アランサイド~恋の自覚
その気持ちがいつからかなんて、思い出せない。
少し気になる程度だと、そう思い続けていたから。
それが恋かもしれないと思い始めたのは、ドワーフの洞窟からの帰り道。白い鎧を装着したリーネが傍にいて、居心地が良かったこと。話をしながら、どこか自分が浮かれていた。
辺境伯領地では、魔道具が使えないせいでリーネがすぐに帰れないことを知り、その安否がわからず、ずっと心配だった。マイリントアから連絡がきて、俺はすぐに辺境伯領地に飛んだ。リーネの無事をこの目で確認したかった。
そしてスタジアムの再建のため缶詰め状態になっている間、頭に浮かぶのはずっとリーネばかり。
この頃には、もう自分の気持ちには気付いていた。
スタジアムの件が落ち着いたらすぐにリーネに会いに行き、リーネを連れて、新しいスタジアムを案内したいと思った。
そして今回のことで誰よりも頑張ってくれたリーネに、今度こそ今までの謝罪とお礼をしようと思って。
スタジアムの外装が完了したその日、俺は気分が高揚してしまって、あまり眠れなかった。
ようやくリーネに会えると。
こんなに学園に行くのが楽しみなのは、初めてだった。
翌日。
一通りの形式上の学園の手続きを終えて、俺はリーネを探した。1年生の特別クラスにいなかったから、あちこち探した。
そして中庭でリーネを見つけた。
リーネは学園の制服で、中庭のベンチに腰をかけてランチボックスを開いていた。1人かとおもったら、いつもの黄色と紫の魔物と、もう一匹、小さな赤黒くて足元だけ黄色の魔物が仲良く屯っていた。
竜神だというその魔物は、マイリントアと同じ、世界を崩壊させる化物の類いだと気づいたが、リーネが彼らと仲良く楽しそうにしていたので、気にしないことにした。
それよりも許せなかったのは、リーネがケリー先生とテテテト山脈に行ったという事実だ。学園でロジーと仲が良くて一緒に行動していたのもどうかと思っていたが、それとこれとはまた全然違う。
リーネは先生と行くことで生徒を贔屓していると思われるかと申し訳なさそうにしていたが、そういうことではない。
俺はため息をついて、ベンチのリーネの隣に座った。
「ーーそんなことはどうでもいい。それより婚約者のいる身で、、、、、、」
俺はとにかく正論をリーネに諭す。
しかし本音としては、ただただ『嫌』だった。
マイリントアがいたとはいえ、男女が2人で観光地にいくなど、言語道断。
しかもケリー先生は大人の男で、騎士団の団長をしているほどだから、リーネがどんなに強くとも、いざケリー先生がその気になればリーネが逃げ切れない可能性もある。いくらケリー先生が優男で意気地無しだったとしても、温泉あがりのリーネの姿など見ようものなら、ついうっかりということも考えられる。
ーーーだいたいケリー先生は、物腰が柔らかいから優しい人間と思われているが、俺がどんなに頼んで魔法を開発してもらっても、なんとなく適当に作っている気はしていた。今回、どうしようもなくなってケリー先生に魅力減退の魔法をかけるために学園に滞在してもらったら、すぐに個人限定の、しかも週に1回かければ継続する魔法を開発しやがった。
結局、自分に被害が及ばなければ本気で作業してくれない汚い大人の典型的人間なのかもしれない。
ーーそんな男とリーネを二人きりなんかにしたら………。
リーネに正論で説教していたら、急にリュージュが笑い出した。
「ほら、ひねくれておる。素直に『他の男と2人は心配』と言えばよいのに。嫉妬する男は見苦しいぞ、青年」
俺は眉を寄せてリュージュの首根っこを掴み、放り投げた。
「ーーー五月蝿い」
そんなこと、わかっている。だからリーネには言っていないんだ。
大体、他の人がいる時は令嬢の言葉で話すと言っていたリーネが、今、俺と2人きりなのに堅苦しい言葉遣いをしていることも気に食わなかった。
俺が指摘すると、リーネはそのことをようやく思い出して、2ヶ月も経つから忘れていたと言った。忘れられるくらいのことなのか、俺は。
俺は少し機嫌を悪くする。
「俺にはあっという間だったが」
「アランはね。ーーー私は淋しかったわ」
時を懐かしむように言うリーネ。
淋しかった、、、?
