悪役令嬢、皇子とノクトの相談に乗る
スミレとロジーがいなくなって一週間が経った。
なぜロジーまでいなくなったのか私にはわからないけれど、ロジーの最後を思い出すと、多分、暗殺者という立場が関係しているのだとは思う。
学園ではロジーといつも一緒に行動していたから、隣を歩く人がいなくなって寂しい。すごく寂しい。
「ーーーすごくすごく寂しいよ、ロジー」
ロジーと最後に別れた中庭にあるベンチで、私は顔を伏せて、泣きそうになるのを堪えていた。
「、、、呼んだら来てくれるって言ったくせに。嘘つき」
「誰が来てくれるって?」
耳が溶けてしまいそうな美声が聞こえて、私は顔を思いきりしかめた。
少なくとも貴方ではないです、と言いたい。
「淑女はそんな顔を人には見せないものだぞ」
苦笑するアラン皇子と、その後ろに私の歪んだ顔を見てびっくりしているノクトがいた。
「別にわたくしの顔なんて、どう変わろうが大したものでは御座いません。気になさらないで下さる?」
私はまだ、アラン皇子に私の顔を見て『無理』と言われたことを根に持っていた。
「まぁそう言うな。リーネ、お前にもちょっと付き合ってもらいたいんだ」
「嫌です」
ふん、と私は顔を背ける。
アラン皇子は眉間に皺を寄せながら、ちらりとノクトを見る。ノクトは困ったようにしながら、おずおずと私に話しかけてきた。
「リーネ嬢。これは貴女も関わっていることですので、ぜひ参加をしていただきたいのです。この前のこと、僕も伺いました。この件は決してこのままにしておくべきことではない。ぜひ、貴女の力をお貸し下さい」
さすがノクト、というべきか。
アラン皇子の無茶振りをいつも確実に遂行してきた努力の人。苦労人であることが滲み出過ぎていて、つい同情してしまう。
「ーーーノクト様。わかりました。しかし、貴方の苦労を思って私は動くのですからね。決して。決してどこかの誰かのためではなく、貴方の苦労を思ってのことですから、お間違いなく」
「なんだそれは」
アラン皇子は不機嫌そうに言う。
「あら。なんでございましょうか。どこかの誰かという言葉で身に覚えがあるのなら、その理由をお聞かせ願いたいですわ」
「、、、、、、」
アラン皇子は黙る。
あの時、私に対して「無理」といったくせに、その事を悪い事と思っていないのか、私が何故怒り続けているのか理解していないらしい。
それがまた、私は腹立たしかった。
「で?どちらに行けばよろしいのかしら?わたくし、お兄様に話を伺おうとしたら、この話は絶対に他言するなと強く止められましたのよ。決して関わるなと。そのような話をするのにそこら辺の場所では、どこに聞き耳立てられているか、わかったものではありません。決して他の方に聞かれない場所でないと。さて、どこにお連れしていただけるのかしら」
アラン皇子とノクトが視線を合わせる。
そしてドヤった私が連れていかれた場所は。
※※※※※※※※※※※※※※※※
皇族専用の馬車から降りて、私はその目の前の建物を見上げる。天を仰ぐほどの広大なその場所は、一度だけ私も訪れた場所。
しかしその時はパーティーホールだけだった。もっと奥まで入る日がこんなに早く来ようとは。
中に入って、他の部屋より一際大きい扉の前に立つ。
「何をしている。さっさと中に入れ」
「確かにここなら、大丈夫でしょうね」
苦笑いするしかない。
そこは王宮。そして目の前にある扉は、アラン皇子の部屋だった。
「黒鎧に頼んで、間違いなく誰にも話を聞かれることがないようにした。心配無用だ。これなら文句もなかろう」
「はははーー、、、」
アラン皇子が平然と中に入っていくので、そろりそろりと私も皇子の部屋に入っていく。
そもそも、まだ婚姻もしていない淑女を、婚約しているとはいえ部屋に呼ぶなんて、正気かと問いたくなる。
あの人、私が女であることを忘れているんじゃないでしょうね?
