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悪役令嬢、辺境伯家の秘密を知る

「レイラ様、お待たせ致しました」

 

 私は庭の噴水のある広場にランチボックスを持っていき、地面にマットを敷いた。


 カナタイド辺境伯に追い込まれていたマイリントアは、辺境伯に小さな身体で威嚇をしていたけど、あの場でマイリントアを助ける力を今の私はもっていない。申し訳ないけどマイリントアに犠牲になってもうべく、そのまま置いてきた。

 辺境伯からあそこまでデレられていたのだ。悪いようにはされないだろう、、、と信じている。

 

 私はレイラをマットの上に誘導し、そこに座ってもらう。ランチボックスを開けて、野菜たっぷりのサンドイッチとオレンジジュースをレイラに手渡した。


 こちらの地方は外に出てもすっかり秋めいていて、柔らかい日射しが肌に気持ち良い。

 小鳥が(さえず)り、優しい風が木々をさやさやと揺らす。空に浮かぶ雲は、水玉模様を描いたようなうろこ雲。

 ここから眺める世界はあまりに平和すぎて、この前までの戦闘の日々が嘘のようだった。


「気持ち良いですね」


 私がレイラに微笑むと、レイラはサンドイッチを食べようとするのを一旦止めて、マットの横で立っている私を見上げた。


「リネ。貴女もここに座って一緒に食べない?」

 私は慌てて首を振る。

「とんでも御座いません。いくら主人の優しい申し出だとしても、他の者に示しがつきません。ご容赦くださいませ」


 騒ぎを起こしてはいけないのだ。先輩使用人に妬みや怒りを買うなどもっての他。辺境伯に知られたら、それこそ解雇されてもおかしくない。


 私の言葉に、レイラは「残念」と言って、今度こそサンドイッチを口に咥えた。

「侍女は初めてといっていたけど、よく勉強しているわね」

「ありがとうございます」

 レイラがにこりと笑うので、私もにこりと返した。


 チチチ、とまた小鳥が囀る。

 見上げると、噴水の奥、遠い向こうの土地に、小高い建物が見えた。どこかで見覚えあるなと思ったら、魔術師の塔に似ている。


 私がじっとそこを見ていたら、レイラが私の視線の先を察知して、教えてくれた。

「あれは我がカナタイドに代々伝わる守護の塔よ」

「守護の塔、、、ですか?」

「そう。そもそもカナタイドは、国境を守ると同時に、あの塔を守る役目があるの。あそこに何があるのか、お父様は私にも教えてくれないから知らないのだけど」

「、、、、へぇ」


 私はもう一度、その守護の塔を眺めてから、レイラに視線を戻した。

「レイラ様。サンドイッチを食べられたら、デザートもございますからね」

「今日のフルーツは何かしら」

「桃を使ったゼリーと、ぶどうでございます」

「桃、好きなの。嬉しいわ」


「レイラ」

 遠くから、辺境伯がレイラの名を呼ぶのが聞こえた。私とレイラで振り返ると、辺境伯が険しい顔をしている。

「話がある。ちょっと来なさい」

「はい」

 レイラは立ち上がり、私に「ごめんなさいね」と言った。

「デザートは後で食べるわ。他は片付けていて。リネが食べてもいいわよ」

 優しく笑って、レイラは辺境伯の方へ小走りで向かっていく。

 何かあったのだろうか。


 庭に広げたマットなどを片付けていると、テケテケとマイリントアが私に近づいてきた。

「リーネ」

「マイリントア。いなくなってビックリしたわ。どこ行ってたの」

 私は何も知らないふりをする。

「酷い目にあったぞよ」

 ぐったりしてみせるマイリントアの口元には、食べかすが沢山ついていた。おなかも心なしかポッテリしている。辺境伯がマイリントアを餌付けをするため、沢山食べ物を差し入れしたのだろう。マイリントアは、皆から餌を貰えて幸せ者だと思う。

