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悪役令嬢、ドワーフの洞窟に入る

「わしは1人でも大丈夫だというのに」


 道中、ブツブツと文句を言うザンドウの後ろを、鎧を装備した私とアラン皇子とマイリントアが続いて歩く。その後ろに、姿は見えないが黒鎧3人の気配を感じていた。さすがに1国の皇子を、どんな相手かもわからない相手のいる場所に護衛もなく行かせるわけにはいかないのだろう。


 はじめは私達の同行を激しく拒否していたザンドウも、私達がずっと容赦なく付いてくるのでとうとう諦めたらしい。何も言わなくなった。


 ミミールというザンドウの娘を助けるため、ザンドウは急いで『あいつら』と呼ばれる人達のところに行かなければならない。

 私達を否定するために遠回りしたり、口論している時間はないのだ。

 そのザンドウの状況を利用する。


 私はこれを、『強制的善因善果』と呼ぶことにした。


 とりあえずザンドウに恩を売る。

 うまくすればザンドウの頑なな心を解せるかもしれない。でもそれをするべきは私ではなく、アラン皇子だ。


 そういうわけで、なぜかこちらもブスッとしているアラン皇子と一緒に『あいつら』の元に向かっている。

 

「ザンドウ。今からどこにいくの」

「年上を呼び捨てにするとは非常識だの」

「ザン爺。どこいくの」

「お主の爺さんになった覚えはない」

 私の口も歪む。糞ジジイと言いそうになるのをぐっとこらえ、私はザンドウに丁寧に話しかけた。

「、、、、ザンドウさん、今からどこに行かれるのですか」

 ふん、とザンドウは鼻を鳴らす。そのまま無視されるかと思ったけど意外ときちんと答えてくれた。

「ドワーフの洞窟だ。ここから数十キロは歩く」

「ドワーフの洞窟?」

「ドワーフは元々、洞窟に住むからな。長いこと地上にいたら、誰ともなく洞窟を掘り始めた。そのうち大きな洞窟になった。そこにワシも住んでおったが、数十年前に色々あってな。ワシをはじめ、半分ほどそこから出て地上で暮らしておる。『あいつら』とは、洞窟に残った連中のことだ」

「へぇ、、、、」

 

 私はドワーフの種族のことを考える。

 この国には、人間以外の種族はいないとされていた。実はこんな荒廃した土地に追いやられて細々と暮らしている。

 ここに国の人間は殆ど関わらない。その代わり、ここの種族達は自分達自身で自給自足して暮らすならそこそこのことは許される、ということなのだろうか。


 誰がここを管理しているのだろう。

 管理されなければ獣人達や他種属の人達は普通に国の中央に入ってくるだろうし、そうでないということは、誰かいるのだ、この土地を監視して制限している人が。


 そもそも、なぜジルお兄様はこの土地のことを知っていたのだろう。ザンドウというドワーフ個人まで把握しているなど、情報収集能力に長けているにしても、よっぽどのことだ。

 ザンドウというドワーフが一流の建築家であるということを知っていた事も、だ。ドワーフはこの土地から出ていけないはずなのに。


 いやむしろーーージルお兄様を疑いたくはないけど、このザンドウという男、本当に一流の建築家なのだろうか?この土地から離れられないのに、どうやって建築家として活躍できるというのだろう。


 草も生えない土地を、ザクザクと音を鳴らしながら歩いていく。


 夏の太陽の下は、かなり日差しが厳しく、汗が滝のように流れ落ちてくる。そういえばこの暑さで鎧を着て歩くなんて、自殺行為じゃなかろうか?


