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悪役令嬢、カナタイド辺境伯邸に潜入する

 ガタガタガタガタと、整備されていない道をオンボロ馬車が走る。

 リーネの身体が健康過ぎるのか、これだけ揺れても全く具合が悪くならないけど、普通だったら数分で吐き出すレベルで揺れていた。


 私は今、カナタイド辺境伯の元に向かっている。


 カナタイド辺境伯の屋敷の侍女の格好は、約束通り、翌日には黒鎧から準備してもらえた。だけど、いきなり知らない人間が徒歩で領地内に入ったら怪しまれるのではと、馬車に乗るように勧められたのだ。

「、、、気持ち悪いのぉ、、、」

 鞄の中に押し込められたマイリントアが、馬車酔いして苦しんでいる。

 カナタイド辺境伯領地にこの前行けなかったから今度こそ、と意気込んでいたのは、たった数時間前のことだ。


 あれからアラン皇子とノクトによって、あーでもない、こーでもないと言いながら私の変装を考えていた。侍女になるため白鎧が装備できないとはいえ、2人とも私の変装を考える姿があまりに真剣で、少し笑えた。


 結局、時間が経てば落ちる染料で白銀の髪を茶色に染め、トーンが低めの化粧で肌の色を浅黒くした。こちらの世界にはコンタクトレンズはないので目の色を変えることができず、妥協して分厚いレンズの黒ぶち伊達メガネをかけた。


 変装方法が決定すると2人は満足げで、アラン皇子に至っては、これから学園にもこの格好でくればいいとか言い出した。

 何が悲しくて、絶対に安全であると保証されている学園に、変装して通わないといけないのか。

 アラン皇子は、本当に私の容姿が嫌いのようである。


 馬車での旅は驚くほどに遅い。

 走った方が数倍早かったので途中まで走ってから、ほどよい所で馬車に乗った。それでもあと数時間、下手したら数十時間は馬車に乗らないといけないだろう。

 カナタイド辺境伯領地はリンドウ国の最北端に位置する。沖縄の最南端から北海道の最北端まで、鈍行普通列車で行くようなものだ。いや、馬車だからもっと遅い。この世界に飛行機や新幹線などはないのが悔やまれた。


 平民の設定なので、馬車は乗り合いになっている。馬車の中は隙間がないくらいに詰められて座らせられ、殆どの人が長時間の馬車で疲労困憊の状態になっていた。

 その中でも、私に向かい合う席の女の子が、どの人達よりも具合が悪そうで、真っ青な顔色をしている。

 私と同じくらいの年で、ショートカットの茶色の髪。茶色の瞳。頬にはソバカスがまばらにあって、とてもチャーミングだ。顔が青白くなければ間違いなく美人だろう。


「ーーー大丈夫ですか?」

 声をかけるか悩んだが放っておけず、私はその少女に尋ねた。少女は虚ろな瞳で私を見て、大丈夫です、、、と言おうとして口元を押さえた。

「う」


 結局、その子はギリギリ嘔吐を堪え、馬車が汚れることはなかった。私は女の子の隣の人と席を代わってもらい、その女の子の上半身をぐいっと自分の太ももに寝かせた。

 女の子は、アーモンドのような目を真ん丸とさせて私を見上げる。

「あ、あの、、、っ」

 私はにっこりと笑い、女の子の髪を整えた。

「いいのよ。きつい時はお互い様でしょ。馬車の道はまだまだ続くわ。こうやって横になってたら、少しは楽になるかもしれない。ちょっと休んでいたらいいわ」

 女の子は少し頬を染め、小さく頷く。

「ありがとう、、、」

 女の子が目を閉じた時、マイリントアが鞄の中から小さく耳打ちしてきた。

「ーーーこの人間、魔力を持っておるな。しかもなかなか強いぞ。どれどれ、、、ほう、風魔法の能力が高いのぉ。これは運が良い」

 何をぶつぶつ言っているのかと思ったら、急に馬車が揺れなくなった。

「マイリントア、どうやったの?」

「なに、この娘の魔力を少し借りて、風魔法で馬車をわずかに浮かせただけよ。風の力で一気に馬車を目的地まで飛ばしてやろうかとも思ったが、怪しまれてもいかんしな」

 馬車が揺れなくなっただけで、充分怪しまれそうだけど。

 

 でも私の膝に頭を乗せた女の子が、揺れないことで少しずつ顔色が回復し、寝息を立てだした。マイリントアのおかげとも言えなくない。

 私はそのままマイリントアを怒ることなく、カナタイド辺境伯領地に向かった。


 馬車はゆっくりと進んでいく。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 カナタイド辺境伯領地に入る時、検問があった。

