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ノクトサイド ~奇天烈な出会い~

僕の名前は、ノクト・レイ・アンダーソン。

侯爵家長男。宰相の息子。

皆は自分の事を天才だ、後の賢者だともてはやすけど、僕の場合はただの勉強好きであって、それ以上でも以下でもない。

騎士の出でもないから、学校の剣の授業も優良可不可の中の可程度だし、正直、運動全般に自信がない。勉強でどうにか生きていくしかないだけだ。


今日はこの国の第一皇子であるアラン皇子に誘われて、一緒にギルドまでやってきていた。アランとは主従の関係でありながらも、同級生の友人だ。

僕は王族でもないし、アラン皇子と違ってギルドに登録する必要もないけど、ただの知識としてのギルドへの興味もあって、一緒に付き合うことになった。

好奇心旺盛なアラン皇子が余計なことをしないよう、お目付け役でもあるのだけど。


ギルドはあちこちあるが、色んな理由から公爵領にあるギルドに登録することになった。先に公爵に許可をいただき、公爵領で1番大きい街までやってきた。


王都ほどではないが、賑わいのある良い街だ。


ところどころ、怪しい雰囲気を纏っている人間がチラホラいるが、それは関わらなければ問題ない。

こっちにはアラン皇子直属の黒鎧部隊がいるんだ、物理的には怖いものなど何も無かった。


街に入ってすぐ、アラン皇子は何かに目を奪われているようだった。

見てみると、馬を引きずりながら歩いている少女がいる。馬を売りに行ってるんだろうか、まだ年端も行かなさそうなのに、こき使われて可哀想に。


僕も、侯爵家といえど、親が倹約家なものだから、贅沢はさせてもらえない。恥をかかない程度にちゃんとしたものを揃えるくらいで、それ以外は好きな物は我慢を強いられていた。


いつか何かあって貧しい生活をしないといけない時がきても、ちゃんと自分で働いて、慎ましくも最低限の生活ができるように色々と知識を身につけないといけないなぁとは思う。


そうか、馬を売る時に馬が嫌がったら、あんな風にして引っ張っていかなきゃいけないんだな。馬も抵抗して物凄い顔になってる。大変だなぁ。


ぼんやりとそんなことを思いながら、少女のあとをつける形になったアランに続いて、ギルドに入っていった。


ギルドには屈強そうな男達がたむろっていた。

むせ返すような埃っぽい空気と、汗なのか何かもわからなく、ツンとした男臭いにおいがする。正直、こう言う場所は苦手で、早く出ていきたかった。

てか、本当に臭い。獣の臭いに近い。


しばらくすると、急にギルドの雰囲気が変わった。ピリっと気が張るというか、険悪というか。


その原因を探ると、さっきアランが見ていた少女が換金所の方で何か問題を起こしたようだ。アランも気にしてそちらを見ていたが、様子を伺っているようでもある。


下手なことをしてくれるなよ、とアラン皇子に願ったその時、アラン皇子は急に動き出し、少女と換金所のカウンターの男に何か言った。


少女の動きがおかしかった。

ブリキの人形のような奇妙な動きをしていた。少し笑いそうになる。

遠くて何を言っているかわからないが。


すると、全く関係ないところから、急にコワモテの屈強そうな男がアランに絡んでいったのだ。

「俺達はこのお嬢様に用があるんだよぉ」

「私たちには用はない」

急にアラン皇子は剣を抜いた。


ちょちょちょ、おい、やめて。

問題起こさないで。

慌てて僕はアラン皇子に駆け寄る。ここで止めないと後でどんな問題になるか。

アラン皇子の首は重いけど、僕の首なんて下手したらすぐ飛んでしまうんだから。


「ちょっともうー、やめてくださいよ。何かあったら責任取るの私でしょうーーー」

「そんなの知ったことか」

知ったことか?ちょっとなんて言い方。

僕は少しむっとすると、アランは顎で少女を見るように促した。

「それより、ここのご令嬢が誘拐されそうになってるんだぞ、放っておけるか」


ご令嬢?このメイドが?

僕がその少女を見ると、ニット帽とネックウォーマーで隠された瞳と目が合った。


パッチリとした大きな瞳。作り物かと思うくらい長い睫毛に囲まれたその目は、何か大事なものを吸い取られるかと思うほど透き通ったスカイブルー。


え、これ人間ですか?天使じゃなくて?