「それはそれは」

 はは、と私はから笑いをしてみせた。


「リーネは?何か進展はあったか?」

「辺境伯令嬢のお付き侍女だもの。たいして動けなくて。あるとすれば、ほら、そこの」

 遠くに伸びた塔を指差す。

「辺境伯が代々引き継ぐ、守護の塔なんですって」

 マイリントアがその塔に視線をやり、意味ありげにニヤリと笑う。

「ーーーほうほう。なるほどのぅ」


「マイリントアは?何か情報ある?」

「そうじゃの。さっき、辺境伯に報告があってな。慌ててでていきおったぞ。北西の様子があやしいといっておった」

「どういうこと?」

(いくさ)じゃろうな」

 え、と私は眉を寄せる。

「戦争ってこと?」

「ここは国境(くにざかい)じゃぞ。よくあることじゃろうて」


 確かに、、、と私は自分の知識を思い出す。

 リーネは公爵邸からでることができなかったが、未来の皇后としての教育は受けてきた。


 リンドウ帝国の周辺には様々な国が隣接している。そのうち、この前の剣技会を合同で行った3ヶ国とは同盟を結んでいるが、その他の国とはまだにらみ合いを続けている。

 リンドウ帝国が大きく、同盟国も力を有しているおかげで大きな戦争は起こっていないが、最近、皇帝が他国を一部侵略しだしたせいで、情勢は不安定になっているのだ。

 帝国の中央に位置する王都やグランドロス公爵領にはあまり影響がないために実感がなかったが、ここは国境近く。戦争は必ず起こっているはずなのに、失念していた。


「まぁ、、、大丈夫じゃろ」

 呑気な声でマイリントアは言う。

「でも、戦争なんでしょ?」

「カナタイド辺境伯。やつは強いぞ。そうそう死にはせん」

「ーーーーへぇ」

 マイリントアがここまで人を誉めるなんて、なかなかないことだ。辺境伯はよっぽど強いのだろう。


「ねぇ、マイリントア?ーーーあっ!」

「なんじゃ」

 返事をしながらマイリントアは、ランチボックスをあけてモグモグと何かを食べている。

「ちょっ!なに食べてるのよ!さっき辺境伯からご飯もらったんじゃないの?」

「なぜそれを知っておるのじゃ。ワレは頭をよく使うからのぉ。エネルギー消費が激しいのじゃよ。どうせ食べないものなのじゃろ。問題はなかろう、ホホホ」


 そう言いながら、私の言葉など全く気にせずサンドイッチを食べ続ける。

「ちょ、あっ!デザートはダメだからね!レイラがあとで食べるんだから。でもサンドイッチもあとで私が、、、あっ!最後の1個!!」

「もぐもぐもぐ。ホホホホホホ」

「あーーーーーーー」

 庭に、私の声がこだまする。

 噴水の水は、チョロチョロといつもと変わらぬ様子で、穏やかに流れ続けていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 部屋に暗い顔つきでレイラが戻ってきたのは、あれから1時間程度経ってのことだった。

 私は温かいタオルを準備して、それをレイラに手渡す。目の周りはほんのり膨らみ、目は充血している。

 何らかの理由で泣いていたのだろう。


「ーーーこれで目を温めると落ち着かれますよ」

「、、、ありがとう」

 レイラは私からそのタオルを受け取り、両手で温かいタオルを目に当てる。そのポーズから、しばらく動かなくなった。また泣いているのかもしれない。


 何かあったのか、と聞きたいけれど、新人侍女が聞いて良いことではないだろう。

 私は泣き止むのを静かに待つ。しかし、なかなか動き出す様子はみられない。


「ーーーソファーに座られませんか。立ったままでは、落ち着くものも落ち着きませんよ?」

 私がレイラを促すと、レイラは黙ったままそれに従った。

 素直な子だ。


「、、、、また戦争が起こりそうなんですって」

 ポツリ、とレイラが言葉を漏らす。

「ーーーそうでしたか。それは、レイラ様も心配でしょう」

 この土地で戦争はよくある話と聞いたけど、レイラはその度に毎回、泣くのだろうか?

