ノクトサイド~魔獣のお世話
スタジアムの再建。
それはアラン皇子派としては一大イベントだった。
最近、リンドウ帝国の情勢は本当に危うい。
いつ何が起こってもおかしくない状況というのは、外だけでなく内側も怪しい動きが目立ってきていた。
一番わかりやすいのは、アラン皇子の義弟マルク皇子を皇太子にと企むものだ。
アラン皇子とマルク皇子は、父は同じ皇帝だが、母が違う。現皇后はアラン皇子の実の母でないため、弟ばかり可愛がる様子は以前から見せていたが、最近は露骨にアラン皇子と対立するようになった。
マルク皇子は出来が悪く、とても皇太子、ひいては皇帝になどなれそうもないが、傀儡としては賢い皇帝よりも扱いやすいのかもしれない。
外部からもアラン皇子に対し、事実無根の中傷をしてくることが増え出した。
そこにスタジアムの再建を皇帝から依頼されたのだ。良く考えればアラン皇子の名誉回復。悪く考えればアラン皇子を更に蹴落とす作戦のように思えた。
猶予期間が3ヶ月という無謀な設定を考えると、後者である可能性が高い。
絶対に失敗するわけにはいかなかった。
アラン皇子にしては珍しく、壁に行き当たっていたようだった。自分の直感は信じるが、あまり人に意見を求めないアラン皇子がジル様にアドバイスをもらいにいったり、リーネ嬢に頼る様子なども見られていた。アラン皇子も必死だったに違いない。
そしてドワーフという他種族の存在を知り、協力を求め、今まで知られていなかった国内で隠されていた亜人達の解放にまで至った。
リーネ嬢の協力はあるが、そこまで短時間で達成できたのは奇跡に近い。
僕はやはり、皇帝になるのはアラン皇子しかいないとーーー本人には言わないけれど、思っている。
さて、そういうわけで、スタジアムの再建が着手され、アラン皇子はスタジアムに掛かりっきりになった。元々アラン皇子は、国内の様々な領地から送られてくるトラブルをより早く集め、その解決に尽力されていた。
今回、スタジアムの方に力を注いだばかりに、その嘆願書とも言うべき書類が山積みになっていた。僕はアラン皇子の補佐として、書類を整理してみたり、解決策を検討してみたりと自分のできることは行ってきたつもりだ。
だが、僕に一切の施行の権限はない。
たった2ヶ月だというのに積み重なり続ける書類。まるでアラン皇子が何もしていないかのような苦情の嵐。その対応をしながら、僕は書類と戦う。
僕も正直、辛かった。
そしてようやくーーースタジアムの建設に終わりが見えたという。
連日スタジアムに缶詰め状態だったアラン皇子が、とうとう学園に戻ってきた。
アラン皇子も相当疲れているだろうが、これだけは絶対に早急にしなければならないという書類だけ持って、アラン皇子の姿を探した。
休む時は生徒会室にいることが多いが、生徒会室にはおらず、他にアラン皇子がいそうな場所を回り続けた。
そして中庭で。
アラン皇子の声を聞いた。
アラン皇子の声はとにかくよく通り、男の僕が聞いてもかなり良い声をしている。
アラン皇子は、最近、婚約者であるリーネがアラン皇子の声で顔を赤くすることに気がついたらしい。
たまにわざと耳元で話しかけて、赤くなるリーネを楽しんでいるところ、本当に性格歪んでいるなと思うけれど、アラン皇子も少し嬉しそうなので僕はそれはそっとしていた。人の恋路を邪魔するのはよくない。
だけど。
ようやくアラン皇子を見つけたと思ったら、アラン皇子、早速リーネのところに行って、会話を楽しんでいるじゃないか。リーネ嬢と笑いあって幸せそうだ。
僕のこの2ヶ月の努力が、メラメラと火を燃やして唸り始めた。
僕だって本当は女の子と恋人雰囲気味わいたいのに。
「アラン皇子ーーそこにいましたか。もう、2ヶ月溜まりに溜まった書類がーーー」
僕はリーネ嬢に気付かないふりしてアラン皇子に声をかけた。わざとらしくない程度に、今、リーネ嬢に気づいたように声をかける。僕は策士だ。
「あぁ、リーネ嬢。御一緒でしたか」
言ってリーネ嬢を見ると、相変わらず極上の美女だった。白銀の髪にスカイブルーの瞳。象牙の肌に薔薇の唇。どう見ても最高位の女神。目が潰れそうなほど眩しい。
ーーーーそのリーネ嬢の横に、いつものマイリントア。そして見知らぬ生き物がいることに気づいた。赤黒い身体に、ぽってりとしたおなか。短い手足。そして足元は黄色という不思議な色した、、、恐竜、か?