期待が胸を打つ。
「ーーー淋しかったのか?ーーー俺がいなくて?」
頭が花畑のリーネのことだ。そんなことではないような気はしたが、それでもどこか期待をしてしまっていたのに、俺の言葉に、リーネはわかりやすく顔を歪めた。
「え?いや、話す人がいなくて淋しかっただけだけど」
ーーーそうだよな。わかってた。わかってたんだ。 ーーーけど、思いっきり期待していた自分が恥ずかしかった。
顔が熱くて手で押さえていたら、
「アランは、殆ど私のところには来てなかったでしょう」
と、くつくつ笑った。
俺はその笑顔をそっと眺めた。
リーネの笑顔は可愛い。
顔が綺麗とか、そういうこと関係なしに。リーネは笑うと少し目元が下がる。くしゃりと顔を潰して、薔薇のような口が大きく開く。口を閉じて静かに笑う時も、こっちがつい笑ってしまうような、ずっとその一瞬を目に焼き付けておきたいような笑顔で笑う。
笑顔の1つ1つが大切な絵画のようだ。
これからは、もっとリーネと一緒にいて、記憶を増やしていきたい、と思う。
「、、、まぁ、スタジアムの件も落ち着いたし、少しは時間も取れるようになった。これからはーーー」
「アラン殿下ぁー。そこにいましたか。こんなところで油を売って。もう、2ヶ月、溜まりにたまっていた書類が、、、あれ、リーネ嬢。御一緒でしたか」
ノクトが走ってきて、俺は言葉を書き消された。
あの言い方、他の人には気付かれないかもしれないけど、長年つきあってきた俺にはわかる。リーネがいるのを知っていてわざと邪魔しにきたんだ。
書類が溜まりに溜まっているのに、何を女と話しているんだというところだろう。
俺が昨日までずっと缶詰めで神経も摩りきれた状態だったことを知っているくせに。
友達甲斐のないやつだ。
俺は立ち上がって、魔獣のことをノクトに任せ、リーネの手を引いてそこから連れ出した。
王家の馬車に乗り、スタジアムへ向かう。
馬車の中でリーネと二人きりになると、半年前のことを思い出した。
初めて会ったリーネは、毛糸のマフラーに毛糸の帽子を深く被って顔を隠してたからあまり見えなかったけれど、改めて公爵家に迎えに行ってリーネを見たときの俺の動揺は、今でも思い出せる。
リーネがあまりに綺麗だったから、俺はリーネの顔を全く見ることができなかった。このままでは買い物もできないと、慌ててどうにかリーネの顔を隠そうと、がむしゃらに隠すものを探したあの日。
子供だったなと今になって思うが、結局、今でも魔法がないとリーネの顔が見れないのだから、全く成長していないのかもしれない。
「リーネ。もうすぐ着くぞ」
俺が馬車の窓からスタジアムを指差すと、リーネは満面の笑みで窓から身を乗り出してスタジアムを眺めた。
風に吹かれてリーネの白銀の髪がなびき、俺の顔に優しく触れた。リーネの髪は絹のように柔らかい。その髪を指で触れたい衝動に駆られて、俺は我慢するために自分の指に力を込めた。
スタジアムに着くと、スタジアムの内装の件でザンドウがすぐに相談にきた。そしてリーネを見て、俺の恋人と勘違いしたようだ。
リーネはダイナ1ではずっと白鎧を着けていたから、男と思われているようで、リーネを見ても同一人物ということに繋がらなかったらしい。
リーネはすぐにばらそうとしていたが、俺はそれを止めた。
リーネは小さい頃から誘拐され続けている。その上、公爵令嬢と知れたら悪巧みする者が現れるだろう。ーーーそうリーネに言ったら、すぐに納得してくれた。
でも、本当は俺が、他のやつらに、これがリーネだとばらしたくなかっただけだった。
白鎧としてリーネは、この場所で1人の人間として認められている。その白鎧がリーネだと知れたら、リーネを見た目だけでなく中身まで好意的に思う人がでるかもしれない。ーーいや、出るに違いない。
他の男がリーネを想う。そんなの、嫌じゃないか。
スタジアムを回る間、様々な人が話しかけてきたが、その度にリーネを恋人だと言った。
リーネは複雑そうな表情をしていたが、そうすることで少しは他の男への牽制になるだろう。
ーーーようやくスタジアムを周り終わった。
「よくここまで、ちゃんとできたわね」
「ドワーフ達が頑張ってくれたからな」
俺は今度こそ、リーネに、これまでの謝罪とお礼を、心を込めて言おうと思った。
ちゃんと向き合いリーネの目を見て、感謝を述べるのだ。リーネがいなければ、このスタジアムの成功はあり得ない。