 馬車に乗る人達は、一度みんな馬車から降ろされる。

 少し寝て体調が戻ったらしい女の子から、穏やかな口調で話しかけられた。

「さっきは本当にありがとう。随分楽になったわ」

「どういたしまして。役に立てたのなら良かった」

「ふふ。貴女はどうしてカナタイドに?」

「私?私はとある方の侍女になるために、、、」

「そう。大変でしょうけど、頑張ってね」

 見た目は活発そうだが、中身はおっとりした女の子だった。私の周りにこんな子はいないから、ちょっとキュンとする。


 検問の順番が回ってきた。

 まずは荷物の確認。そして次に、魔力の確認をさせられた。

 そんなものがあるとは聞いてなかったが、魔力の殆どない私は、何も怪しまれることなくクリアした。


 ーーーーいいえ。全然悲しくなんかないもん。


 マイリントアが魔力が多いと言った女の子は、案の定、検査に引っ掛かる。しかし、検問の横にいた少し偉そうな人が「あぁ」と言った。

「その方は大丈夫だ。お通ししなさい」

「はっ」

 敬礼して、女の子は無事に検問を抜けた。


 普通の格好をしているからわからなかったが、意外と高貴な人なのかもしれないと思った。よく考えれば、仕草がとても上品だ。


「、、、魔力が、高いのね」

 今度は私が声をかけると、女の子は少し照れたようにはにかむ。

「今、修行中なの。本当は魔法を習うために王都の学園に行きたいんだけど、お父様から止められていて。だから時々、少し離れたところにいる魔術師に習いに行っているのよ」

「ーーーへぇ、そうなんだぁ」

 私はやや棒読みに返事する。

 『お父様』という言い方。気になる。

 魔力が高いというのも。基本、魔力が高い人は貴族に多い。


「カナタイドに来るくらいだから知ってるとは思うけど、ちゃんと検問を通らないで魔法を使ったり、魔法具を使ったりすると検知されて、下手したら攻撃されちゃうでしょ。私もさっと魔道具で魔術師のところに行って、さっと帰れたらいいのにと思うけど、できないのよね」


 あれ。何かあったら転移の魔道具でさっと帰るつもりだったんだけど。

「、、、へ、へぇーーっそうなんだぁ」


「あら?もしかしてカナタイドは初めて?ここは国境近くだし、いつ何があってもおかしくないからって、色々と決まりごとが多いのよ。痛い目に遭いたくなかったら、ちゃんと『お勉強』した方がいいわよ?」

 悪戯っぽく、女の子は笑った。

 めちゃくちゃ可愛いんだけど、この子。


「わかったわ。働く場所についたら、ちゃんと勉強する」

「どこで働くの?侍女といえば、カナタイドは…」

「カナタイド辺境伯様の邸宅なの」

 私が言うと、女の子はアーモンド型の目をぱちくりとさせて、その後にっこりと笑った。

「そう。カナタイド辺境伯様は、ちょっと気難しい方のようだから、気合い入れて行かないとね」

「そうなのね。頑張るわ」

「ふふ。私、検問が終わったら風魔法でビュンって帰ろうと思ってたけど、やっぱりこのまま馬車で行くわ。辺境伯様の邸宅で働くなら、ちゃんと基本は勉強しておかないとね。さっきのお礼に、私が教えてあげる」

「本当?ありがとう」

 なんて良い子なんだろう。もしこの子が魔法学園に来ていたら、仲良い友達になれたかな。

 

