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ロジーサイド~君に捧ぐ言葉

 聖女の暗殺。

 そのために僕はこの学園いる。

 だが、スタジアムの時もそのあとも、僕は『誰が殺したかわからないように殺す』タイミングが見つけられなくて、今まで時間だけが過ぎていた。


 そして今日はリーネに誘われて、獣人と他種族を管理している組織を調べるためにダイナ1まで行った。


 見張りの数も、唯一そこにしか生えない薬草のことも事実だけど、僕はその黒幕が誰か、実は知っていた。闇の世界では一般の人が知り得ない情報が数多く存在している。

 ただ、リーネには僕が闇の世界に関わっていることを話したくなくて、僕はそのことには触れなかった。


 リーネは、なぜか知らないけど、僕が闇世界の人間であることを知っているようだった。暗殺者ということまで理解しているかはわからないけど、僕が闇世界で学んだ技術をリーネの前で使用しても、僕を見る目が変わることはなかった。

 でも言葉にしたら、流石にリーネとの関係は崩れてしまいそうで。


 僕とリーネは、滑稽かもしれないけれど、お互い知らないふりをして一緒に過ごしていた。


 黒幕が誰か判明したところで、リーネと共にカナタイド辺境伯のところまで向かう。

 リーネが、スタジアムであれだけ活躍していたから、体力も無尽蔵にあるのかと思ったら意外と早く音を上げたので、結局カナタイド辺境伯のところに行かずに帰ることになった。

 僕は無遅刻無欠席を目指していたから、正直、あの時に引き返せて良かったと思った。


 だけど寮に帰ってきて、僕は後悔する。

 暗殺対象である聖女スミレが寮の自室からいなくなっていたのだ。ここ数ヶ月、帽子や仮面を被った男と毎日話していたから、その人とどこかへ出かけたのかもと思ったけど、確認のために部屋に侵入したら置き手紙があった。


『しばらく学園を休みます』


 間違いなく、スミレの字だった。

 筆跡、手紙から僅かに香るスミレの臭い。

 スミレが書いたのは間違いない。

 あとは、精神操作されて無意識に書いたか、あるいは口車に乗せられて言われるまま書いたか。

 自分の意志で書いたわけではないと思いたいところだけど。

 

 スミレを暗殺するために忍び込んだ魔法学園だ。

 スミレがいなくなった今、僕が学園にいる必要はない。特待生のスミレと違い、僕は自費で学園に通っている。定期試験さえ合格すれば、出席日数はあまり関係ないようだ。もしスミレが学園にまた通い出したとしても、僕の席はそこにある。僕もいつでも学園に戻れるのだ。


 ーーーただ、スミレは特待生。

 出席日数が足りなければ、即、退学になってしまう。

「、、、戻れる可能性は低いかもな、、、」

 自嘲気味に笑って、窓から見える学園の校舎を眺めた。


 学園にはあまり未練などない。

 僕は暗殺者として育てられて、学園生活なんて遠い物語だったから多少の興味はあったけど、任務次第ではまた他の学園に行く可能性もあるし、やはり普通の生活は馴染めず、大して学園自体に後ろ髪をひかれるものはなかった。


 今日で学園生活も終わりか。


 そう思った時、脳裏にリーネの笑顔が浮かんだ。

 澄んだスカイブルーの瞳の、綺麗な女の子。

 僕がいなくなってあの子は悲しむだろうか。

 そう思うと胸の下あたりが鈍く痛んだ。

 せめて、リーネに挨拶だけでもーー。


 そうして僕はあと1日だけ、学園に行くことを決めた。


※※※※※※※※※※※※※※


  学園の教室。

 案の定、スミレは教室には入って来なかった。

 リーネは驚いて、ケリー先生のところに走り出す。

 僕も一緒についていった。


 ケリー先生の部屋。

 騎士団団長であり、魔術師の塔の管理者であり、この学園の特別講師だからこそ、ケリー先生には特別室がある。

 ケリー先生は分刻みで仕事が待っているだろう。そのために用意された部屋。実際、仕事の机には山のように書類が溜まっていた。それでも、ケリー先生は生徒にちゃんと向き合って時間を作る。こういう人を『素晴らしい人』と言うのだろう。地位があり権威があり実力がある。そして人間性も備えているーー。