「勿論、リーネには一番、」
感謝している。そう言おうと思ったその時。
リーネの表情が一気に険しくなった。
「アラン、ーー何か怪しい人がいるわ」
スタジアムの中にこっそり入ろうとする部外者が見えた。
俺はまた謝罪と礼を言うタイミングを邪魔されて、天を仰いだ。
俺にとって謝罪と礼を改めて言うなど、かなり気合いのいることなのに、それをこうも邪魔されると、もうしなくていいのではないかという気にもなってくる。
ーーーいや、これは俺のケジメだ。
次こそちゃんとリーネに言おう。
俺達は怪しい男のあとを追いかけた。男はスタジアムに入り、スタジアムの中を一周している廊下に出た。そこをまたきょろりと見渡し、『エネルギー室』と書かれたタグの部屋に入ろうとする。そして、ポケットから小さいものを取り出し、中に投げ入れた。
ーーー爆弾だった。
瞬間、目の前に爆発したあとの惨劇が見えた。
スタジアムが壊れ、ドワーフ達は危険に曝される。スタジアムの期限は間に合わず、弟のマルクがしたり顔でこのあとのスタジアム建設に乗り出すだろう。
そこで使われる莫大な国税。本来、苦しんでいる人に使われるはずなのに。
俺はつい、その爆弾に向けて手が伸びていた。
一体、俺は魔法で何をしようとしたのだろう。
とにかく何かしなければと。
ーーーーーー頭が真っ白になった。
気付けば、爆弾に向けて飛び出したはずの俺は、リーネによって捕まえられて後ろに投げ捨てられ、爆弾も、リーネが最近教えてもらったという、吸収の魔法を使って爆弾だけでなく犯人をも消滅させられていた。
魔法は、スタジアムを半壊させたマイリントアを吸収した、あの魔法のことだろう。魔法操作能力が欠如していて使えないはずだったが、とうとう使えるようになったのか。
俺はリーネの著しい成長に驚きを隠せない。
リーネは、ものすごい早さで成長している。
公爵家で、蝶よ花よと育てられたはずのリーネ。
世間知らずで、物騒な換金所で高価な宝石を出して換金しようとしていたのは、まだたった半年前のことだ。
魔法学園の生徒なのに一切魔法を使えなかったリーネ。それなのに。
リーネは、自分の魔法が起こしたことを申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい。爆弾だけ吸収するつもりだったのに、あの男まで吸収してしまって。誰の犯行なのか、問い詰めれなくなってしまったわね、、、」
しゅんとするリーネを見ると、何でも許したくなってしまう。
甘やかしてはいけないと思うのだが。
「ここのエネルギー室を爆発させる理由は1つしかない。そしてそんなことをしようとするやつなんて問い詰めなくてもわかる」
犯人は、俺にスタジアムを建てられては困るマルクか、その周辺だろう。犯人に自白させて相手を追い詰めることはできなくなったが、スタジアムが無事だったことを素直に喜ぼう。
それより、と俺はリーネを見下ろした。
「ーーーそれより、爆発を止めてくれてーーー本当に助かった。感謝する」
俺が感謝の意を表すと、リーネは照れ臭そうに、エヘヘと、はにかんで笑った。
こういう顔。ほんと可愛い。
俺はつい、リーネの頭を撫でてしまった。
自分の手が勝手に動いてしまったことに驚く。
今までは意識もしていなかったが、触りたいと思って触っていたのでは、ただの変態だ。
別に意識していない相手なら気にならないのだろうが、いざ意識してしまうと、触ったあとに罪悪感が沸き上がる。
俺は触ってしまったことを誤魔化すように、リーネに言った。
「さて、また変な輩が仕掛けて来る前に、ケリー先生に結界の張り方を教えてもらわないとな。父に報告して、しばらく経過見るまでの間」
「丈夫な結界って、かなり魔力使うんじゃないの?」
リーネは心配げに俺を見てくる。
強力な結界。
たしかにこのスタジアム全体になるだろうし、魔力はだいぶ使うだろうが。それにここに張る結界は、魔石を使用したものにしようとザンドウと話しているんだ。だから、ずっと俺が結界を張り続けることもない。
リーネの魅力減退を学園全体に使う毎日に比べたら、どうってことのないように思えた。あの魔法は慣れるまで相当きつかった。
リーネの魅力減退のことは抜きにして、その話をすると、リーネは感心してみせる。
「そうーーーなんだ。大変だったのね」
大変ーーー?
