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悪役令嬢、父と遭う

私は不本意ながら、ノクトという男に公爵邸まで連れて帰られた。

どうにか頼み込んで、家の手前で降ろしてもらい、家を出た時のように、ハチと一緒に裏から入って馬小屋にハチを戻し、私は木に登って自分の部屋に忍び込んだ。


幸い、私が外に出たことはバレていなかったようで、布団は人の形をしたまま、崩れていなかった。


私は寝巻に着替え、布団の中に潜り込む。


ようやく落ち着き、思い返すのは、ノクトのあの言葉だった。


『今度、改めて一緒にお買い物をしに出掛けませんか。婚約者である皇子も一緒に』


ビックリした。


何が悲しくて、自分が捨てられる未来の婚約者と一緒に、仲良く買い物しなきゃいけないのか。


確かに婚約者のある身で、他の男と2人で堂々と買い物なんかはご法度だろう。でも、なら皇子が一緒ならいいかというと『否』である。


ゲームの中で、ノクトと公爵令嬢は、きっと接点がないだろう。あまり影響しないなら多少の接触は我慢できる。買い物の提案も、ノクトだけなら少しは考えただろう。ゲームのメンバーとは極力関わりたくないから、結局は断っただろうけど、即答はしなかったはずだ。


皇子は、いや皇子と公爵子息ーーつまり私の兄は、私の未来を変える力が働く可能性がある。


婚約破棄されるくらいならまだ良い。

婚約破棄されるとわかってるのだから、心の覚悟もできているし、傷つくことも少ないだろう。

しかし国外追放と処刑は絶対避けなければ。

私はこの世界の生まれではない。リーネの知識があるから日常生活には困らないが、リーネはこの国の貴族の生活しか知らないのだ。

異世界に来て、市民の生活がどんなものかもわからないまま、更に知らない国に飛ばされるのは御免だ。


そもそもこちらの世界は、魔法などはあるが、文化のレベルは低い。

なので車やエレベーターは勿論、自転車や水道などもないのだ。不便極まりない。


水を飲みたい時も、洗濯する時も、井戸から水を汲むことから始まる。温水でもないから、冬の冷たい水に手を突っ込むことがあんなに苦痛なものとは思いもしなかった。


便利は人をダメにすると言うが、便利を知ってしまうともう元に戻るのは難しい。


今はまだいい。公爵令嬢として、使用人が家事その他色々やってくれてるから。でも、国外追放追放、いや、平民になるだけでも、その行為は全て、自分でやらなくてはいけなくなる。


