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悪役令嬢、聖女の失踪を嘆く

 あれからなんとか屋敷に戻り、ロジーは無事に無遅刻無欠席を継続できたようだ。


 タートイズ魔法学園。

 その特別クラスとして、一年生の一番端に位置するそのクラスは、優秀な魔法が使える人達で集められている。

 国内屈指の魔法学園の、そのトップに立つだけあってプライドの高い人が多く、また魔力は貴族の方が高いので、貴族の子息や令嬢が多い。

 現在、私の席は一番後ろで、そのプライドの高い人達の自慢話が飛び交う様子を、つまらなさそうに眺めていた。


「とても退屈そうだね」

 ロジーに話しかけられて、私はロジーの方をちらりと見る。

「ーーーわかる?」

 ロジーは苦笑いで私を見下ろす。

「リーネは全て顔に出るから」

「そう?そうでもないつもりだけど、、、」

「すごいよ?顔の筋肉がここまで自由自在な人なんて、そんなにいないんだから。それはリーネの才能だね」

 本気でそう言っている風のロジーに、私はケラケラと笑う。

「何その褒め言葉。嬉しくないんだけど」

 私が笑うと、ロジーは更に優しく笑った。

「怒ったリーネも可愛いけど、やっぱりリーネは笑顔が一番だね」 

 いきなり真正面から誉められて、私は一気に顔が熱くなりその顔を両手で隠した。

「な。何を言ってるの。誉めても何も出ないんだからね」

 ロジーは更に破顔して、くつくつと笑った。

「リーネからは何も貰おうと思ってないよ」 

 じゃあ何なのよ、と私はロジーに文句を言いたかったが、私の斜め前に座っているはずのスミレの姿が見えなくて、私は首を傾げた。


 スミレは優等生。

 ロジーと同じく、無遅刻無欠席を邁進(まいしん)しているはずなのに。

「ーーースミレが来てないわね」

 私が呟くと、ロジーが黙った。

「ーーー昨日、帰るとスミレはもう寮にはいなかったんだ」

 ロジーは気配で遠く離れた人の様子もわかる。ロジーが言うならそうなのだろう。

「泊まりの外出かしら。優等生だから、お泊まりなんてちょっと考えにくいけど」

「、、、、、」


 教室のドアがガラリと開いて、資料を大量に脇に抱えたケリー先生が入ってきた。

「授業始めますよー。皆さん、席について」

 荷物を教卓に置いて、ケリー先生はバンバンと手を打ち鳴らした。


 皆はガタガタと音を立てながらそれぞれの席について座る。

 スミレ不在の中、ケリー先生はそこには何も触れず、クラスメイトも何事もないように授業が始まった。

 授業が終わり、ケリー先生が教室を出ていくタイミングを見計らって、私はケリー先生のところに駆けていく。


「ケリー先生」

「なんですか、リーネさん」

 にっこりといつもの柔らかい笑顔でケリー先生は振り返る。

「少しよろしいでしょうか」

 ロジーも一緒についてきてくれたので、ロジーとともに、ケリー先生用の個室に入った。

 ケリー先生は、私達が生徒だというのに、ちゃんとお茶を準備してくれる。

「ーーーで、お話とは?」

「スミレが来ていませんの」

「ほう」

「でも、周りは何も思っていないようで。無遅刻無欠席のスミレがいないなんて、おかしいですわよね。もしかしてまた精神操作系の魔法がかけられているのではないかと、、、」

