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悪役令嬢、獣人の酒場で悩む

「ザンドウを頼む」

 そう、アラン皇子は私の手を握り締めて言った。


 ことのはじめは、悪霊退治でベックという男から、何でもご馳走してやると言われたからだった。

 ご馳走してもらうため、マイリントアのもつ転移の魔道具で、ベックからもらった住所に移動した。

 そこはダイナ1という、この国にはいないとされている獣人の住む場所だった。

 

 ベックを酒場で待っていると、アラン皇子が現れた。まさかこんなところでアラン皇子と会うことになるとは思わず。


 私はつい、逃げるように、テーブルに突っ伏してしまった。店の邪魔になるからとトイレ前の席に案内されていたので、どうかこのまま見つかりませんようにと祈ったのも束の間。

 アラン皇子が席の隣に座った。

 本当に人間が入っているのかさえ怪しい、機械的な黒鎧の従者を数名従えていたが、それらを少し離れるように指示したようだ。


 一見、アラン皇子と二人きりに見えるだろう。

 10人くらい座れるテーブルなので、わざわざ隣に座らなくてもいいのに。

 どうやらアラン皇子は、酒を飲んで酔っているようだった。


 普段はアラン皇子は私の方をあまり見てこないのに、酔っ払ったアラン皇子の、彫刻のように整った顔で真っ直ぐに私の方を見られると、その色気に当てられて肌が痺れるように熱くなる。

 何か精神操作系の魔法でも使っているのかもしれない。

 アラン皇子、恐るべし。


 アラン皇子からプレゼントしてもらった白鎧を装備していて本当によかった。顔だけは至上の域に達しているアラン皇子。この人の瞳でじっと見られて、平常心でいられる人なんているはずがない。

 間違いなく、今の私の頬は真っ赤だっただろう。


 アラン皇子は、どうやら酔うと色気が増すようだ。

 ただでさえ永久保存にしておきたいくらいの顔立ちなのだ。これで更に色気が増そうものなら、私の目が眩しさに耐えきれず潰れてしまう。


 そんな私の複雑な心境を知ることもなく、アラン皇子は酔いが回ったようで、ふらふらして倒れかかり、それを止めようとした私の腕を掴んで言ったのだ。


『ザンドウを頼む』と。


 なんの事か全くわからなかったけど、よく考えると、この前、アラン皇子はスタジアム再建に対してジルお兄様からアドバイスをもらっていた。

 その件のことだと予想された。

 プライドの塊のようなアラン皇子が私に頼みごとをするなんて、よっぽどなのだろう。

 意識を手放したアラン皇子は、さっきの色気はどこえやら、まだ幼さの残る寝顔でテーブルにもたれかかっている。

 私の手をしっかりと握り締めたアラン皇子は、成人したとはいえ、まだ16歳。それなのに私の想像するよりずっと大きいものを背負っているのだと思った。


「、、、助けてやれるものなら、助けてやりたいんだけどね、、、」

 呟いて、多分その人であろう『ザンドウ』という男を眺める。

 酒場に来ているのに人を寄せ付けない雰囲気を全身にまとって、1人で酒を楽しんでいる。

 私は白鎧を装備していて顔が見られないのを良いことに、まじまじとザンドウを観察した。

 その姿は明らかに人間ではない。長く豊かな髭を蓄えて、岩のような顔をしている。彼ははドワーフだろう。作業着らしき服を着て、腰には三日月の形をした短剣を帯刀している。

 頭には尖った2本の角を生やしたバイキングハットを被り、長く分厚い革のブーツは、先が多少破れているがとても頑丈そうだ。

 肩からかけた薄汚れた白い布の鞄の中には、作業道具だろうか、工具が隙間から見えていた。

 しかし特に変わった様子はない。

 

 アラン皇子でも頼みを聞いてもらえなかったのだ。

 私が普通に話しかけても、結果は同じだろう。

 せめて何かきっかけでもあればいいんだろうけど。

 

 酒が好きそうだから酒でも渡してみようかとも思ったけど、非常に酒豪そうだ。

 リーネはまだ15歳。

 酒に慣れていない身体では、アラン皇子の二の舞になるのは目に見えている。


 考えて、、、。

 

