表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/117

悪役令嬢、レジスタンスと遭遇する

「ーーーベック?なぜここに、、、」


 夜の海辺の漁師の掘っ立て小屋。

 季節は秋の終わり頃。もう風も冷たく空気は寒い。潮風に吹かれて身体はベタついて気持ち悪く、マイリントアについて知らない場所まで来たら、男達の騒動に巻き込まれた。


 隠れていたのに見つかってしまい、逃げ出したけど追い付かれた。

 何をされるかわからないと、正拳を顔面にぶち当てたらーーーその男がベックだった。


 あいたたたと鼻を押さえながらベックは顔をしかめている。

「それはこっちの台詞だ。なぜリネがここに」


 リネは私のあだ名だ。白鎧を着けている時は、そう呼ばれている。女とバレるとトラブルに巻き込まれるかもしれないと、男のふりをしてはいるのだけど。


「おい、ベック。そいつどうする」

 スキンヘッドの柄の悪い男が近寄ってきた。さっき、別の男を何度も殴っていた男だ。今頃、あの男は死んでいるかもしれない。ーーー私も下手したら。


 ベックが私の前に出た。

「こいつは俺の仲間だ。だからーーー大丈夫だ」

 ベックとそのスキンヘッド男がしばらく向かい合いーー、スキンヘッドの男の方がとりあえず折れた。

「ちっ。そうかよ」

 男はまだ私を睨み付けている。あぁいう類いは用心しないと危険かもしれない。

 私もその男が見えなくなるまで、男の足取りをみていた。


「ーーーで。どうしたんだ。なんかザン爺と建物を建てるとかって聞いていたが。終わったのか?」

 先ほどの掘っ立て小屋から少し離れたところで、ベックが私に水を渡してきた。水筒から出したコップで、ベックは水筒の水を直接口に入れている。

 私は素直に受け取り、そのコップをただ手に持った。 

 

「あれは自分じゃなく知り合いの方の問題なんだ。自分は別に何もしていない。ーーーあぁでも、あの獣人達。外に出れるようになったって?」

 私が言うと、ベックはいつもの気さくな笑顔で明るく笑った。

「そうなんだ。まぁ出れたことで問題も色々でてきてるけどな、閉じ込められてるよりはずっといい。ダイナ1はこれから変わるだろうな」

「そうか。ニーノは?やっぱりまだあそこに?」

「酒場はあいつの故郷みたいなもんだからな。相変わらず元気にちょこまかと働いてるよ」

 ニーノの、子供とは思えないてきぱきとした動きを思い出す。

「ーーーでもベックが保護者なんでしょ?置いてきて良かったの?」

「こんな危険なところ、連れて来れねぇよ。ーーーまぁあいつだったら、ここでも平然と働いてそうだけどな」

 ふっと笑いが漏れる。

「確かに」


「ーーーで?何度も聞くけど、リネはなぜここにいるんだ?どこからか情報を聞いたのか?」

 ベックは少し顔を強張らせている。これはいつものベックではない。

 言うべきかどうか。

 しかし、何も言わないことは悪い方へ話が進みそうな気がした。

「ーーー向こうにある教会の横の畑で、村長さんが殺されたって聞いて。ーーー皆に慕われていたみたいだから、調べにきたんだ」

 とりあえず事実は述べる。

 念写がどうこう言うより、ベックにはこっちの話の方が理解してくれそうな気がした。

 周りが暗い中、ベックの顔を覗き見る。

 ベックはいつもの顔に戻っていた。

「ーーーあぁ、そっちの方か。、、、村長な。俺はその村長とは知り合いじゃないけど、本当に、、、悪いことするやつもいるもんだよな」

 ベックは悔しげに口を歪める。

「善人を殺すようなやつ、許せねぇよ」

「うん、、、、」

 私はベックの顔をもう一度見た。

 ベックは本気でそう思っているようだけど。

 ーーー私には、さっきのスキンヘッドの男の態度がどうしても、今のベックの発言と噛み合わない気がした。あの人は、多分、たくさんの人を殺してきた人だ。善悪関係なしに。


「ねぇベック。さっきの人とは仲間なの?」

「さっきの?、、、あぁ、やつか。別に仲間ではないな。ただ合流したというか、、、心配か?大丈夫だ、お前には手は出させねぇ」

 本気でそう言ってくれているようではある。

 ベックは優しい。多分、本気で言ってくれているのだろうが。

「ーーーありがと。ーーーあぁもう遅いから、そろそろ行こうかな」

 私は立ち上がる。ベックは少しほっとしたように笑った。

「そうか。夜は船は出ねぇが、明け方になれば海岸に船に乗る受付ができる。その船に乗る方が、長い目で見れば速いそうだ。実際船が渡るのは昼頃だろうが。どこかで休んで、その船に乗るのが安全かもしれねぇな」

