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悪役令嬢、アラン皇子に連れ出される

「ーーーなんか、一匹増えてるな」


 季節は秋。

 学園の中庭の木々を染めるは緋色。

 葉は枯れ、地面に柔らかい布団が被さる。


 私がマイリントアと、竜神ーーー名前をリュージュとつけたのだが、そのリュージュとともに、中庭のベンチで公爵家お抱えシェフ特製弁当を広げて食べていると、アラン皇子が予告もなく現れた。


「アラン殿下」

 私は顔をあげて、久しぶりに見るアラン皇子の名を呼んだ。

 あれから2ヶ月。

 ドワーフ達の渾身の努力のおかげでスタジアムは殆ど完成し、アラン皇子の手を離れたらしい。

 もう弟皇子にその任務を奪われることもないだろう。


 私は赤黒い身体に足元だけ黄色のリュージュの頭を撫でて、アラン皇子の前に押し出した。

「リュージュ、と申しますの。テテテト山脈の方で見つけまして。マイリントアのお友達のようでしたので、一緒に連れて帰ってきましたのよ」


 本当は、竜神はテテテト山脈に置いていこうかと思っていた。マイリントアと違って住み処があるからだ。だけどリュージュが、今の身体ではテテテト山脈の獰猛な動物達に勝つことができないらしく、どうにかして早く元の身体を取り戻せるよう、私の傍で努力したいと言うので連れて帰ってきた。


 2ヶ月経った今では、随分と公爵家にも慣れて、マイリントアと2人で喧嘩したり食っちゃ寝したり、国内を散歩したりと下界を満喫している。

  

 おなかがぽってりとしたおにぎり型の竜種であるリュージュは、ふてぶてしくアラン皇子を見上げ、鼻を鳴らした。

「ーーーリーネの婚約者と聞いたがーーー、ふん、これではとても主の相手として認められたものではないな」

 トテトテとアラン皇子の足元まで歩いて行き、舐め回すようにアラン皇子全体を観察する。

「まだ若いし性格も歪んでおるし、魔法能力も性格に似てひねくれておる。せっかく素材は悪くないのに、素直に吸収しないせいで回り道をしておる」

「まさに!」

 マイリントアが相槌を打つ。

「多分恋愛でも素直になれず苦労するタイプだな。自分の気持ちをストレートに出しすぎると自滅するし、かといってオブラートに包んで対応できるほど器用な性格でもない。ーーまったくややこしいタイプだ。まだまだヒヨッコ。はっはっはっ」

「わかっておるではないか、ホッホッホッ」


 アラン皇子の周りに小さいもの達が(たむろ)する。アラン皇子はその2匹の背中を摘まんで、私の膝に戻した。顔が苦々しい。

「、、、なんだこいつらは」

「ーーー竜神なんですって。竜種。ケリー先生と新しいエネルギーを探しにテテテト山脈に行きましたら、そこにいて」


 アラン皇子はピクリと眉を動かす。

「ケリー先生と?ーーーまさか2人で行ったのか?」

 まるで叱咤されているような雰囲気。やはり先生と生徒が2人きりで行動するというのは、贔屓されているように思われるのだろうか。


「2人っていいますか、2人と1匹といいますか。マイリントアも一緒でしたのよ。先生のわたくしへの贔屓ではなく、ただの手伝いというか、他の生徒を誘わなかったのは、確かにわたくしの判断ミスですが…」

 もごもごと私が言い訳していると、アラン皇子はベンチの私の横に座り、小さくため息をついた。


「ーーーそんなことはどうでもいい。それより、婚約者がいる身で他の男性と2人きりに思われる状況になるというのは、周りに要らぬ誤解を受ける可能性がある。リーネも自分の立場をわきまえて、、、」


 リュージュが楽しそうに笑い出した。

「ほら、ひねくれておる。素直に『他の男と2人きりは心配』だと言えばよいのに。嫉妬する男は見苦しいぞ青年」

 聞いて、アラン皇子はリュージュの首の皮を摘まみ、遠くに放り投げた。眉間の皺が深い。

「ーーー五月蝿い」


「リュージュはたった一体でずっと長いことテテテト山脈にいたらしく、淋しかったようですのよ。その反動がでているのですわ」

「リーネ」

 すぐ隣でアラン皇子の美声に名を呼ばれ、ついドキリとする。

「2人の時は普通に喋るように言ったはずだが」

「ーーーあぁ、、、」

 そういえばそうだったと思い直す。

「そうだったわね。あれから2ヶ月経つから、忘れてしまってたわ」

「あっという間の2ヶ月だったからな」

「アランはね。ーーー私は淋しかったわ」

 ロジーや周りにいた人達がいなくなって、もう秋になってしまった。

 アラン皇子は少し目を見開く。

「ーーー淋しかったのか?ーーー俺がいなくて?」

 アラン皇子がいなくて?