 諦めた。


 こういうのはちゃんとした熱意がある人がやった方がいい。

 つまり私じゃなく、アラン皇子本人が。

 しっかり休んでもらって、もう一度アタック。それが最善の対策に間違いない。


 ちらりとアラン皇子を見ると、完全に熟睡し始めていた。小さくイビキをかき始めている。アラン皇子は黒鎧の男達に、私と話すために少し離れておくよう命じていたのだろう。アラン皇子がこんな姿なのに、付き添いのはずの黒鎧は近づいてもこない。少し離れた場所から、こっちをじっと伺っている。

 訓練された大型犬のようだ。


 私はアラン皇子に掴まれた手を外し、ちょいちょいと黒鎧に手を縦に振って招き寄せた。

「1国の皇子がこのままじゃいけないでしょう。目立たないようにここから連れ出してちょうだい」

 近づいた黒鎧は、私が誰かわかっているようだ。

 敬意ある姿勢で、私に「しかし、、、」と畏まる。アラン皇子の言葉にしか返事をしなさそうな印象があったが、ちゃんと会話はできるようだぅた。

「建築士を仲間に入れるまでは帰らないと元々から言われておりまして。ここで退場するわけには」

「でも完全に断られたのでしょう?少し休ませるために上の宿にでも寝かせてあげて」

「しかし」

 頑なに主人の言いつけを守ろうとする黒鎧に、私はイラッとして、立ち上がった。

「じゃあ私が上に運ぶわ。それならいいでしょ」

 アラン皇子の身体を引き寄せて、その腕を私の首を通して肩に回す。アラン皇子を背負う形になって、私は歩き始めた。

「お待ちください」

 黒鎧が初めて私に動揺してみせる。

 主人を守る立場にあるが、その婚約者である私に無礼を働くわけにもいかないという状況で、どうするべきか迷っているようだ。

「待たないわ」

 こんなところで皇子が寝ていていいはずがない。

 私はスタスタ歩くと、自分でもその足取りに驚いた。

 軽量化されているとはいえ、鎧だけでも相当の重量になるが、それに成人した男を担いで全く足がぶれない。


 リーネの身体は本当に、頑丈すぎて驚くばかりだ。


「私がこの人を2階に運ぶ。私が代わりにここにいるから、この人が起きたらまた降りてくればいいじゃない」


 黒鎧にそう言った時、酒場に賑やかな人達がぞろぞろと入ってきた。

 ギャハハと楽しそうに笑うその声は、聞いたことがある声だった。


「今日はまたしっかり稼いできたぜ。とはいえすぐに消えていく金だけどな。ははは」

「お疲れさん。何からいくかい?もちろんあれか」

「エール。エールだ。仕事のあとはまず一杯。これが最高だよなぁ」

「おーい。ベック!この前の討伐だけどさ」

「どうなったんだ?あとでゆっくり聞かせてくれ」

「ベック、そういえばさぁ、、、」

 その男にあちこちから声がかかる。

 高い身長。熊のような体躯なのに、かなり気さくなのが面白い。男が酒場に来ただけで、酒場の雰囲気が変わった。

 男も近くにいる人達に声をかけていく。

「ははは、ザン爺。今日も相変わらずシケた面してやがるなぁ。たまにはにかっと笑ってみろよ」

「うるさい。わしはこれが普通だ」

「ベック!みてくれ、この前俺が取ったやつだけどさ」

「ベック、この前教えてもらった店、最高だったよ」

 酒場の視線が男に集中している。

 まさに大人気、と言っていい。

 こんなに人から慕われている人を、私は初めて見た気がする。


「ベック。お客さんよ」

 小さい女の子が、仏頂面でその男に声をかけた。

「客?」

 女の子が私の方を指差す。モサモサ髪の男は、白鎧を見つけて、更に破顔して笑った。


「リネ!!!来たか!!!」


 ベックが近づいてくる。

 私が眠ったアラン皇子を背負っているのに気づいて、心配そうに眉を下げた。

「大丈夫か?リネの仲間か?」


 仲間。

 ダンジョンにいく時のチームと思っているのだろうか。そういえばアラン皇子以外はみんな鎧だ。仲間と思われても仕方ないかもしれない。

「違う違う。たまたまここで会っただけなんだ」

 

