アランサイド~夢の中の彼女
『アラン』
俺を呼ぶ声。俺はそれに振り返る。
夢を見た。
酷く幸せな夢だった。
ピンク色の髪はふわふわと風に優しく揺れる。くりくりとした可愛い目は、何に対しても興味津々で、あちこちに動く。
俺が6歳。彼女は5歳だった。
お忍びで高原に連れていってもらっていた時に、俺は大きな木の下で彼女に偶然会った。
彼女は、ただの平民なのになぜか色々なことに詳しく、とても平民とは思えないほどしっかりした考え方を持った子供だった。
まだ小さく未熟な俺の話を興味深げに聞き、木々に止まる小鳥の声にも耳を澄ました。
きゃらきゃらと屈託なく笑う姿は、おもちゃ箱に仕舞い込んだ宝物のよう。
まだ子供というのに、俺は胸が締め付けられて。
後日、俺は彼女に髪止めを送った。
いつか、俺が渡したとわかるように、少しだけ工夫を凝らしたバレッタ。彼女のピンクの髪に似合うよう、白と赤を織り混ぜた特注品。
そして10年後。
俺は彼女と再開した。
一目で彼女とわかった。送ったバレッタを大事に使ってくれていた。
彼女はあの頃と変わらない瞳で、学園の庭を彷徨っていた。俺は彼女に声をかけずにはいられなかった。
迷子になって少しだけ心配そうにしていた彼女が、俺を見つけて振り返った時。とてもホッとした優しい笑顔になって。昔の小さい頃の胸の締め付けが、更に強くなって俺に押し寄せてきた。
一目惚れだと、すぐに理解した。
あの頃も俺は彼女が好きだったけれど、改めて俺は、彼女のことが好きで、今日、深く恋に落ちてしまったとーーー心から思った。
それからは猛アタックを続けた。
彼女がいるところにどこでも行った。彼女がダンジョンに行くといえばダンジョンに付き合い、騎士団に訓練に行くといえば、その近くで訓練できるように取り計らった。
彼女の周りには他にも彼女に惹かれた男達がいて、どうしたら彼女の一番になれるのか、どうしたら彼女が俺の方を向いて笑ってくれるのかと、毎日、毎日、そればかり考えていた。
困っていたのは、婚約者の事だった。元々全く顔を合わすことなく過ごし、学園生活が始まって初めて会ったリーネという女は、顔は美人かもしれないが、それがわからないくらい顔を歪めて、俺の愛する彼女に嫌がらせばかりしてくる。
いや、嫌がらせなんて可愛いものではない。階段の上から頭に向かって花瓶を落としてきたり、火で焼こうとしたり。
乱暴な男に襲わせて、凌辱させようとしたこともあった。
全て未然で防ぎ事なきを得たが、彼女の心の苦痛は推し量れるものではなかった。
俺は、リーネが本当に憎くて。
こんなに心から愛する人を俺から奪おうとする女など、俺や彼女の傍に置いてはおけないと。
リーネを遠くへ追いやった。
そして俺は彼女から選んでもらいーーー。
『アラン』
彼女の俺を呼ぶ声。
鳥が羽ばたくように柔らかい、可愛い声。相変わらず俺の胸を締め付ける。
『アラン、アラン。ありがとう。私は貴方と会えて、本当に幸せよ』
ーーーいいや、俺の方こそ、君がいるから今の俺がいるんだ。本当の愛を教えてくれて、心から感謝している。俺は、もう君がいない世界なんて考えられない。君が俺の全てであり、世界は君のためにある。
俺は、こんなにも君を愛しているーーー。
※※※※※※※※※※※※
「う、、、、」
気持ち悪くて、俺は頭を抱えた。
何か夢を見ていた気がする。
とても幸せで。幸せすぎて怖い夢。
さっきまで見ていたのに、もう覚えていない。