アラン皇子の部屋は、あちらの世界でいう一般の学校の体育館くらいに広かった。しかし中央に大きなテーブルと大きなベッドがあるだけで、他には何もない。
テーブルとベッドも、造りは立派だが木目が見える単調のあっさりとしたもので、華美たところは1つもなかった。しいていうならば、ベッドが異常に大きいことくらいか。しかしこの部屋の割合で考えると、それでも小さいくらいだ。
「ーーー意外ですわね」
「何がだ?」
アラン皇子に耳元で声をかけられ、私は慌てて声が聞こえた方の耳を押さえる。耳が溶けたらほんと、どう責任取ってくれるわけ。美声にも程があるでしょう。
「この部屋ですわ。皇太子になられた方にしては、とても質素な家具ですので」
私が言うとアラン皇子は、ふんと鼻で笑った。
「別に家具なんて使えればそれでいい。本はこの部屋と別に、ちゃんとした書室があるしな」
私はアラン皇子を睨めつける。
「何を言ってますの?部屋を飾るのは生活を彩らせることですのよ。観葉植物とか絵画とか。それだけでも全然変わってきますのに」
全く。観葉植物だけでなく、毎日テーブルに飾る花を自分で交換しているジルお兄様の爪の垢でも飲ませてやりたいわ、と思う。
私はしてないけど。
シンプルな部屋は嫌いじゃないが、これはあまりに寂しすぎるのだ。このバカのように広い部屋にベッドとテーブルだけなんて、あり得ない。
「ふぅん」
とアラン皇子が、私の頭上から呟いた。
「そこまで言うのなら、勿論、リーネの部屋はさぞ素敵な部屋なのだろうな。良ければ今度、その感性をもって俺の部屋の飾りでも贈ってもらおうか」
「な、、、」
なんということでしょう。自分から贈り物をねだるなんて。図々しいにも程がある。
しかし私も鎧とか剣とか、アラン皇子にプレゼントしてもらっている。別に私が欲しかったわけではないけど、正直、ものすごく活用して、愛着もわいてしまっているわけで。
「、、、わかりましたわ。アラン殿下にその飾りありと言わせるようなものを、是非贈らせていただきます」
ふん、と私が鼻息を荒くしていると、ノクトが私を不憫そうに見つめているのに気づいた。
「あ、あら。失礼しました。話し合いをするんでしたわよね。座りましょうか、ノクト様」
ほほほと笑って、私は質素なテーブルについた。
テーブルは四角で、それぞれ1つの辺に座る形になる。私の向かいはアラン皇子で、右隣にノクトが座った。
そして私が一番に、口を開いた。
「ーーーそれで?アラン殿下。そちらは何か、新しい情報を得ることはできましたの?」
アラン皇子は頷く。
「勿論だ。俺が直々に探したんだ、見つからないはずがない。しかしリーネも、そこまで自信ありげに言うところを見ると、独自に情報を得たようだな」
ふふ、と私は笑う。
「そうですわね。ダイナ1に赴いて、見張りの特徴を調べましたの。服装の仕様やその土地でしか生えないという薬草をお持ちでしたから、すぐにわかりましたわ」
実際はロジーが見つけてくれたんだけど。そこは黙っておこう、と思った時。
「、、、ロジーだな」
「ロジーでしょうね」
2人で納得し合う。
バレバレだなんて、すごく恥ずかしい。
「そういえば、聖女スミレとロジーが、休学に入ったとか聞いたが」
アラン皇子が、平然とした様子で言う。
休学。
彼らがどこに行ったかわからない以上、休学と言っていいものかどうか。
私がしゅんとすると、ノクトが慌てて話を変えた。
「しかし、リーネ嬢が得た情報と、我々が得た情報が一致すれば、間違いないということですね。リーネ嬢、その組織の名前は?」
「「カナタイド辺境伯」」
私とアラン皇子の声が重なった。にやりとアラン皇子が笑う。
「決まりだな」
ノクトは、ですが、と続けた。
「ですがアラン殿下。まだ、なぜカナタイド辺境伯が獣人や他種族を国内に知られることなく、あの土地で住まわせることができるのか、なぜ彼らがあの門を通ろうとすると殺されるのかという謎が解明できていません。それがわからないことには、カナタイド辺境伯と交渉することも不可能でしょう」
ふむ、とアラン皇子は考える。
「確かにな、、、」
「ここで考えてもわかるわけないのですから、直接カナタイド辺境伯に聞くというのはいかがですか?」
私が言うと、ノクトは首を振った。
「聞いて答えてくれるようなら、国に獣人達の存在を知られないように情報操作をするはずないですし、あのジル様が、溺愛するリーネ様に絶対関わるなと言われたのでしょう?下手したら命に関わりますよね。さすがに何の策もなく訪問するのはどうかと思いますが」
沈黙が訪れる。