 一応、男の子と思われているようなので、口調を変えてみる。ベックは多分良い人なのだろうが、素性がわからない以上、警戒していた方がいいというのもある。


「ふぅん。強そうなやつらばかりだから、さすがリネの仲間だなと思ったんだけどな」

 黒鎧はもちろん、アラン皇子も相当剣術も魔法も使えますしね。


 私はベックに手を広げて見せて、待ってのポーズを作った。背負っているアラン皇子を指差す。

「ちょっと待っててね。上にこの人を寝かせてからまた来る」

「俺が運ぼうか?リネよりもかなり大きいじゃねぇか。2階まで運べるのか?」

 気持ちは嬉しいけど、国の皇子を私の独断で触らせるわけにはいかない。

「ありがとう。でも大丈夫。少し待ってて」

「そうか」

 ベックは素直に了解してくれる。


 私はアラン皇子を連れて、宿の入口にいる目のぎょろりとした男の人に話をして部屋を借りた。お金は勿論、アラン皇子の支払いだ。黒鎧は私がお金をもっていると思っていたのか、私が「お金を持っていないのでこの人が目を覚ましたらこの人からお金をもらってください」というと、わずかに動揺していた。普段機械のように動じない黒鎧が、顔を見せていないのに動揺しているとわかるレベルで驚いていたのには、少し笑った。超金持ちの公爵令嬢が持参金『0』って、やっぱり信じがたいことなのだろう。

 

 私は黒鎧にアラン皇子を任せて、酒場に戻った。

 正直、私はベックにご馳走をしてもらいにきただけなので、アラン皇子は関係ないのだ。

 

 ザンドウを頼むと言われたところで。

 持参金もなく、スタジアムを再建する責任もない私にできることなど何もない。


 酒場できょろりとベックを探すと、ベックはすでにテーブルについてエールを飲んでいた。

「リネ!」

 手をあげたベックの横には、いつの間にかいなくなっていたマイリントアがいて、皿の中の肉をがっついていた。私の分は皿には残っていない。

 私が兜の中で鬼面のような表情をしていることは誰も気付かず、私がベックのテーブルにつくと、ベックは「遅かったな」と言った。

 すでにベックの前には、エールを飲み干したグラスジョッキが列を作っている。

 まだ2階にあがって10分ほどしか経っていないが。

 

「飲み過ぎは身体に良くないよ」

 私が苦笑いで言うとベックは笑った。

「エールは水みたいなもんだ。全く問題ない」

「太るよ」

「その分、動いてるから大丈夫だ。ってか、小言言うなら追い出すぞ」

「ごめんなさい」

 私がすぐに謝ると、ベックはわずかに目を大きくした。そしてけらけらと笑う。

「そんなにご馳走してもらいたいか。いいぞ、約束だからな。好きなものを注文するといい」

 ベックが私にメニューを差し出す。

 一番前のお品書きに、焼き鳥の文字が書いてあった。

「ほんとう???やったぁ」

 焼き鳥の他に何を注文しようかウキウキしながら悩んでいると、ベックが私を眺めつつエールを飲み、少ししてから尋ねた。


「ーーーリネは、あれからどうしてたんだ?悪霊退治して、それで終わりか?」

「そうだけど、、、なんで?」

「いや、、、本当にあれで終わったのかなと思ってな。もちろん、このヌイグルミのようなものが、完全にあそこを焼いてくれたのは理解してる。だがなぁ。あそこまで大きな事をしていた奴ーーー奴ら、だろうが、そういう連中が、計画を潰されたからってすぐに諦めるとは思えなくてな」


 それは確かにそうかもしれない。


「そもそも何であんなことになっていたのか、何をしようとしていたのか。それがわからないと、何か気持ち悪くてなぁ」


 私はそれを聞いて、メニューから目を離す。

「ーーーある人が言うには、呪いじゃないか、って話だったけど」

 エールをまた飲み干したベックが、空になったグラスを並べながら、視線だけ私に向ける。

「呪いだと?」

「人の命だけでなく身体まで犠牲にするタイプのものは、呪いの類いが多いらしいよ」

「なんじゃそりゃ。聞いたことないぞ。眉唾ものだが、どこからの情報だ」

「魔法にかなり詳しい人からの情報だから、間違いないと思うけど。あぁでも、この前のくらいの人の数なら、まだそこまで大したことはできないらしいよ」

「100体以上いたのにか?」

「昔、伝説級の魔物1体を封印するために黒の精霊を呼び出したらしいんだけど、その時に魔術師1000人の命が必要だったんだって。ただそれは命だけで、身体までは持っていかれてないから、呪いとは種類は違うみたいだけど」


