アランサイド~トラップがいっぱい
ドワーフの洞窟の中。
あちこちトラップが仕掛けられているらしい。
ドワーフのザンドウがトラップの場所を一部知っているということで、指示してもらいながら進んでいたところ、リーネが、うっかりトラップである足元のスイッチを押してしまい、1人だけ床下の穴に落ちていった。
リーネの手を掴もうとしたが、俺より背の低いザンドウがずんぐ りとした身体を穴の前に乗り出すから、ザンドウが邪魔でリーネの手を掴むことができなかった。
一瞬だけ見えた下の様子では、少し離れたところに地面があったので、死ぬことはないと思うが。
俺は気持ちを入れ換えて、前を向く。
洞窟は暗く、そして幾重にも分かれて広がっていた。
後方には黒鎧が3人。
いざという時のために、少し俺達との距離を縮めるように指示した。
これまでに矢が飛んできたり、火が燃え上がったりしたが、何とか避けることができた。これからも注意さえしておけば何とかなるだろう。
ザンドウが基本的にはトラップの場所を覚えてくれている。あとは新しく設置されたトラップだけを避ければいいのだ。
ちらりとザンドウを見ると、岩に髭を生やしたような顔が、真っ青になっていた。さっきまで娘を助けるためにサクサク歩いていたというのに、足を止めて動く気配がなくなっている。
「ザンドウ、、、さん。どうしたんだ」
ザンドウが、気を遣うように俺を見上げた。
「ーーーーザンドウでいい」
「は?」
いきなりどうした。あれほど年上は敬え、ザンドウと呼び捨てにするなと言っていたやつが。
「なぜ、、、、」
ザンドウの見ている方向に視線をあわせてみてみると、そこには、人より巨大な丸い岩が仕掛けられている。あれが転がってきたら、大変なことになるのは目に見えていた。
「ーーーあの岩のトラップがどこにあるか、知らないというわけか?」
俺が尋ねると、ザンドウは「いや」と、首を振った。
「、、、この先の全てのトラップがどこにあるか知らないだけだ」
「ーーーは?」
絶句、という言葉が脳裏に浮かんだ。
「どういうことだ」
「まぁ、考えれば当たり前だが。わしがここを出たのはもう何十年も前だからなぁ。穴を掘るのが好きなドワーフが、その頃のまま留まるはずがないわな」
ポリポリと首を掻く。
「、、、つまり、この先の道はザンドウがここにいた頃にはなくて、ここから先のトラップは何があるのか全くわからない、、、そういう事か」
「そういうことだな」
ザンドウは開き直って、堂々と頷く。
俺は頭を抱えるしかなかった。
目の前の大岩もそうだが、ここのトラップは容赦なく侵入者を殺しにくる。いくつかのトラップ程度ならまだ対処の仕様があるが、これが複数同時になると危険度は一気に増す。
考えて。
俺は踵を返した。
「とりあえず、この先は行けないということか。さすがに人質にした娘を殺しはしないだろう。酒場に戻って別の方法を考えるぞーーーザンドウ?」
黒鎧とザンドウを引き連れて帰ろうとしたが、ザンドウはその場で立ち止まり、口をへの字にしていた。
「、、、わしは1人でも行く」
「何だって?」
「娘が、たった1人の家族が恐怖の中、待っておるんじゃ。わしが行かずに誰が行くというのか」
その心は見事だが、今はそういう問題ではない。死んだら元も子もないからだ。
「ザンドウ。その老いぼれた身体ではこの先は無理だ。潔く諦めて出直すぞ」
「誰が老いぼれだ!!わしはまだ80だぞ!!」
ザンドウはむきになって叫ぶ。
「わかったわかった。ーーーあぁ、ったくっ」
俺は前髪を掻き上げて、腕捲りをする。そして気づいた。服が弱すぎる。
なんで俺はこんな薄っぺらい服を着ているんだと考えて、思い至った。
そもそも俺は、ザンドウと話し合いをするためだけに来ただけで。平民の土地で騒ぎにならないよう、平民の中で一番まともな服を着ていたんだった。それなのに、リーネが何の支度もすることなくここに連れてくるから。
白いシャツ1枚に、ヒラヒラした薄手のズボン。すぐ穴が空きそうな布の靴。立派なのは俺の腰に下がっている剣だけ。紳士の嗜みとして胸にハンカチを入れてきたが、それだけでは防御力0だ。
「くそ」