 まずいな、水を持ってくるのを忘れてしまった。


 一緒に歩いていたマイリントアは、いつの間にか私の肩に乗っており、それでも暑さできつかったのだろう。深刻な顔をして私に言った。


「リネ。あやつを担げ」

「ーーーなんて?」

 私は自分の肩に乗った手乗り虎のようなモンスターを凝視する。聞き間違いか。

「あのドワーフのジジイじゃ。あやつを担いで走れ。こう暑くてはかなわん。あのジジイの歩きが遅いから、こんな不快な目に合うんじゃろ」


 確かにザンドウの足は遅い。

 それに付いていく私達は、いつもの歩行の1/3程度の早さにはなっている。

 ドワーフは元々屈強そうな重い身体なのに、足は短い。しかもザンドウはだいぶ歳をとっているのだ。

 早く歩けというのが酷だろう。


「ーーーでも」

 ザンドウにもプライドというものが、と私が言う前に、マイリントアがイライラしながら私の言葉を遮断した。

「デモもテロもあるものか。このままじゃワレは干からびてしまうぞ」

 ワガママを言うマイリントアに、アラン皇子がそっと近づく。

「口を挟むがマイリ、、、マイリンとやら。あの男は頑固者だからな、多分、そういうのは我慢できないと思うぞ、俺のように寛容でなければとても、、、」

「醜く酔っぱらっていた小僧は黙っておけ。あのジジイも早く娘に会いたいに決まっておろうが。ごちゃごちゃ言う前にお主でもいいからあやつを担げ、この軟弱皇子」

「ーーー小僧、、、軟弱、、、」

 手のひら程度に小さい魔物から小僧呼ばわりされて、アラン皇子は少し呆然とする。


 あのぉ、マイリントアさん。一応、そちら、この国の皇子だから、ほどほどにしてやって下さいね。


 ほら、アラン皇子の顔がひきつっている。


「ーーーほう。たかが15歳の少女に負けた魔物が、よく言う」

 ふ、と笑ってアラン皇子はマイリントアの髭をつついた。マイリントアの髭がピクピクと動く。マイリントアは、ホホホと笑った。


「リーネには、な。じゃがお主には全く負けておらんかったぞよ。お主はワレの毛を刈るのに精一杯だったよの。ホホッ、あの時はお主の剣が全くワレの身体に届かぬから、ワレは可笑しくて可笑しくてのぉ。あれ以上続けられたら、笑い死にしてしまったかもしれんの」

 アラン皇子の額の血管が浮く。それでも口元の笑みは消さない。

「あの時は化物がバカでかかったからな。だが小さい今なら簡単に斬れそうだ。見るからに弱そうだしな」

 マイリントアが笑いをピタリと止める。

「ーーーやってみるか?小僧」

「お望みとあらば」

  カチャリと音を鳴らして、アラン皇子は帯刀している剣の鞘を握りしめる。


「ちょちょちょ。ちょっと」

 この二人、合わないのかもしれない。ひねくれ者同士の同族嫌悪というやつか。

「マイリン。私がザンドウを担ぐ。担げばいいんでしょ。ささっと行ってしまおう。ザンドウの娘が心配だよね!」


 ザンドウは、やいやいと騒ぐ私達を置いて、さっさと先に進んでおり、私はそのザンドウまでダッシュする。そのザンドウの脇を抱えて、ザンドウを持ち上げた。


「わっ?な、何をする!!離せ」

「すみませんザンドウさん。こうする他なくて。我慢してくださいね」

「????」

 

 ザンドウの身長は私より少し低い。ずんくりとした身体で筋肉も隆々としているので、アラン皇子より体重はかなりあったが、やっぱり簡単に持ち上がった。リーネの肉体は本当にすごい。ただ、アラン皇子と違ってザンドウは胴回りが大きすぎるので手が腰の半分ほどしか回らず、持ち上げるだけで、私はザンドウを背負う形にして、アラン皇子とマイリントアを振り返った。

「ほら、さっさと行くよー」

 皇子と小さい魔物が、舌打ちしそうな様子で私をみた。水をさされて調子が狂ったようだ。

 私は2人を気にせず駆け足で走っていく。

「ザンドウさん、ここからどういけば?」

 私がザンドウを背負って軽々走ることに、ザンドウは驚きをこえて呆れているようだったが、それを口には出さず、向かう方向を指差した。

「、、、あっちだ。大きな岩が3つ、囲むように並んでいる場所がある」

「岩が3つね」


 小さな岩と乾いた地面だけが延々と続く。

 砂漠ではないけど地平線が見えるほど同じような道は続いている。

 目印となる大きな岩は、なかなか見当たらない。


「ザンドウさん、本当にこっちで合ってるの?」

「長いこと住んでいた。間違うはずがない」

「ボケたのではないのか?」

 私の肩に戻ってきたマイリントアが、しれっと余計なことを言う。

「まだ80じゃぞ。ボケるわけなかろう!」

 もう80では、と思うが、そういえばドワーフは長生きと聞いたことがある。80歳でもまだ壮年くらいなのかもしれない。


 またしばらく走ると、ザンドウが「あった」と背中で騒いだ。

「そこ。そこじゃ、ほら、あの岩」

「岩?」


 一見、ただの地面続きにしか見えないが、目を凝らしてよく見ると、わずかに地面に段差のついた場所がある。そこまで行ってみると、確かにそこは大きな岩が3つ並んだ場所だった。