「、、、うん。、、、でもね、今回は何か、いつもと違うみたいで」

「いつもと違う?」

「今回の戦いが少し落ち着いたら、私に守護の塔を案内するって。ーーーそんなこと、今までなかったのに」

 タオルを目から離すと、途端にまた涙が溢れてくる。


「ーーー私の、、、結婚相手も決めるって」

 パタパタと涙が床に落ちて音を立てた。

「結婚相手」

「ーーーそう。ほら、うちって戦争ばかりするでしょう?だから政略結婚じゃないのよ。強くなくちゃいけないの。私に男兄弟がいたらまた話は変わったかもしれないけど、私は一人っ子で、、、」

 またタオルを瞳にぎゅっと当てる。

「ーーーこの日がくるって覚悟はしてたんだけど、、、こんなに急にってことは、今回の戦争はそれほど厳しい状況なのかなって、、、、」


 そしてレイラは黙り込む。


 しばらくして、ポツリと呟いた。

「ーーーお父様が、、、いなくなるのは嫌」


 なるほど。そういうことだったのか。

 今まで秘密にされていた、代々受け継がれる守護の塔。そして急に決まる婚約者。

 ーーー確かに辺境伯の死を予想させる。


「、、、失礼しますね」

 先に私は謝罪をし、レイラの頭に手を置く。

 その頭をゆっくりと撫でた。

 主人にこんなこと、とんでもない話だが、馬車の中でレイラは見知らぬ平民のはずの私に、急に膝枕をさせられても怒らなかった。レイラはこんなことでは怒らない。

 思った通り私がレイラの頭を撫でると、子猫のようにじっとして、そのまま目を閉じた。

「ーーー大丈夫ですよ」

 私は優しく言う。

「辺境伯、、、お父様は、お強いのでしょう?」

「ーーーうん」

「ちゃんと無事に今回も、勝ってレイラ様のところに戻られます」

 レイラの髪はサラサラとして、本当に子猫のように柔らかい。

「ーーーレイラ様が信じてあげないと、お父様は悲しくて力が出ないかもしれませんよ?」

 レイラの目が、ぱちりと開く。

「、、、そんなこと、、、」

 私を見上げるレイラの目は、アーモンド型をしている。綺麗な子。

 私はレイラの顔に近づいて、にっと笑った。

「いいえ、あのタイプの方は守りたいと思う人がいることが、力の原動力になるのです。その人が信じてくれなかったらどうです。力は半減ですよ?」

 レイラは私の言葉で少し考えて、思い当たるところがあったらしい。

 ほのかに微笑んだ。

「ーーーそうかしら」

「そうです。間違いありません」


 マイリントアへの辺境伯のあの態度。あれは絶対、可愛いものが大好きな人だ。想像していたほど、悪い人ではなさそうだった。

 マイリントアが認めるほど強い辺境伯は、可愛い娘のために必ず勝って帰ってくるだろう。


 レイラが少し落ち着いたようだったので、私が頭を撫でるのをやめると、少し名残惜しそうにしながらレイラは、傍に立っている私を見上げた。

 じっと凝視してくる。

 変装がばれたのだろうか。私がじわりと変な汗をかきだすと、レイラは口を開いた。


「リネ。その眼鏡を外してもいいかしら」

「へ?め、眼鏡ですか?」

 分厚いレンズの黒ぶち伊達メガネ。

「こ、これがないと何も見えないので、ちょっとそれは、、、、」

「少しだけでいいから」

 

 泣いている主人にそう言われて、断れる侍女などいない。

「ーーーはい、、、」

 私はゆるりと伊達メガネを外した。

 恐る恐るレイラを見ると、まだレイラは私の顔をじっとみていた。

「、、、綺麗な目ね。空の青色。宝石みたい」

 呟いて、レイラは少し黙る。

「リネは不思議な人ね。侍女は初めてというけど、私が今まで見てきた誰より、侍女と主の真髄を理解しているような気がするわ」

 言われて、私は自分の屋敷を思い出す。

 

