悪役令嬢、海辺の教会を怪しむ
「ーーーなんで自分達が死んでるの」
念写映像を見て、私は呆然としながら呟いた。
カナドル伯爵の屋敷の中。
倒れた警備隊の連中は広間で縛って動けないようにした。他の『ピュアカルマ』の連中が屋敷内をくまなく調べているが、めぼしい情報は見当たらなさそうだった。
その中で、私とベックとマイリントアは、マイリントアの持っていた念写の映像を眺めている。
「はぁ?なんだそれ。自分達って、俺も入ってるのか?」
何も事情を知らないベックが、眉間に皺を寄せつつ念写映像を覗き見る。そして驚きでぱっくりと口を開けた。
「ーーーなんだこれ。見たことあるやつばっかりじゃねぇか。『ピュアカルマ』のーーー」
ピュアカルマ。最近活動が活発になったレジスタンスの中の義賊。
義賊を歓迎する民衆は多いが、義賊といっても盗賊は盗賊であって、反帝国を掲げるレジスタンスは私の周りの人達にとっても頭の痛い問題だった。
ピュアカルマなんて偽善者だ、胸糞悪い。私が捕まえてやる、、、なんて言ったばっかりだったのに。
カナドル伯爵の屋敷に入ってみたら、カナドル伯爵の態度があまりに酷く、人を人と思わない様子に私も怒り爆発してしまって。
つい、ベックの味方をしてしまった。
そしてまさかベックが『ピュアカルマ』の一員だったなんて、思いもしなかった。
「大体、なんでベックが『ピュアカルマ』に入ってるんだよ。じゃああれか?さっき海辺にいた連中は、みんな『ピュアカルマ』の?」
ベックは気まずそうに頭を掻く。
「、、、バレちゃ仕方ねぇな。俺も、はじめはなんとなく付き合わされて『ピュアカルマ』に入っただけだったんだがな。やり出してみると、あの貴族ら、ほんと最低な奴らばっかりでな。なんかもう、許せなくなってしまってなぁ」
ため息をついて、ベックは続ける。
「ーー勿論、貴族が悪い奴らばかりとは思っちゃいねぇよ。でも、貴族が悪いやつだったとしても、平民に貴族を裁く機会はねぇんだ。反発しても、かえって酷い目に遭う。何も悪いことをしていなくても、下手したら殺されるんだ。そんなのーーーおかしいだろ」
ベックの言葉に、私は黙る。
そう言われると、確かにと思ってしまう自分もいる。ーーーでもーーー。
「、、、他に方法も探せばあるんじゃないの。貴族の、もっと上の人ならその人を罰することができるんじゃ」
ベックは笑った。
「その『上の貴族』にどうやって会うんだよ。それこそ天上の人だろうが。俺達のことなんて全く気にもしねぇよ」
「っそんなことない」
私は即座に否定した。
アラン皇子は、村人からもらった手紙もちゃんと目を通している。すぐには対応できなくても、一つ一つ、忙しい中でも調べて、解決に向けて動いているのだ。
ーーーだが、そのことは言えない。
ベックの知る私は公爵令嬢のリーネではないし、アラン皇子も皇太子であることを隠してスタジアムの建設に携わった。今まで王家に隠していた亜人を、皇太子が雇うということで起こりうるトラブルを避けるためだ。亜人の中には、長年亜人のことを見放していたと王家を恨む者もいるかもしれない。しばらくスタジアムに缶詰めになっていたアラン皇子を守るためには、そうするのが一番だった。
「いきなりどうした?」
突然大きな声を出した私にベックは驚いて、兜を被った私を見つめた。
「、、、そんなこと、ないよ。今の皇太子は良い人らしいし。国民想いで国民のために頑張ってるとか」
そのようにしか言えない自分が悔しかった。
「皇太子なぁ。その人は悪い人じゃないと言う人も多いが。だが皇帝がダメだろ。集めた税を贅沢に使って、国も守れないくせに最近は他国にばかり攻めてやがる。戦争に駆り出されることになったところは、男手がいなくなって相当厳しいらしいぞ」
