悪役令嬢、アラン皇子と共に辺境伯を説得する
「皇太子殿下に、、、グランドロス公爵令嬢だと?」
カナタイド辺境伯は、地を這うような低い声で唸った。壁のように大きな体躯を、白髪の執事に向き直す。
幾つかの小国が連合した戦は、アラン皇子の連れてきた黒鎧と、後発で到着した王宮騎士団によって制圧した。勿論それ以前から最善の策で戦の広がりを抑えていたカナタイド辺境伯の活躍も大きい。
一通り後始末を終えてカナタイド辺境伯邸に戻ると、古株の執事がカナタイド辺境伯に一人娘であるレイラの報告をする。
辺境伯が戦地に赴いている間に、辺境伯邸と守護の塔は襲われたが、居合わせた公爵令嬢と皇太子殿下によって多少の被害はでたものの、レイラは無事であり、守護の塔も守られたということが伝えられた。
ーーーはずだった。
レイラの好意で辺境伯の客間に案内された私とアラン皇子は辺境伯の帰りを待った。
私の服は、レイラに借りるわけにもいかないとアラン皇子が黒鎧に頼んで準備してくれた。そしてようやく辺境伯が帰ってきて、あの時の執事を仲間に取り入り、辺境伯に上手に説明してもらうように依頼していたのだが。
客室に入ってきたカナタイド辺境伯の表情は想像以上に険しいものだった。元々厳つい顔だから鬼みたいだ。
その顔のままで、アラン皇子の前に立つと、簡易的な挨拶をして頭を下げた。茶色の髪を、今日は紫のリボンで括っている。
「お待たせした、アラン殿下。私の出した伝令に一番に駆けつけてくれたと伺いました。お陰で無事に鎮圧することができました。心より感謝致します」
アラン皇子はカナタイド辺境伯が部屋に入った時に立ち上がっていたが、それでもアラン皇子はカナタイド辺境伯を見上げる形になっている。アラン皇子も充分背は高いのだが。2メートルを越える大男の横に並ぶとアラン皇子が小さく見えるから不思議だ。
「いや。辺境伯が頑張ってあの位置で留めていてくれたからに他ならない。辺境伯がいなければもっと被害は大きく、王都にも影響があったかもしれなかった。こちらこそ礼を言う」
「とんでもございません」
再度、辺境伯はアラン皇子に頭を下げた。
そして、と辺境伯は、私を見た。
アラン皇子と一緒に立ち上がっていた私は、2人のやりとりをぎこちない笑顔で眺めていた。
「そなたがグランドロス公爵令嬢か」
カナタイド辺境伯は、私がまだあの時の侍女だとは知らない。このまま知らぬふりをして話を続けることも考えたが、もしあの時の侍女だとばれた時、またカナタイド辺境伯を騙し、欺こうとした女として印象付けてしまう。
変装していた時はまだ良かった。あれはただの『リネ』という平民だったから、個人を罰するだけで済む。
だが、今の私はグランドロス公爵の娘として、グランドロス家の名前も背負っているのだ。今更、悪女リーネの名前が落ちることを気にするわけではないが、グランドロス家を名には傷をつけたくなかった。
私は丁寧にカテーシーをし、壁のようなカナタイド辺境伯を見上げた。
「グランドロス公爵が娘、リーネ・アネット・グランドロスで御座います。この度は、恥ずべき行為をしたわたくしを寛大なお心で対処していただき、まことにありがとう御座いました」
ぴくり、と辺境伯が顔を強張らせる。
「ーーーリーネ様、それはどういうことでしょうか」
辺境伯がやはり私と侍女が別人と思っているようだったので、私はアラン皇子が持ってきてくれた伊達メガネをかけて、辺境伯を改めて見つめた。マイリントアが、私の肩の上にぴょこんと乗る。
「あの時の、守護の塔でお会いした侍女はわたくしでございます」
正直、恐怖はまだあった。
初めて怒鳴られた時も、守護の塔の時も。
とにかく私はカナタイド辺境伯が苦手だ。威圧的で暴力的でーーー頭が固い。
「なっ!!!あの女がまさか、、、っ」
カナタイド辺境伯は驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、私の肩からマイリントアを掴み取った。
「ーーーうちの猫が失礼した」
私は苦笑する。
「辺境伯。申し訳ありませんが、それは猫ではございません。それは魔物であり、私が主従関係を結んでおります。言わば、私のモンスターです」
「なっっ!!!」
私が侍女であったことを告白した時より驚かれた。そして私のだと言っているのに、辺境伯はマイリントアを離そうとしない。
「っっ苦しいと言っておろうが!そなたは力が強すぎるのじゃっ!」
マイリントアは無理やり辺境伯の手から抜け出して、毛を逆立てながら文句を言った。
「!!猫が喋ったぞ!!」
辺境伯はびっくりしている。猫じゃないと言っているのに。人の話を聞かない人だ。
「、、、高位の魔物なので、人語を話すのです」
「ーーーなんと、、、、」