 へぇ、とベックは驚いて見せる。

「1000人で化物1体か。封印するのにそんなに必要だなんて、よっぽどの化物だったんだろうな」

「、、、そのよっぽどの化物は、すぐ横でベックのおつまみをがっついてますけどね」

「え?」

「いや、何でもない」

 私は苦笑いをして首を振り、すぐに話を反らす。

「あれから、その孤児院の周りには悪霊はでてないんでしょ?」

「あぁ。今のところ、あれから何も出てないそうだ」

「でも、隣のダイナ2では悪霊を見かけた人がいるらしいわよ」


 急に若い女の子の声が入ってきた。

「何だ、ニーノか」

 さっき案内してくれた女の子だ。ベックにツケると言っていたので知り合いだろうとは思っていたが。


 女の子はベックの言葉に少しブスッとして、腰に手を当てた。

「注文すると思ってずっと待ってたのに、なかなか注文しないからよ。こっちは忙しいんだから早く注文してよね」

「わかったわかった。そんな急かすなって。それより今の話、どこから聞いた?」

「昨日、ここにきた客が言ってたわよ。ベックは酔い潰れてたから覚えてないでしょうけど」

「あーー、、、昨日差し入れでもらった肉がえらい旨かったからなぁ。ちょっと飲み過ぎたか」

「ちょっとですって?あれから私がどれだけ大変だったか」

 ニーノと呼ばれた女の子はベックを睨む。


 ベックとニーノ。

 熊のような男に小学生にも満たない女の子は不釣り合いな気がするが。まるで親子の口喧嘩のようにも感じる。

「ーーー2人は仲良しなんだね」

 私が言うと、まさか、と瞬時にニーノから返ってきた。

「ただの腐れ縁よ。ベックが私を拾ってくれただけ」

 心外そうにニーノは言う。

「拾った?」

「私、スラムで捨てられてたの。それをベックが拾って孤児院に連れて行ったんだけどね。私、あそこ好きじゃなくて。1人で生きていくって言ったら、ここを紹介してくれたの。人間はあんまりいないけど、私にはここの方が居心地がいいわ」


 6歳くらいの子が1人で生きる選択するのもどうかと思うが、それを真に受けて職場を紹介するのもどうなのだろうか。


 女の子は、ふん、と鼻を鳴らした。

「言いたいことはわかってるわよ。でも私は自分で生活したいし、私くらいの年の子を働かせてくれる場所なんて、ここ以外どこにもないわ。『はずれ者』だからこそ、ここで働かせてもらえる。ーーーこういっちゃ何だけど、ここに連れてきてくれたベックには感謝してるわ。こんな男だけどね」

「こんなって何だ」

 ニーノの言葉に、ベックは納得いかない顔をしていた。


 なるほど、だからベックは毎日この場所に来ているのか。紹介した責任も含め、保護者として、こっそりとこの子を守っているのだろう。

 でもベックはダンジョン行った時とか、ここに来れない日もあるんじゃないだろうか。そういう時は1人で大丈夫なのだろうか?


 私はニーノに尋ねる。


「ベックがここに来れない日は寂しいんじゃないの?」

「寂しい?私が?」

 きゃははと、さも可笑しいとばかりにニーノは笑う。

「『ここ』には、皆がいるもの。寂しいとか思ったこと、一度もないわよ」


 ここ。

 獣人が住む場所。

 そういえばここにきて、ニーノの働いている姿も見えていた。その間、ニーノがここでどんなに無礼な口調をしていても、誰もニーノに文句を言わなかった。むしろ、ニーノはそうでなくてはという雰囲気がある。

 ニーノは、ここではそういう1人の人間として認められているのだろう。

「そう」

 私は兜の中で微笑む。自分の道を自分で選べるニーノが羨ましくも感じる。ニーノの苦労は私には想像もつかないものだろうけど。


「で、本当にダイナ2に悪霊がいたって?」

 ベックが話を戻した。

「悪霊ーーーなんだと思うけど。すごく顔が崩れた人達が追いかけてきたって言ってたから。さすがにそんな人が沢山いたら怖いでしょ。悪霊よ」

「、、、ダイナ2って?」


 この獣人の住処がダイナ1なので、ダイナ2も獣人のいる場所なんだろうか。

 それにはベックが答えた。

「ダイナ2は、スラム街の一番端。全てを捨て去る『終わりの場所』って、この前まで呼ばれてた。それが、ここをダイナ1と名付けた人が、そこもダイナ2と名付けたんだ。ダイナはダイナ6まであって、ダイナ6が一番まともな場所だな。でも正直、ダイナ2はダイナ1と呼ばれたここより最悪な場所だ。人は殆ど近寄らない」