 日陰の僕とは真逆にいる人だ。


 ケリー先生は、部屋に入った僕達に香りの良い紅茶を出してくれた。

 そしてスミレについて話をする。


 個人情報ではあるが、リーネが本気でスミレを心配していることと、リーネが公爵令嬢でありその気になれば公爵の力でいくらでも情報を得ることができることを考えると、今、不安定になっているリーネの心を落ち着かせる方を優先したのだろう。スミレについて教えてくれた。


 リーネと会話をしながら、ケリー先生が僕の方をちらりと見てきた。そして、徐に自分用の紅茶をゆっくり飲み始める。


 基本、僕は他人の提供したものは口にしない。

 そう訓練されているし、いつ毒が混入しているかもわからない生活をしていると、他人の触れたものを口にする方が不自然だった。


 ケリー先生は騎士団団長をしているくらいだ。僕の動きから闇の世界の人間であることを察知したのかもしれない。そして僕に『安心な飲み物』であることを伝えるために、わざと自分で紅茶を飲んだのだろう。


 ケリー先生の大人らしい行動。

 そういうところ、ずるいと思う。


 そしてケリー先生は続ける。昨日、点呼の時間にスミレが来なかったこと。部屋に入ると『しばらく学園を休みます』の置き手紙があったこと。

 

「しばらく学園を休むですって?」

 ガタリとリーネは立ち上がり、その勢いで足をテーブルにぶつける。テーブルが揺れてカップから溢れた紅茶が零れた。

 僕はそれを何もなかったかのように、さっとハンカチで拭きあげる。

 リーネが感動したように僕を見てきた。


 リーネって、こういうところがたまにある。おっちょこちょいというか、短慮というか。ーー単純というか。


 少しリーネが微笑ましく思っていると、ケリー先生が思わぬ情報を話してくれた。

 ケリー先生が寮長に聞いた話では、スミレは薔薇の花壇のところでいつも『1人で』話していたという。

 ここ数ヶ月、仮面をつけた変な格好をしてスミレのところに会いに来ていた男。僕は毎日、その様子をみていた。男は1日として欠かさず会いに来ていた。スミレが1人でいたことなど、一度もない。


 僕ははっとした。


 ーーーー幻影魔法。


 僕にはそういう類いの魔法が全く効かないから、幻影魔法が使われていることに気がつかなかった。あの男は同時にいくつもの魔法を使っていて、それに紛れてわかりにくくなっていたのかもしれない。