 ケリーは私の言葉に小さく笑って、

「魔法はかかっていませんよ」

と私とロジーの前に、香りの良い紅茶をだしてくれた。テーブルに自分の分の紅茶を置いてから、私達と向かい合う椅子に座る。


「クラスメイトが1日休むくらいなら、よくあることです。そして私がいつもと変わらないのは、スミレさんの寮の部屋に置き手紙があったからですよ」

「置き手紙?」

「ええ」

 隣に座るロジーに驚く様子はなかった。もしかしたら、昨日帰ってスミレがいないことを知った段階でスミレの部屋を確認しにいき、置き手紙を読んだのかもしれない。


 ケリー先生は、熱い紅茶をゆっくりと口に含む。そしてこくりと飲み込んだ。

「点呼の時間にスミレが出てこないので、寮長がスミレの部屋に入ったら、机の上に『都合により、しばらく学校を休みます』と書いてあったようです」

「しばらく学校を休む、ですって?」

 私は驚きで立ち上がってしまった。

 テーブルに足がぶつかり、紅茶がカップから少しこぼれる。

「あ、、、失礼しました。わたくしとしたことが、、、」

「いえいえ。大丈夫ですよ」

 ケリー先生が私に声をかけている時には、ロジーがあっという間にテーブルの上を綺麗に拭き取ってくれていた。ロジー。よく出来た男だわ。

 私は椅子に座り直し、ケリー先生に言う。

「ーーーでも、スミレは真面目な優等生です。学園を休むなんてこと、、、」

「学園に万が一も生徒に害する人間が入ることはありません。しかし、それでも誘拐などの可能性を考えて筆跡を調べましたが、間違いなくスミレのものでした」

「ーーーそんな」


 まだ一年生の夏の終わり頃だ。ゲームの主役であるスミレが。まだまだ恋愛対象者と愛を深める時期なのに、そのスミレが学園から離れるなんて、そんなことがあるはずがない。


「ーーーでも」

「寮長によると、ここ数ヶ月、スミレは毎日花壇のところに行き、ずっと『1人で』話をしていたようです。特待生の重荷で心が病んでいるのかもしれないと、寮長は様子を見ていたようですがね。いなくなってから置き手紙を見て、すぐに納得したそうですよ。重荷に耐えられなくなったんだろうって」

「ーーーでも、、、」

 ケリー先生は悲しそうな顔をしてみせる。

「スミレは確かに、学園はじめの頃より調子を落としていました。学業は頑張っていましたが、どうも授業以外で実技を修行する気配がない。本来、特待生であれば、自らダンジョンにいったり、騎士団で訓練したりするものです。それをしなかったスミレは、もしかしたら、自分の限界を知って行き詰まっていたのかもしれませんね、、、、」

「そんなことーーー」


 私は知っている。主役の聖女の本当の力を。

 最終的に世界を救う、最大級の聖魔法が使えるだけの魔力があることを。


 ケリー先生は続ける。

「心配なのは、スミレが『特待生である』ということです。平民からの特待生なので、スミレは授業料を支払っていません。なので、このまま長期で欠席となると、スミレはーーーー退学になるかもしれません」


 退学になるかもしれない?

 そんな馬鹿な。

 私はあまりの衝撃に何も言えなくなり、そのままケリー先生の部屋を出ていった。


 そんな馬鹿な。繰り返し思う。

 私はふらつく足を、ぐっと堪えるのが精一杯で。

 学園の中庭で、とうとうしゃがみこんでしまった。

「リーネ」

 ロジーが心配して私を支えようとしてくれる。

 私は『世界の中心で魔法を叫ぶ』のゲームのストーリーを、思い出していた。


 聖女は、ゲームのラスト、世界を滅亡させようとする大魔王と対峙する。隣には、その時の最愛の男性。


 苦戦していたが、なんとか堪えていたその時、大魔王が最強の技で攻撃してくる。スミレに向けられたその技を、最愛の人が庇って、その人は命を落とす。


 衝撃で泣きじゃくる聖女。そして聖女は『真の聖女』に覚醒し、聖魔法最大の技で大魔王を倒すのだ。

 大魔王を倒したあと、もう動かない最愛の男性に寄り添い、聖女は泣きながら叫ぶ。

 自分の命を犠牲にする『魂の蘇生』魔法を。


 聖女の魔力が大きすぎたため、そして『真の聖女』になれたために命を取り留めた聖女は、国を救った英雄として讃えられ、最愛の人と結ばれる、というストーリー。


 聖女と対象者の、純粋な愛の重なりがとても好きで。

 私は何回もゲームを繰り返した。

 しかし、聖女が学園から離れたこともないし、聖女が学園をサボったこともない。

 レベルや恋愛対象者との愛情が足りないと、恋愛対象者が死んだままだったり、大魔王を倒せずに世界が滅亡したりする。

 しかし大抵はそのレベルは越えられるように設定されており、中途半端な状態だと、恋愛対象者とのラブラブストーリーがないという、ベターエンドで終わるのだ。


 他にも色々とラストが用意されていることが、あのゲームの人気の1つだった。

 だったが。


 私は手が震えていた。

 これは間違いなく、大魔王を倒せずに世界が滅亡するケース。

 大魔王は聖魔法でしか倒せない。

 なのに。

 恋愛対象者との愛情はともかく、スミレは魔法レベルがまだ限りなく低い。実戦を殆ど行っていないからだ。


 スミレはーーー。スミレも、だ。


 このゲームの内容を知っているはず。

 修行をしないことといい、なぜそんな自滅的なことをするのか、全くわからない。

 