そう、大変だった。大変だったんだけど、、、。
俺は毎日、学園にきて魔法をかけた。
皇太子としての仕事の方が忙しく、学園も休みがちになっていたのに、リーネのために毎日学園にこなければならなくなった。
使用する魔力量も半端ないし、どう考えても大変だったんだけど。
ーーーーいつの間にか、苦労ではなくなっていた。
「ーーーそうでもなかったな」
俺は呟く。
誘拐されるからと、公爵邸に閉じ込められるようにしていたリーネ。
そのリーネが、綺麗すぎるばかりに無駄に騒ぎにならず、静かに暮らせるならばーーー。
今までの押さえ込まれていた時間を取り戻すように、学園生活を楽しめるならーーー。
普通のただの女子生徒として、リーネがそこで笑えるならば、それでいい気がした。
俺は自分の腕を見る。そしてそれを強く握りしめた。
俺は今までも、人のために行動してきた。
でも、行動したことで、自分の心がこんなに温まることはなかった。
「、、、とても不思議なんだが、人のためにすることで、こんな『気持ち』になったのは初めてなんだ」
リーネだからだろうか。
そう思い、リーネに視線を送ると、リーネの透き通るスカイブルーの瞳と目が合った。
象牙のような肌。整った顔立ち。シルクを思わせる白銀の髪。
まるで極上の人形のようだが、その中に意志の強さを感じる。凛としていて気高い。
俺は、前からリーネをどこかに閉じ込めて、守りたい衝動に駆られていた。
自分の物だけにしたいような。
でもーーー違うと思った。
リーネは人形ではなく生きているし、リーネは閉じ込められてじっとしているタイプではない。
笑顔で自由に走り回っているのが、一番リーネらしい。
俺は。
リーネを守るのではなく、一緒に前を向きたいんだ。
血の通ったーーー1人の女性として。
リーネも、俺を見つめていた。
ーーーー触りたいと思った。
その手に。その髪に。
俺がリーネに触れて、リーネが笑ってくれたら、どんなに幸せだろう。
少しリーネに手を伸ばそうとして、手が上手に動かない自分に気がついた。
ーーー緊張しているのか。ーーーこの俺が?
怖いとも思った。
ただ1つ年下の女の子。その女の子に触れることが、意識してしまうとこんなにも。
ーーーー心臓の音が耳にうるさい。
「ーーー触れても、、、いいだろうか」
俺は、それを言うのが精一杯だった。
謝罪とか、感謝の礼とか、そういうこと全て頭からぶっ飛んで、ただリーネの『赦し』が欲しかった。
俺を受け入れて欲しかった。
リーネの、その透き通る肌を、俺が触れるーー罪にも思えるその行為も。
リーネは驚いた顔で俺をただ見上げていた。
戸惑って、長い睫毛を生やした瞼だけが、パチパチと動く。
その顔に『不快』は感じられなかった。
嫌ではないのだろう。でもーーー受け入れるには時間がかかりそうだった。
しぱらく待ったが、リーネは不動の状態でじわじわと頬を紅潮させていくだけだ。
ただ、その紅潮の仕方にやや覚えがあった。
リーネの耳元で俺が声をかけた時。
いつもリーネは耳を押さえながら真っ赤な顔で俺を見上げてくる。
俺の声を、多分リーネは好きだ。
そして今、その時と同じように頬を染めている。
それなのに、うんともすんとも言わないリーネに、俺はしびれをきたして、少しだけ、リーネに触れた。
右手で、リーネの人差し指の先を摘まむ。
拒否されるだろうか。
ーーーリーネの顔を確認すると、はね除ける様子ではなかった。薔薇色の口元は、少し力が入って何かを我慢しているようだが、俺を見る瞳にやはり嫌悪はない。
俺がもう少しと、その摘まんだ指から手をずらして、リーネの細い人差し指全体を包むように握ると、今度こそ一気にリーネの顔は真っ赤に染まった。
それでもリーネは何も言わない。
何をそんなに我慢しているのかわからなかった。
ただ、タコのように真っ赤になったリーネが、とても可愛くて。ーーー可愛すぎた。
「リーネ。ーーー顔がすごく赤いぞ」
俺もリーネにつられて顔が赤い気がする。
ほんのりと頬に熱を感じながら、俺は誤魔化すように、からかうようにリーネに笑った。
ーーーリーネに触れれたことが思ったより嬉しすぎたようで、俺の笑った顔はいつもより崩れてしまったかもしれない。
そう思った時。リーネはこれ以上ないというほどに顔を赤くして、そのまま後ろに倒れてしまった。慌てて俺が背中を支えたから、頭までは打たなかったが。
完全に意識を失っており、なぜ倒れたのか考える。
ーーーリーネは箱入り娘だから、男に対する免疫はないのだろう。しかし手を握るくらいで倒れられるなら、この先の道のりはかなり長くなるに違いない。
そんなことを考えながら、それでも俺の口元は、浮かぶ笑いを堪えられず綻び続ける。
可愛いリーネ。
長い道のりでも、リーネとなら、きっと楽しい。
俺はスタジアムを去る時にしたように、リーネを両手で抱え、歩き出した。
あの時よりもずっと、俺の腕に抱えられたリーネが愛しかった。
可愛く愛しいリーネ。俺の婚約者。
ーーーーーーー君が好きだ。




