アランサイド~辺境伯と呑む
本当はリーネだけがカナタイド辺境伯邸に潜入するなんて、俺は反対だった。
だが、スタジアムに関してはドワーフに頼る他に方法は思い付かず、そのドワーフからせっかく設計図を作る許可を貰えたのに、ドワーフが外に出れないなら意味がない。
流れは間違いなくドワーフ方向だった。
探せばまだ沢山方法はあるのかもしれない。だが、流れに乗っている時はその方に行く方が正解だったりする。
だから俺は、辺境伯領地に偵察に行くというリーネの提案に乗ることにした。何かあればすぐに転移の魔道具で帰ってくるようにと念を押して。
カナタイド辺境伯領地では、何かの理由で、許された人以外は魔法を使うとそれと同等の魔力量で攻撃を食らう。それは理解していたが、魔道具もそれに相当することを失念していた。
転移の魔道具がどれだけの魔力相当になるかは知らないが、知る限りで転移魔法を使える人は魔法能力が天才級であるジル1人だけだし、転移の魔道具も笑えるほど高価だ。なのでカナタイドでそれらを使用した場合、結構なダメージを受けそうな気がした。
俺はすぐに計画中止の早馬を出した。足の遅い馬車なら間に合うはずだったのに、リーネは何を思ったか、自分の足で走ってカナタイドまで向かったようだ。それによって早馬が間に合わなかった。
リーネの頭は多分、筋肉でできているんだと思う。
情報が不確かな場所に皇子は行かせられないと言われてリーネと行くのを諦めたが、やはり自分もカナタイドに行った方が良かったのではと悩んでいる間に2日が過ぎた。
リーネを信じたいが、リーネはたまに驚くほど呆れた行動をとることがある。
今のところ、この皇都では大きな問題にならず、むしろ好転していることが多いのでついリーネに任せてしまうが、心配に変わりはなかった。
そんな時、カナタイドの他国からの戦に対しての応援要請が届き、慌てて出陣の準備をしているところに、とある念思が届いた。自分がテイムした魔物でもない、マイリントアからだった。
『カナタイドのコアを掌握したぞ。魔法が使えるから今すぐ来い』
1国の皇子がなぜ手のひらサイズの魔物に命令されないといけないのかと腹が立つが、かといってそのせいで拒否するには、とても重要で有難い内容だった。
俺は王宮騎士団にすぐにカナタイドに向かうように命令し、俺自身は黒鎧と共に転移の魔道具で一足先にカナタイドに向かった。
転移の魔道具は高価だ。黒鎧分を使うのは痛手だった。
だがケチと節約家は別なのだ。使うべきところで使わずしてどうする。
俺がカナタイドに着いた時、リーネはショートカットの茶色の髪の女を庇うようにして戦っていた。リーネにしては珍しく、剣の動きが鈍かった。息を切らして、肩で呼吸をしている。全身血塗れで顔色まではわからないが、体調が優れないようだ。
あの服についた血が、リーネのものかもしれないと思うと、心臓が張り裂けそうになった。
しかしリーネが敵を斬るとそれに呼応するように、カナタイドの兵が、領民が、リーネの傍に行き、徐々に増えていく。
まるでリーネが率いた軍隊のようだった。
本人はそんなつもりはないだろうが。
その後、魔術師達が巨大なエネルギーでリーネ達諸共に守護の塔を壊そうとしていたので、俺が相殺させてやった。
ちょっとだけ魔力量オーバーして、風圧で何人かをぶっ飛ばしてしまったのは秘密だ。
落ち着いてから、俺は辺境伯令嬢のレイラと挨拶した。レイラは皇太子である俺と話す時、真っ赤な顔をして話をしていたが、レイラの視線はリーネ寄りだったのに気付く。
恋愛感情とまではいかずとも、憧れに近いのかもしれない。
リーネの魅力の効果は、リーネを好意的に思っていると特に影響が出やすいようだから、せっかくリーネに伊達メガネをかけてやったのに、リーネが公爵令嬢として挨拶するのに邪魔だからと外してしまうから、案の定、リーネの魅力にやられてレイラは気絶してしまった。
ほらみたことかと言ってやりたかった。
辺境伯邸に行ったのは、そのレイラが目を覚ましてからだった。白髪の執事とレイラにドワーフの件を説明し、リーネも交えて段取りを練る。
辺境伯は頑固だ、頭が固いだ、偏屈親父だとそれぞれが言う。そこまで言うほどではないだろうと思っていたら、カナタイド辺境伯は、想像以上の偏屈親父だった。