 ただ。

 僕は思う。

 僕から見てあの2人は、とても幸せそうだった。

 2人の心の繋がりを、遠くから見るだけでも僕は感じていたんだ。だから僕は、その男がスミレに何か悪さをするようには思えなくて。


 ーーーー甘かった。


 僕はこの学園にきて数ヶ月しか経っていないというのに、甘さがでてきているのかもしれない。

 『闇の世界の住人』として、常に疑い続けなければならなかったのに。


 ただ、この事ではっきりした。

 スミレをどこかに連れ去ったのは『あいつ』だ。

 どんなに隠していても、僕にはわかる。

 あいつをつければ、自ずとスミレの居場所がわかるだろう。学園外ということは、それこそ好都合。

 この学園では生徒に害なす人間は入れない上に、防御する強力な魔法がかかっている。

 学園外にスミレがいるならば、この学園でしているように、殺意を『なかったことにする』マインドコントロールは必要ない。

 『殺さない』と自分に完全に思い込ませるところから、『殺す』と意識を戻すのに数秒のタイムラグが発生する。

 スミレには常に影の見張りがいて、影の隙をつく場合、そのタイムラグのせいでいつもタイミングを逃した。


 今思えば、あの影も、あの男の差し金だったのかもしれない。ーーーいや間違いなくそうだろう。


 僕がそんなことを考えていると、リーネはスミレの『退学になるかも』という言葉にショックを受けて、ふらふらとケリー先生の部屋から出ていった。


 そんなにスミレとは仲が良さそうでもなかったリーネが、なぜそこまでショックを受けているのか僕にはわからないけれど。


 普段の教室でもスタジアムの時も、スミレのリーネに対する態度は酷いものだった。

 特にスタジアムでは、骨折したリーネの怪我を治すふりして『治さない』という選択肢を選ぶほどだ。

 何が聖女。できないと嘘をつくスミレの言葉を信じて微笑むリーネの方が、よっぽど聖女に見えた。


 ショックでとうとう立つことができなくなったリーネに、僕は手を伸ばす。

 中庭の、周りに木々が生い茂る中、座り込むリーネは中庭でくつろぐ天使のようだ。

 悲愴な表情はとても穏やかではないけれど。


 僕はリーネの手を引いて起こした。

「リーネがそんなにスミレを気にしてるとは思わなかったな。ちょっとリーネに嫌なやつだったでしょ」

 僕がちょっと冗談っぽく言ってリーネの顔を覗くと、リーネは僕を見てくしゃりと笑った。

「誤解されているだけよ。本当は良い子のはずだもの」

 リーネのそのスミレを盲信する理由はどこから来るのだろう。

 そうでなければ、本当にリーネは聖女なのかもしれない。

「リーネは優しいね」

 僕が言うと、リーネは慌てて首を振った。

「私が?まさか。私は悪役令嬢よ?」


 悪役令嬢?

 どこが?

 こんな人間が『悪』なら、僕は一体何だというのだろう。

「たまにリーネはおかしなことを言うね」

 僕が笑うとリーネもつられて笑った。


 中庭に、優しい風が吹く。


「ロジー。私、今日はもう帰るね。なんか疲れてしまって。少し考えたいし。ーーーだから。また明日ね」

 そう言われて。僕はつい、リーネの手を握って引き留めてしまった。

 その行動を僕自身が驚いてしまう。

「あ、、、」

 僕はゆるりと手を離し、リーネを見る。


 また明日。そう言えればいいのに。

 でも僕は明日はもうーーー。


 そんな僕を、リーネは笑った。

「どうしたの?そんな顔、ロジーらしくないじゃない」

「、、、僕らしい、、、顔?」


 僕らしいとは。


 僕は僕だけど、僕はただ、任務をこなすだけの生き物に過ぎないのに。


 感情を持つな。愛情を持つな。

 人間であることを忘れろと言われて育った。


 リーネはそんな僕を包み込むように優しく笑う。


「自信家で悪戯好きで甘えん坊。ーーー心の底の暗い部分をちゃんと自力で乗り越えてきた顔」


 ーーーーあぁ。


 やっぱり、リーネは僕が闇の世界の人間であることを知っている。

 それでも、ちゃんと『僕』をみてくれていた。

 リーネは蒼く透き通った瞳で、僕を懐かしむように見つめた。

 ーーーなんて暖かいんだろう。


 リーネは綺麗なだけじゃない。

 とても暖かいんだ。空に浮かぶ太陽のように。

 そしてあの青空よりも広くて澄んだ心を持つ少女。


「私、ロジーがここにいてくれて良かったわ」


 その言葉に、僕は震えた。

 僕の失くしたはずの心が。


 僕は動揺してしまって、声を出すのが精一杯だった。

 何か返事をしなければと。

「ぼ、僕も、リーネに会えて、、、」


 言おうとして、僕は口を閉じる。

 思い出した。

 僕が今日限りで学園を去らなければいけないことを。

 もう少し一緒にいたいと引き留めてしまった僕こそが、今日、リーネから離れるというのに。


 もう明日からは僕は元の、ただの暗殺者に戻る。

 リーネと一緒にいられるのは、今だけなんだ。

 このままずっとリーネの傍にいたい気持ちはあるけど、そういうわけにもいかない。僕には任務が最優先なんだから。


 僕はいつものように気持ちを入れ換える。


 リーネの手を、両手で掴んだ。わざと明るく笑ってみせる。

「、、、リーネはドジだからさ、僕が守らないとね」

 ーーーもう守れないけれど。


「何かあれば、すぐに呼んでよ。僕、リーネのためならどこにでも行くからさ。ほら、僕が鋭いの、知ってるでしょ」

 僕の傍で僕を呼んでくれるなら、僕は本当に。


「えぇ、そうね」

 リーネは素直に微笑む。

 僕は言った。

「ちゃんと、明日、元気になって学園に来てよね」


 リーネは知らない。僕が明日からいないことを。

 知らなくていいと思う。このリーネの笑顔が消えるのをこの目で見るくらいなら。

 そして、明日、少しでも僕のために悲しんでくれれば嬉しい。


「そうね。ロジーもまた明日、学園で」

 

 うん、と嘘をつくつもりだったのに、言葉が出てこなかった。

 明日。

 僕はもういない。

  

「ーーーバイバイ。リーネ」

 僕は手を振った。


 もう二度と会えないかもしれないリーネ。

 僕にわずかな人間の心をくれた君へ。


 ーーー僕も、君に会えて良かった。

 


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