呟いて、ズボンの裾もめくりあげた。ザンドウの横に並ぶ。
「仕方ない。付き合ってやる」
「お、お主、、、」
ザンドウは柄にもなく、感動した様子で俺を見上げた。
「で、でん、、、」
殿下、と俺の事を呼ぼうとした黒鎧を、俺は手で制す。まだザンドウにはきちんと皇子である挨拶をしていない。
落ち着いてから、正式に挨拶はするべきだろう。
「お考え直し下さい。粗末にしていい命では、、、」
「俺は死なん。ーーーお前達がいるからな」
「で、殿下ぁぁぁ」
おい、普通に殿下と呼んでるじゃないか。そもそもお前達、そういうキャラじゃないだろうが。
俺はザンドウを見るが、殿下と呼ばれた俺にピンときていないようだった。まさかこんなところに帝国の皇子が来るとは思わないのだろう。デンカという渾名みたいなものと思われているのかもしれない。
それよりも、いきなり俺の仲間が増えたことに驚いたようだった。
「さぁ行くか」
「あっ」
はじめの一歩で、ザンドウの足がトラップのスイッチを踏み込んだ。
振り返ると、斜め上の頭上にある岩を支えた野太いチェーンがガラガラガラと回転する音と共に緩んだ。
「うわぁ」
大きな岩が転がってきたとして、避けるスペースなどどこにもない。岩の転がる速さはわからないが、少なくとも足の遅いザンドウは逃げきれるとは思えなかった。
俺は舌打ちをする。
「お前ら、岩が動き出す前に押さえるぞ」
勢いがついたら止めることは無理だろう。勢いがつく前に押さえて、鎖を張るしかない。
「了」
黒鎧3人は俺と一緒に坂を駆け上がり、動き出す前の岩を押さえた。鎖が緩むにつれ、少しずつ岩が重くなっていく。
「誰か、鎖のウィンチを止めろ。巻き直すんだ」
「はっ」
1人抜けることで更に岩の重みが増す。俺は肩を岩につけて、足を踏み締めた。肩に乗っかる岩の重みと摩擦で薄っぺらい白のシャツが黒くなった上で少し破けた。
「殿下。完了しました」
「よし。ではお前はそのまま俺達が通り抜けるまで、そのトラップを止めておけ。通り抜けたらウィンチを元に戻して、お前はここで待機だ」
「はっ」
黒鎧は敬礼する。
万が一、リーネが戻ってきた時。今のトラップに引っ掛かるかもしれない。黒鎧を1人残してやった方が安全だろう。
そして進んでいくと、どうしてこんなにと言わんばかりに、次々とトラップを起動させてしまう。俺が踏み、ザンドウが踏み、黒鎧が踏み。そしてまたザンドウが。
ボロボロの疲労困憊。集中力も限界に近づいた頃、今度は俺がまたトラップのスイッチを踏んだ。
横から、ブシュウと音を立てて空気が勢いよく飛び出してくる。
「殿下っ」
俺を庇うようにして飛び出した黒鎧が、その空気を全身に浴びる。
「う、うわぁあぁぁ」
「毒ガスだっ」
ザンドウが叫ぶ。黒鎧は俺の代わりに毒ガスを浴びて苦しみだした。
俺は慌てて、得意でもない治癒魔法を唱える。
治癒魔法といえば聖魔法を使える聖女だ。しかしスミレはまだ回復魔法しか使えないんだったか。
聖魔法は使えないが、生活魔法の解毒(小)が使える俺の方が、魔力を最大にすることで解毒できるなんて、お笑い草だ。
黒鎧の苦しむ声は落ち着いたが、聖魔法ではないので回復はできない。このまま同行させるのは無理だろうから、俺はその黒鎧の肩を叩き、ここで休むように指示した。落ち着いたら合流するように伝える。
毒のせいで声が出せないのか、その黒鎧は、わずかに手を持ち上げて了解とした。
進むのは、俺とザンドウと黒鎧の隊長だけになった。
だんだん、トラップのパターンが読めるようになり、トラップにかかる回数が減ってきた。
少し落ち着いてくると、さっきの岩も、魔法で割ってしまえば良かったなと今更にして思う。
こんなトラップだらけの道、本当にドワーフ達が通るのだろうか。うっかり踏み間違えたら死ぬレベルだぞ。これは多分、他に安全な道を作っているはずだ。
そもそも、なぜ俺はこんなところで命をかけているんだろうか。俺を無理やり連れてきたリーネはあっさり下に落ちていくし、ここを案内するはずのザンドウは道を知らないし。
こんな薄っぺらい服を着て冒険に挑むなんて、ギルドの初心者でもしないだろう。
いや、違う。