俺の事情を知って納得した上で、提案の全てを拒否してきた。
これはまずいなと焦りを覚える。
何を言ってもダメだった。
壁のような身体をしてると思ったが、心まで壁を持っていやがる。俺はこれから、あの男の事を、Mr.ウォール(壁)と呼ぼうと思った。
ところで、辺境伯邸に行って、Mr.ウォールの様子を見ていると、どうもリーネのモンスター、マイリントアに執着しているようだった。なんであんな緑と紫の斑模様をしたモンスターが可愛いのかわからないが、リーネと取り合いのようになっていた。そして俺が見逃さなかったのは、Mr.ウォールの髪飾りだ。
紫のリボンって、なかなか中年の男は髪につけないと思う。
結論。Mr.ウォールは『可愛いもの好き』だ。
全く見た目から想像もつかないが。
そして考えた策がある。その作戦が吉とでるか凶とでるかはわからないが、少なくとも今のままではドワーフの解放の確率は0で間違いなかった。
俺は最後の賭けに出た。Mr.ウォールを連れて、転移の魔道具を使用する。絶対逃がすまいと、俺は持てる力を振り絞ってMr.ウォールを捕まえた。何か言いたそうにしていたが、そんなことは気にしない。
行って帰って2時間くらいのつもりだ。
そのくらいなら大丈夫だろうと、その場をリーネに託し、俺は転移したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
辿り着いたのは、ダイナ1。
目的地予定どおりの、宿屋兼酒場の前だった。
獣人や他種族がうろつき、酒場では何かあったのか宴会騒ぎになっている。
Mr.ウォールは、さすがにここがどこか、わかったようだ。
「ア、アラン殿下、、、なぜ俺をここへ、、、」
「おー!アラン!どうした、何かわかったか?」
ドワーフの若い男が俺に声をかける。頭の固いMr.ウォールは、俺がアランと呼ばれただけで怒り狂いそうな顔をしていた。皇族を呼び捨てにしたことに腹を立てたようだ。
俺はMr.ウォールに、首を振って制止する。
次に俺に声をかけたのはエルフの若い女性だった。長い髪に、胸の開いた薄手の布を、肌に密着させたデザインで着こなしている。スタイルがかなり良いからとてもセクシーだ。
「ねぇ、アラン?私は別にこのままでもいいけどねぇ。ダイナ1のままで、私は何も問題ないよ。でも、ちょっとだけ海ってものが見たいかなぁ」
「やだぁ。私は色んなところに行ってみたい。色んなところに行って、いろんな男と逢うの。こんな狭いところじゃ、絶対に運命のひとなんて見つけられないわ」
ショートカットのエルフが、ミニスカートで長い髪の女性に絡む。二人揃うとエロ度がすごい。
「ほら、Mr.、、、じゃなくて、辺境伯。こっちだ」
Mr.ウォールは、呆然としながら、辺りの様子を挙動不審に眺めていた。
戦場では堂々たる最強格の男だろうが、ここではただの木偶の坊の巨人になっている。
俺はMr.ウォールを酒場の中に連れていった。
いつものように、小さい女の子が忙しそうに店中を走り回っている。
俺は少女に声をかけた。
「精がでるなニーノ。こっちにもメニュー表をもらっていいか?」
「アラン。あなた今日は大丈夫なの?また酔い潰れないでよ?」
ぶっきらぼうに言いながら、俺の腰よりも低い身長の人間ーーー多分まだ6歳くらいのニーノは、俺にメニューを渡してきた。
「辺境伯、何を頼む?」
「い、いや俺はーーー」
こんなところでは食事はしない、と顔に書いてある。野蛮そうな顔をしているくせに、結局は貴族のおじさんということか。
ふ、と俺は笑いそうになる。
今日はその皮を剥ぎに連れてきたんだ。
俺はニーノを呼び、小声で耳打ちする。そして、メニューにある全てのものを持ってきて貰うように注文した。
「了解!ただし、高くつくよ」
「わかってる」
俺は先に運ばれてきたエールをMr.ウォールに手渡した。Mr.ウォールは俺(皇太子)の酒が飲めないのか作戦に引っ掛かり、エールのグラスを受け取った。
ずっと手に挟まれていたマイリントアが、片手が外れたことでようやく抜け出し、汗をびっしょりとかいていた。