「それは、、、、」
否定しようとしたが、そこは間違いなく事実だったので否定もできない。
「、、、そうだけど」
「だろ。今の皇帝も、前は悪い皇帝じゃなかったらしいからな。皇太子も今はよくても、いつか皇帝になったら変わるんじゃないのか。権力は人を変えるからな」
「、、、、、、」
そんなことないと否定したいのに、やっぱり否定できない。ーーー人は確かに変わる。
私がこの世界に来てからだけでも、色んなことが変わったのは事実なのだから。
私が沈んだ様子を見て、ベックは明るく笑った。
「まぁ、別に、今すぐ俺達が王家にどうこうしようってわけじゃないからな。とりあえず俺達の周りにいる悪い貴族達を懲らしめる。そしたら、そいつに苦しめられていた人達が幸せになれるだろ。偽善者と言われるかもしれないが、やっぱり人が苦しんでいる姿は見たくない。俺はーーーそれだけなんだ」
それがベックの『ピュアカルマ』にいる理由。
私には、それを否定するだけの思想はなかった。
「ーーーリネもさ。興味があれば『ピュアカルマ』に入らないか。お前強いし、いてくれると助かるんだが」
「え?」
私は顔を上げる。慌てて手を振って拒否した。
現皇太子の婚約者が反帝国軍に入るなんて、冗談にもならない。
「無理無理。それだけは絶対無理だから」
「ーーーそうか。残念だが、そこまで否定するやつを無理やりは入れれないな」
ベックは少し寂しそうにしてみせる。
「それで?なんでその紙には、俺達『ピュアカルマ』の連中が死んでるように映っているんだ。他の知らない奴もいるけど、リネ、お前もいるんだろ。いたずらにしちゃ趣味が悪すぎる」
そういうベックに、私とマイリントアは目を合わせて頷く。そしてベックには改めて、アラン皇子のところに届いたものであることを除いて、その念写の映像の理由を説明した。
ベックでもやはり、驚きを隠せないようだった。
「ーーー未来の映像、、、だって?」
「そうなんじゃよ。ただ、いつの未来かまでは、わかっておらんからのぉ。明日かもしれんし数年後かもしれんし。そればっかりはなんとも、じゃな」
「ふぅん。ーーー面白いな」
ベックはにかっと笑う。
「面白い、だって?」
「いや、俺達が死ぬのが面白いわけじゃねぇよ?ただ、俺はそんな魔法使えないからな。こんな、自分達の見る映像と全く同じものを紙に映すことができるのも面白いし、隠すこともできるんだろ。しかも未来をも見せれるなんてーーー面白ぇじゃねぇか」
見る人によって考えは様々だと、つくづく思う。
「つまり、この念写を映した人間が、この村長が死んでいる姿を見たということだろ?でもその事を見たという事実をどっかの誰かに知られたくないから、映像を隠してリネ達のところに届けたと」
「そういうことじゃな」
「でもその人間は、自分が未来を予知して映像にできることを知らないって?ーーーなんで、知らないってわかるんだ?」
「理解している人間なら、こんなお粗末な封筒に入れたりせんよ。こんな能力があると知れたら、それこそ引く手あまた。どんなことをしてもこの人物を欲しがる人がでてくるじゃろうて。そしてこんな能力をどうやってでも欲しがるような人間は、この能力者をろくなことに使わんじゃろな」
私は首を傾げる。
「本人が使えるって言わなきゃ、バレないんじゃないの?」
「これは魔法じゃからなぁ。魔法にはどうしても痕跡が残る。ーーー見る人がみれば、どの魔法をどの人が使ったかなんて、すぐにわかるものじゃよ」
「へぇ。そうなんだ」
私は念写映像の紙を持って、透かしたり横にしたり、試してみる。しかし全く痕跡など気が付かなかった。
マイリントアはくつくつと笑う。