リーネ嬢は、僕にその生き物がリュージュという名前で、竜神であり、竜種であることを説明した。
竜神ってあれだろ?
あの、何千年も前からいるという伝説の生き物。長い間人間を見守り、時には罰するという、テテテト山脈の守り神。
そして竜種というのは、その名の通り竜の種族で、この世界で最強の一族だ。数は希少で、殆ど残っていないと聞いていたが、、、、、、。その、竜神であり、その竜種だとでもいうのだろうか。
ーーーこの手のひらほど小さな、変な生き物が。それもまた、こともあろうにリーネ嬢の横に。
「ーーーなぜそんなことに、、、、」
ただでさえ無敵に思えるリーネが、これ以上強くなってどうする気なのだろう。
しかも、リーネ嬢は僕にそのリュージュを近づけてくる。そしてリュージュは僕をじっと見てきた。
竜独特の、瞬きの少ない真ん丸い目を見ていると、僕は自分がか弱い蛙に思えてきた。
ーーーー食べられてしまうのかな。
「マイリントアより口は悪いですが、マイリントアより悪戯はしない良い子ですので、ノクト様とも仲良くなれますわ」
「マイリントアより口が悪いって、、、それはまた」
マイリントアも充分口が悪いのに、それ以上というのは結構問題なのでは。
「ノクトか。ふふ、魔力や体力はないが、知能は人間にしてはあるようなだな。まぁ、たまには相手をしてやろうぞ」
リュージュの瞳から目が離せない。
リーネは僕とリュージュが「仲良しさん」と言って、リュージュを渡してきた。
毛がフサフサのマイリントアと違い、やはり竜は竜。爬虫類のような身体にうろこがついており、かなり固いかと思っていたが触るとブヨブヨとして温かかった。
これはこれでまた不思議な触感。リュージュも僕が触れることを嫌がっていなかった。
僕はしばらくそのブヨブヨを堪能した。
すると、アラン皇子が僕をじろりと睨み付けていることに気付く。
あーこれはあれだ。僕がリーネとの会話を邪魔したのがバレたな。
アラン皇子は立ち上がり、僕の横に立って耳打ちしてきた。
「ノクトは魔獣2匹との『デート』を楽しんでいてくれ。俺はその間、邪魔にならないようにリーネをスタジアムに案内してくる」
嫌味に笑ったアラン皇子が、これ以上ないくらい憎たらしく感じた。結局、魔獣2匹を僕に押し付けられた形になる。
確かに手のひらサイズの魔獣は可愛いけど。
片方フワフワ。
片方ブヨブヨ。
可愛いけど。
2匹が並んでいるところをみると、ちょっと顔が緩んでしまう。
ーーーまぁいいか。
「お菓子、食べますか?」
僕が2匹にポケットに入っていたクッキーを渡す。
「何のお菓子かの?お。クッキーではないか。ワレは好きじゃぞ」
「クッキーとは何ぞ。な、なんだこれは。希少な砂糖がこんなにふんだんに使われるとは」
中庭で、2匹が無我夢中でクッキーをサクサク食べる姿を見るのは、心がとても癒された。
魔獣。可愛いなぁ。
しばらくすると、マイリントアが口元にクッキーを沢山つけたまま、「そういえば」と言った。
「ノクト。お主はこの国に詳しいじゃろう?もう、悪霊の話は他に聞いておらんか?」
「悪霊?この前のやつですか?僕は聞いていませんけどね。何かそういう話がまだあるんですか?」
マイリントアは、いや、と少し言葉を濁す。
「悪霊でなくても良い。何か、不穏な動きのある情報はないか。どこかの村が急になくなったとか、どこかの川が止められたとか」
「うーん。むしろそこになってくると、よくある話なので、どこで、とも言いにくくなりますね。気になるのであれば、アラン皇子の学園内の部屋に来ますか?ここ2ヶ月の事柄は殆ど揃っていると思いますよ。普通は整理してアラン皇子が目を通したら、倉庫に直すんですけどね。まだアラン皇子が目を通せていないので」