 下に、だが。


 直径2メートルくらいの大岩を、地面ギリギリで平行に並べている。その岩の真ん中が洞窟の入り口になっている。すごい技術とは思うが、目印としては役に立たない。

 見つかりたくなくて低くした可能性もあるが、それにしては近付くとわかりやすい場所なので、隠したかったわけではなさそうだ。


 岩の間の穴は階段式で石が積まれており、洞窟というよりは地下というイメージだ。


「この下にそいつらがいるのね」

「そのはずだが」

 私はザンドウを背から降ろし、下に続く階段の奥を覗いた。奥は暗くてよく見えない。

「とりあえず安心して。ザンドウさんは、このアランがちゃんと守るから」

 恩を売るのは私ではなくアラン皇子でないと。

 私は兜の中で愛想笑いをして、アラン皇子をザンドウの方に押し出した。

 ザンドウはちらりとアラン皇子を見上げる。

「、、、この背ばかり高いだけの、細っちょい人間が本当に役に立つのか」


 アラン皇子は、確かにまだ完成した大人の身体ではないけれど、鍛えてしっかりとした体つきはしている。丸々としたドワーフと比べれば、確かに細すぎるだろうけど。


「大丈夫。この人、こう見えて強いんですよ」

「、、、[こう見えて]、、、?」

 ちろりとアラン皇子が冷ややかに私を見てくるので、私ははははと誤魔化した。綺麗な顔で静かに見下ろされると怖いものがある。


「さ。ミミールさんを早く助けないと。行きましょ行きましょ」

 アラン皇子、私とマイリントア、ザンドウの順で階段を降りる。

 洞窟の中には、至るところにトラップが仕掛けられているらしく、ザンドウが後ろからトラップの場所で声をかけてくれることになった。

 トラップは外部のものが入って悪さをしないようにと、複雑な罠を仕掛けているらしい。ザンドウは、自分がこの洞窟を出ていく期間までに仕掛けられたトラップは、わかるという。


 アラン皇子が洞窟の薄暗い中をまっすぐ歩いていると、右足がズボリと深く入り、上からバケツに入ったくらいの水がパシャンと頭に落ちてくる。

「ぶわっ」

 そして右足をあげようとすると、トリモチが穴の中に入っていて、ネバネバしてなかなか足が抜けなかった。

「ちょ、これ、、、とれんぞっ」

 慌てるアラン皇子に、私の後ろを歩くザンドウが、ブフっと小さく笑ったのを聞いた。

「なかなか面白いじゃろ。ちょっとした悪戯シリーズでわしが作ったギミックだ」

「ーーーっく、、、」

 怒りをぶつけたそうだが、アラン皇子がそれをぐっとこらえる。


 それ以降はザンドウが踏む前に教えてくれていたが、たまに矢が頭に飛んできたり、火が飛び出してきたり、洒落にならないトラップがいくつか発動した。

 全て、アラン皇子の神がかった反射神経でどうにか避けることができたが。


「何十年来ない間に、わしが知らん罠がだいぶ増えたな、、、」

 しみじみと言うザンドウに、アラン皇子は苦笑いする。

「そりゃそうだろうな。何十年経つなら」


「、、、もうここに踏みいることはないと思ってたんだがなぁ」

 少し悲しそうなザンドウの言葉に、私は尋ねた。

「そもそも、なぜザンドウさんはここに呼び出されたんですか?娘さんを人質にしてまで、、、」


 ザンドウは、少し私を見つめたあと、ふむ、と唸った。言うかどうか考えたようだが、少しは信頼されてきていたのだろう。口を開いてくれた。


「ーーー長いこと暮らしているとな、派閥ができるんだ。言うなら、乱暴者とそうでない者とな。そしてやはり強いのは乱暴者の方で、最終的に追い出されるようにして洞窟を出たのは、平和主義のわしらの方だった。地上に行くと、貧しい暮らしが待っておったが、洞窟で奴隷のようにして惨めな暮らしをするよりはと我慢して耐えていたら、意外と慣れるもんでな。いつの間にか地上が自分の居場所として違和感がなくなった。門の前に立つ人間だけは、いつまで経ってもわしらをそこらへんのゴミと同じように扱って、とても好きにはなれんがな」

 