「すごく繊細な作業じゃからな。大雑把なリネには、とてもとても。リネのは砂鉄を大きな熊手で取ろうとするようなものじゃよ」
「それじゃ無理だな」
ベックがすぐに納得するから、私はぶすくれる。
「そこまで大雑把じゃないから」
私がそう言うと、ベックは楽しそうに笑った。
「しかし、ほんとすごいな。この映像。誰もいないものと、村長1人のものと、こんなに沢山の死体のものと。あまりに違いすぎるよな」
ためつすがめつして、ベックは映像を眺める。
「ーーーあれ」
ベックは、村長1人の倒れた映像のところで、首を捻った。
「村長、これ、刺されていないか?」
「刺されておるのじゃよ。殺人じゃからなぁ。背中を刺されて殺されたらしいぞ」
「この背中に刺さったナイフ。ーーーこの紋章、どこかで見たことないか、、、、?」
「紋章?どこにーーーあぁ、本当だ。小さいけど、ちゃんと紋章映ってるね。じゃあこの紋章を調べれば、犯人が誰か、、、、」
そして私も首を傾げる。
その紋章を見て、何か見覚えがある気がした。
どこだっけ。すごく最近だ。
ーーーそう。この屋敷を見た時。
外の玄関前に旗が1枚大きく飾られていて。
私はくるりと首を回して、今いる大広間の大時計の横、賞状やトロフィーなどを飾るキャビネットを見つめた。そこに、この家の持ち主の紋章が飾ってある。
ーーー写真の中のナイフに描かれている紋章と、全く同じ紋章だった。
「、、、なんで村長を刺したナイフにカナドル伯爵の紋章が」
「普通に考えるとカナドル伯爵の関係者が、村長を殺したんじゃろうけどなぁ」
「カナドル伯爵を犯人に仕立てるためにカナドル伯爵の紋章を使ったとか」
「少なくとも、この村長の死にカナドル伯爵が関係しているという情報が全く回ってないということは、刺してすぐ抜いたのじゃろう。それならば、カナドル伯爵に罪を押し付けることもできんな」
私はまたマイリントアと目を合わせた。
「ーーーということは、犯人はカナドル伯爵関係者?」
「ーーーの、可能性が高いかもな」
善良だった村長が、教会横の畑で殺された。
その村長がカナドル伯爵関係者から殺されたかもしれない。あの場所はカナドル伯爵関係者が関わる場所ということになる。
そしてあの畑には、どこかの未来で、ベックや私が死体になって山積みにされるのだ。
私は窓から見える、白んでいく空を眺めた。
「ーーー行くしかないか」
呟いた私に、マイリントアは頷く。
「そのようじゃの」
行けば死ぬかもしれない。でも行かなくても、どこかで死んであの畑に捨てられるかもしれない。
少なくとも未来の私は、あの場所で死んでいる。
ーーー逃げるより、真実に立ち向かいたいと思った。
※※※※※※※※※※※※※※
私はベック達と別行動で、あの時の教会に向かった。
ベック達も後で教会に合流するという。
私は5メートルほどある高さの断崖絶壁が続く道を歩き、海の近くにある教会に再び足を運んだ。
明るくなってから海辺の教会を見ても、やはり廃墟のような廃れ具合は変わらない。敷地内の雑草は生えまくって、教会の外と判別がつかない状態になっている。
そしてあの時、夜中に聞こえた讃美歌は、朝になったというのに聞こえてこなかった。
「この教会は、隣の畑の死体と関係あるのかしら」
「さぁてのぉ、ここら辺りにはこの教会と畑しかないからなぁ。関係ないという方が難しいじゃろうが」
「、、、そうよねぇ」
私は勇気を出して、教会の敷地に足を踏み入れた。
教会の正面入口までは気持ち程度だけ、雑草が減らされている。私達はその雑草の道を抜け、教会のベルを鳴らした。
『リンリンリン』
しばらくすると、頭の髪が少なくなっている焦げ茶の髪の司祭が出てきた。年齢は40台といったところか。中肉中背。私より少し背が高い男だ。