「え?いや、話す人がいなくなって淋しかっただけだけど」

 私が答えると、アラン皇子の頬が一気に赤くなった。

「そ、そうか。そうだよな。リーネと一緒にいたロジーという男とか、スミレもいなくなったしな」

 少し照れて誤魔化しているアラン皇子の姿が、いつも格好つけているだけにすごく格好悪くて。

 私はくつくつと笑った。

「アランは、元から殆ど私の傍にきてなかったでしょう」

「ーーーまぁな」

 笑う私に、アラン皇子は困った様子で頭を掻いた。

「ーーーまぁ、スタジアムの件も落ち着いたし、少しは時間もとれるようになった。これからは、、、」


 その時、遠くからノクトの声が聞こえた。

「っアラン殿下ーーー!そこにいましたか、こんなところで油を売って。もう、今まで2ヶ月溜まりに溜まっていた書類が、、、あれ?リーネ嬢。御一緒でしたか。マイリントアとーーー変な生き物、、、?」

 リュージュを見て、ノクトは首を傾げる。


 私はノクトにもリュージュの紹介をした。

「リュージュと言いますの。竜神で、竜種の魔物ですのよ。マイリンのお友達ですので、これからはこの子もよろしくお願いいたしますわね」

 ノクトはわかりやすく驚いてみせる。

「竜神?竜種?、、、な、なぜそんなことに、、、」

 後退りするので、私はリュージュを持ち上げて、ノクトに近づける。

「マイリンより口は悪いですが、マイリンより悪戯はしない良い子ですから、きっとノクト様とも仲良くなれますわ」

「マイリンより口が悪いって、、、それはまた」

 私がノクトにリュージュを渡すと、ノクトは素直にそれを受け取る。

 まじまじとノクトを見つめるリュージュと、それから目を反らせないノクトのペアは、なかなか悪くなかった。


「ノクトか。ふふ、魔力や体力はないが、知能は人間にしてはある方だな。まぁ、たまには相手をしてやろうぞ」

「そ、それはどうも」

 お互い笑い合う。ノクトはぎこちないが。

「あらまぁ。もう仲良しさん。良かったですわね」


 ふと見ると、アラン皇子が不機嫌そうにしていた。

 リュージュの評価がアラン皇子よりもノクトの方が良かったから拗ねているのだろうか。

 評価が厳しかったのは、多分、アラン皇子が私の婚約者だから厳しかっただけだと思う。

 とはいえ、婚約破棄されるかもしれない関係。

 深入りしないようにはしているのに、そこはマイリントアにもリュージュにも伝わっていない。


 私の心が読める以上、2匹にはいずれ、私の本当の状況を話す日が来るかもしれない。

 ここはゲームの中の物語であることを。

 信じてくれるかどうかはわからないけれど。


 アラン皇子は立ち上がり、ノクトに何か耳打ちした。

「え?」

とノクトはいつもの困った顔をしてみせる。少しスッキリしたようなアラン皇子は、私に向き直り、私に手を伸ばした。


「さぁ。行くぞ」

 

 さぁいくぞ?

 ベンチに座ったままの私はアラン皇子を見上げた。

 アラン皇子は私を真っ直ぐに見ていた。

 どこに?と聞く雰囲気ではなく、おずおずと私はその差し出された手を握った。

 その時、アラン皇子は少しだけ口の端を嬉しそうに浮かべ、それをきゅっと力を入れて隠した。

 アラン皇子はそのまま私の手を引き、歩き出す。


 マイリントアとリュージュは、ノクトの手の中に捕まっており、私にはついてこなかった。

 ノクトがポケットからお菓子を出して、2匹に餌付けしているのを見たのを最後に、私達は学園を離れた。


※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 私達は、王家の紋章の入った馬車に乗り込み、流れ行く街並みを見ていた。