「そうじゃぞ。ワレはそう簡単に人と主従関係になるような存在ではないのじゃ。わかったかの」
私の肩に戻り威嚇しているマイリントアを、また辺境伯は掴んで自分の手の中に入れた。
「ぎゅわっ」
マイリントアが潰れたような声を出す。
辺境伯は、自分の席に座り、革製の立派な椅子の背をミシリと鳴らした。
「話はわかりました。では、なぜあのような戯れ言を行ったのか、そこから聞かせていただきましょう」
アラン皇子が、私に目で合図をしてくる。
「ここは俺から話をしよう」
私は素直にアラン皇子にお任せした。そもそもアラン皇子の問題から発生した出来事なので、アラン皇子が説明するのが正しい。
アラン皇子は辺境伯に、剣技会でモンスターが現れスタジアムが半壊したこと。その修理を任されたが3ヶ月という短い期限であり、無駄な税金をそこに当てたくないこと、それらを可能にする方法を探したらドワーフが手伝ってくれそうなことを話す。
しかしドワーフはダイナ1から出ることができない。その理由を探したらカナタイド辺境伯にたどり着いたことを説明した。
カナタイド辺境伯は、アラン皇子の話を黙って聞いていた。アラン皇子が話し終わってからも、カナタイド辺境伯はしばらく口を閉じていた。
カナタイド辺境伯が口を開いた時には、そこにいる人全員が眠気と戦う羽目になる程度には、時間が経っていた。
「ーーーまずはアラン殿下のお立場、理解しました。皇帝の命令とあらば無下にするわけにもいかないこと、心中お察しします。あの頑固で高圧的で有名なドワーフがそこまで協力的になるというのも、アラン殿下の人柄によるものと感銘を受けたところです」
頑固で高圧的なのは、ドワーフだけじゃないけどね、と私は心の中で呟く。
「我がカナタイドの秘密を、皇帝ではないとはいえ王家の方に知られてしまった以上、責任を追求される覚悟もできております」
アラン皇子はぴしゃりと言った。
「貴殿の責任を追求するつもりはない。昔のカナタイド辺境伯の言葉を受け継ぎ、その任務を引き継いだだけだ。なぜそのことを罪に問えようか」
「ーーーそう言っていただければありがたいのですが」
辺境伯は少し笑い、それでも、と続けた。
「その心と現皇帝の判断が同じとは限りません。わからない以上は、やはり罪を受けるものと考える方が良い」
そして、とアラン皇子を見る。
辺境伯の手の中で、マイリントアがモゾモゾと動いている。何か言っているようだが、辺境伯の手が大き過ぎて声の漏れる隙間がないようだ。
「亜人は亜人、なのです。他国の亜人への対応を見るように、やはり亜人は人間とは相容れないもの。ドワーフが今、心を入れ換えたとして、10年後、20年後同じとも限らず、ドワーフの行動に人が不満を抱くと、また戦が起きる。それを阻止するための隔離であり、黙秘をしていたのです。もし私が短慮な行動で解除したとして、再度、亜人との戦が起これば、それこそ我がカナタイドの祖先に申し訳が立たない」
ーーー言っていることはわかる。
わかるが、、、。
私はアラン皇子を横目で確認する。
アラン皇子は、言葉を選びながら、ゆっくりと話しだした。
「ーーー辺境伯。、、、いずれ俺は皇帝になるつもりだ。ーーーその俺が、必ず人間と亜人が諍いなく共存できる国を作るーーーと言っても、やはり考えを変える気はないか、、、?」
アラン皇子が理想とする国を話す。これを否定するということは、皇太子の思想を否定するということにもなる。だが。
「ーーー御座いません」
辺境伯は、はっきりと言い切った。
「、、、そうか」
アラン皇子は手を組んで目を閉じ、組んだ手の上に瞼を乗せた。
「ーーーわかった」
アラン皇子は立ち上がる。諦めるつもりなのだろうか。
「アラン殿下」
私がアラン皇子に声をかけると、アラン皇子は少し微笑んだ。
「悪いリーネ。少し無茶をする。その間、ここを頼む」
「ーーーえ?」
アラン皇子は懐から、転移の魔道具を取り出した。アラン皇子は自分で魔道具に何かの魔法を唱えて、それを宙に浮かせる。
巨大なのにかなり素早かったカナタイド辺境伯の身体を素早く掴み、転移の魔道具を宙で破った。
辺境伯が何かを言おうとしたが、それを言う間もなく、アラン皇子と辺境伯の姿が消える。辺境伯の手の中にいたマイリントアも一緒に連れていかれた。
「ーーーえ?」
バタバタバタと走ってくる音が聞こえた。火急の言伝です、と言う男が来て、それを執事が、辺境伯の代わりに聞く。
白髪の執事の顔が青褪め、客室を見渡してすでにいなくなった辺境伯の姿を探した。
「、、、どうかなさったんですの、、、?」
「ーーー今、連絡がありまして。今度は北北東から進撃してくる軍があるとかで、、、いかがいたしましょうか」
ーーーーーーーーえ?
アラン皇子。
ーーーーー私に任せ過ぎじゃない、、、?