「ーーーこんな浜辺の寂れた教会に、何の用かな」
愛想笑いと言った方がいいのだろう、目が笑っていない。本来歓迎しなければならないであろう、祈りの人の訪問を拒絶しているような雰囲気がある。
「、、、お祈りをさせてもらいにきました」
ちらり、と私をその司祭は見下ろした。
「その格好で、、、ですか?」
確かに、鎧でのお祈りは違和感があるかもしれない。
「ーーー仲間が海で大怪我をしまして。とても大切な仲間なので、早い回復を祈りたいのです」
私が必死に演技してみると、司祭は少し黙って、教会の中に入れてくれた。
教会の中は、意外と掃除はされていた。椅子などの物は古いが、埃は被っていない。
「、、、あら司祭様。その方は、、、?」
女の声が聞こえた。
私がそちらを向くと、白い布を頭から垂れ下げたような格好の若い女性が、やんわりとした声で司祭に尋ねる。
「シスター。この方は傷ついた仲間のために祈りを捧げたいのだそうだ」
「まぁそれは、、、神のご加護がありますように」
女性は20台前半くらいだろうか。髪は白い布で隠れているが、肌は白い。茶色の瞳は、ステンドガラスから漏れる光に当たると黄金色に輝いて見えた。
私は祭壇の前にいき、膝をついて手を合わせる。
目を閉じて祈りを捧げるふりをした。実はうっすらと瞳を開けて、祭壇の回りを調べる。
祭壇の上には蝋燭が3本ついた燭台が左右に2本と、その教会のシンボルである、勾玉に似た形のオブジェが置いてあった。オブジェは三角のパネルの集合体で作られており、本来は金色を使うはずだが、このオブジェはその金が剥げて、下から銅が見えてきていた。
他にどこか怪しいところがないか探すが、この教会はあまりに質素で、教会の礼拝堂は特におかしいところは見つけきれなかった。
教会の裏の部屋に何かある可能性はあるも、そこに入るには強盗並の突破術がいる。まだこの教会が確実に事件と関わっている確証がない以上、そこまでするのは躊躇われた。
私は祈るふりを止めて立ち上がり、踵を返す。
私の動きに視線を送る司祭と目があったので、少し試してみた。
「、、、この付近の村長が、誰かに襲われたと聞きました」
司祭がぴくりと身体を強ばらせる。
「ーーーまだ犯人が捕まっていないのなら、早く捕まって欲しいですね。物騒だと心配で」
司祭は明らかに私を睨んでいた。その後ろのシスターは、私と司祭の様子を少し怯えるように見ていた。
「ではまた来ます」
私は兜越しに微笑んで、教会の出入り口から出ていった。
私が教会から出ると、マイリントアが私の足元に走ってくる。
「マイリントア。ーーーどうだった?」
私が教会に入った時、マイリントアも一緒に入り、教会内部を見て回ってもらっていた。教会の中に入った私は、ただの時間稼ぎだ。
「ふむ。一通り見て回ったが、どこにもそれらしいものはなかったな。教会内にいる人間も、今の時間はあの2人だけのようじゃ」
「ーーーそっか」
「リーネの方は?」
マイリントアが私の肩に登ってくる。
「私も全然だけどーーー。なんとなく司祭が怪しい気がするわね。すっと私の動きを監視していたし、試しに村長の話を出したら睨んできたわ」
「ほう、確かにそれは怪しいのぉ」
「でしょ」
「ーーーーじゃあ突入するか」
急に後ろから聞こえた男の声に、私の心臓はおもいっきり跳ねた。声にならない声があがる。
「っっっっーーーーっっっっ!!!」
弾くように振り返ると、ベックがニヤリと笑っていた。
ベックを確認してようやく息を吐く。
「ーーーっ、ちょっともう、ベック、やめてよ。心臓が止まるかと思ったでしょ」
「ははは。リネは大袈裟だな」
「いや本気で」
私が声を低く言うと、ベックは肩を竦めた。