 そりゃ、侍女の仕事は初めてだけど、ずっと多くの侍女を見てきたもの。公爵邸の侍女といえば、それはもう、どこにだしても恥ずかしくない侍女しかいない。


「そんなことを言っていただけるなんて、光栄です」

 にこりと笑うと、つられてレイラの口端も上がる。

「、、、、そうだわ。リネ。余計なことを考えなくていいように、この前の続きをしましょうか」

「この前の続き?」

「ほら、カナタイドのお勉強」

「あぁ、、、」


 いきなりなんだろうと思った。

 私の変装がバレたわけではないということだろうか。

 それにしては何か変な感じだったけど。


 レイラは本棚から太い本を持ち出してきた。

 それを開いて、レイラは説明をし始める。

 

「ーーーそもそもカナタイドは、このリンドウ帝国が始まってから、、、、、、、、、、、、、、」


 お勉強とは聞いたが、まさかこんなガチガチなカナタイド授業が始まるとは、想像もしていなかった。

 辺境伯とレイラが似てないと思ったこと。

 前言撤回する。

 やっぱり血は繋がっている。とても真面目で、加減知らずなところ、本当にそっくりな親子だ。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 翌日。

 辺境伯は、一度屋敷に戻ってきた。

 戦況の説明はなかったけれど、辺境伯が戻ってきたということは、今すぐ戦がどうかなるわけではないということなのだろうと思った。


 辺境伯は、約束通り、レイラを守護の塔に連れていった。私はその間、自由の身になる。

 今なら屋敷を探索できるけど、、、。


 今まで聞いた侍女達のカナタイドの情報。昨日のレイラから学んだカナタイドの歴史。それらから予想するに、一番怪しいのは守護の塔だ。

 

「守護の塔が気になるんじゃろ」

 ニヤニヤしながらマイリントアが近づいてきた。

 また口元に食べ物が沢山ついている。


 辺境伯、あんまりマイリントアに沢山食べさせると、この虎のような魔物は太りますよ。


「確かに気にはなるけど」

「そうよのぉ」

 カナタイド辺境伯は頑固で偏屈だけど、獣人や他種族を隠して陰謀を企んだり、殺したりするような人間だとは思えなかった。

 何か正当な理由がある気がする。

 そう思っていた私の心を、マイリントアに読まれたようだ。


「ーーー行けばよいのではないのか」

 マイリントアは私の肩に乗り、悪代官のように囁く。

「は?」

「気になるのじゃろ。辺境伯が直々にレイラに守護の塔について教えてくれようとしておるんじゃ。それを知るチャンス、なかなかないのではないのか?」

 確かに。


「でも、、、流石にそれは、、、」

 カナタイドの代々受け継がれる秘密だ。部外者がそう簡単に知るわけにはいかない。

「辺境伯の秘密を探りにきたのじゃろ」

「!!!」

 確かに。

「悠長なことをしている時間はないのではないのか?スタジアムを建設する期限は迫っておるぞ。急ぐために、リーネが単独でここまできたものと把握しておったが」

「、、、、、、」

 間違いなく。


 わたしはちらりとマイリントアを見る。

「マイリントアは、なんでそんなに私を守護の塔に行かせたいの?」

「お。わかるか?」

「わからないわけないでしょ」

 私は頬を膨らます。

「あそこから大きな力を感じるのじゃ。別にワレだけで行ってもよいのじゃが、リーネの目的が目的なだけにな。誘わずにあとで文句言われたくもないしのぉ」

 そう言われると、悩んでしまう。

 私はマイリントアを両手に乗せ換えて、その身体に顔を近づけた。

「ーーーマイリントア、何かあったら責任もって私をちゃんと助けてくれる?」

「お。行く気か?勿論じゃとも。ワレを何だと思うておる。世界最強の魔物じゃぞ?大船に乗ったつもりでおればよいのじゃ」

 マイリントアは自信満々に頷いた。

 そう言われてしまうと、すごく悩んでしまう。

 でもマイリントアがいうことも、あながち間違いではないし、、、。


「ーーー行ってみようか」

 悩んだ末、そういうことにした。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 守護の塔は、辺境伯邸から西に向かって数キロのところにあった。