「わかった。ーーーじゃあベック。気をつけてね」

「あぁ、リネ。お前もな」

 手をあげてベックとは別れた。


 私がベックと離れて少し歩くと、とてとてとマイリントアが足元に戻ってきた。

「マイリントア」

「ベックのやつ、何か企んでおるのぉ。あやつに話を聞こうかと思うておったが、そういう雰囲気ではなかったな。それにリーネとの会話もずっと、隠れて聞かれておった。やつは何に加担しておるのかのぅ」

「あのスキンヘッドがいるところなんて、ろくな企みじゃない気がするけどね」

「そうじゃのうーーーで?どうする?」

 どうする?

「どうするってどういうこと?教会の横の死体を探しにきたんでしょ?」

「正確にいえば、教会の横の死体に関わる怪しい気配を探しにきたんじゃがな。ーーーあやつ、、、いや、あやつら、じゃの。何かに巻き込まれておらんか。死臭がしたが」

「死臭、、、ベックから?」

「『あやつら』からじゃから、ベックとは限らんがの。ベックが気になるなら、止めた方がいいんじゃないか。状況が酷くなる前に」


 私は立ち去った掘っ立て小屋を遠く眺める。

 ベックは良い人だ。

 それは間違いないと思う。

「、、、、畑の死体が未来のもので、今、何かできるものじゃないのなら、、、ベックの方に行ってもいいかしら」

 マイリントアは頷いた。

 