 私達は、きゃっきゃっと笑いながら馬車の時間を過ごし、その女の子からは色々と注意点を教わった。


 魔法は絶対に使わないこと。

 カナタイドは北側にあるので肌寒く、必ず夜は薄着をしないこと。

 朝に生える、この土地限定の薬草を、必ず朝、起きてすぐに口にすること。


 、、、とにかく色々あった。忘れてうっかりミスをしそうな気がする。


 女の子と話しながら私は考えていた。

 辺境伯邸に着いたら、辺境伯に挨拶をして、新人侍女として案内してもらい、あとはひっそりと色々と回って偵察をしていくのだと。

 目立たず騒がず。存在感を消して、いないものとされたら万々歳。その間に偵察するのだ。


 そうこうしているうちに、馬車は辺境伯邸前にたどり着いた。途中で次々に人が下車し、最後に残ったのが、私とその女の子だった。


 辺境伯邸はとても大きく、お城のようだった。

「じゃあ、、、私はここで降りるから」

 私が挨拶をして降りようとすると、女の子も立ち上がった。

「私もここで降りるのよ」

「えっ」

 嫌な予感がした。


 女の子が馬車から降りると、執事らしき人が出てきて、深々と頭を下げる。

「レイラお嬢様。お帰りなさい」

「ただいま」

 女の子は私の手を引いて軽やかに敷地内に入っていき、玄関の大きな扉が開く。

「レイラお嬢様、お帰りなさいませ」

 太ったお母さんというイメージの女性が迎え入れる。

「うん。お父様は?」

「いらっしゃいますよ。旦那様ぁ?」

「おぉレイラ。戻ったか」

 大人の男の声が聞こえて、その人の姿が現れた。声が地響きかと思うくらい低い。


 2メートルはあろう巨体に、肩幅も異様にある。

『壁』というのが適切なほど大きな人だった。ラグビー選手でこんな人をみたことがあるが、それより2回りくらい大きい。

 レイラと呼ばれた女の子と同じ茶色の髪を、少し伸ばして後ろで括り、緑のリボンでとめている。

 これが、『カナタイド辺境伯』。


 レイラは私を握った手を離して、体当たりするようにその男に抱きつき、「ただいま」と笑った。

「お父様。お父様。お願いがあるの」

「レイラからお願いとは珍しいな。何だ?」

「この子、今日からうちの侍女になるんだって。私つきの侍女にして欲しいの。いいでしょ?」

「、、、え?」

 私は呟く。

 男は私を威嚇するようにじろりと見てきた。

「今日から、ここで?」

「そうよ。すごく優しくて素敵な子なの。私、すぐに好きになっちゃって」

 頬を紅潮させて浮かれたようにレイラは話す。


『目立たず騒がず。存在感を消して、いないものと思われたら万々歳』

 私は周りを見ると、邸宅の集まった使用人達全てが私を見ている。

 やばい。計画が丸潰れになる。

「い、いえ。私はまだ侍女としての知識もなく、未熟者ですので、お嬢様付きの侍女などもってのほかでございます。予定どおり、下女から始めるのが、、、」


「誰が口を挟んでいいと言ったか!!!」


 雷に打たれたように大きな怒鳴り声が屋敷に響いた。

 耳を塞ぎたいのをぐっと堪える。

「ーーーーー申し訳ございません」

 私はだいぶ動揺していたが、平静を装い、深々と頭を下げた。


 私は本当は公爵令嬢で。

 私を溺愛するお父様とお兄様も私には甘くて。

 自分の行動への叱咤で怒鳴られたことなどない。 

 こんなも頭ごなしに怒鳴られるのは、リーネの身体に入ってから初めてだった。うっかり涙が出そうになる。


「お父様」

 レイラは私に気を遣うようにしながら、カナタイド辺境伯に声をかける。カナタイド辺境伯はふんと鼻を鳴らして声を落とした。

「ーーー娘が『お付きの侍女』にと言っている。お前が口を挟むことではない。ーーーレイラの言うとおり、レイラつきの侍女となれ。いいな」

「ーーーはい」

 私はもう一度、深く頭を下げて了解した。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※


 案内された、私の部屋の中。

 他の侍女と3人1組の同室で過ごしているので、私が1人になれる時間は少ない。

「あんた、びっくりしたでしょう」

 少し年配の侍女が、私に話しかけてきた。

「旦那様、怒ると本当に怖いから」

「いえ、、、」

 私は苦笑する。

「立場が上の方に、下の方から話しかけるなんて、あってはならないことですから」

「そうなんだよねぇ。旦那様も悪い人じゃないんだけど、どうもそういう礼節とか、決まりごととかに細かくてね。根が真面目なんだろうけどさ。頭が固いっていうか」

「、、、そうなんですね」

 その人は私の肩をポンと叩く。

「まぁ、あんまり気にしなさんなよ。レイラお嬢様は良い人だ。お嬢様のお付き侍女になれたなんて、喜ばしいことなんだから」

「はぁ」

「なんだいなんだい。もっと嬉しそうにしなよ。私が代わってもらいたいくらいなんだからさ。あはははは」

 そう言って、その侍女は明るく部屋から出ていった。


 怒鳴られたショックは、幾分かマシになった。

 気を入れ換えて、任務を遂行しようと肩に力を入れる。そして、早々に困難にぶつかったことを思い出した。

「ーーー困ったことになったわね。ねぇ、マイリントア。どうしようか」

 私はマイリントアを詰め込んでいた鞄に話しかけるが、返事はない。寝ているのかと鞄を開けて中を見るけど、マイリントアの姿はどこにも見当たらなかった。

「マイリントア?、、、っんもう、自由過ぎるわ」

 またどこか、散歩に行ってしまったようだ。ほんと、私との主従関係など、屁とも思っていないに違いない。


 持ってきた荷物を片付け、黒鎧が準備してくれた侍女のユニフォームを着る。

 本来なら、侍女採用が決まってからユニフォームを作るので、約2週間は最低かかるらしい。どういう伝手かはわからないが、翌日には侍女の採用とユニフォームを準備できた黒鎧の手腕には驚かされる。