「、、、でも、スタジアム建設まで3ヶ月ーーーいや、もう3ヶ月はとっくに期限は切っているのですよね?それなら、悠長なことはできないのではありませんの?」
「それはそうでしょうが、、、」
ノクトは口ごもる。答えが見つからないからこその、私への相談だったんだろうけど。
私はポンと手を鳴らした。
「訪問という形をとるからややこしくなるんですわ。潜入という方法でいかがかしら?ほら、そこの黒鎧さん」
ちょいちょい、と私が、扉の前で待機している人を呼びつける。
私に呼ばれて近付く黒鎧は、普通に歩いているようだが、わずかに身体の軸がぶれていることに気付く。鍛えあげられた黒鎧にしては、おかしい歩き方だった。
「あら」
と私は微笑んでみせる。
「貴方、さては隊長さんですわね?1週間ぶりですけれど、身体の調子はあまりよろしくないようですわね。仕事熱心も良いけど、無理させてはダメですわよ。治るまでちゃんと休まないと」
洞窟内でとトラップで、あちこちの骨が砕けたと聞いた。あれからまだ1週間しか経っていないのに、護衛の業務に就いている方がおかしい。
「しょ、ーーーー承知しました」
私に敬礼する黒鎧を、なぜかアラン皇子が睨み付ける。そんなに無理やり働かせたいのかしら。
「それはそうと、隊長さん。貴方達の中で、暗躍に特化した人はどなたかしら?カナタイド辺境伯の侍女の服装が欲しいのですけれど、一着、手に入れることはできるかしら」
「は。ーーーーお任せください」
私が黒鎧の隊長と話している後ろで、アラン皇子とノクトがコソコソと話をしている。
「、、、あいつ、見事にデレデレしやがって」
「明らかですね、、、」
「そもそも俺の命令にしか従わないはずなのに。教育が足りんな」
「いや、この場合はリーネ嬢がすごいのかと、、、」
「いつもの魔法は使ってるのにな」
何かボソボソ話しているけど。
私は2人を振り返る。
「さて。そういうことになりましたわ」
アラン皇子は困った顔をしてみせた。
「いや、いくらなんでも、公爵令嬢のお前を潜入させるわけには」
「ではどなたが行くというのです?そこらへんの人ではあの地の事を知ることはできず、アラン殿下はそれこそお命を無駄にはできませんし」
私はノクトを横目で見つめる。
「ーーーノクト様が、行かれますか?」
「え?」
いきなり指名されて、ノクトはわかりやすく狼狽えた。
「ぼ、僕ですか?」
言ってはみたが、ノクトは典型的頭脳タイプ。体力とか魔法とかは本当にお粗末なのだ。
私はノクトのルートはしていないけれど、噂によると、大魔王との最終決戦。ノクトだけは剣を持たず、軍師として戦いに挑んだらしい。
対大魔王に軍師って、と笑った記憶がある。
「ぼ、僕は、、、、」
言いよどむノクトに、私はニコリと口端を上げた。
「いいんですのよ。人には向き不向きというものが御座います。わたくしには、細かい作戦などを計画する能力はありませんし。心配されずとも、転移の魔道具をいただければ、危険な時はすぐに戻ってきます。それでいかがですか?」
うーん、と2人は悩み、しかしそれしかないかと、ため息をついた。
「絶対に、危険になったら魔道具で帰ってくるんだぞ」
「勿論ですわ」
私は微笑む。
「ーーーーところで、ですけれど」
私はズィ、と少し前のめりになった。
「なんだ?」
そんな私の様子に嫌な予感がしたのか、アラン皇子が眉を寄せる。
「わたくし、こんなにも身を挺して行動するのですから、成功のあかつきには、勿論何か、それ相応の褒美がいただけるのでしょう?」
「褒美、、、だと?」
「そうですわ。いえ、大したものでは御座いませんの。金銭的にはささやかなものですので。ただ、わたくし個人では手に入らないのです。どうか、お力をお貸ししていただければ、、、」
私がお願いポーズを取ると、アラン皇子は更に眉をしかめた。アラン皇子はよっぽどリーネの顔が好きじゃないんだろうと思う。
「ーーーわかった。善処しよう」
「ありがとう御座います」
私は素直に頭を下げた。
インチキ政治家のような返事だったけど、一応、ノクトは聞いてくれている。
皇国の皇子が、まさか焼き鳥のケータリングを断ることはないだろう。
剣技会の賞品が好きな料理のケータリングだったけど、スタジアムにモンスター達がでてきてうやむやになってしまったし、ベックから驕ってもらうのも、ドワーフの洞窟に行ったせいで流れてしまった。
ここは、褒美として焼き鳥のケータリングを頼み、この無駄にだだっ広いアラン皇子の部屋で(もちろんアラン皇子には出ていってもらってバレないようにして)、焼き鳥を心ゆくまで堪能するという。
ふふ、と私は笑った。
ーーーとても素晴らしいプランだと思います。