 私は掘っ立て小屋方面に戻っていった。

 しかし、ベック達はすでに、掘っ立て小屋からいなくなっていた。ベックたちがいた痕跡は1つもない。


「ーーー『アレ』が見つかったのかしら」

 彼らが必死で探していた『アレ』というもの。何かはわからないけど、とても重要そうな様子だった。

「『アレ』なぁ。やつらの反応から、重要書類かカギあたりのアイテムというところかのぉ」

「マイリントア、鼻が利くでしょ。どこにいったかわからない?」

 マイリントアはブスッとしてみせる。

「ワレは犬ではないぞ。ーーーまぁ居場所がわからんでもないがな。やつらは海に出たようじゃぞ」

「海に?海は『夜は船が出ない』って、さっきベックが言っていたのに」

「一般にはでらんのじゃろうが、個人で使うなら夜も船が使えるのじゃろ。ただ、夜に海にでるなんて、正当な理由とは思えんがな」

「、、、ベック、、、」

 私が心配げにベックの名を呼ぶと、マイリントアは尻尾を少し下げて言った。

「ーーーまぁ、また戻ってくるかもしれんからな。その海で待ってみるか」


 マイリントアに言われるまま、私達は海に向かった。

 船着き場には、いくつか小型の船が並んでいた。岸とロープで繋がれて、暗い色した波に揺られている。


「ここから出たの?」

「匂いがここで途絶えておる。間違いなかろう」

 海は静かだった。

 街灯はなく、今日は月明かりもない。

 彼らは月明かりのない夜を選んでこの日にしたのかもしれなかった。

 マイリントアの『ライト』の魔法でなんとか波の揺れは見えるが、もう数メートル先の海はどうなっているか全く見えない。

「、、、帰ってくるかな」

「さてのぉ」

 しばらく待つが、船が戻ってくる気配はなかった。

「ーーーここから船に出たら、どこに着くかしら。リンドウ国の海はこのミレイン地方しかないものね。こんな小さな船で他国に行くには無謀すぎるし」

「ベックは、ここから船に乗ったら『長い目でみれば』速く帰れるって言っておったの。ということは王都方向に続く海路があるのではないのか?」

「ここから王都側に?無理でしょ、王都は内陸よ?あるとすれば海につながる川があるくらいだけど、川は海に向かって流れるわけだし、、、、あっそういえば」

 川で思い出した。

「どこかの川が特殊な形をしていて、満月の夜と新月の夜、潮の満ち引きの関係で川が逆流するから、それで人が行き来することがあるって聞いたことがあるわ」

「それじゃの、間違いない」

 私は空を見上げる。月はない。今日は新月だ。

「詳しく思い出せんか」

 私は記憶をどうにか呼び起こす。

「えっと確か、、、ミレイン地方の南部じゃなかったかしら。国内最大級のローロー河の支流の、、、キロード河口、、、だったような」

「随分曖昧じゃのぅ」

「ここまで覚えてたら充分だと思うわよ」

「ホッホッ。まぁリーネの頭ならそんなものかの。さぁ行くか」

「私の頭ならそんなものってどういう意味、、、っていうか、行くってどこに」

「勿論、そのキロード河口じゃよ。大潮になるのは月に2回。満月と新月の時だけ。そしてその中でも満潮になるのは日に2回じゃ。満潮前後数時間だけが逆流するとしたら、もう時間はないぞ。もたもたしておったらタイミングを逃すことになる」

 確かに、ベック達がいなくなってからしばらく時間が経っている。

「でもどうやってキロード河口まで行くつもり?新しく購入した転移の魔道具も、そんなに数はないんでしょ」

「どうやってって。泳ぐのじゃよ」

「はぁ?」

 思わず大声を出してしまった。

「泳げるわけないじゃない。私は鎧着けてるのよ。海に入った途端、間違いなく沈むわ」

「ホッホッホッ。言ったじゃろ。ワレは魔法の特訓をしたって。生活魔法だけでなく、初級の重力魔法も取り戻したぞ。つまり鎧くらいの重さなら軽くすることができるのじゃ」

 自信満々にマイリントアは言ってくる。

 ーーーもしかして、さっき私の足元を照らさなかった理由も今回も、ただ私を泳がせて重力魔法の自慢がしたいだけなのではという気がする。


「ーーーというわけで、行くぞ」

 私はマイリントアに、背中をドンっと押され海に突き落とされる。鎧の重さで沈み出した頃、マイリントアが私に手を伸ばして、一気に身体が軽くなった。

 軽いは良い。ーーー軽いは良いが。

 身体が一気に冷えた。

「つ、冷たい。もう季節は、あ、秋の終わりよ?こんな時期に海に突き落とすなんて、信じられないっ」

「泳げば温まるじゃろ。さぁ行くぞ」


 マイリントアは私の頭に乗って、船の舵をとるように手をあげた。

 夜の海を照らす光は必要である。

 危険な海も、鎧を着けているから多少の危険な魚は回避できるだろう。

 そして、1回濡れてしまえば、今から海を出ても多分冷たい。


「~~~~~っ!!!!」

 私は半分やけになって、夜の海を泳ぎ始めた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「お。あそこじゃないか?」


 私の身体が完全に冷えきり、ブルブルと身体は震え、手先が悴んで感覚がわからなくなってきた頃、マイリントアは海から見える大きな河の河口を指差した。


 想像よりも大きな河だった。

 河の端から端までが100メートル単位で離れている。よくみると、本当に河の流れが逆流しているようだ。

「、、、一体、どうなっているのかしら。入り江が狭くなっていて?川の位置が海より低い?いやそれだったら普通の流れの時に海に流れないだろうし、、、」

 私が色々理由を考えていると、マイリントアは、

「頭の中だけで余計なことを考えても答えは見つからんじゃろ」

と、私の兜をパチパチと叩いた。

「心を無にして感じるのじゃ」

 修行僧のようなことを言って、私を河口に送り出す。


 河口近くに寄った途端。

 ーーー津波に遭ったのかと思った。

 