 大魔王が来るまで、あと約1年。

 私も、それまでにはさすがにスミレも修行をしてレベルをあげるだろうと思っていたが。

 学園を、去るなんて、、、、。


「、、、リーネ?リーネ、大丈夫?」

 ロジーな中性的な声に、私はゆるりと顔を上げる。

「ーーーロジー、、、どうしよう、、、」

 声に出してみるが、ゲームの内容は、絶対にロジーには言えない。ロジーが恋愛対象者だというのもある。話すことでスミレとの関係が壊れたらいけないからだ。

 ゲームの内容を話して、物語が変わってしまったら、いけないからだ。


 ーーーーこんなにも、ゲームの世界は変わってしまっているけれど。


「リーネ」

 呼ばれて、私は意識をどうにかこの世界に戻し、ゆっくりと立ち上がった。

「ーーーいいえ。大丈夫よ」

「そう、、、?」

 心配そうにロジーは私の手を引く。

「リーネが、そんなにスミレを気にしてるとは思わなかったな。ちょっとリーネに嫌なやつだったでしょ」

 少し冗談を言うように、ロジーは私の顔を覗き込む。

 黒い髪がさらりと揺れる。黒豹が懐いてくれているようで、私はくしゃりと微笑んだ。

 可愛いロジー。

「誤解されているだけよ。本当は良い子のはずだもの」


 ゲームの聖女は、とことん善人だった。

 それこそ、全ての恋愛対象者を虜にするほどに。

「リーネは優しいね」

「私が?まさか。私は悪役令嬢よ?」

 きょとん、とロジーは目を見開く。

「、、、何いってるの。たまにリーネは変なことを言うね」

 くつくつとロジーは笑った。つられて私も笑う。

「ロジー。私、今日は帰るね。なんか、疲れてしまって。少し考えたいし。ーーーだから、また明日ね」

 私が言うと、ロジーは急に私の手を掴んだ。


「ロジー?」

 

 ロジーも、自分が私の手を掴んだことを驚いたようだった。戸惑いながら、その手を離す。

「ーーーあ、、、、」

「どうしたの?そんな顔、ロジーらしくないじゃない」

「ーーー僕らしい、、、顔?」

 呆然とするロジーが可笑しくて、私はふふ、と口端を浮かせた。

「自信家で悪戯好きで甘えん坊。ーーー心の底の、暗い部分をちゃんと自ら乗り越えてきた顔」

 髪と同じ、真っ黒な深い瞳。

 私の故郷と同じその色は、すごく私の心を震わせる。


「私、ロジーがここにいてくれて良かったわ」


 心から、出た言葉だった。

 ロジーの真っ黒な目が、僅かに震える。

「ぼ、僕も、、、リーネに会えて、、、」

 動揺しながら、ロジーはもう一度、私の手を、今度は両手で掴んだ。にこっといつもの笑顔でロジーが微笑む。

「リーネはドジだからさ、ぼくが守らないとね。何かあれば、すぐに呼んでよ。ぼく、リーネのためならどこにでも行くからさ。ほら、ぼくが鋭いの、知ってるでしょ」

「えぇ、そうね」

「ちゃんと、明日、元気になって学園に来てよね」

「そうね。ロジーもまた明日、学園で」


 私が言うと、そこにロジーの返事はなかった。


「ーーーバイバイ。リーネ。もう行っておいで」

 ロジーは手を振って、私を見送った。

 その時、優しい風が中庭に吹き抜けた。中庭の木々がさやさやと揺れる。

 

 夏はもう終わり。

 もうすぐ秋になる。

 季節は変わっていくのだ。


 ーーーその日から、ロジーも学園に現れることはなかった。


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