考えて、思い至った。

この世には天使か女神かと言われる少女が存在することを。

 この公爵領に生まれた、公爵令嬢。リンドウ帝国の白銀の宝石。

世間には決して顔を見せないリーネという少女。

悪どい噂も含めて、リーネの存在は龍のようにかけ登り、今となっては伝説と化している話もある。


「リーネ様?」


言うと、その少女は思った以上にビックリした顔をしてみせた。目しか見えないのに、そこまで表情を読ませるとはなかなかの表現力だ。


もうバレてるのは理解しているのに、無駄なあがきでリーネはニット帽を深く被る。


ものすごくわかりやすい娘だなぁ。


それが、リーネに対しての僕の印象だった。


そしてゴロツキ共は、アランの黒鎧達によってあっという間に収束させられていた。

その後、アラン皇子とリーネが僕と少し離れたところで会話をしている。

確か、あの2人は婚約者同士だったはずだ。

でも顔を合わせたことはないという。

それを聞いた時、不思議だと思っていたが、それ以上の感情はなかった。皇子と公爵令嬢の婚約。そんなもの、当たり前過ぎて。

今更、顔を合わせる必要もないのだろう。結局、政略結婚だ。本人達の意思はない。


僕は今のところ婚約の話は出ていないけど、いずれタイミングをみて、婚約者を探されるのだろう。候爵家に相応しい令嬢を。僕の意思がそこに入る余地はあるのだろうか。


そんなことを考えていると、アラン皇子とリーネの会話は終わったようだ。

アラン皇子が一直線に僕に向かって歩いてくる。


僕の前に来る早々、アランは少し引きつった顔で僕に言った。

「ノクト。俺の付き合いはもういい。お前はリーネ嬢を別の馬車で家まで送り届けてくれ。金はいくらかけても構わない。公爵令嬢に相応しい馬車で頼む」


「えぇっ!?なんで僕が」

「【俺の】命令だ」

アランの目が鋭く光った。


俺の命令。

友達としての頼み、でなく、俺の命令ということは、皇子としての強制的な命令ということだろう。


元々王族の威厳を使うことをあまり好まないアラン皇子は、友人の僕には、皇子として上から圧をかけることは滅多にしない。


その滅多に、を今、使うか、、、。


僕はアランの少し離れた位置にいるリーネを視界の端でチラリとみた。


何を話したらアランがこうなるんだろう?


むしろ、少しリーネという少女に興味が湧いた。


アラン皇子は誰にでも平等で、誰にでも優しいをモットーにしているからだ。皇子としての威厳を損なうことなく、向かい合う形で人と関わりたいと、何度も聞いた。


リーネは別格、ということか。


婚約者だから?

ーーー実は人間じゃなく、本当に天使だったりして。


僕はやれやれと肩を上げて、

「仕方ないなぁ」

と呟いてみせた。


僕は、メイドの格好をしたままのお嬢様のところに向かう。リーネは僕達に背を向けている。

残った従者に、ここから1番近くの馬車を扱う店で、1番豪華な馬車を用意するように指示する。従者は僕と違って文句も言わず、素早い動きで走っていった。


さぁ、なんて声をかけようかな。

初対面だから、まずは挨拶か。とリーネに向かって喉に力を入れようとした時、

「あぁーもう!!会いたくなかったのになぁーーー」

と、目の前の少女が叫んだ。

なんてことを。

僕がビックリして、慌ててアランの方を振り返ると、アランの姿はすでに見えなくなっていた。

色んな意味で苦笑するしかない。

本当に、二人の間に何があったんだろう。

「リーネ嬢」

声をかけると、弾くようにリーネは振り返り、スカイブルーの瞳が僕を捉えた。

「は、はぇ?」

急な声掛けに驚き、素っ頓狂な声を出してしまったことにリーネは顔を真っ赤にさせている。


やっぱり素直な良い娘じゃないか。


アランの態度の悪さを思い出し、僕はつい苦笑してしまう。でもリーネはやっぱり、アランに会いたくなかったのか。体調不良で会えないってのは、言い訳だったのかな。こんなに肌がツヤツヤしている病人は見たことない。


