杯だったようだ。
その横で。
重量魔法で水中でも鎧を軽くさせれるはずのマイリントアは、私の手の中で溺れかけていた。だから私の鎧が一気に重くなってしまい、私の身体は鎧の重さで沈もうとしていた。
「ひゃ」
と私は水の中で声を上げる。
「死ぬ!」
水の中で叫ぶが、口から空気が漏れるばかり。
だが、運良く海水の中でベックと目が合った。
私がジェスチャーでベックにマイリントアを海上まで連れていってもらうと、マイリントアは落ち着きを取り戻し、ようやく改めてマイリントアが私に重力魔法をかけてくれた。
あと少し遅ければ、私は海中で窒息死していただろうと思う。
九死に一生とはこのことだと胸を撫で下ろした。
そんなことがあの場所であったわけで。
そして私は、そんな内容を説明してやる気にもなれすま、「水圧」という言葉で片付けて、ドヤ顔をしてみせた。
「水圧、、、?」
司祭の格好をした男は、当たり前だが、私の言うことが全くわかる様子はない。
「ーーーみんなの協力のおかげってこと。さぁ、貴方達の会話は聞かせて貰ったよ。このゲイルという男ももう役に立たないし、そのシスターも無理やり荷担させられてるみたいだし。あとは貴方だけだね」
□さん△さん、やってしまいなさいーーー。
言ってみたかったが、その言葉を理解できる人は、この世界には殆どいないので、私は頭の中だけで唱えた。
そして司祭の格好をした男は、あっさり捕まった。
私は白い布を頭から下げたシスターに向かう。
「ーーー村長の死の映像を皇太子に送ったのは、貴女ですね」
シスターは私の言葉に、はっとしてみせた。
「で、ではもしかして、貴方は皇太子様のーーー」
シスターが言葉を続けようとしたので、私は口元に指を当てて「お静かにお願いします」と言った。
「犯行現場を見ることができて、さっきの彼らに不本意にも荷担させられている。それはシスター、貴女しかいないので」
シスターは私の前で手を組み合わせ、祈るように目を閉じた。
「、、、そうなのです。あの男達が急に教会に乗り込んできて、教会を住処としてしまいました。私は彼らが悪いことをしているとは知っておきながら、、、怖くて何もできず。ーーーでも、善良な老人である村長を、隠し場所を見つけられたという理由だけで、私の目の前で殺されてしまいました。ーーー私は、とても許せることではないとーーー」
「それで、念写をして、手紙として送ったのですね」
「えぇ。はじめは領主のカナドル伯爵に手紙を出したのですが、取り次いで貰えず」
それは伯爵があいつらの仲間だったのだから、揉み消されるに決まっている。
「そうでしたか。でも、事件が解決できて本当に良かった。人身売買など、決してあってはならないことですからね」
「その通りです。多くの命を助けていただき、ありがとうございました」
シスターは、また深々と頭を下げた。
あまりに感謝されると照れ臭く、いやいやと私は手を振ってシスターから離れた。
本当は、シスターは犯行を知りながら黙っていたという罪に問われるはずだ。しかし、シスターも被害者である。
自分が皇太子に助けを呼んだのだとバレたら、ただじゃ済まなかったかもしれないのに、勇気を出して手紙を出した。これで犯人扱いされたら可哀想だと、私はシスターのことは黙っておくことにした。彼らはシスターの知らないところで勝手に教会に住み着いて、悪さをしていただけのことだとーーー。
ふと、マイリントアが微妙な顔をしているのに気がついた。
「どうしたの?」
とマイリントアに聞く。
「、、、いやのぉ。あのシスター。あの映像を念写したのはあやつで間違いないんじゃが、ーーー心の声が読めなくてな。普通、そんなことはないんじゃが、、、」
「神に遣える存在だから、心の声と表の声が同じなんじゃないの?」
「そうかのぉ」
実は。私も本当は、あの部屋の中で『犯人』と思ったのはシスターの方だった。
シスターの癖のない仕草、足音のなさ。
まるでロジーのようだと思った。
村長殺害もカナドル伯爵殺害も、プロの犯行だと気がついた時に、私はシスターが犯人だと直感が働いたのだ。
でもこの教会にきて、シスターとあの司祭のふりをした男の会話を聞いて、シスターが犯人ではないことを知った。
そう考えると、シスターは神に遣える身なのだから、足音が立たないように静かに歩いたり、淑やかな行動をとって当たり前なのだと考え直した。
あんなに優しそうなシスターが犯人だなんて、少しでも考えてしまった自分が恥ずかしかった。
「さ。遅くなっちゃったね。マイリントア、帰ろうか」
私はマイリントアを促す。
「そうじゃな。死体がワレの予想と違うものではあったが、謎が解決したのは良いことじゃ。暇潰しにはなったぞ。ホッホッホッホッ」
マイリントアにあの未来の映像を見せて貰うと、もう畑の上に死体の山はなくなっていた。
私達は死なずに済んだのだ。
すっきりした気持ちで、私とマイリントアは転移の魔道具を使い、グランドロス公爵邸に帰っていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
それは夜。静かな教会の中。
寂れた教会など、訪れる人間は殆どいない。
シスターは明かりもつけず掃除をしながら、礼拝堂で1人、讃美歌を歌った。
足下で、ざわりと何かが揺れ動く。
「、、、ふふふ。良い子ね」
遠くから、波の音が聞こえる。
ようやく取り戻した静寂。
「ーーー捕まって良かったわ。あんな人達」
ぼそりと言った言葉は、闇に消えていく。
白鎧の彼らが教会に近づくのがわかって、すぐにあの人を責めたてた。それをちゃんと見てくれて良かった。
やつらを捕まえてもらうために手紙を送ったのに、自分まで捕まったら意味がない。
「人身売買なんて、目立つことされたら困るのよ。知られたら困るの。こっちは神聖なる行為があるっていうのに、、、」
聖なる行為には時間がかかる。
せっかくだから、海で死んだ死体を使わせて貰おうと思っていたけど、まさかあそこから上手に逃げ出せるなんて思わなかった。
また、1から始めなくては。
時間はかかるが、仕方ない。
使命があるのだ。
ーーー教会の横の畑に。
死体の山を作らなくては。
ここが、その『場所』なのだからーーーーー。