昔はそれが当たり前の生活だったんだろうけど。

 尊敬します、昔の方々。


【チリンチリーン】


私がベッドの上からベルを鳴らすと、コンコン、とドアをノックされる。開けて入ってきたのは、私の専属メイドのカリナだ。

「お目覚めでございますか、リーネ様」


「お陰様で、ゆっくり眠れたわ。体調も少し良くなったみたい」

「そのようですね。リーネ様のお顔の血色が、いつもより良さそうです」

カリナは自分のことのように嬉しそうに微笑む。


外から帰ってきたからかしら。

焼き鳥の立ち食いはできなかったけど、良い気分転換にはなったわよね。


カリナは暖炉の中に入れてある鍋から、少しお湯を取り出して、そのお湯でタオルを濡らして絞り、適温にしてから私に渡してくれた。顔を拭くタオルだ。

「ありがとう。いつもカリナには感謝しているわ」


こういうことをしてくれている人がいるから、私は冷たい水にも、熱すぎるお湯にも触らずに快適に暮らしていけている。感謝してもしきれないくらいだ。


たが、カリナは感極まって、じわりと涙を浮かべて唇を震わせた。

「そんな勿体ないお言葉、、、」


2ヶ月前までのリーネを知っているから、尚更だろう。


「お父様に言って、カリナのお給料もあげてもらわないとね。ちゃんと仕事に見合った金額が必要よ」


カリナは専属メイド。

いわば、私の全てのコーデネーター兼秘書だ。

着ていく服装から私の行動の管理。そして整容も何もかも、カリナが中心に管理してくれている。

たかがというがされど、だ。

私はずっと家にいるだけだが、美容やマッサージ、教養、運動と令嬢の日々は忙しい。


「カリナだけでなく、他の使用人達も、ちゃんと仕事をしてくれてる人は私からお父様に言うつもりよ。私はもう貴方達を家族と思っているから」

ニッコリ笑うと、カリナはとうとう本気で泣き出した。そういうつもりではなかったんだけど。


「私はリーネ様にお仕えできるだけで幸せです」

「カリナは私よりお姉さんなんだから、そんな顔で泣いたらダメよ。若いのに皺ができちゃうわよ」

くすくすと私が笑うと、カリナも少しはにかんだ。


涙が落ち着くと、そういえば、とカリナは私の夕方の服を選びながら、呟いた。


「今日は旦那様が早くお帰りのようなので、夕食は御一緒にとのことですが」


「え?お父様が?」


今日は王様との話し合いで遅くなる予定だったはずだ。普段も仕事が忙しく、あまり一緒に食事することもないのだが。


「、、、そう、わかったわ」


私が頷くと、カリナは、では、とドレスを3枚提示してきた。

「今夜はどのドレスになさいますか?」


いわば部屋着。

毎日毎日、意味もなく、朝昼夕と3回以上服装を着替えるが、誰かと夕飯をする時も着替えることになっている。

何が楽しくてそんなに着替えなければならないのかわからないが、断る理由も見つからず、ただただ身を任せている。


用意されたドレスは、ピンク、淡い紫、茶色、の3枚のドレスだ。

これは父親対策と言っていい。


親心をくすぐるピンク。

まだ幼いがもう大人に近づいているというアピールの淡い紫。

そして、極力親心を刺激したくない時の茶色。


「茶色にするわ」

「承知致しました」


茶色といえど、色と淡い茶色をベースにした上品なドレスだ。父親に私の意図は伝わるまい。


ドレスに合わせて、白銀の髪を緩く三つ編みにして肩から流し、白くて小さな花をいくつも重ねたヘアアクセサリーで飾る。


自分で飾っておきながら、カリナは見事な芸術作品とばかりに、惚れ惚れとしたため息を漏らした。

「今日もお綺麗です、リーネ様」

「ありがと」

社交辞令と受け取ろう。目が本気だけど。


「今日はどこの部屋で食事なの?」

「温室の間です」

「なるほど。今日は特に寒いからね」


馬に乗ってる時、震えるほど寒かった。

馬車での行き来とはいえ、父親も寒かったのだろう。


「あれ?リーネ様。ずっと部屋にいらしたのに、よく今日がいつもより寒いってご存知でしたね」

不思議そうにカリナが突っ込んできたので、私はあえて、その言葉は無視して、温室の間に入っていった。


公爵邸は広い。

パーティ用のフロアだけで部屋が3つあり、食堂という名の部屋が5つある。それ以外も数え切れないほど部屋が存在し、それぞれに何かの趣向が凝らされている。


食堂5つの内の1つ。温室の間は、その名の通り、温室でできている。

エアコンはないから暖炉が3つ。そして湯気の立つ大きな釜が3つ、部屋に並べられている。

換気もしっかりされているので、一酸化炭素中毒になることもない。

その温室に合わせて、世界中から集めた、暖かい地方にしか生えないという変わった植物が植えられており、温室の植物園状態になっている。