 侍女の部屋を出て、私はレイラの部屋を目指す。

 レイラの部屋についてノックすると、レイラが明るく返事した。

「はぁい。どうぞ」

 扉を開けると、爽やかな風が一気に吹き抜ける。

 王都では、まだ暑い日は続いているのに、こちらは北に位置するせいか夏の気配はどこにもなかった。

 窓を全快にして、涼しい風を部屋に送り込んでいる。


 クリーム色のカーテンが揺れ、白を基調とした家具には、お手製の発色の良いカバーがかけられていたり、ふかふかのクッションが置かれていたりとセンスの良さを感じさせられる。

 その部屋の真ん中で風に吹かれながら立っているレイラは、優しく微笑んだ。

「待っていたわ。今日からよろしくね」

 

 茶色の髪に茶色の目。ショートヘアで、スレンダー。そばかすを浮かせているのにやんちゃな様子はなく、とても上品な佇まいをしている。淡い黄色のワンピースがよく似合っていた。


 カスミ草のようなイメージの人だ。

 清楚で、誰からも愛される。


「よろしくお願い致します。レイラお嬢様」

「えぇ、よろしく。ーーでも残念ね。馬車では普通に話せていたのに、もうそんな堅苦しい言い方をしないといけないなんて」

「そう言われましても。使用人ですから」

 

 私が言った時、屋敷のどこからか、また辺境伯の怒鳴り声が響いて聞こえた。こんなに離れているのに大きく聞こえるなんて、よっぽどだ。

 レイラは眉根を寄せた。

「もう、ほんとお父様ったら。ーーーごめんなさいね。父は軍人なものだから、とにかく声が大きいの。規律を重んじるばかりに、軍でもよく怒鳴ってるみたい。まぁ万を越える人を従えているんですもの、多少声が大きくないと、全員には届かないわ。仕方ないことだと諦めてる」

「軍人、、、」

「ええ。国境を守るために、父が自ら出陣するの。父は後ろで構えているタイプではなくて、一番前で軍を率いて戦うタイプらしくて」

 ふぅ、とレイラはため息をつく。

「いつか大怪我するんじゃないかって心配しているのよ。お母様も身体を壊して療養中だし。無理はしないで欲しいんだけど」

「それは、、、心配ですね」


 私のお父様も公爵として、戦争に行くことがある。一軍の将として率いてはいるんだろうけど、、、。あの甘々のお父様が戦場を駆ける姿など、とても想像ができなかった。


 パン、とレイラは手を打ち鳴らす。

「まぁ、それはそうとして。今から何をしましょうか?刺繍?ボードゲームなんてどう?お庭で遊ぶのもいいわね。ランチボックス持っていって外で食べましょうか」

「、、、そうですね」

 何とも明るいお嬢様だ。髪の色は似ているけど、本当にあの偏屈親父とこの爽やかな少女に血が繋がっているのか、疑いたくなる。

「決まりね。じゃあ、お庭で遊びましょう」

「では私はお庭で食べる軽食を厨房からもらってきますね」

「ありがとう。よろしくね」


 私はレイラの部屋を出て、厨房まで歩いていく。レイラの部屋は2階にあり、厨房は1階にあるから、私は中央の螺旋階段を使って1階に降りていく。


「ミヤァーー」 

 猫のような声が聞こえた。マイリントアだ。

 

 私はマイリントアの声が聞こえた方向へ歩いていく。

「ミヤァーー」

 猫のふりをしているが、威嚇しているようにも聞こえる。


 マイリントアの声は近づいていき、ようやく、この部屋の中だろうという扉の前についた。辺境伯邸は広すぎる。ーーー我が公爵邸も負けてはいないけど。


 扉は少し開いていて、中からの光がもれていた。マイリントアの他に、誰かいるようだった。

 私はそうっとその扉を押して開いてみる。

 私は目を見開いた。信じられないものがそこにあった。

 

「猫ちゃぁん。猫ちゃぁん。可愛いでちゅねぇー。こっちにおいで。ミルクあげまちゅよぉ」

 野太い声が、マイリントアに話しかけていた。

 マイリントアは尻尾を立てて威嚇している。


 壁のような背中は、鉄板が入っているかのように分厚い。立つと2メートルはある巨体が、小さな猫のふりしたモンスターの前で膝をつき、両手を広げて猫を誘き寄せようとしていた。


「ねぇこちゃーん。きゃわいいでしゅねぇー」


 猫が好きなのだろう。マイリントアを見る、あまりにデレデレおした顔は崩れに崩れている。他人の父とはいえ、あまり見れたものではない。


「ーーーカナタイド辺境伯、、、」


 私は呆然としながら口元を押さえ、小さく呟いた。



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