 ベックさえ嫌そうな顔をしてその場所の話をする。

 人が近寄らないというのに、なぜそこで悪霊を見たという人がいるのか。

「じゃあ、なんでその人はそこに行ったんだろ」

「何かを捨てにいったんだろうさ。ーーー死んだ人とかな」

「死んだ人」

「言ったろ。終わりの場所って。あそこは何でも捨てられる。ゴミ、動物、死んだ人。環境が劣悪すぎて、あそこに行くだけで疫病にかかることもある。スラムに生きる奴でさえ、はじめの方にあそこには近寄るなと教わるくらいだ」

 まぁ、とベックは続ける。

「あそこに捨てられて、病気にもならずにしぶとく生きてるガキもいるけどな」

 ちらりとニーノの方を見る。ニーノは、そんなことどうでもいいように目を細めた。

「強く逞しく生きてる可愛い女の子、の間違いでしょ」

「よく言う」

 ベックは笑った。


「まぁそういうことだ。下手したら生きたまま人が捨てられることもある。ダイナ2に悪霊がいたとしても、なんらおかしくないのかもしれねぇな」

「そんなところがあるなんて、、、」

「あなた、育ちが良さそうだものね。さっきの人と知り合いなんでしょ?さっきの人も、ここにはとても似つかわしくなさそうな容貌だったけど。本当にここの料理なんて食べれるの?」

 ニーノは訝しげだ。私は慌てる。

「た、食べれるよ。そのためにここに来たんだから。絶対食べる」

「あら。変わり者なのね、ここの料理を目的にくるなんて。じゃあ早く注文してちょうだい。私に遊んでる時間はないのよ」

 本当にしっかりした子だ。

「じゃ、じゃあ焼き鳥と、、、」

 私が注文しようとした時。

「た、た、た、助けてくれーーー!!!!」

 酒場に大きな声が響いた。必死の形相で、背の小さめの男が酒場に駆け込んできた。顔は成人してそうなので、そういう種族の人なのだろう。

 酒場にいた皆がそちらを振り返る。

「ドリーじゃねぇか。どうしたんだ?」

「ボロボロだ。大丈夫か?」

 ドリーと呼ばれた男は、満身創痍で、あちこち傷だらけになっていた。

「ミミールが。ミミールがっっ」

「、、、ミミールがどうしたって?」

 1人で飲んでいたザンドウという男が振り返る。真剣な表情をしていた。

「いきなり家に『あいつら』が押し寄せてきて、ミミールをさらっていったんだ。俺が抵抗しようとしたら、この有り様だ。しかもあいつら、俺を追いかけてここまで来やがった」

「連れてきたのかっ」

「勝手に着いてきたんだ!!!でもそれより早くミミールを助けないといけないと思ってっ」

 そういうと、後ろからゾロソロと怪しい男達が酒場に入ってくる。

 元々そこまで大きな場所ではないのに、そこに沢山の種族が集まって酒を飲んでいるのだ。そこに屈強そうな男集団が割り込んできたら、酒場は一気にぎゅう詰めになった。


 そのうちの1人が、ザンドウを見つけて、ニヤニヤしながら近寄ってくる。この男はザンドウと同じく、背は低めだが身体が屈強そうで岩のようであり、顎に髭を敷き詰めている。

「おう。ザンドウじゃねぇか。こんなところで悠長に酒なんか飲んでいていいのか?うちの頭領は短気なもんでな、お前の返事に怒り狂ってたぞ。早く言って、訂正してきたらどうだ。[俺はあなたの言いなりになります]ってな。ははは」

 他の男達も同じ種族のようだ。ドワーフの集団は見ているだけで暑苦しい。

 