 急に流れに足をすくわれ、泳ぎの操縦が利かなくなる。見た目よりずっと速い流れだった。

 水上コースターかと思うような。

 トイレの中にいて、『大』のレバーを回されたような。

「き、きゃあぁぁぁ」


 そして不思議としか言いようがないが、やはり河が海とは反対に内陸に向けて流れていた。実際にその事実を体験すると、こんな状況なのに少し感動してしまった。


「✕◯△%#◯◎◯✕ーーー!!!」


 言葉にならない言葉をあげて、私は流されるまま、身を任せた。


 ーーーーー。

 たどり着いたのは、ミレイン地方側の河岸だった。

 私は殆どの体力を奪われており、岸に引っ掛かるようにしてなんとか岸にあがる。

 完全に身体が岸にあがってから、仰向けに大の字に倒れた。

「ーーー生きてたーーーー」


「お疲れ様じゃったな」

 のほほんと私に声をかけるマイリントアを睨む元気も今はない。

 あとで覚えていなさいよ、と心に刻む。


「ホッホッホッ。随分消耗したのぉ。まだまだ弱いの、リーネ。可哀想じゃから、指先が壊死する前に生活魔法をかけてやろう。『乾燥』」

 マイリントアが魔法を唱えると、一気に濡れていた身体が乾いた。しかも太陽の下で干した洗濯物のように、身体がホカホカと温かい。

 かじかんで感覚がなくなっていた指先も、ほんのり温かくなった。

「、、、生活魔法、、、すごい」

「ワレがすごいんじゃよ」

 ドヤ顔のマイリントアのことは無視する。


 マイリントアが温かいお湯も出してくれたので、それを飲むと少し身体も落ち着いた。


「ーーーそれで。ここはどこかしら」

「ミレイン地方なのは間違いないがな」

 河岸は雑草の生え揃った斜面が延々と続いていた。

 その斜面を登り、天辺からこっそりとその向こう側を覗く。

【リーネ、頭を下げろ】

 急にマイリントアが小声で指示してくる。

 私は言われるまま、長めの茎の雑草の中に身体を隠し頭を下げた。


 しばらくすると、警備員のような男達が数名、走ってくる音が聞こえた。

「ーーーこっちにこなかったか?」

「二手に分かれるぞ」

「俺はこっちにいく」

 バタバタと足音が響く。


 暗闇の中だったから気づかれなかったが、危ないところだった。

「ーーー何、どうしたの。こんな時間に、、、」

「何か起こったんじゃろなぁ。あの様子だと、貴族の屋敷あたりで事件があったか」

 貴族。

 思い出すのは、最近活動が活発になってきたレジスタンスのことだ。義賊と言われているが、やっていることはただの強盗だ。

 例えその貴族がどんなに悪いことをしていたとしても、懲罰を個人で行ってはならない。その人が罰されたとしても、次また同じことが繰り返される可能性が高い。その悪事が起こった過程も調べてから、ちゃんとした法律で罰されなければ。


 義賊『ピュアカルマ』。


 ふ、と私は口端を上げた。

『清純なる宿命』とはまた笑える。

 義賊を清純とするか。独り善がりの正義だ。


「ーーー私がやっつけてあげるわ」

 

 すくりと私は立ち上がる。

「お?何じゃ、リーネ。やる気か、珍しいな。あんまりそういうことを気にするタイプとは思っていなかったが」

「当たり前よ。義賊とかってもてはやされてるけど、強盗は強盗でしょ」

「民衆からは人気があるようじゃが」

「良い格好してるだけよ。犯罪を良いことしてる風に誤魔化してるだけ」

「ほうほう。ーーーそうか、じゃあ行くかのぉ」

 マイリントアはなぜか少し楽しそうにして、尻尾を振った。


「レジスタンスの話は聞いていたのよ。今のリンドウ帝国の不満に思っている人が増えているって、お父様もアラン皇子もノクト様も、頭を抱えてたわ」

 先程通り過ぎていった警備員の人達を追いかけるようにして、私達は進んでいく。

「レジスタンスも色んなグループがあるようじゃが」

「過激派とかでしょ。『ピュアカルマ』も過激派って聞いたわよ。悪い貴族に対しては、だいぶ好き勝手暴れるらしくて」

 しばらく歩くと、貴族らしい屋敷が現れた。

 寂れた漁港に高級ホテルを建てるような、激しい違和感を感じさせるその屋敷を私は眺める。

 