海辺の風は、強く吹いていた。
私は海岸沿いの崖の横の道をベックと一緒に歩きながら、教会の中に入った話をしてみせた。ベックは静かにそれを聞いている。
ふと未来の映像のことを思い出し、改めて周りをみると、そこにはベックしかいなかった。
「『ピュアカルマ』の他の人はどこにいるの?」
ベックはあぁ、と少し気まずそうに首を傾げた。
「あいつらは、カナドル伯爵の関係者を洗ってる。俺がこの教会が怪しいって言ったけど、カナドル伯爵とこの教会の繋がりを見つけられなかったし、あの念写だっけ?その映像もなかったしな。村長を刺したナイフにカナドル伯爵の紋章があったこと、信じてもらえなくて。だから俺だけで来たんだ」
あの未来の念写映像。
私とベックの他に、ピュアカルマのメンバーを含めた数十人が畑に打ち捨てられていた。しかし今、ベックしか『ピュアカルマ』が来ていないということは、あの未来は今ではないということだろうか。
あの未来がいつ起こるものかわからないのが、歯痒かった。
「少人数の方が動きやすいこともある。俺とリネがいれば充分だろ。ーーーで、突入するのか?」
「しないよ。もう、ベックがそんなだから『ピュアカルマ』が過激派って言われてるんじゃないの。手当たり次第突入するの、やめなよ」
「痛いところ突くな。でも、間違いなく悪いことをしてるって聞くと、ごちゃごちゃ考えるより突っ込みたくなるだろう?」
「ならないよ」
ふぅんとベックは意外そうな顔をする。
「そうか?リネは俺と共通するものがあるような気がしてたんだがな」
「ーーーベックと一緒にしないでよね」
私はバチンとベックの背中を叩いた。
「そもそも、ベック。カナドル伯爵は何の悪いことをしていたの?あんなに屋敷を爆発させるくらい悪いことを?」
「爆発なんて、あいつがしてきたことに比べたらささやかなものだぞ。あいつーーカナドルの野郎がしていたことは、人身売買だ」
「人身売買?ーーーそれって半年ほど前に、ヤナンデデル伯爵も、、、」
ベックは驚く顔をしてみせた。
「ヤナンデデルを知っているのか。そうだ、あのヤナンデデルも人身売買とか奴隷とかの悪さしてたから懲らしめてやろうと思ったら、俺のちょっとした手違いでな。俺達では懲らしめることができなくなって」
ーーーちょっとした手違い。
まさかだけど、あの時。王都の買い物の途中、私に急に話しかけてきて、突然『ヤナンデデル』の情報を漏らしていったのってーーーー。
私はベックを見上げる。あれはバンダナを巻いた熊のように背の高い男だった。
あの男のせいで、私は焼き鳥を食べることができなかったのだ。
まさか、、、、。
ベックも当時を思い出し、そういえば、と言った。
「あの時に俺が『仲介』の男と間違って合言葉の声掛けをしたのって、今のリネの着けてるような『白鎧』の男だったな。「この石を買うのか」と聞いたら「焼き鳥を」という独特の合言葉だったから、絶対間違うはずがないと思っていたのに」
私は目を剥く。
「ーーーそれが合言葉だったのか?ありえないんだが」
ベックは、はははと笑う。
「フーイにも同じことを言われた。まぁ、ヤナンデデルの野郎は、あれからどったのお偉いさんが裁いてくれたみたいだったから、良かったけどな」
聞いて涙がでそうだった。
あのやり取りの裏に、そんな馬鹿らしい手違いがあったなんて。偶然にも程がある。
「しかし、やっぱり悪いやつを懲らしめても、また他の奴が出てくるんだよな。カナドルの野郎。人身売買と言うか臓器売買らしいが、鮮度を保つために人を拐って、売り払ってから切り刻まれるらしい。ーーーそんなの聞いたら、黙ってられないだろう?」
臓器売買。人を拐って、鮮度を保つために生きたまま臓器を取り出すーーー?