 形は灯台に似ている。10階建てのビルくらいの高さだろうか。この世界のものにしては高い建物だが、遠くをみるための見張り台にするには低い。

 戦争に使われるためのものではないのだろう。


 入り口は塔の1階の南側にあった。

 辺境伯とレイラはすでに中に入っているようで、鍵が外されている。

 代々受け継がれる秘密なのだから、普段は鍵がかかっているのだろう。私はその鍵の外された扉をそっと開けて中に入った。

 足音が聞こえないように、そろりそろりと歩いていく。ロジーがここにいたら、きっとうまく立ち回ってくれたに違いない。


 中に入ると、建物は吹き抜けになっていた。

 ぐるぐると続く螺旋階段のてっぺんに、巨大な赤く輝くものが見える。


 あれは、、、、、。

「ーーーコアじゃな」

 肩に乗ったマイリントアがしたり顔で言う。

 コアは直径だけで大人の人間よりも大きく、岩のようだ。

「コア。あんな大きな、、、」

「ふふん。ワレのコアはあんなものではないぞ」

 あのトロフィーに混入したという、マイリントアのコア。あれより大きかったのか。身体がこんなに小さくなってると、本来の姿を忘れそうになる。


「どうしてコアがあんなところに」

「魔術師の塔と同じじゃな。保管しながら使用しておるのじゃろ。広範囲に使用する場合、高いところに置く必要がある」

「使用しているの?一体、何に、、、」

「それを上で話しておるのじゃろ」

 くい、とマイリントアは顎で上を促した。

 私がそれにより、螺旋階段の最終地点に人影があることに気がつく。

 辺境伯とレイラだ。

〖、、、わかったか〗

 辺境伯の、大きくて低い声が1階まで聞こえてくる。

 あれ、説明が終わってしまったの?と私は慌てたが、どうやら別の件だったようだ。

 守護の塔と結婚相手の話だとレイラが言っていたため、結婚相手の話の方を先にしていたのかもしれない。


〖そして、この塔の話だ。これは歴史の本にも載っていない話だが、もう何百年も前。とある戦争がリンドウ帝国内で起きた。ーーー亜人戦争だ〗


 亜人戦争。


 私ははっとする。獣人と他種族のことを、こちらでは亜人と呼んでいるのではないかと。


〖それまで亜人達は、リンドウ帝国でともに暮らしていた。だが、やつらは人間とは違う。獣人達は身体能力が高く、エルフは賢い。ドワーフやホビットも人間には持ち得ない技術を駆使して地位を高めていき、人間を見下し始めた。それにより不満の募った人間が戦争を起こした。それが亜人戦争の始まりだ〗

 

 そんなこと、私も知らない。

 現在、他国にいる獣人や他種族が、人間から酷い扱いを受けていることは知っている。私はリンドウ帝国でも同じことが起こり、遠い昔に全て国内から排除されたものと思っていた。


 話は続く。

〖我が祖先は、当時の皇帝より亜人の討伐を命じられた。亜人は個人の力では人間より上だが、数なら人間の方が圧倒的に上だ。時間はかけたが亜人を捕虜にすることができたのだ。その時、当時の亜人の(おさ)が、このコアを持ってきたらしい。自分の命とこのコアを引き換えに、亜人達を助けて欲しいと。当時の祖先はその潔さに感銘を受けて、秘密裏に亜人達を国内に隠した。そしてこのコアで、亜人達がその土地から出なければ、人間にバレても自然と忘却するという魔法をかけたのだ〗

 

 なるほど。と私は納得する。

 それで国内にいるのに亜人達が存在することが広まっていないのか。しかし忘却するはずの魔法がかけられているはずなのに、私やアラン殿下、ジルお兄様、そしてベックなどがまだはっきりと他種族であるザンドウ達のことを覚えているのは何故なのだろう。その魔法を外すキーのようなものがあるのかもしれない。