憎むべきは、ザンドウの娘を人質にした『あいつら』だ。人を虐げて嘲笑う連中は、滅びてしまう方が世のためなのではないかと思うことがある。
人の上に立つ以上、その人を認め、赦し、正しい方向へ導くべきと言われて育ったが。
「、、、くそ食らえだ」
呟いた時。ザンドウがまたトラップを踏んだ。
ギイ、と金属の軋む音がする。
嫌な予感がした。
「ザンドウ!!」
見るとザンドウはトラップを踏んだ時にバランスを崩して倒れていた。
ザンドウの横で大きな大鎌が光る。それは天井にぶら下げられた大鎌だった。何を思ってこんな大きさにしたのかわからないが、10人がけテーブルよりも大きく分厚い。それが高いところに位置されて、そこから振り子のように勢いつけて落ちてくる。
あれに斬られたら胴体など真っ二つだ。
俺は思わず駆け出し、ザンドウの身体を掴んで突き飛ばす。俺も素早く逃げたつもりだったが、僅かに足りなかったらしい。足に向けて大鎌が振り降りてきた。
「っ!!!」
ガキンと金属と金属がぶつかる音と、そしてボキボキと骨が折れる音が響いた。
「隊長っ」
黒鎧の隊長が、俺の足の前で盾を突き立て、降りてきた大鎌を受けたのだ。それでも勢いは止められず、俺の足が盾ごと弾き飛ばされた。俺の足が失くなることはなかったが、代わりに大鎌の勢いを抑えた隊長の両腕の骨とあばら骨が砕けた。
しかしさすが隊長。弱音も吐かず、何事もなかったかのように立ち上がる。
「殿下がご無事で何よりです」
「お陰で助かった」
と俺は隊長を労う。
「しかし無理しなくていい。その身体じゃ戦えないだろう」
「ですが」
「大丈夫だ。どうやらすぐ近くに『あいつら』がいるらしい。人の気配をわんさか感じる」
口調は平静を保っていたが、俺の怒りは限界に近かった。勿論隊長にではない。こんなふざけたトラップを仕掛ける連中にだ。
だが、我慢しなければならない。
ここに来たのはザンドウの問題であって、俺の怒りをぶつけていい場所ではない。俺は自分のもて余す怒りを、剣の柄を握りしめることでどうにか抑えた続けた。
人の集まる場所に行くと、がらの悪いドワーフ達が待っていた。背は低いのに腹は太り、筋肉隆々として髭はもしゃもしゃと暑苦しい姿に、俺は吐き気を覚える。
「よく来たな」
と、ドワーフにしては背の高い大男がザンドウに話しかけた。ザンドウはその男を睨み付ける。
「お前の言う通り、ここにきたんだ。早く娘を返せ」
ザンドウが言うと、男達はゲラゲラと笑った。もう限界と思っていた怒りゲージが、更に引き上げられる。
「せっかく良いアイテムを手に入れたんだ。簡単に渡すわけがないだろうが」
「なっ。約束が違うだろうが」
ザンドウは叫ぶ。それに対して大男は、娘を返す約束はしていないと嘲笑う。
ぎり、と俺は歯を噛み締めた。ここで暴れるのは簡単だが、ザンドウの娘の安否が定かでない上、ザンドウに不利に働く可能性がある。
その時、ドワーフが1人、慌てて駆けつけた。
「大変です。ザンドウの娘がいませんっ」
「なにぃ?何故だ」
「わかりませんっ。鍵が開けられていて」
そして、中性的な声が、突然叫んだ。
「っお父さんっ!!」
泣きながらザンドウに駆け寄る。そのドワーフの近くに白鎧が見えた。
「ミミール」
髭を生やしたドワーフが、ザンドウの娘だとは。
背が小さかったりはするが、比較的人間に近いので『種族』が違うことを忘れてしまっていた。ドワーフは女性も髭が生えるのか。覚えておこう。
白鎧が近づいてきたので話を聞くと、リーネが落ちたのは牢屋で、たまたまそこに囚われていたミミールを、たまたま連れ出しただけだったらしい。
リーネは、俺の服がボロボロになっているのを不思議がっていた。そもそもは誰のせいだと思っているんだ。腹が立つから思い出したくないと言ってやった。
ザンドウとハンスという大男の会話が続く。
誰だ、ザンドウは孤独を好む偏屈オヤジと言ったやつは。ハンスの馬鹿げた話にも耳を傾け、仲間を無下にしたのではと悩むただのお人好しではないか。
ハンスの言葉に惑わされて苦しむ姿に、リーネがザンドウの目を覚まさせようと説得し始めた。ハンスは怒り、がらの悪い連中をリーネに向かわせた。
ーーーとうとう。