 空はまだ暗いがもうすぐ東の空が白み出す頃だろう。

「さっさと片付けて帰りましょう。明日もまた学園に行かなきゃだわ」

 私はいつレジスタンスが現れてもいいように、腰にさした剣の柄に手をかけていた。

 しかし誰も現れず、むしろ夜中だというのに、屋敷の中から賑やかな声が聞こえてきた。


 私は後ろを振り返り、屋敷を見上げる。

 私の肩で、マイリントアが小さく呟く。

「ーーーワレの勘じゃが、レジスタンスはもう屋敷の中にはいっておる気がするな、、、」

「、、、、、」


 ここで待っていた時間は何だったの。


 私は屋敷の柵を飛び越えた。そこそこ高かったが、2メートルはない。

 番犬が4匹駆けつけて吠えてきたが、マイリントアが1回威嚇すると「キュイン」と言って大人しくなった。


 マイリントアは、こんな手のひらサイズの小さい身体しても、やはり動物界ではまだ脅威の存在なのだろう。


 私は玄関とは反対の方から回り込み、裏手から屋敷の中に入っていく。

 すると裏手入っての厨房の横にある広間から、男の怒鳴り声が聞こえた。

 私は足を止めて、見えない位置の壁に隠れる。


「侵入を許すとはどういうことだ。警備は何をしておる。何のために高い金を出して雇っておると思っているんだ」

「、、、で、ですが旦那様、、、っ」

 バチン、とどこかを叩く音が聞こえた。私が中を覗くと、使用人であろう男の左頬が真っ赤になっている。

「言い訳はいい!早く奴らを捕まえて牢へぶちこめ」

「は、はいっ。必ずっ」

 使用人は頭を下げて、その場から離れた。


「、、、くそっ」

 この屋敷の主人であるらしい、背のやや低い小太りの

男が、怒りが治まらず革製のソファーを蹴る。

 ぎり、と歯を噛みしめ、窓の外を睨み付けた。

「なぜレジスタンスがこの屋敷に。俺は貿易に力を入れているだけの人の良い貴族のはずだ」


 独り言にしては声が大きい。そして、自分で自分を人が良いという人は、大抵そうではないことが多い。


「ーーーおい。ガーダル。そこにいるか」

「はい、旦那様」

 傍で控えてすぐに出てきたところを見ると、この男がこの『旦那様』の補佐役なのだろう。

「あの証文は金庫に隠したか」

「隠しました。厳重に鍵をかけて管理しておりますので、問題ないかと」

「地下への道も閉ざしておるのだろうな」

「勿論で御座います。アリ1匹通ることはないかと」


 ふむ、と『旦那様』は頷いた。

「では堂々と構えておったら良いな。この屋敷に何も非難されるようなものはない。明日の新聞には、こう書かれるだろう。『義賊、間違えて善人カナドル伯爵邸を襲撃』。ふ、ふふ。民衆の反応が楽しみだな」


 カナドル伯爵。

 ミレイン地方の領主。

 他の領地と比べて税は重くなく、貿易に力を注ぎ港町を活性化させ、善政していると聞く。

 評判は悪くなかったが、、、、。


 今の様子では、悪い行いをしていることは間違いない。

「旦那様。レジスタンスの1人を捕まえたようです」

 にやり、と男は笑う。

「そうか、連れてこい」

「は」

 そうして、連れてこられたのはまだ若い、細身の男だった。顔は痩けて肌の色も悪い。

 腕を後ろに回してロープで手首をくるまれており、逃げられる様子ではなかった。

 どん、と突き飛ばすようにカナドル伯爵の前に出され、その胴体をカナドル伯爵は蹴飛ばした。

「ーーーおい。貴様。誰の差し金でこの屋敷に入った?」

 捕らえられた男は顔を背けて、返事をしない。

 今度はカナドル伯爵は男の顔面を強く蹴飛ばす。捕らえられた男の口から血が溢れ、1本歯が抜けて転がった。

「ーーーもう1度聞く。これは誰の差し金だ」

 やはり男は返事をしない。


 またカナドル伯爵は男を蹴る。その都度、男に同じことを聞くが、返事は返ってきそうになかった。そしてカナドル伯爵は、その度に男を蹴飛ばす。

 何度も。何度も。何度も。ーーー何度もーーー。

「ーーー旦那様。それ以上は、、、あぁっ」

 見かねて補佐役の男がカナドル伯爵を止めたが、時すでに遅く、男は事切れていた。

「、、、、もう息がありませんね」

「ふん。首謀者を吐かんのが悪いのだ。ーーー情報が漏れているのかもしれんな。捕まえたレジスタンスの奴らは、全員拷問にかけて吐かせろ。そして一人残らず殺せ。余計な情報を漏らされたらたまらんからな。ーーーあと、落ち着くまでしばらく、あの場所には誰も近寄らせるな」