ぼんやりした頭で目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋ではなく、倉庫か物置かというくらい狭い、そして汚い部屋だった。ゴツゴツしたベッドに寝かされて、腰が痛い。
すぐ傍に立っていた黒鎧の隊長が、目を覚ました俺に声をかけてきた。
「お目覚めですか」
「ここは、、、?」
頭がぼんやりしていて思考がはっきりしない。
「ダイナ1という地の宿です」
「ーーーあぁ、、、そうだったな」
スタジアムを再建するためにジルから教えてもらった建築家。
あれは、、、ドワーフ、というのだろうか。
人間ではない種族。この国にはいないはずではなかったのか。
「ーーー俺は、、、どうしてここに」
「お酒が強かったようです。疲労と寝不足で必要以上に反応がでてしまったのでしょう」
「そうか。ーーーでは、ここにはお前が?」
黒鎧は言い淀む。
「ーーーどうした?お前じゃないのか?」
「、、、私は職務を全うするため酒場に残ろうとしましたが、リーネ様がこちらに連れていけと。私がお断りしましたところ、リーネ様自身がアラン殿下をこちらに連れてこられました」
「リーネが?俺をここまで?」
まだ半人前とはいえ、俺も身体を鍛えている。身長もある方だから、女の身で俺を支えるのは大変だっただろうに。
そう思ったことが口に出ていたらしい。
「いえ、リーネ様は支えたのではございません。リーネ様が担がれて1人でこちらまで運ばれました。全く足がぶれることなく」
「そんな馬鹿な。だってあいつ、軽量化されているとはいえフルの鎧を装着していたろう?」
「ですので私も驚いてしまって」
黒鎧を驚かせるとは、なかなかやる。
そういえばスタジアムでの戦闘の時、かなり高く跳躍していた。足腰のバネが尋常ではないのだろう。
「ーーふ」
笑いが込み上げる。あの小さく細い身体で、巨大なモンスターを倒し、俺を軽々と担ぎ上げる女。
物怖じせず、まっすぐに俺を見てくる瞳は、夢の中の彼女に似ている。
ーーーそう考えた時、くらりと眩暈がした。
「、、、あれ」
「殿下」
黒鎧が俺に駆け寄ろうとして、俺はそれを止めた。
「大丈夫だ。まだ酔いが残っているだけだろう。エールと思って気を抜いていたら、相当強い酒だったんだな」
「こちらの酒は安い品質のものですので、アルコールを強くして誤魔化しているのでしょう。土地柄、独特のものかもしれませんが」
「そうか。そういえば、聖女は最近、どうしている?」
「急にいかがなさいましたか?」
「ーーーいや、夢の中でピンクの髪の人間の夢をみたような、、、」
「ピンクの髪は、確かに聖女様しかおりませんね。気になられるのですか?」
気になる?
「いや、、、別に」
スミレの様子を思い出して、首を振る。
「昔会った女の子だというのは初めて学園で会った時に気づいてはいたが、、、特に何も思わなかったな。まぁリーネのために魅力減退の魔法も使っていたし。可愛い子だとは思うが、、、インパクトだけなら、リーネの方が上だな」
くつくつと俺は笑う。
女神か天使のような姿をしているくせに、変装して1人で馬を引き摺って王都の換金所に行ってみたり、スタジアムで強大なモンスターに立ち向かっていったり。
リーネは驚くことばかりしでかす。
噂に聞くほど悪行を重ねるわけでもなく、むしろ人が良い方ではないかとさえ思うときがある。
あれがあの最低最悪の公爵令嬢だとは、、、。
またくらりと眩暈がして、俺は黒鎧を近寄らせた。
「やっぱりまだ酔いが回っているようだ。俺はもう少し寝ておくから何かあったときには起こしてくれ。あと、もしリーネがきたら、その時は好きにさせておけ。追い出さなくて大丈夫だ」
「承知しました」