冬はよくこの部屋を使うが、父が変わり者のため、趣向を凝らした他の部屋も適度に使っている。


温室の間のドアを開けると、むせ返るような熱気が身体を覆った。

温室で飼っている、大きな鳥が1匹、ギャーと大声で鳴く。鳥の名前はキューちゃん。部屋はこだわりすぎるくせに、鳥の名前はどうでも良かったのだろう。ありきたりすぎる。


部屋に入ると、少しずつ温度と湿度が調整されて、適温になった。

この部屋を使用するにあたって、急速に部屋を温めなければならなかったから、あんなに熱気を作っていたのだろう。

準備が整う前に来てしまったのだろう、少しだけ来るのが早かったのかもしれない。


「遅くなってしまったかな?」

ドアが開いて、お父様が部屋に入ってくる。

白を基調とした、さっぱりとした服装で、温室の雰囲気によく似合っている。

お父様は皇室の血を色濃く継いでおり、綺麗な金髪を短く切り、オールバックにしている。私は少しだけ前髪が下りている時の方が色っぽいので好きなのだが、父はオールバックを気に入っているらしい。


私は先にテーブルについていたが、お父様がきたので挨拶のため立ち上がる。

「私も先程、きたばかりです、お父様」

私を見た瞬間、父親の目がハートになるのがわかった。

「おお!愛しいリーネ。私の宝物。今日も一段と可憐だな。夕食前に食べてしまいたいほどだ」


苦笑いをするしかない。


「相変わらずお元気そうで何よりですわ、お父様」


父親は、公爵様とは思えないほど良い方なのだけど、とにかく娘を愛しすぎている。

リーネの母親が病気で亡くなってから特に、目に入れても痛くないほど、本当に食べられてしまうんじゃないかと思うほどにリーネを可愛がり、甘やかしていた。


それによって、天上天下唯我独尊少女が誕生したわけだ。責任の全てを親のせいにするのもどうか思うが、5割は親のせいだと思う。残り5割はリーネの元々の性格の悪さだ。

この異世界にきて1ヶ月。

望んでもいないのに強制的に色んな品物が部屋に届く。高価そうなアクセサリーや服や靴や雑貨など。

次々にくるから、今ではもう、その父親からの荷物は開けていなかった。


「今日の姿もとても可愛いが、この前送った紅玉のアクセサリーはつけてきてくれないのかい」

どのアクセサリーのことだろうか。

「あぁ、あれですね。あれは、素晴らしい品物だったので、特別な日につけようと、大切に保管していますの」


「僕にはリーネに会える日はいつも特別な日なんだけどね」


私の言葉に少し拗ねた顔をして父親は口を尖らす。

ちょっともうアラフォーなんだから、そういう顔は止めてください。


少し気になって聞いてみる。

「あの紅玉は、珍しい品物なんでしょうか?」

普段触れてもらえない贈り物に興味を持たれて、父親の顔が一気に明るくなった。

「そうなんだよ。わかるかい?あの鮮やかな朱をみただろう?あの石は、東の方でしか採れないという特産品なんだが、わずかな朱でさえ金貨が手の平いっぱい必要と言うんだ。なのにあの朱だろう?それはもうとんでもない価値のあるものなんだ。あの鮮やかな朱の石をみた瞬間、あ!リーネだ、と思ったんだよ。僕の稀有な宝物リーネだ、とね。そしたらつい買ってしまった。鉱山1つ失ったけど安い買い物さ」

ははは、と明るく笑う。


ガタンと私は椅子からすっ転びそうになる。

「鉱山1つですって?なんてバカなことをしてくださってるんですの???」

驚愕というしかない。

父親なのに、公爵様なのに、つい怒鳴ってしまった。

「何を怒ってるんだい、鉱山なんてまだ沢山、腐るほどある。そんなに目くじら立てて怒ることではないよ」


鉱山が腐るほどあってたまるか。


そんな石を首につけてたら、ある意味、重くて仕方ないじゃないの。重量ではなく、精神的に。


「怒ります。資源は無尽蔵ではありませんのよ。そんなお金があるならもっと公爵領の民に、、、っと、失礼しました。ここは私が口を出すところではありませんでした」


つい思っていることを口に出そうとしてしまい、私は深々と頭をさげる。


優しい父だが、腐っても公爵様。

男親の仕事に女子供が口を挟むのは禁忌だ。


一瞬だけ父親の目が鋭くなったが、すぐに元の父に戻った。

「賢い娘を持って、僕は幸せだよ」


父親は、前菜の後にきた温かいスープを、スプーンですくって口をつける。


ピリッと張り詰めた空気に、少し、冷や汗をかいた。

私はそれを気にしないよう装って、話を続ける。


「ーーーそれで?その娘に、何の用なのです?いつもは王城から戻ったら、すぐにお休みになるでしょう。あちらで食事はしてきたはずです。それでもここでまた食事をするなら、何か他に目的があるのでは」