 どうやら種族間の争いのようだが。


「貧乏人どもが、酒なんか飲んでんじゃねぇよ、おらぁー」

 男達は、笑いながら、あちこちのテーブルを蹴飛ばして回り、酒場をわざと混乱させようとしていた。

「きゃあぁっ」

「おい、やめろっうわっぁ」

 乱暴を止めようとしたエルフの男が殴られた。

 細いエルフと屈強なドワーフ。どう考えてもエルフに勝ち目はなかった。エルフは飛ばされ、テーブルに背中を強打して呻き声をあげて動かなくなった。


 ザンドウに突っ掛かっている男は、わざとらしく、あーあーと声を大きくあげる。

「お前のせいで、ここもいい迷惑だなぁ。お前が素直に[はい]と言うだけで済む話なのに。娘も今頃、頭領のところで何をされてるか」

 くくく、と笑う。

 それまで黙っていたザンドウも、一気に顔を青ざめて叫ぶ。

「ミミールは関係ないだろうっ。ミミールは」

「お前の娘なんだ、関係ないことないだろう。あの娘、美人だからなぁ。頭領の好みかもしれねぇなぁ」

 さっき酒場に走り込んできた男は、その言葉を聞いて一気に泣きじゃくる。

「ミ、ミミールっ。ミミールっ!!!」

 ミミールという娘の恋人なのだろうか。


「娘を早く助けたければ、さっさと頭領のところに頭を下げにくるんだな。逆らって申し訳ございませんでしたってな。はははは」

 ドワーフのヤクザのような連中は、酒場を荒らすだけ荒らして、笑いながら去っていった。

 横にいるベックは、じっとしていたら、怒りに強く拳を握りしめて手から血が流れていた。

「、、、、あいつら、、、、っ」

 呟いて、唇を噛み締める。


 嵐の去った酒場を、皆、静かに片付けている。


 私は不思議だった。なぜギルドでも高ランカーであろうベックが目の前で好き勝手にされて何もしないのか。


「、、、、なんで、、、黙ってたの」

 ベックなら、誰よりも先に怒り狂いそうなのに。


 ベックは倒れた人達を起こすのに手を貸していたが、私の言葉に振り返る。

「ーーー種族争いは、複雑なんだ。違う種族が口出すことじゃない。これはここのルールだ。それによって他の種族が被害を受けたとしても、だ。特にあいつらはたちが悪い。ザン爺の娘も人質にされているみたいだしな。俺が何かしてミミールに被害がでたら、しゃれになんねぇよ」


 種族争い。

 ーーーそういうものなのだろうか。


 戦争のない時代に生まれた私は、国と国の争いにも、種族の争いにも、関わったことがないからわからない。


「ーーー悪かったな、お前ら。わしがここにいたばかりに、、、」

 典型的な頑固親父といったザンドウが小声で謝る。肩を落として、一回り小さく見えた。

 ベックは首を振る。

「いいんだよ、あんたのせいじゃない。あいつらが悪いだけだ。それよりザン爺。どうする気だ。あいつらの言いなりになったら、それこそ今度はあんたが、、、」

「娘の命には代えられんよ。ーーー迷惑、かけたな」

 ザンドウは悲しそうに口を歪めた。髭が僅かに持ち上がる。このままザンドウがその頭領というドワーフのところに行って、どうなるかは目に見えている。ザンドウも強そうだが、あちらが多勢に無勢では。

「このまま、、、行かせていいの?」

 私がベックを見上げると、ベックも悔しそうにしていた。

「わかってる。わかってるけど、俺達もここの人間なんだ。このしがらみの中にいて、俺達にはどうすることも」

「ーーーわかった」

と私は言う。

「え?」


 私は立ち上がり、駆け出した。

 思い出したのだ。

 2階にいる人物。

 その人が頼んできた言葉を。


 2階の宿の中。黒鎧に見守られ、質素なボロベッドに横になっているのに、気持ち良さそうに寝ている人を見つける。

「アラン皇ーーーアラン。起きて」

 返事はない。相当熟睡している。

「アラン。起きてアラン」

 目を覚ます様子はない。

 この人には危険察知能力がないのか。

 アラン皇子の横には、酔い醒まし用の水がピッチャーに準備されていた。それを私はガシリと掴み、アラン皇子にぶっかけた。

 傍に仕える、何にも動じないはずの黒鎧が、私の急な行動に「わぁ?」と言った。

「っぶはっ!な、なんだ?どうした」

 アラン皇子はいきなり大量の水を浴びて目を覚ます。

 私は説明する時間もなく、アラン皇子の腰をもって横抱きにして酒場まで戻った。


 まだザンドウは酒場にいた。

 ベックが留めていてくれたらしい。


 私はベックとザンドウに向かい、声をあげた。

「ーーー自分達がそこに行く。自分達はここには関係のない人だもん。自分達がいくしかないでしょ!」


 何を、と私に抱えられたまま目を丸くして私を見上げてくるアラン皇子に、私は兜の口元をあげてアラン皇子に見えるようにして、ニッと口だけ微笑んで見せた。


 わけがわからないとアラン皇子は困惑していた。

 でも。間違いない。


 これで万事解決でしょ!!!



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