「し、しかし、そうしたら中の商品が」

「そんなものーーーまた集めればよい。不本意だがしばらくこの件で我がカナドル領地は注目されるだろう。ここで我らが動けば、例の場所を教えるようなものではないか」

「、、、、承知しました」

 補佐役は深々と頭を下げる。そして周りに囲わせていた警備の人達を部屋に呼び、息のない男を部屋から連れ出した。


 ーーーなんて酷いことを。


 私は手につけた革の手袋を爪が突き抜けそうなほど、手を強く握りしめていた。

 不法侵入したレジスタンスが悪くないとは言わない。貴族の屋敷に平民が侵入しただけで、殺されても文句は言えないのだ。

 ーーーしかし。


【リ、リーネ、そなた、、、大丈夫か】

 滅多に私のことを心配しないマイリントアが、私を心配して声をかけてきた。私が一体、何だと言うのだ。


 ドゴォン。

 爆発音が聞こえて、屋敷が揺れた。

 部屋にまだ残っているカナドル伯爵がバランスを崩す。

 がたいの良い男が1人、部屋に入ってきた。

「おぉ、あんたがカナドル伯爵か?探したぞ」

 

 聞き慣れた声に、私は目を見開く。

「どこ探しても、俺達が欲しいものが見つからないんだが、教えてもらっていいか」

 男が背中につけたものは、モンスター用の大剣のはずだ。こんな屋敷で振り回したら天井が邪魔で仕方ない。あんな大きな剣を持って外を歩くだけで、不審者として捕まりそうだ。

 そんな熊のような男は、爆発でバランスを崩して尻餅をついたカナドル伯爵に近づき、にんまりと笑った。

「あんたの悪事は大抵知ってるんだよ。あとは隠し場所だ。痛い目に遭う前に教えた方が身のためだぞ」

 カナドル伯爵は、シラを切る。

「なんのことだ。俺は何も隠したりしない。それより、こんなことして、自分達がどうなるかわかっているんだろうな?平民風情がこのミレインの領主の屋敷に侵入し、謂われもない罪をでっち上げられた。屋敷の損傷に暴力とあっては、死刑は免れまい」

 聞いて男は、ふ、と笑う。

「そんなものを恐れる『ピュアカルマ』じゃねぇんだよ」


 私はあんぐりと口を開けた。

 ーーーベックが『ピュアカルマ』の一員、ですって?


 カナドル伯爵は、ふふふと笑った。

「ーーー良い覚悟だ」

 パチン、と指を鳴らしたカナドル伯爵の合図で、周りにいた警備の男達が一気に突入する。

 10人以上いるであろう男達に、ベックが恐れる様子は見せなかった。

「ーーーこんな人数、痛くも痒くも、、、」

 ベックが背中から、自分の背ほどもある剣を抜こうとして、、、壁に引っ掛かり、剣が天井に刺さった。

「ーーーあれ?」

「ベックのバカっ!」

 私は思わず飛び出して、ベックの天井に刺さった大剣を蹴って跳ね飛ばした。

 大剣は天井から離れ、回転しながら床で止まる。

 大剣を使っていない私でも、こんな天井が近い屋敷で剣を抜いたら動けないだろうとわかっていたのに、剣を使い慣れている本人が気付かないとは、どうかしている。


 ベックは突然の私の出現に驚いて叫んだ。

「リネ?、、、なんでここに」

「それはこっちの台詞だ。何やってるの、バカ。こんなところでその大剣が使えるわけないだろ、バカ」

 ベックは太い眉毛を、八の字に下げる。

「ーーーそんなバカバカ言うなよ。本当にバカになったらどうすんだ」

「は。もうそれ以上はならないでしょ」

 あまりにベックがいつものベックで。私はつい、笑ってしまった。

 