 こうしてアラン皇子と馬車に乗っていると、半年前を思い出す。

 アラン皇子とは、当時まだ知り合ったばかりで、お互い良い印象はなかった。特にアラン皇子が私の姿からずっと目を反らすので、とても不快だったのを覚えている。


 そういえば、と思う。

 今日は目を反らしてこない。大抵、私の顔を見ると大袈裟に顔を反らしてくるアラン皇子が、今日は普通に、ーーーそう、白鎧をつけている時のように私を見ていた。

 私の顔に慣れたのだろうか。

 何とかは3日で慣れるというし、嫌いな顔も努力すれば慣れるものなのかもしれない。


 それにしてもあれから半年か。

 早いものだ。

 あの時はまだアラン皇子も、どことなく幼い少年の雰囲気を残していたのに、たった半年で背も伸びて顔つきも青年になった気がする。

 当時は私にも愛想笑いするくらいは距離があったけど、少しずつ素が出てきて、今ではただの格好付けのひねくれものだ。完璧皇子という名など、猫の皮と一緒にどこかに捨ててきてしまったようだ。


「ーーーリーネ。ほら、もうすぐ着くぞ」

 アラン皇子から声がかかり、私は馬車の窓から外を眺めた。

「わぁっ!!!」

 私は馬車から顔を乗りだし、冷たい風を受けた。

 私の白銀の髪が隣に座るアラン皇子の顔にかかるが、それを気にする余裕はなかった。

「スタジアム!!!」


 そこは、半壊になったスタジアムのあった場所。

 新しいスタジアムは、元のスタジアムよりも外壁が高い。時間がないはずなのに壁に模様もついている。

 王都の端の寂れた場所で、周囲も焼け野原になっていたのに、あらたに樹木が植えられ、道路も整備されていた。

「あとは内装だけで完了だ。これでようやく父に報告できる」

 アラン皇子は満足そうだ。

「皇帝も喜ぶわね。3ヶ月という短い期限でちゃんと完成させちゃうなんて、自慢の息子だわ」

「ーーーそうだろうか」

 アラン皇子の顔に少しだけ陰がかかった。

 やはり皇帝はおかしくなっているのだろうか。穏やかで優しい皇帝だったはずなのに、最近は他国に容赦なく侵攻していると聞いた。

 リンドウ帝国の情勢は悪化を辿る一方だ。

 ーーー一体、何故。


 私とアランが馬車から降りると、ドワーフのザンドウが近寄ってきた。

「アラン。来たか。内装だがな、あの壁紙より…おや。連れがいたのか、これは失礼した」

 ザンドウは少し気まずそうに頭を掻いた。私が誰かわかっていないらしい。そういえば私はザンドウの前ではいつも白鎧をつけていた気がする。


 ザンドウは、私の顔をみて少しニヤリとしてみせた。

「ーーーアランの旦那もすみに置けないな。こんな美人を連れるだなんて。恋人かい」

「な。恋人なんてっ」

 私は慌てて手を振った。

「私はほら、あの白鎧の、、むぐっ」

 アラン皇子に後ろから抱きしめるように口を塞がれ、私はそれ以上話せなくなる。アラン皇子が私の代わりに話を続けた。

「そうなんだ。でも照れ屋なんで、素直になってくれなくてな。ーーー女心は難しい」

「わはは、確かにな。うちの奥さんもそうだった」

 笑ってザンドウは、アラン皇子と少し内装の話をして去っていった。

「何で隠すの?」

「正体ばらしてまた誘拐されたらいけないからな。ザンドウは流石にしないだろうが、ここはまだ素性の知らない者が多い。用心していて損はないだろ」

 そういえば私が白鎧で男のふりをしているのもそういう理由だった。

 納得して、私は歩き出したアランについていき、スタジアムの中を見学していった。

 その都度、アラン皇子に声をかけてくる人がいたが、アランは常に私を『恋人』と称し、その度に私は、くすぐったい気分になった。


 アラン皇子の恋人。

 そんなの、あちらでのゲームで疑似恋愛をして以来だ。


 私はアラン皇子が好きでーーー勿論、疑似恋愛と知りつつもついのめり込んだ。アラン皇子の、一途な情熱が好きだった。

 別に私はぐいぐいくる男が好きなわけではない。ただアラン皇子がひたむきに、本当に自分が聖女を好きなんだと相手に理解させる努力をし続ける姿が格好良かった。


 ーーーでもあれは、聖女だったからだ。

 純粋で素直で優しくて思いやりがあって。

 ふわふわのピンクの髪で女らしく可愛い、守りたくなる女性だったから、アラン皇子もあんなに惚れたのだろう。


 私とは全く違う人。

 間違いなく、リーネではない。

 悪役令嬢は、決して、守られる側の人間ではないのだから。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 スタジアムをぐるりと一周して、私達はスタジアムを見て回った。