「おお、そうか。それは助かる。ではいこうか。竜神も来るのであろ」
「、、、リュージュだ」
呟く竜神に、マイリントアは振り返る。
「ーーーなんじゃと?」
「ーーーわしの名はリュージュだ」
赤黒い身体に黄色い足をした小さい竜が。おなかをぽってりとさせたおにぎりのような形の竜が。
少し照れたように訂正してくる。
ぱあっとマイリントアの顔が明るくなった。
「なんじゃソナタ。その名前が気に入ったのか。ホッホッホッ。わかったわかったそう呼んでやろう、愛いやつめ。」
「お主に愛いと言われても嬉しくないわい」
僕はキュン死にするかと思いましたけどね。
アラン皇子の部屋に入り、纏めた書類を少しバラす。
「えっーと。聞きたいのは、どちらかというと災害のジャンルですよね。川の氾濫。橋の崩壊。堤防の決壊。あー。こっちは、ほら、西の村が飢餓で全滅したって書いてありますよ。飢餓はスラムではよく聞く話だけど、なんで西で飢餓が出るかなぁ。あっちは食料問題はあんまり聞かないのに。ーーー食物に何か疫病が出たかなぁ」
パラパラと僕が資料を捲っていくと、マイリントアが「それ」と1枚の資料を指差した。
「え?これですか?写真付きの資料ですね」
古い教会の横に畑が並ぶ、ただの写真だ。
「こんな普通の写真、、、なんでこんなのがこの中に。えっと、この事例はーーー殺人か。犯人がわからないそうです」
殺人かぁ、と僕は呟く。
基本、アラン皇子が手を出すのは、環境問題か政治問題だ。橋や川などに危険な箇所があれば被害が拡大する前に領主と相談して修繕するし、税などでおかしい部分があれば行ってそこを取り締まる人物の調査をする。
しかし犯罪になると話は別になる。
そこは領地の問題であり、騎士団の管轄である。
「怪しいのぉ」
マイリントアが呟くと、そういえば、とリュージュが言う。
「怪しいといえば、テテテト山脈の麓の教会の裏山にな、珍しい果物が生えたとかで。その果物を食べたら、人が変わったようにおかしくなると登山に来ていた人間が言っていたな。しかし捕まる人間がいないから、薬の類いではないようだと、、、」
「それはまた怪しいのぉ」
「そうだろう?わしはそんなに下界に降りぬから、噂を聞くしかなかったがーーー怪しく思い出したら怪しく感じる」
「感じるのぉ」
マイリントアは、ちらりと僕を見た。
「ーーーわかったか?」
「え?」
「鈍いのぉ。ワレがこんなにも頼んでおるのに、理解しておらんとは。これはワレの見込み違いかの。そこらの人間とノクトは違うと思うておったが」
ふぅ、とマイリントアはわざとらしくため息をつく。
「おお。マイリントアにここまで言わせるとは。ノクトとやら、わしもお主に期待したい気持ちになってきたぞ。あとさっきのクッキーとやらが気になって仕方がないのだが」
この魔獣達め。
「ーーーわかりました。とりあえずその2件を僕が調べればいいんですね。言っておきますが、僕の知らない領主の土地の話ですから、あんまり期待はしないで下さいよ。あとクッキーは、そこにある箱の中に入っています。アラン皇子宛にもらったものもあるので、注意してくださいね。アラン皇子、たまに食べたいものがなかったら鬼のように怒りますからね」
「さすがノクトじゃの」
フワフワ微笑むマイリントアと、もうすでに自分でお菓子の箱を開けてクッキーを食べ始めるリュージュと。尻尾が嬉しそうに揺れている。
ーーーー可愛すぎて辛いんですけど。