「アラン様より、危険回避のため公爵邸までお送りしろとのご命令です。あちらの馬車までよろしいでしょうか」


換金所前に、想像よりも豪華絢爛な馬車が用意されていた。僕はその馬車を二度見する。

なんだあの馬車。

 嫌がらせかってくらい飾られている。趣味が悪すぎだった。僕はあんなの乗りたくないけど、時間がなかったから仕方ない。


見るとリーネはニッコリと笑っていた。

彼女は馬車に違和感を感じていないようだ。金持ちの感覚ってよくわからない。

リーネは、メイドの格好のまま、スカートの端と端を持って、すっと足を曲げ、小さく会釈する。

お嬢様が行う挨拶だ。


「お心遣い、本当に感謝致します。しかしわたくし、我が家の馬に乗ってここまで来ましたの。連れて帰らないと、馬の身重の妻が悲しむことでしょう。申し訳ありませんが、お気持ちだけ戴いてもよろしいでしょうか」


馬?


聞いて、ここに来る前に馬を引きずりながら歩く少女を思い出した。あれはリーネだったのか。


馬を想うには、随分と酷い扱いで引きずっていた。そして乗ってきたって、あの馬に?

あの馬は明らかにリーネに対して嫌悪感を顕にしていたが、あの馬に乗れたというのか。

どうやって?

あの馬で、公爵邸からこの街まで?


考えれば考えるだけ、笑いがジワジワと込み上げてくる。

あの馬だぞ。あの無理やり引きずっていた。


言い訳にしても酷過ぎる。


「それはかないません」

笑いを堪えるのに必死で、リーネの言い分を即座に断遮断してしまった。まぁいいか。


「皇子の命令は絶対です。貴女も、先程誘拐やトラブルに巻き込まれそうになったばかりなので、そのことは充分理解しているかと思いますが」


言うと、リーネは少しブリッコしてみせる。

「大切な馬なんです」


絶対嘘だろ。


「ではその馬も一緒に」

「五月蝿い!!!」


え?五月蝿い?

いま、リーネ嬢が言ったか?

キレるの早くない?


リーネを見ると、リーネは憮然とした顔で、頬を膨らませているようだった。ネックウォーマーでよくは見えないが。


すると、急にリーネはポケットに手を突っ込んで、僕に向かって宝石らしきものを放り投げた。

そのうちの1つが、いきなり激しく光り始める。


「うわっ???」


閃光弾。そんなもの、公爵令嬢がなぜ。


光で何も見えなくなったが、目を細めると、ぼんやりとリーネの姿が見えた。

リーネは楽しそうに笑っていた。


「ノクト様。御機嫌よう」


彼女は、僕の名前を知っていたのか。

不思議な気持ちだった。


僕はリーネと会ったことはない。

婚約者のアランならともかく、僕はまだ学生で、名前もまだ世間ではあまり知れ渡っていないはずだ。


あくまで侯爵家の子供として名前を聞いた事があったとしても、、、あの、世間を嫌って家に閉じこもっていたであろうリーネが、僕の名前を知っているとは思わなかった。


なんだろう、あの子は。

閃光弾なんか持ち出すし。本当に変な娘だ。


僕はギルドに戻って手続きをしているであろうアランの元にかけていった。そしてことの顛末を話す。


すると、アランは血相を変えて、僕に言い放った。


「ノクト、追え!絶対逃がすな!!!絶っ対逃がすなよ!!!」


「えええーーー」


なんでそこまでアランはムキになっているんだろう。

ただの奇天烈なだけの少女じゃないか。


「ええーーじゃない。行け!お前の名誉にかけて」

「ええーーーーっ?」


名誉って何。アラン、今更だけど、僕のこと本当はどう思っているんだろう。

いま、名誉は関係なくない?