私が言うと、父は、今度こそ心から楽しそうに、小さく笑った。


「私の宝は、ほんと賢くなったなぁ」


スープを飲む手をとめて、父は言う。

「どう話を切り出そうかと思っていたが。リーネから聞いてもらえるとありがたい」

「、、、というと?」

「今日は王に呼ばれててね。あぁ、1つは仕事のことだよ。リーネには関係ないことだが、最近、レジスタンスの勢力が増してきてるらしくてね。それの対策の話だったんだ。もう1つがね」

ちらり、と父は私を見る。


「婚約者のアラン皇子のことだ」

ドキリとした。まさかバレたのだろうか、いや、呼ばれたのは前々からだった。今日アラン皇子に会った話を王とするはずがない。


「ずっと皇子とリーネを会わせたいと言われているんだけどね。僕がずっと断ってるから」

「、、、ですわね。私も断ってますし」

「皇子がリーネの可愛さを直接見てしまったら、もうすぐにでも傍に置きたいと思ってしまうだろう?」


いや、それはないでしょう。


「でもリーネが、こんなに可愛い僕のリーネがこの家から居なくなってしまったら、僕の生き甲斐がなくなってしまう。婚姻の約束は18だ。あと3年はこのまま、誰の手にも渡す気はないからね」


これを本気で言ってるから、タチが悪い。

今の私には都合が良いけど。


「今回も、王からその話をされた。婚約してるからには、一度は皇子に会わせてくれないかと。だから僕はちゃんと言ったんだよ、うちのリーネは、身体が病弱な上に、すぐに誘拐されるから外には出せない。会いたいなら皇子がこの家に来いってね」


私は耳を疑う。本当に言ったとしたら、不敬罪で殺されるんじゃないかな、この父親。

皇子の方がこの家に来いなんて、普通言えない。


「プライドの高い皇子は絶対来ないだろう。でもどこかで1度でもリーネを見たら、きっと皇子はリーネに会いに来る。そんなの嫌だからさ。会わせたくなかったんだ」


私の食事する手も止まる。

ーーー会わせたくなかったんだ?

過去形。

会わせたくないんだ、の間違いじゃなくて?


私が父親の方を見ると、じっとこっちを見る視線とぶつかった。

今度こそ、冷たいものが身体を突き抜けていく。

ゾッとした。

父親の目が怖かった。


「今日、皇子に会ったらしいね」


「ーーーな」


なぜそれを。

ガタリと私は座っていた椅子を鳴らした。

私の横に立つカリナも、父が何を言っているのかわからず不思議そうな顔をしている。


「病弱なはずの娘が、元気に馬に乗って、換金所で換金しようとして誘拐されそうになるなんて、ちょっと、あまりにも面白くて信じ難い話だけどさ」


面白い、と言いながら、目は笑っていなかった。


「それで、皇子に助けられたんだって?あと少し皇子の行動が遅ければ、リーネはその換金所の連中が僕のつけた護衛達に皆殺しにされるのを見れただろうに」


父は恐ろしい事を言う。


「そ、それは、、、そのーーーー」


何も言い訳ができない。全て事実だからだ。

言い訳すれば、かえって悪い方に運ぶだろう。


ここは素直に謝るべきだ。

「お父様、ご、ごめんなーーー」

私が謝ろうとする声と、バタンと強くドアが開く音が重なった。


「父上は、リーネに構いすぎです」


突然部屋に入ってきたのは。

ーーージルお兄様だった。



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