 スタジアムを作る材料も、ザンドウお勧めの場所にある土と特殊な草を混ぜることで、あちらの世界でいうコンクリートのような固さと揺れに強い軟らかさを実現することができているようだ。ザンドウはスタジアムの形はもう元からあるもので決まっていると言っていたが、その上で超一流の手直しをして、満足いく仕上がりになっていた。


「よくここまで、ちゃんと出来たものね」

「ドワーフ達が頑張ってくれたからな」

 言って、アラン皇子は私を見る。アラン皇子の息を飲む音が聞こえた。

 

「、、、勿論、リーネには一番、、、」

「ーーーアラン。何か怪しい人がいるわ」


 スタジアムの裏手。

 わかりにくいが確かにコソコソと動く人影が見えた。


「ーーー静かに、追ってみましょう」

 アラン皇子を振り替えると、アラン皇子は額に手を乗せて、天を仰いでいた。何か非常に悔しそうだ。


「アラン。何してるの。逃げられちゃうわよ?」

「ーーーわかってる」

 アラン皇子は気持ちを入れ換えて、私に並んだ。

 

 コソコソとする男は、1人だった。

 裏手からスタジアムの中に入り、スタジアムを一周する内側の廊下に出た。

 男はきょろりと見渡し、何処かを探していた。

「どこに行く気かしら」

 私は小声でアラン皇子に囁く。

「さて、、、どこだろうな」 

「あれだけ怪しい動きをしているんだもの。もう捕まえてしまってもいいんじゃないの?」

 私が言うと、アラン皇子に少し冷たい視線をぶつけられた。絶対、今、脳筋だと思ったでしょ、と言いたい。

「ーーーあいつが何を目的として侵入したのか知らないと、問い詰めた時に言い逃れされてしまうだろ」

「ーーー勿論、わかってるわよ。当たり前でしょ。私だって脳筋じゃなく、ちゃんと考えてるんだから」

 悔しくて私は強がってみせた。


 男が動いた。

 どこかの部屋の扉を開ける。

 扉のタグには『エネルギー室』と書かれていた。


 中に入るのかと思えば、男は中に入らずポケットから何かを取り出した。

 手のひらサイズのーーーあれは。

 ーーー爆弾!!


 スタジアムのエネルギー室は、スタジアムの動力を全てまかなうようにできている。つまり、エネルギー室が爆発したら、連動して大爆発が起こってしまう。


 下手したらスタジアム全体が破壊するかも。


「ダメっ!!!!」


 アラン皇子が飛び出すのと、私が腕を伸ばすのが、ほぼ同時だった。アラン皇子は魔法で爆弾を壊そうとしたようだが、それこそ下手したら爆弾以上の起爆装置になりかねない。それどころか、アラン皇子が爆発に巻き込まれてしまうかも。

 私は伸ばした手でアラン皇子を掴み、後ろに放り投げた。

 もう片方の手でこの前習得した簡易的な魔法を使う。

 ほんの僅かだけ。

 黒い糸2本程度だけ。


 それだけで黒い糸がくるくると巻いて数ミリの石のようになる。

 黒い石はごうっと音を立てて、投げられた爆弾と、その爆弾を投げた男を吸収した。

 

 アラン皇子は、目を丸くさせて私とその数ミリしかない大きさの黒い石を見比べる。

「ーーー何だ、今のは」

 アラン皇子は驚きを隠せない様子だった。

「この前、テテテト山脈に行った時に、リュージュに魔法を教わって、少しだけ使えるようになったのよ。ーーー魔法といってもまだ吸収しかできないんだけど」

「吸収、、、あぁ、そうか。そうだったな」


 アラン皇子は、スタジアムで私が出した黒い玉が巨大なマイリントアを吸収したのを目の前で見たのだ。それを思い出したのかもしれない。


「でも、ごめんなさい。爆弾だけ吸収するつもりだったのに、あの男まで吸収してしまって。誰の犯行なのか、問い詰めれなくなってしまったわね、、、」

 私がしゅんとすると、アラン皇子は眉をハの字にして、いいやと首を振った。

「ここのエネルギー室を爆発させる理由は1つしかない。そしてそんなことをしようとするやつなんて問い詰めなくてもわかる。ーーーそれより、爆発を止めてくれてーーー本当に助かった。感謝する」