 あぁ、と私は自分の頭を抱える。


 レジスタンスなんて、私がやっつけてやろうと思っていたのに。

 義賊なんて、ただの盗賊。好きじゃなかったのに。

 絶対、『ピュアカルマ』なんて、ろくなものじゃないと思っていたのに。


 ーーーー私は今、明らかにカナドル伯爵の方をぶん殴りたい。


 私はベックに背を向けて、自分の腰に差している剣を多勢に無勢の警備隊達の方へ抜き、横に構えた。

「ベック。不本意だけどーーーー助太刀します」

「リネ」

「ホッホッホッ。そうなると思うておったのじゃ」

 何故か嬉しそうなマイリントアを、私は無視して。

 ーーー勢いつけて飛び出した。


 決着はあっという間についた。

 大剣を諦めて素手に切り替えたベックと、狭いところでも使えるようにと細く、やや短く造られた私の剣が部屋中を舞った。


 バタバタと倒れていく警備隊の姿に、カナドル伯爵の顔は段々と蒼白になっていく。全員叩きのめした時には、もう真っ白になっていた。

 ベックはもう一度、カナドル伯爵の前に立ち、カナドル伯爵を上から見下ろす。

「ーーーさぁ、あとがなくなったな。今度こそ白状してもらおうか。隠し場所はどこだ」

「な、なんのことだかさっぱり」

 この期に及んでまだシラを切るカナドル伯爵が、むしろすごいと思う。


 ベックはにっこり笑って、カナドル伯爵の前に大剣を勢いよく突き刺した。大理石を使用した床に深々と剣が刺さっている。

「わ、わかった、わかった。言う。言うから殺さないでくれ」

 カナドル伯爵がとうとう根負けして、口を開こうとした瞬間。

 カナドル伯爵の方にナイフが飛んできて、カナドル伯爵の首に深く刺さった。その首から血が出ることなく。

 ーーーカナドル伯爵は絶命していた。


「なっ」

 急いでナイフが飛んできた方向を確認するが、そこにはすでに誰もいなかった。

 私はベックと顔を見合わせる。


「、、、困ったな。カナドル伯爵が死んでしまうと、誰に隠し場所を聞いたらいいのか、、、」

 ベックは本当に困った顔をしている。

 カナドル伯爵が悪いことをしていたのは間違いないだろうし。

 私は知っている情報を、ベックに伝えた。

「さっき、カナドル伯爵の補佐のような人に、カナドル伯爵が言ってたんだけど。『証文は厳重に鍵のかかった金庫に入れている』『地下への道も閉ざしている』『この屋敷には何も非難されるものはない』んだそうだ」

「じゃあ、その補佐の男に聞けばいいのか」

「ーーーそれが、、、」

 私は広間から廊下に出る扉の前に倒れている男を指差した。

「その補佐の人は、この人なんだよね、、、」

 その男も、すでに息はない。

 ベックは素手。私は鞘を抜かずに剣を振り回していたので、気絶はさせたが殺してはいない。

 私達以外の誰かが、口封じのために殺したとしか思えなかった。


「ーーー困ったな、、、」

 ベックは低く声を落として呟く。

 私はそんなベックの横に立って、ベックの落ち込んだ頭を見ていた。

 まさかベックがレジスタンスの一員だったなんて。

 まだ信じられない。

 ダンジョンで知り合った、気の良いお兄さんという感じだったのに。


 そんなことをぼんやりと考えていると、マイリントアがとても複雑そうな顔をして、私に近づいてきた。

「リネ」

「どうしたの、マイリン、、、そんな顔して」

「これなんじゃがな」

 マイリントアが見せてきたのは、あの、教会横の畑の念写映像だった。

 相変わらず、畑の上に死体が重なるように置いてある。私はその写真を覗いた。

「この前と一緒だよね?どうかしたの」

「いやな。何か気になって、もう一度この念写を見ておったのじゃが、、、この奥をよぅく見てみろ。ほら、この死体の山の、奥の方じゃ。死体に重なっておって見にくいがなぁーーー」

 言われたところを私は目を細めてよく見てみる。

 気付くと、今、見下ろしているボサボサの熊のような頭がその写真の中にも見える。そしてその横には白の鎧。


 マイリントアはボソリと言った。

「ーーーこれ、お主らではないのか、、、?」


 未来の、畑に重なる死体の山。

 ーーーその中に、私とベックの姿が、確かに映っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