友情にヒビが入りそうだなぁ。


僕は複雑そうな顔をアランにしてみせて、外にまだ準備したまま立ち尽くしている馬車の馬に手を乗せた。


馬の頭にも背中にも豪華な装飾がしてあるこの馬。

本当に趣味が悪い。


でも。


僕はやればできる男。

ーーーやらなければならない男だ。


僕は煌びやかな馬を馬車から離し、乗馬した。


換金所から公爵邸までは一本道。

間違いなく、リーネ嬢はこの道を通る。


「いた」

遠く豆粒程の大きさに見えるが、不格好な馬とそれに乗る少女の姿が視界に入る。


本当にあの馬に乗ってる。

笑いが吹き出しそうになったが、それをグッと飲み込んだ。笑っていい状況ではない。いつ誘拐されるかわからないのだから。


リーネは僕の存在に気づき、一瞬驚いた後、苦々しい顔をしてみせた。

本当にわかりやすい娘だなぁ。


僕は僕でこんな派手な馬に乗ってるし。険しい顔をされるのも仕方ないか。

駄馬と派手な馬の競走。

皇子がこの状況を見たら、なんて言うかな。


考えて、その異質さに耐えきれず、ふっと笑ってしまった僕は、やはり変な顔をするリーネに、

「皇子の命令ですから」

と口パクで言い訳をしてみせた。


「信じられない」


リーネが乗っていた馬は、元々乗馬用の馬ではない。

あっという間に差をつめられたリーネは、観念して馬を止めた。

リーネが逃げないように、僕はリーネの乗っていた駄馬の手綱を僕が握った。


「貴女の敗因は馬の違いですかね」

「ノクト様の粘り強さですわよ」

ほほ、とリーネ嬢は、笑っていない瞳で笑った。

「繰り返すようですが、皇子の命令ですので」

決して僕の意思ではない。


「そもそも、リーネ様はなぜ換金所に1人でいらしたのですか?女性1人では貴族でなくとも危ないのに」


僕が問うと、リーネは少し考えて、

「、、、いずれ、公爵家や王家に少しでも貢献できるように社会勉強、、、ですわね!」

最後、すごくドヤってきたけど、絶対嘘だよね。


「公爵家なら、わざわざ令嬢ご自身が自ら換金する必要もないかと思いますが、、、まさか、公にできない何かをご所望だったのですか?」


試しに言ってみると、少女はピクリと身体を強ばらせる。


おや、図星。


「そんなメイドの格好をしてまで買わなければならないものなんて、よっぽどの代物。世の中では悪と言われる闇のもの、あるいはーーーー令嬢には相応しくない何かーーーー」


リーネはハッと僕の方を見て、なぜそれを知ってるのとばかりに訝しそうにしてみせた。ソワソワしてる。


またまた図星。てか、本当にわかりやす過ぎて面白いな、この娘。動くオモチャみたいだ。


「ででで、でも、あれですのよ。買おうとしていたのは大したものではありませんの。人様を傷つけようなんてとても」


ふむ、と僕は自分の顎を触る。


「トラブルが起きたので、結局、換金できなかったのでしょう?リーネ様が何が欲しかったのかわかりかねますが、裏取引のものでないのなら、僕が買ってきましょうか?僕の懐に限りがあるので、その程度のものしか買えませんが」


僕が言いきる前に、パッとスカイブルーの瞳がかつてないほど煌めいた。

「買っていただけるの?」

「ある程度なら、ですよ?」

「勿論ですわ」

リーネはニコニコと嬉しそうにしている。商談成立。

機嫌が良いうちにリーネ嬢にはお帰りいただこう。

「本日はこのままリーネ様を御屋敷までお送り致しますので、私が買ってきて公爵邸まで運びましょう」

「え゛?」


『え゛?』

なんか天使から汚い声がでたんだが。


「何かご不満でも?」

「、、、いえ別に」

明らかな不満を全面に出して、プイ、とリーネは顔を背けた。

「何をご所望ですか?」

「ーーーーもう、いいのです」

「なぜ」

「ーーー屋敷では、、、ダメなのです」

少し、哀しい目をしている。

本当に屋敷ではダメなことなのだろう。


ふと、リーネを街に連れて戻って、望みを叶えてやりたい衝動に駆られる。


いやでも、換金所の危ない輩は全員捕らえたとはいえ、あれだけの騒ぎがあったのだ。まだリーネを誘拐しても稼ごうとする人間は街にいるかもしれない。噂もだいぶ広がってるはずだ。


今日はこのまま帰るの最善策だろう。


「そうですか、、、。でも貴女の安全が第一なんです。それならば」

良い案が浮かんだ。


「今度、改めて私と一緒にお買い物をしにいきませんか。メイドでなく公爵令嬢として。婚約者の皇子も一緒に。そうすれば変な噂も立ちません。その時に私がその品物を買うというのはいかがでしょう」


驚いた顔のリーネが顔をあげると、ネックウォーマーが顔から滑り落ちて、リーネの整いすぎた綺麗な顔が顕になる。

僕が微笑むと、つられたようにリーネもニッコリと微笑んだ。そのリーネの笑顔が可愛過ぎて、僕の心臓は思わず、ピョコンと飛び跳ねた。


「ーーーお断りさせていただきますわ」


僕は、自分の耳を疑うしかなかった。








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