「た、助かった。死ぬかと思ったぞよ。お?ここは酒場か。いいのぉ。ワレも飲むぞ」
「じゃあ乾杯っ!」
周りもそれに乗って、乾杯の嵐になった。
乾杯後も、みんなの笑い声が鳴り止まない。
「アラン。持ってきたよ」
とてとてと、小さいキツネの獣人が注文した料理を持ってくる。その後ろでは、小さいウサギの獣人が熱いスープをフラフラしながら運んできた。
一瞬でMr.ウォールの瞳が輝いた。手が子供の獣人のに伸びてしまいそうなのをぐっと堪えている。
小ウサギは、テーブルにスープを置く時、つい熱くてドスンと置いてしまい、俺の服に少しスープが零れた。
「あっ。ご、ごめんなさいっ」
おどつく小ウサギの頭を俺は撫でる。
「このくらい、洗えば取れる。大丈夫だ」
俺が言うと小ウサギはニコぅと笑って、厨房に帰って行った。
Mr.ウォールは、その2匹の獣人の背中を目で追いかける。厨房に消えると少し淋しそうにした。
「ミス、、、辺境伯。どうだ、ちゃんと飲んでるか?」
ちらりと俺がMr.ウォールが手に持つエールを確認すると、全然進んでいなかった。俺がじっとそのエールを見つめると、Mr.ウォールは慌てて一気にエールを飲み干した。俺は笑って手を叩く。
「お、いい飲みっぷり。ニーノ、エールおかわり」
「はぁい」
それからMr.エールはたがが外れたようにエールを飲みだした。
料理は様々な獣人や他種族のもの達が、それぞれ入れ替わりながら運んでくる。これは俺が最初にニーノに頼んだことだった。
亜人と言って嫌悪する存在を理解するには、まずはちゃんと実際会ってから知る方がいい。そう思ったからだ。
みんな、俺の計画を知っているわけではないだろうに、料理を持ってくる度に俺やMr.ウォールに気さくに話しかけていった。
Mr.ウォールの嫌悪する亜人という存在は、こんなにも気持ち良い存在なんだぞと。
俺はMr.ウォールにそう言いたかった。
少し国内に出たから処刑?
戦をいつか起こすに決まっている。だからずっとこの地に閉じ込める?
ーーーそんなの、糞くらえだ。
俺も少しエールが回ってきたのか、眠くなってきた。
今日は流石に眠ってはいけないと、Mr.ウォールに見えないように自分の手をつねる。
その時、食事をがっついているマイリントアと目が合った。マイリントアは、さも可笑しいというように目を細める。
「ーーー何だ?」
俺がマイリントアを睨むと、マイリントアは、トコトコと俺のところにきて、耳元で囁いた。
「、、、酔っているお主に教えてやるが、実はワレ、主以外の心の声も聞くことができてなぁ。お主の声が面白うて、面白うての。教えてやればいい。お主の思っておること。ちゃんと言わぬとわからぬぞ。『みすたーうぉーる』は、自分への壁も厚いからのぉ」
「っっっーーー」
俺は心を読まれて顔が熱くなる。全てお見通しか。
ほんと、マイリントアは、大きくても小さくても厄介なモンスターだ。
俺はMr.ウォールに声をかけた。
「辺境伯。ちゃんと食べてるか?食べてから飲まないと、身体を壊すぞ」
Mr.ウォールの前にはエールが山積みになっていた。流石巨体。体積分までアルコールが回るのにかなりの量がいるのだろう。
「ーーーわかっている」
Mr.ウォールの目も、ややトロンとしていた。口調が敬語じゃなくなっているところから、見た目より酔っているのかもしれない。
俺は自分が特に美味しいと思った料理をMr.ウォールの方に押しやり、そのまま食べさせた。
「辺境伯。美味しいだろ」
「ーーーあぁ。美味しい、、、な」
Mr.ウォールは、本心でそう思った自分が不思議そうだった。
「そうか」
俺はつい笑ってしまう。
気づけばMr.ウォールはさっきの小キツネを膝に乗せていた。小ウサギはMr.ウォールの肩に乗って、楽しそうに足をブラブラさせている。
小ウサギが、嬉しそうに言った。
「肩車。お父ちゃんにしてもらって以来だぁ」
Mr.ウォールは、そうか、と微笑む。
「お父ちゃんはどこにいる?この酒場で飲んでいるのか?」
「いいや。お父ちゃんは去年死んだんだ。お母ちゃんが病気になって薬が欲しかったから探してたら、門の向こうに草が生えてて。それを取ろうとして、殺されたって。ーーーバカみたいだ。門の傍に薬草なんか生えるわけないじゃないか」