〖祖先は皇帝の命令に背いた。それは我がカナタイドが背負った罪だ。以降、カナタイドは代々、この塔とその土地を守ることになった。ただ、皇帝に命を背き隠し続けたことは、それが露見した時に我が領地の者に被害がでる可能性があるとして、亜人達がその地からでた時は容赦なく始末することを亜人達に伝えた〗


 そういう事だったのか。

 辺境伯とはいえ、皇帝の命に背くこと、他種族を隠すなどの大きい秘密を作ることは、大罪に当たるだろう。祖先の名誉のため、そして今のカナタイドの領地の民を守るために隠し通さないといけないことなのだろう。


〖このコアは、この領地の民の秩序も守っている。この領地に入るとき規則を守らなければ攻撃されるという理由はそこにある。よって、カナタイドの血を継ぐものは、国境を守ると同時に、このコアのある守護の塔を守ることが課せられた使命なのだ〗


 辺境伯の低い声が、塔内に反響する。

 コアから溢れる赤い光が、太陽と吹き抜ける風を浴びて螺旋階段をキラキラと輝かせた。

 

 私はそっと踵を返す。

 

 獣人、他種族達の隠された理由はほぼ理解した。

 ただこれを知ったからと、どうすることができるわけでもないことも悟ってしまった。獣人達を守るために隠しているが、獣人達が外にでたら今度はカナタイド家と領民達が危険に晒される。


 出したくても出せないのだ。

 そういう仕組みになっている。


 これは、もしかしたらドワーフを雇うところから計画を練り直さなければならないかもしれない。時間はないが、事が事なだけに、カナタイド辺境伯を短時間で説得するのは難しいだろう。

 

〖、、、レイラ。この事は決して他言してはいけない。なぜ俺が今まで唯一の子供であるレイラにさえ言わなかったのか。それは、、、〗


 私が塔から出るために、扉に足をかけようとした、その時。


 勢いよく扉が動き、バタンと音を立てて閉まった。

 なに、と驚く間もなく、すぐ後ろから辺境伯の低い声がする。

「ーーーこういう人間が、必ず近くにいるからだ」

 ぞっとした。

 さっきまで頂上にいたはずなのに。

「っリネっ!?」

 まだ頂上にいるレイラが、階段か身を乗り出して私を見つけて驚く。

 いつの間にかマイリントアは辺境伯の掌に捕まえられ、逃げ出そうとした私は一瞬のうちに壁に押し付けて固定されていた。


 ーーーカナタイド辺境伯、強すぎる。


 私は体術も多少自信があったはずなのに、全く手も足も出すことさえできなかった。

 

「貴様は新しい侍女だな。ーーー毛色の違う人間が来たとは思っていた。レイラが気に入っていたから大目に見ていたが、これは流石に度が過ぎたな」


 壁のような身体から伸びる太い腕が、壁に張り付いた私の頭を押し潰す勢いで力を加える。

 頭蓋骨がみしりと音を立てた。

「っつっ、、、」

 苦痛に顔を歪めると、レイラが悲鳴を上げるように叫んだ。

「お父様、やめてくださいっ」

 レイラが階段を駆け降りてきて、私にてを伸ばした。

 泣きじゃくりながら、懇願する。

「やめてお父様。お願い。ーーお願いします」

 玉のような涙が次々に溢れ、私を庇って抱きついてきた。

「、、、レイラ様、、、」

 辺境伯はレイラに怒鳴る。

「レイラ。離れろ」

 レイラは強く首を振った。

「嫌です、お父様。嫌です!!この子は、この子は助けて。他のことなら何でも言うこと聞くから。だからこの子だけは、、、っ」


 なぜそこまで私を庇うのか。

 庇われる私自身がわからないくらいに、レイラは私を守ってくれていた。


 辺境伯の顔が苦々しく歪む。

 一族の秘密を知った怪しい人物だ。今すぐにでも殺したいに決まっている。むしろ見つかったあの時、あの瞬間に殺されなかったことが奇跡に近い。

 いや、いくら愛娘の頼みでも、これは決して赦してはいけないことだろう。このくらい、私でもわかる。


 私は殺される。


 それは間違いないとーーーー悟った。


 

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