 洞窟の中は、猛暑の地上と違って少し肌寒いくらいだった。私は鎧を着ていたのでそこまでなかったが、少しマイリントアが冷たくなっていた。水を頭からかぶったアラン皇子は更にだろう。それでも暗い中をザクザクとザンドウの話を聞きながら黙って歩き続ける。

 

「本来、ドワーフは鍛冶や道具作りが得意としていてな。ここから出れなくとも、ドワーフの物ならこっそり他国の者がきて売り買いしてくれたりするんだ。わしもそれしかしたことなかった。だから地上に戻って、そこに鍛冶や道具作りの材料がない環境は辛かった」

 ザンドウは少し遠い目をする。昔を思い出しているのだろう。わずかに曇った瞳をしていた。

「わしはたまたま、建築の才があったようでな。地上で建築を生業とする人に基礎を教えてもらい、設計図を作ってみたら、それが売れるようになった。他国だけでなく、最近では国内でも高く買うやつらもでてきてな。ーーー『あいつら』はそれが面白くなかったらしい」

 ザンドウは口を閉じる。

 そんな、と私は言った。

「自分達が追い出しておいて」

 私が怒りを含ませると、ザンドウは首を振る。

「追い出されたわけじゃない。わし達があいつらのわしらへの行動に耐えきれなくなって、勝手に出ていっただけだ。向こうはわしらがいなくなってせいせいもしたろうが、洞窟内の全体としての収入は減ったのだから、勝手に恨んでるのかもしれん」


「そんなやつら、皆殺しにしていまえばいいのじゃ」

 口を挟むマイリントアの声に、ザンドウは「そうだなぁ」と物騒な返事をする。

 そういえばはじめからザンドウはマイリントアが話すことに何も疑問を抱いていなかったが、ザンドウは獣人達の住む場所にいるから、そういうものだと思っているのだろうか。


「昔なら、そう思ったかもしれんが、今はもう、地上がわしらの住む場所だ。今さら洞窟に戻ろうとは思わんよ。娘は好いた男もできたようだしな」

「あぁ、美人っていう、、、」

「そうだな。あれは母親似でな。ドワーフの中でも一番の美人だ。ーーーお主にはやらんぞ」

 ちらりとアラン皇子を睨むので、アラン皇子はまた苦笑する。

「わざわざ他種族のドワーフからは選ばんし、そもそも俺には婚約者がいる」

 

 その言葉に、思わずドキリとしてしまう。

 またアラン皇子が私の方を真っ直ぐに見てきたものだからつい動揺して、歩いている足を踏み外してしまった。

 後ろから見ていたザンドウが「おいっ」と叫んだ。


 私は罠を出すためのスイッチに足を踏み込んでしまったようで、私1人分だけ地面に穴が開き、ストンと私は勢いよく落ちていった。


「リーネっ」

 アラン皇子が私の名を呼ぶ。

 人間が嫌いなはずのザンドウの、落ちる私を心配した表情が、とても印象的だった。

 

 また落ちるのか、と思った時には、もう地面にたどり着いていた。

 公爵領のダンジョンを落ちた時は相当長い滞空時間だったけど、今回は数秒だ。多分、ビルの2~3階くらいからの落下だろう。木登りからのジャンプして降りるくらいの高さなので、リーネの肉体ならどうってことない。


 着地の時、鎧を装備しているので金属音が鳴り響いたが、身体への負傷は全く感じられなかった。マイリントアが少し遅れて落ちてくる。私は両手でマイリントアを捕まえた。


「ーーー誰だ」

 急に声が聞こえた。

 