やっと。
ようやく。
俺は歓喜で身体が打ち震えた。
リーネが俺に話しかける。
「アランーーアラン殿下。私、行ってもいいですか?」
リーネは聞いてくるが、俺の答えは予想しているようだ。
「いいわけあるか」
「ーーーそう言うと思いましたが」
リーネの声は、同情を含めていた。
こんなにボロボロになった服を着て。散々トラップに引っ掛かって。随分とお粗末な茶番劇を見続けた。
もう我慢はとっくに限界だった。
「こいつらは全員、俺のストレス発散にさせてもらう」
言って、ずっと握りしめていた剣をようやく手に持った。剣の鞘を抜いたら全員勢いで殺してしまいそうだったので、俺は鞘は抜かずに剣を構える。
厳ついドワーフ達が多勢で襲ってくるので、俺は風魔法を唱え、軽く飛ばしてやろうと思ったら、想像以上に勢いよくドワーフ達が飛んでいく。
これは魔法を使ったらあっという間に終わってしまうなと、俺は自分で魔法を封印した。
剣を構えてドワーフの胴体を叩く。的が大きいから、とにかく振り回したらほぼ的中した。次々に倒れていくドワーフの姿が面白くて、笑いが止まらなくなった。
「はっはっはっはっ、はははははは」
勢い止まらずドワーフを叩き潰していると、遠くでハンスがザンドウ達に向かって巨大な棍棒を振り下ろそうとしていた。
「しまった!」
ザンドウは俺が守ると約束したのに。
その時、紫と緑の小さいモンスターが、ボールと間違えたのかと目を疑うほど強く、ハンスに投げられた。
当たってハンスはぐらつき、そしてその隙にリーネが高く宙に舞った。剣を振り上げ巨大なハンスの更に上から、ハンスに向かって剣を振り下ろす。
大きな落下音が2つ、辺りに響いた。
斬られたのはハンスの持っていた棍棒だった。あれだけ太い鉄を剣で斬れるとは、よっぽど剣の腕前が見事なのだろう。俺がやった剣の質もあるだろうが。
失禁までしてしまったハンスは、それから完全に大人しくなってしまった。
ザンドウは、娘も助けザンドウも助けたからと、スタジアムの再建を手伝うことを約束してくれた。
はじめはどうなることかと思ったけど。
色々文句もあるが、リーネには感謝しなければならないだろう。
帰り道。俺はリーネとゆっくり歩いて戻っていた。
感謝の気持ちを伝えたいが、どう言えばいいかわからず。
リーネとは、今後どうするか、他種族のドワーフを王都にいれるために、ダイナ1を管理している組織がどこのものなのかを調べる必要があることなどを話した。
夕暮れ。地平線しか見えない。
紅く染まった太陽の動きを目で追う。少しずつ少しずつ地平線に近づいて、気づけばいつの間にか大きくなっている太陽。
俺は夕焼けが好きなのだ。
必ず毎日訪れるのに、毎日色が変わる。
地平線に近づいて一番太陽が大きく、そして紅くなった時、余計な事を考えることなく、ただその一瞬に心を奪われて感動できる。
俺の心がリセットできる瞬間なんだ。
「ーーー少し、座って話さないか」
俺はリーネに尋ねた。
白い鎧を装備したままのリーネの表情は見えないが、否定はされなかった。
地面は乾いた土とゴロゴロした岩しかなく、地べたに座るしかないかと辺りを見渡すと、丁度、近い位置に並んで表面が平たい岩を見つけた。
俺は防御力0だった胸のハンカチのことを思い出し、それをリーネ側の岩の上にかける。防御力は0でも使い道がないわけではない。
鎧をつけているので、汚れなどどうでもいいだろうが、一応、リーネもお嬢様だからな。
リーネは岩に俺と並んで座り、話しながら一緒に夕焼けを眺めた。
今日の夕焼けは特別綺麗な朱をしている。
空の調子次第で、夕焼けは異常に繊細な朱を出すことがある。それこそ、感動できるほど綺麗な色を空一面に染めることが、年に数回くらいある。
今日の夕焼けは、そんな色だった。
ジルの話をしながら、俺はリーネのことも同時に考えていた。ジルとは元々、交流があったが、婚約者であるリーネとは去年の冬まで全く関わることがなかった。
グランドロス公爵が頑なにリーネを外に出したがらないのも勿論あったが、リーネの噂が最悪だったことも、会いにいかない理由の1つだった。