そんなの。
「ーーー絶対許せない。間違いなく地獄に送ってやるでしょ」
「だよな」
にかっとベックは笑う。
「そのカナドルの野郎の情報が入ってきたんで『ピュアカルマ』が動き出していた途中、その詳細が書かれたモノが盗まれた。リネに会った時、その件でもめてたんだ。船に乗ってカナドルのところに行く直前だったから、皆大慌てでよ」
なるほど。『アレ』の正体は、カナドル伯爵の隠し場所の情報だったわけか。
「結局、直接カナドルの屋敷に行って探そうってことになったんだがーーー。見つからなくてな」
「それで、今は皆で手分けして『隠し場所』を探すための関係者洗いってわけか」
「そういうことだ。ーーーしかし、教会探して何も見つからないってことは、ここじゃなかったってわけだな」
ベックはとても残念そうだ。
そうーーーなるのだろうか。
司祭は怪しい。だけど、カナドル伯爵と繋がっている証拠は何もでていないのだ。ただ個人的に、何か隠し事をしているだけなのかもしれない。
人身売買のためには、人を生きたまま保管する『場所』が必要になる。しかしあの教会は小さく、とても人を隠すようなスペースがありそうになかった。
せめて地下室があればと思うが、マイリントアに調べてもらうと、あの教会には地下に降りるための出入り口もなかったということだった。
つまり、あの教会に『隠し場所』はない、ということになる。
あの教会の横の畑で、カナドル伯爵の紋章をつけたナイフで村長が刺されるなんて、とても偶然とは思えないのだけれど。
私は頭を抱えた。
「ーーーそれで、ベックはこれからどうするの?」
「俺か?とりあえず他の連中と合流して、情報を探すかな。カナドルの野郎が死んだから、これ以上は悪さできないだろうが、まだ捕まっている人がいたら、早く解放してやらないといけないからな」
「そうだね。早く『隠し場所』が見つかるといいけど」
カナドル伯爵は、補佐の男に言っていた。
『誰も商品に近寄らせるな』と。『商品がどうにかなってもまた集めれば良い』と言っていた。
あれが人身売買の人間だとしたら。
捕まった人達は、そこに放置されて死ぬだろう。
早く、隠し場所を見つけなくては。
風がまた強く吹いた。もうすぐ冬の季節。冷たい風だ。崖の傍だから特に風が強いのかもしれない。体幹の強さにはやや自信のある私の身体が、風の強さで少しぐらつく。
「ベック。少し内側に行こうか。風で飛ばされて海に落ちたら大変」
昨日海に入って泳いだばかりだ。もう、あの冷たい海には入りたくなかった。
「おっと、リネ。まさか怖いのか?」
ニヤリとベックは私を煽る。私はむっとした。
「怖い?何が。危ないって言ってるの」
「こんな風くらいで俺が飛ばされるはずがないが、リネのように小さかったら、簡単に飛ばされるんだろうなぁ」
ベックは、自分の力を誇示するように、更に崖の方に近づく。
「ほーらリネ。こんなことできるかぁー?」
ベックは笑いながら、崖に向かって片足を上げる。
「ちょっともう、ベックってほんと子供みたい。本当に今の時期の海は」
また強く風が吹いた。
ベックはすぐに足を元に戻し、両足で踏ん張る。私も同じように、両足に力を込めた。
風が止むまで少し時間がかかった。
ようやく風が止み、ベックの顔にまた少し笑みが零れる。
「ーーー今のは危なかったなぁ。落ちずに済んでラッキーだった」
「ほらぁ。だから言ったでしょ、もう少しで」
言う途中でまた続け様に突風が吹いた。さっきと同じように踏ん張る私達の横で、私の肩に乗っていたマイリントアが風に飛ばされた。
海の方に向かってーーー手を伸ばす。
マイリントアに伸ばした手は、ベックも同じだった。
「ーーーあっ」
2人とも傾いた身体を起こすには風が強過ぎた。
崖から海に向かって。
私達は落ちて行ったーーー。
※※※※※※※※※※※※※※
「っ、いたたたたた」
ベックは腰を支えながら、痛みを堪えている。
私達は、5メートル程度の崖から海に落ちたはずだったが、全く濡れていなかった。
崖の間にある岩と岩の間に、すっぽりと入ってしまったようだ。崖の上からは見えなかったが、落ちたところから上を見ると、意外とわかりやすい穴だった。