平然とした様子で言う小ウサギ。
しかし、その目からポトリと滴が落ちた。
「ーーーでも、肩車は、まだして欲しかったなぁ」
聞いていた小キツネが言った。
「お前はまだいいじゃないか。病気とはいえお母ちゃんがいるだろ。俺はどっちもいないんだぞ。ここに来るまでに飢えて死んでしまったんだ。もう少し早くここに着いていれば、2人とも助かったかもしれないのに」
Mr.ウォールは、その話を聞きながら、子供達に聞いた。
「ここに来たら助かるのか?なぜここに」
「ここだけじゃないけどな。ここは人間が来てくれるから。この草も生えないような土地じゃ、何もできないし。でも人間が作るための材料を持ってきてくれる。作ったら代わりに売ってくれて、そのお金で好きなものを買えるんだ。でも、そうしてくれるようになったのは最近って聞いたよ。なんでだろうね」
「、、、、なんでだろうな」
Mr.ウォールは、小さく呟いた。
急に、Mr.ウォールが何かを考え出したようだった。
俺はマイリントアが皿の上の食事をあまりにモシャモシャ食べ続けるものだから、その姿につい見入ってしまって、少しの間、Mr.ウォールから目が離れてしまっていた。
Mr.ウォールが俺に何か話しかけたようだが、俺は聞いておらず。
代わりに、ニーノが返事をしてくれた。
「そんなの、気にする方がおかしいわ」
どん、どん、と温かいお茶を分厚いコップに入れて、ニーノは差し出してくれる。
「あなた達、酔って倒れられたらほんと困るんだから、ちゃんとたまには酔いを冷ましなさいよ。ほら、温かいものでも飲んで。で?おじさん。さっきのことだけど」
「ーーーおじさん、、、」
子供におじさんと呼ばれてMr.ウォールはショックを受けている。それを気にせず、ニーノは続けた。
「他人のことは他人しかわからないんだから、考えるふりをするのはやめなさい。失礼よ。それでも考えたいなら、考える先に自分が相手に何をしてやれるのかを考える方が親切ってやつじゃないの」
Mr.ウォールは目を見開いている。
「、、、君は、、、人間か?なぜ人間が、、、いや、人間の子供がここで働いているんだ」
ふん、とニーノは鼻を鳴らす。
「何よ。ここで働きたいから働いてて何が悪いの?ここが自分の場所だからここにいるのよ。自分の居場所くらい自分で選びたいじゃない。どこもいけないなら、そこで自分の場所をみつけるしかないじゃない。そのことに人間だとか、子供とかって理由はいらないわ」
ニーノはMr.ウォールから膝の上の小キツネを奪い、俺の横にやってきた。俺の頭をがしりと掴む。
「おじさん、ほら見てよ。この偉ぶったお兄さんも、この小キツネも、私も。同じ2つの目。鼻。口。何が違うの?同じように何かに悩んで、同じようにお腹空いて。みんなが同じはずないし、でも何も違わない。ーーーそれでいいんじゃないの?私はそう思って生きてるけど」
ニーノがあまりに凛として言うから、俺はつい、思ったことを言ってしまった。
「え。ニーノは何かに悩むのか?」
瞬間、ガツッと、俺が座っている椅子の脚を蹴られた。
労働少女怖い。
「私を何だと思ってるのよ」
ギャハハと聞いていた後ろの客が笑った。ネズミと馬の獣人が大きさも違うのに仲良さそうに飲んでいる。
「兄ちゃん、ニーノに絡んだら恐ろしいからな。気を付けなよ」
「、、、よぅく分かった。気を付ける」
俺が素直に受けとると突然Mr.ウォールが声を出した。
「っはっ」
何事かと俺は身を仰け反る。
「ーーーははははは。ははははははは」
Mr.ウォールは笑っていた。酔っていたのもあると思うが。
「そうかそうか。気を付けないとな」
何が楽しかったのか、Mr.ウォールはひとしきり笑って、俺をしっかりと見つめた。
「ーーーアラン殿下。よくわかりました。まだこれからどうしたものかはわかりませんが、前向きに検討しましょう。ここの亜人達がどうしたいのか。どうすればここの者達がここの者達らしく生きられるか」
「Mr.ウォール、、、」
Mr.ウォールが手を伸ばしてきたので、俺はその手をがしりと掴んだ。
テーブルの上で、マイリントアがまだ食事を続けながら、良かったのぉ、と微笑んだ。