誘拐されるほど美人ではあるが、癇癪持ちで暴力的。家族以外の他人を人として扱わず、下手したら手足どころか命さえ奪われる。
リーネの侍女は数日しか持たない。もっても怯えながら日々を過ごしていると。
兄であるジルはそれでもリーネは可愛い良い子なんだと言い張るが、良い行いをしたという噂は兄であるジルを含めて聞いたことがなかった。
だから、どうせいずれ学園で会うのだから、わざわざ公爵邸まで赴いて会う必要もあるまいと、リーネと会う必要性を感じなかった。
俺は白鎧を装備したリーネを視界に入れる。
噂とは全く違ったな、というのが、正直の心境だ。
たまに人の意見を聞かずに思い立った行動をすることがあるが、悪意を持って人を傷つけることはない。
それどころか、リーネには、色々と助けられてきた気がする。今回は酒場で。実は記憶もぼんやりとだが、リーネにザンドウを頼むと言った時も。
俺は、リーネを心から信頼していたんだなと、あとで気付くくらいに、俺はリーネにいつの間にか近づいていたんだ。
まだ15歳。だが、もう15歳。
今までの年月はもう戻ってこない。
俺がリーネの少数派のジルの意見を聞いて、素直にリーネに会いに行っていたら、もっと前からリーネの成長を見ることができたのだろう。
だが今更悔やんでも時間は戻らない。
そう。いま、この時。
この特別紅い太陽が沈んだ時。
俺はリーネとのことをリセットして、ちゃんとリーネを見てみよう。
そして今までの事を謝罪して、今回のザンドウの件のお礼を言うんだ。
改めて謝罪や礼を言うなど、かなり抵抗あるが。
今なら。この素晴らしく綺麗な夕焼けの前なら。
言えそうな気がする。
太陽が地平線に差し掛かった。
夕焼けが一番輝いている時だ。
リーネは兜をつけている。
これまでの謝罪や礼を言うのだ。兜をつけたままでは、心が込もっていないと思われかねない。
ちゃんとリーネの顔を見れるか自信はなかったが、この素晴らしく夕焼けの前ではさすがにリーネの魅力も薄れて見えるかもしれない。
そもそも白鎧がぼんやり朱くなるくらいだ。夕焼けに染められてリーネの顔が見えないかもしれない。
今がチャンス。
そう考えると、俺は少し慌てた。太陽が沈んでからお礼を言ったのでは、リーネの顔を直に見てしまう。
夕陽がリーネの顔を染めている時。
そこがベストだ。
リーネの顔を覗くと、リーネは夕焼けの美しさに目を奪われているようだった。
真剣に夕陽を見ているリーネの姿に、少し心が和らぐ。口元が緩んでしまった。
「ーーーこの景色を、リーネと見たいと思ったんだ」
俺は。心から思ったことを言った。
リーネと同じ感動を共有したいと思った。
「ーーーこんな時に兜を被っているなんて邪魔だろう。この兜、とっていいか」
地平線にかかる太陽の輝く時間は短い。
「えっ」
リーネは動揺したが、俺はちゃんとリーネの顔を見て謝罪したかったので、リーネの返事も聞かずに兜を頭から持ち上げた。
すると、リーネの白銀の髪が。兜に仕舞うために1つに括って収めていた髪が、はらりと落ちる。
胸がどくんと鳴った。
リーネのどこまでも透き通った蒼い空の色が俺を真っ直ぐに見つめていた。
そしてその瞳から、1粒の涙が零れ落ちる。
何故泣いているのかとか。
そんなこと、聞く余裕はなかった。
ぶわっと押し寄せる『何か』。
夕焼けの紅に彩られたリーネの白銀の髪も、真珠のような肌も、薔薇の唇も。
そして潤んだスカイブルーの瞳も。
他の、何もかも全てが霞んでしまうほど眩しくて。
ーーー目が潰れるかと思った。
俺は黙ったままそっと兜をリーネの頭に再装着し、リーネから手を離した。
目は。俺の目は大丈夫だろうか。
俺は自分の目を両手で覆い、確認した。
触った自分の顔が異常に熱い。赤くなっているのだろうか。夕陽の前で本当に良かった。
ーーーいや、そうではない。
俺はリーネにちゃんと顔を合わせて謝罪とお礼を。
ーーーーーー。
もう夕陽が地平線に沈んでしまっている。
夕焼けでの誤魔化しはもう効かない。
再度リーネの兜を取るーーー?
またあの衝撃を受けるのか。
そのリーネの顔を見続けて、謝罪とお礼を言うだって?
「ーーー無理だ、、、、」
項垂れて、俺は小さく呟くしかなかった。