 落ちたところは牢屋のような場所で、手前に金属の棒が立ち並び、周囲は分厚い壁に覆われていた。壁と壁の間は3メートル程度。あちらの世界で言う6畳くらいの狭さだった。

 そこに、私以外の誰かがいる。


 暗いので目を凝らすと、髭をはやして角のある帽子をかぶった生き物が腕に鎖を付けられて座っていた。

「どうして上から、、、」

 岩のように筋肉質で丸々とした身体。声は中性的で、まだ若いドワーフのようだ。ドワーフの様子から、やはりここは牢屋であるらしい。


 私は立ち上がり、そのドワーフに近寄ろうとすると、声をあげて止められた。

「近寄るな!それ以上近寄ったらただじゃ済まないぞ」

 敵意を剥き出しにした様子に、私は慌てる。

「ちょっと待った。自分は別に悪い人間じゃ、、、」

「人間?人間なのか!?人間に悪くないやつなんているものか!」

 誰かと同じことを言っている。

 よっぽど嫌な人間しか周りにいなかったのだろう。


「悪くない人間もいる。ドワーフに悪いやつもいるようにね」

 私がそう言うと、そのドワーフは黙った。

 悔しそうに眉間に皺を寄せる。

「なぜ捕えられているの」

「、、、お前に言う必要はない」

 ドワーフというものは皆、こういう者ばかりなのだろうか。私はため息をついた。

「言いたくないなら言わなくていいけど、ここから抜け出せる方法はないの?」

「捕えられてるんだ、あるわけないだろ。あるとすれば食事を持ってきた時だろうけど、人間がこんなところにいたらすぐ殺されるに決まってる」

「そんなに人間はドワーフに嫌われてるんだね」

「当たり前だ。国の民のはずなのに、他種族が国の枠の中に入ろうとすると殺される。そのくせこっちが何か金目のものを持つとすぐ奪っていくんだ。何もしてくれないくせに」

 ぎり、と歯を食い縛る音が響いた。


「何か音がしたが」

 警備隊だろう。2人のドワーフが奥からやってきた。

 1人は大きな鎌、もう1人は弓を持っている。


「ーーーどうしたんだ。まだ抵抗する気か」

 ガシャンと牢の鉄格子に強く鎌をぶつけ、中のドワーフを脅す。びくりと若いドワーフが身体を縮ませた。

「ちが、、、人間がいきなりここにっ」

「人間?ーーーどこにいるんだ。夢でも見たのか?」


 弓を持った男が、嘲笑うように口を歪ませた。

「え?そんな、さっきまで確かに、、、」

 きょろきょろと牢の中を左右に見渡すが、どこにも姿が見えなかった。


「とうとうおかしな幻覚が見え出したのか。全く、どうせ死ぬんだ。こんなやつに食事をやる必要はないってのに」

 しぶしぶと弓を持つ男は、牢の鍵を開けて中に入ってくる。肩に下げた麻の鞄から、乾いたパンを2つ取り出した。地面にポンと投げる。

「ほら食事だぜ。あと、俺の、、、」

 ニヤニヤと気持ちの悪い顔で近寄ってきた男に、若いドワーフが身を仰け反らせた時。

「気持ち悪い」

と、私はその弓の男の顔を、天井から飛び降りてその勢いで蹴り飛ばした。そこまで強く蹴ったつもりはなかったが、弓の男は奥の壁までぶっ飛んでいった。


「何だお前!!!どこから!!!」

 男達が来た時、咄嗟に天井に飛び、天井に張り付いていた私に気がつかなかった男達は、急に現れた私に動揺を隠せない。

「上からだよ」

 言って、体勢を整えると、私は鎌を持った男にも蹴りを食らわせて、そのまま背負い投げで地面に叩きつけた。鎌の男は脳震盪で意識を失う。


「ーーーーお前、、、」

 若いドワーフは、腰が抜けたのか座ったまま動くことができず、私を見上げて呆然としてみせた。


「ーーーあぁいう笑い方をするやつ、嫌いなんだ。虫酸が走るっていうか」

 私が両手をパンパンと打ち合わせて埃を落とすと、若いドワーフは少し黙った後、小さく呟いた。

「、、、助かった。感謝する、、、」


 ふぅん、と私は鼻を鳴らしてそのドワーフを見つめる。

 人間に嫌悪はあるのに素直に感謝できるということは、悪いやつではなさそうだ。


「ーーーここから出たい?」

 聞くとドワーフは「そりゃあもちろん」と答える。牢の鍵は開いている。出れるものなら出ていきたいのだろう。

「、、、でも、手錠と鎖が、、、」

「このくらい、どうってことない」

 私は男が落とした鎌を拾い、地面と繋がった鎖の中間に、その鎌の刃の先を叩きつけた。

 ガシャン、と音を立てて、鎖の一部が歪む。

 もう一度振り下ろすと、今度はしっかりと鎖が切れた。

 若いドワーフは目が飛び出さんばかりに大きく開けて、あんぐりと口も開いた。

「そんな馬鹿な。この鎖は、ドワーフの作った特別な鋼のはず、、、」

「その鎖、古そうだったから錆びてたんじゃないの」

 ふふ、と私は笑って、ドワーフに手を差し出した。

「自分の名前はリネ。あなたは?」

 ドワーフは白い鎧を装備した私の手を、戸惑いながらしばらく眺め、そして、口端を少し上げた。豊かな髭がもさりと動く。

「ーーーギド」

 ドワーフは答えて、私の手を強く握りしめた。


※※※※※※※※※※※※

 