伝えて俺はまた目を閉じる。
ふわふわと頭が揺れ続けた。
俺は眠りに堕ちていく。
次に見た夢は、白眼の髪の女の子の夢だった。
晴天の空の色。どこまでも吸い込まれそうな綺麗な瞳は、人の心を奪おうとする。
『アラン殿下』
鈴の鳴るような声は耳に心地好く、薔薇の色をした唇は楽しそうに笑う時に花のごとく形作る。
凛とした表情でまっすぐに人を見る。
何に文句があるのか、すぐに俺に怒って拗ねている。
ついうっかり笑ってしまうと、あのガラス玉のように大きな瞳はくしゃくしゃになってなくなるのだ。
あんなに美人なのに、あそこまで顔に執着しない人間は見たことない。もしかしたら、自分が美人であることを知らないのかもしれないとさえ思う。
もっと自覚してくれていたら、俺がこんなに苦労しなくてもいいのに。
でも。
最近は不思議と、リーネへの苦労が苦痛ではなくなってきた気がしている。
あの俺を見る複雑そうな顔に会う度に、少しだけでも笑ってくれればと期待している自分もいる。
リーネが俺以外の男と話す時、不快な気持ちになってしまうのも、実は少しは自覚している。
実は。
あのリーネの可愛い顔が俺だけを見て、優しく微笑んでくれたら。そして俺の名前をあの声で呼んで、そっと触れてくるようなことがあれば。
俺は、もしかしたらリーネを、、、、。
『アラン』
そう。この鈴のような声は、俺の耳に優しく響く。
『アラン、、、起きて、、、、』
起こさないで欲しい。まだ、夢を見ていたいから。
白銀の髪の、スカイブルーの瞳が、、、、。
『アラン、、、』
白いーーー鎧をまとって。
「ったくもう!何でこんなに起きないのよっ!」
ガタリ、と頭の上にある棚が鳴った。
黒鎧から一気に動揺が伝わる。
「っわぁっ」
黒鎧が小さく叫んだ時。
俺に大量の水が飛んできた。
口の中にも溢れんばかりに入ってきて、溺れるかと思う程度に苦しかった。
「ぶはっ!な、なんだ?どうした」
さすがに驚きすぎて俺は完全に目を覚ます。
目の前には、白い鎧を着たリーネが仁王立ちで俺に向かっていた。
まさか、この国の皇子である俺に水をぶっかけたのか?有り得ないんだが。
誰だ、こんな女をここに入れる許可したやつ。
ーーー俺か。
好きにさせていいって、寝る前に言った記憶が甦る。
しかし流石にこれはない。俺がリーネに怒ろうとしたら、そんな俺を全く気にすることもなく、リーネは俺の腰を掴み、軽々と左手で荷物を運ぶように持ち上げて階段を駆け降りていく。
驚くやら恥ずかしいやらで何も言えなくなった俺は、その格好のまま酒場に連れていかれた。
左腕で抱えられて、俺の身体はくの字に曲がっている。
「よかった、ザンドウまだいた」
とリーネは呟く。
「リネ」
見知らぬ熊のような男が、リーネらしき名前を親しげに呼んだ。俺の怒りゲージが更にあがる。
リーネは、返事するように叫んだ。
「ーーー自分達がそこにいく。自分達はここには関係ない人だもん。自分達が行くしかないでしょ!」
「、、、おま、、、何を」
逆さまにされて頭に血がのぼりそうでもあり、俺は首に力を入れて頭を起こす。
リーネが何を言っているのか、全くわからなかった。
しかし自分達、というのが、俺とリーネであることは間違いないと思った。
「リーネ」
俺が名前を呼ぶと、リーネは自分の兜の口元を上に上げて、ニッと笑ってみせた。
「アラン。これで万事解決でしょ!!!」
本当にわけがわからない。
いや。確かに俺は、リーネにして欲しかった。
俺の名前を呼び、俺に触れて、そして微笑んでくれればと。
ーーー絶対、『これじゃないやつ』だけどな。