 アラン皇子に素直に感謝されて、私はつい照れ臭くて、エヘヘとはにかんで笑ってみせる。

 アラン皇子がそんな私に目を細めて、くしゃりと私の頭を撫でた。


「さて。また変な輩が仕掛けてくる前に、ケリー先生に結界の張り方を教えてもらわないとな。父に報告して、しばらく経過見るまでの間」

「丈夫な結界って、かなり魔力使うんじゃないの?」

「それは大丈夫だ。ケリー先生が魅力減退の新しーーーぐふん」


 アラン皇子は一度会話を止める。何度か咳払いをして、改めて話し出した。

「ーーーいつも使っていた、かなり魔力消費が激しい魔法の代わりの魔法を開発してくれて、常時魔法をかける必要がなくなったんだ。あの魔法に比べたら、結界なんて全然問題ない」

「そうーーーなんだ。大変だったのね」

 強力な結界より魔力消費が激しい常時の魔法って、よっぽどのものなのだろうと予想する。

 アラン皇子も苦労人か。

 そう思った時、アラン皇子は、自分自身と確認しあうようにして、少し笑った。


「いやーーそうでもなかったな」

 

「?」

 明らかに大変そうな魔法を『そうでもない』と意味深な否定の仕方。気になってアラン皇子を見上げると、アラン皇子の紫の瞳が、真っ直ぐに私を見ていた。


 光に溶けそうな金色の髪がさらりと風になびく。


 深い、アメジストよりも深い色した瞳に数秒見つめられただけで、まるで何か酔ったような、頭の芯が熱くなるような感覚に襲われる。


「、、、とても不思議なんだが、人のためにすることで、こんな『気持ち』になったのは初めてなんだ」


 優しいトーンの美声が耳に近く、更に私を痺れさせる。私は自分の胸の不調律に動揺していると、アラン皇子は私に視線を合わせたまま、少し黙った。

 アラン皇子の指が、少しぎこちなく揺れる。

 どう動かしていいかわからないように、その手を私の方に少しだけ傾け、不自然な形で手が止まった。


「ーーーー触れても、、、いいだろうか」


 ????と頭の思考がショートしそうになる。

 私はアラン皇子の瞳をしっかりと見返した。

 私に?

 なんで?

 さっき学園から馬車に乗せたために手を引っ張った時は何も言わなかったのに。私の話を止めるために口を塞いだ時も。


 触れる?ーーーどこに?


 私は言葉が出てこなかった。アラン皇子の深い瞳に身体中の神経が麻痺させられたように。

 脳の何かが壊れるようでもあり、私はどこか恐怖して『無理』と言いそうになるのをグッとこらえた。

 目の前のアラン皇子に『無理』と言われてかなり傷ついた自分を思い出す。

 目の前にいる人に無理と言ってはいけない。いけないがーーーこれ以上見つめられるのは本当にーーー。


 私がアラン皇子の瞳に麻痺して直立不動になっていたら、アラン皇子も少ししびれをきたし、僅かに手が動いた。


 戸惑う右手で、私の左手の人差し指をちょこんと握る。


 何それ。


 それでも私が拒否しないのを確認して、アラン皇子はその手を少しずらし、私の人差し指を包むように握ってきた。

 アラン皇子の手の温かさが私の人差し指に一気に伝わる。


 これはゲームではない。目の前のアラン皇子は私の前にちゃんといて。

 ちゃんとした3Dの、いや4Dの。

 いや三次元の。ーーーいや、もうーーー何これ。


 アラン皇子の握る指が、心臓になったようだ。

 アラン皇子の体温が温かく、すべての感覚が指に集中するようなーーー不思議な浮遊感。


 私が動けないでいると、アラン皇子が小さく呟いた。

「ーーーリーネ。ーーーすごく顔が赤いぞ」

 少し照れたような、少しはにかんだような。


 それでいて、これ以上ない至高の美貌が私の目の前で笑って。


 ーーーーー私は限界に達し、

 ーーーーーそのまま気を失った。

 

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