 ギドというドワーフを連れて、私はアラン皇子やザンドウと合流するため、上を目指した。

 ギドの腕を間違って切り落としたらいけないので、ギドは手錠はつけたまま私についてくる。


「ギド、道はわかる?」

「昔はここにいたから、なんとなく覚えてる」

 牢屋から続く細い道を真っ直ぐいくと、交差する分かれ道が現れた。私がギドに尋ねると、ギドは右側を示す。

 それからは、迷路のように分かれ道ばかり続いた。その都度、ギドが道案内をしてくれる。トラップにも引っ掛からなかった。


 偶然会って、たまたま助けただけだったが、ギドを連れてきて良かったと心から思う。まるでアリの巣のように道別れしているのだ。ギドがいなければ一生この場所を彷徨っていたかもしれない。

 

 ギドは私より低い身長のザンドウよりももっと低く、私の肩くらいに頭のてっぺんがある。

 若いドワーフだから子供なのかもと思うが、[昔はここにいた]という言い方から、私よりは年上なのだろうと推測する。ザンドウがここを出たのが何十年前といっていたからだ。


「ギドは今は地上に住んでいるの?」

「そうだよ。父と、、、」

 ギドが返事をしていると、遠くから声が聞こえてきた。洞窟の造りのせいなのか、響いて聞こえる。


「ーーーお前の言う通り、ここに来たんだ。早く娘を返せ」

 ザンドウの声だった。

「やはり娘には甘かったか。残念だったな。うまく逃げ出せたと思っていただろうに」

 遠くてよく見えないが、シルエットとしては、ザンドウと、そのザンドウより2倍は体積がありそうな大男のドワーフが向かい合っているようだ。

「娘は関係ないだろう。金が欲しいなら渡す。他にも望みがあるなら、何でも聞く。だから娘は、、、、どうか解放してくれ」

 ザンドウが少し鼻声になっている。私がいない間に何かやりとりがあったのかもしれない。

 アラン皇子は無事、ザンドウの横にいた。アラン皇子がやたらトラップに引っ掛かりまくっていたから、アラン皇子はたどり着けないのではと危惧していたが。


「解放、、、?」

 くくく、と大男は笑う。

「せっかく良いアイテムを手に入れたんだ。簡単に渡すわけないだろうが」

「なっ!!約束が違うだろうが」

 ザンドウは叫ぶ。大男は楽しそうに目を細めた。

「約束ぅ?何か俺が約束したか?ここに来なければ、娘を酷い目にあわせるぞと言っただけだ。来たら解放してやるとは一言も言った記憶がないんだが」

 ゲラゲラと大男が笑うと、周りのドワーフ達も楽しそうに笑ってみせた。


「ーーーっ」

 ザンドウは悲しそうに眉を寄せる。

 悔しいが、娘を取り返す術を見出だせずにいる。

「娘は、、、娘だけは、、、」

 今にも泣き出しそうだ。


 高笑いを続ける大男のところに、1人のドワーフが慌てて駆け寄った。

「大変です。ザンドウの娘がいませんっ」


 大男は目を見張る。

「な、なにぃ?何故だっ」

「わかりませんっ。鍵が開けられていて」

 向こうで勝手にトラブルが起きた様子。

 私がそのまま見守っていると、横にいたギドが急に泣き出した。

「お、お父さん、、、っ」

 ギドが走りだし、ザンドウ達に近寄っていく。

「お父さんっ!!!」

「ミ、ミミール!!!お前、なぜここに!!?」

「ザンドウの娘が何故ここにいるんだ?」

 ザンドウと大男が驚きながら叫ぶ。

「リネが連れてきてくれたんだ」

 泣いてザンドウに抱きつくギド。ーーーいや、ミミール。手錠があるから、ザンドウがミミールに手を回す形になる。屈強な身体の髭面2人が抱きつくと、とても暑苦しい。


「え?」

と、私はまだ実感が湧いてこない。

 私は硬直してしまい、その場から動くことができなかった。


 ギドがミミールって。

 だって。ミミールは美人だと言ってたじゃない。

 ギドはーーー髭がモサモサにに生えてるじゃないの。


 、、、、ドワーフの『娘』!!?

 


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