「言い忘れておったが、守護の塔のコアはワレが改造して、様々なことができるようにしてやっとるぞ。とりあえず今まで通り亜人達がここの中にいる間は、人間がここから出たらここの事を忘れるようにしておる。しかし亜人達がここから出ても問題ないように設定し直した。気が向けば隔離の場所を別の土地に移動もできるし、あのコアを持ち運ぶこともできるようにした。ーーーそれからアランよ。お主、相手の呼び名を間違えておるぞ」
おっと危ない。
「さ。そろそろ帰るかの。ワレの主が困っておるかもしれんしの」
言われて気付く。
「そうだったな。少しのんびりし過ぎたようだ」
「カナタイドもどうなっているか心配だ、さぁ戻ろうか」
「キャー。キャキャキャ」
「アハハハ」
Mr.ウォールの身体遊びを楽しんでいる小ウサギと小キツネを両脇に抱えて立ち上がるMr.ウォールを、俺とマイリントアで止める。
Mr.ウォールが可愛い物に弱いとは思っていたが、お持ち帰りは良くない。
「辺境伯、また来ればよいだろう。元々ここの管理は辺境伯なのだから」
辺境伯は「まぁ、そうだな、、、」と呟いて、それでも少し名残惜しそうに小キツネと小ウサギを手離した。
マイリントアはMr.ウォールの手の中には戻りたくなかったようで、俺の肩に乗ってきた。
俺は来た時のように転移の魔道具を宙に浮かせる。魔道具に少し魔法をかけてMr.ウォールを掴み、そのまま宙で魔道具を破いた。
身体が歪んで転移する。
戻ると、来たときと同じ、辺境伯邸の客室だった。
「おー。アラン、お主もなかなかやるな。流石王家の血筋だけある。位置調整バッチリじゃの」
「あっ!旦那様っ!!!」
白髪の執事が涙目でMr.ウォールを呼んだ。
「なんだ?どうかしたか?」
「だ、旦那様。大変なことがーーーえ?お酒を嗜まれたのですか?」
すぐに飲酒がバレて、Mr.ウォールは気まずそうにする。
「あーいや、少しだけだ。何も問題ない。それでどうした」
「実は旦那様達がいなくなってすぐに、北北東からの侵攻が確認されたのです」
Mr.ウォールは急に眉間に皺を寄せて声を張り上げる。
「何?ーーーそれで、今、状況は」
「わ、わからないのです。こんなこと、私も初めてで。何が何やら。実は私、なぜか気を失っておりまして。目が覚めたらこんなことに、、、」
執事は頭を抱えて混乱している。
「なんだ、どうした。それじゃわからないだろう、どういうことか言え」
「いえ、本当にわからないのです。ーーーむしろ、見て貰った方が早いかと」
執事はシャッと客間のカーテンを開けた。
客間の窓はとても大きく、この辺境伯領土が一望できるようになっている。
見ると、中央に辺境伯の軍が集合していた。
「何も変わったことがないように見えるが。あれから数時間。兵士達は伝令を聞いて戦の準備をし、集まっただけではないのか」
執事は首を横に振った。
「よぉくご覧ください」
「んー?」
しっかりと見ると、兵士の大半が異様な盛り上りを見せ、残りの兵が足元で倒れている。
「た、倒れておるぞ。もう攻撃に遭ったのか?いかん。い、急いで外へ」
「いえ、違います。敵襲はないのに倒れていくのです。そして起きている方々は、その、『戦いの女神』『カナタイドの天使』と声を上げ始め、かつてない熱気で敵陣を威嚇しまして。何やらそら恐ろしいものを感じとったのでございましょう。敵陣は退却致しました。しかし味方がこちらに戻ってこないのです。皆、あちらで異常な盛り上がりをみせ、むしろ今から他国に攻め込みそうな勢いでーーーこんなの、私も見たことがなく、、、」
「、、、女神?、、、天使?何を言っているんだ」
Mr.ウォールは首を傾げる。
俺とマイリントアは、少し顔を見合わせて理解した。
どこかで聞く台詞。
いつもリーネにつきまとう代名詞。
そういえば、俺がいなくなって魅力減退の魔法もかかっておらず、変装用の伊達メガネも渡してなかった気がする。
どうしようか悩みーーーー諦めのため息をついた。
あぁなってはしばらく混乱は収まらないことを何度も経験している。
あとはリーネに任せよう。
そしてこれは、後に『カナタイドの戦いの女神事件』として、語り継がれることとなるのだった、、、。