落ちた場所は狭いが、洞窟のように平らになっていて、奥の方に続いている。
「ーーー何ここ」
「奥に行けるのか?」
ベックは恐怖よりも好奇心の方が勝ったようで、腰を強打したことも忘れて元気に奥に走っていく。
本当に子供のようだ。
私はやれやれと尻餅をついた形から起き上がり、ベックを追った。
「ーーーおい。リネ。ちょっとっ」
ベックの声が近く大きく響いた。すぐ近くなら、大声を出さなくてもいいのに。
「どうしたーーの」
ベックが視界に入った。それと同時に、明らかに人工的な形の扉が目の前にあった。
「ーーー何これ」
「扉だ。何でこんなところに」
私とベックが、おかしな場所に出現した扉に驚いてあると、後ろから声が聞こえた。
「ここは潮が引いた時だけ現れる、隠し場所だそうだ」
振り返ると、あの時にベックと一緒にいた『ピュアカルマ』のスキンヘッドの男だった。
「お前、、、」
ぴらり、とスキンヘッドの男はベックに小さな紙を見せる。
「ようやく『隠し場所』の紙が見つかったんだ。あいつがなかなか口を割らないから、ほんと苦労したぜ」
「、、、じゃあまさか」
ベックは目を見張る。
「そう。ここが『隠し場所』だ。まさかお前らが俺より先にここに到着しているとは思わなかったけどな」
コツコツと、スキンヘッドの男が近づく音が響く。
スキンヘッドの男は、少し笑って、ベックの肩を軽く叩いた。
「『ピュアカルマ』の連中も、すぐにここに来るだろう。俺が伝えておいたからな」
「そうか、じゃあ早くここの扉の鍵を見つけて」
「それも俺が持っている。大丈夫だ」
スキンヘッドの男は、胸ポケットから鍵を取り出し、扉のロックを外した。だがカナドル伯爵の補佐が厳重に鍵をかけたと言うだけあって、鍵はいくつもかかっていた。ようやく最後の鍵で扉はガチャリと開いて中が見える。中には、数十人の若い男女がロープで縛られていた。口にもロープを噛ませられており、泣いてうなることしかできていない。
ベックは驚愕に顔を歪ませた。
「お、お前ら」
ベックの知り合いのようだった。『ピュアカルマ』の人達だろうか。
「、、、すぐ助ける」
ベックはその人達の傍に寄ろうとして。
『ガチャリ』と音を立てて、扉が閉まった。
「ーーー?」
振り返ると、後ろにいるはずのスキンヘッドの男が、扉の中の部屋にはいない。そして、開ける時と同じ数だけ、鍵のかかる音が鳴った。
扉の外からスキンヘッドの楽しそうな声が聞こえる。
「悪ぃな。『隠し場所』の紙を見つけたというのは嘘だ。俺は元々知っていたけど、お前達を根絶やしにするために芝居を打ってたんだよ」
「ーーーてめぇ、何、悪い冗談を。ーーー開けろ。今なら悪い冗談で見逃してやる」
ベックが叫ぶ。
「冗談?ーーーあぁ、悪い冗談だ。俺が義賊なんかに加わるはずがねぇ。あんな偽善行為ーーー胸糞悪いんだよ」
少し前の私と同じことを、スキンヘッドが言っていることが腹立たしかった。
スキンヘッドの男は続ける。
「人身売買の件がどこからかバレてしまってな。それじゃあ、今後仕事がやりにくくなるだろう?蜥蜴のしっぽ切りってやつだ。あのカナドルの糞ジジイに犯人になってもらって、この件を知る『ピュアカルマ』のメンバーにも、一緒に死んでもらう。そしてまた、一からやり直しだ。人身売買ーーー臓器売買のルートさえ確保できてりゃ、全く何の問題もねぇんだからな」
あははははとスキンヘッドは大声で笑った。
「ーーーいずれここの入り口は海に沈む。これだけの人数がいたら、すぐに空気が足りなくなるだろうな。あばよ『ピュアカルマ』。次会う時は、皆、地獄に落ちた時だな」
それを最後に、スキンヘッドの声は聞こえなくなる。
私は縛られた、人身売買として捕らえられた人達と、『ピュアカルマ』の人達の縄を解いた。
そしてまじまじと彼らの顔を凝視する。
あぁ、と呟きそうになるのを、ぐっと堪えた。
それでも声を出して嘆きたかった。
彼らの顔。そしてベックと私。
ーーー未来の、教会の横の畑で山積みにされていた死体の映像のメンバーだった。




