アランサイド~未知の土地で葛藤する
スタジアムを再建するには、莫大な費用と時間が必要になる。金を湯水のように使う公爵家とは違い、国家の金は、全てが王家のものではない。
3ヶ月でスタジアムを再建なんて、とても正気の発言とは思えないが、義母と義弟に好き勝手にされるくらいなら、自分のヘソクリを全て出すのも仕方ないとさえ思う。ただヘソクリ全て出しても足りないのだ。
こうなってくると、婚約者であるリーネに、一時の気の迷いで、馬鹿高い白い鎧と国宝級の質の剣を買い与えてしまったのが悔やまれる。
あの時はあまりに動転してしまっていて、衝動的にリーネを全身隠すための道具を買ってしまった。
「衝動的に買うなんて、俺らしくない」
そう呟いてしまうが、今思い出しても、あの時は鎧を買うしかなかった。何も装備していないリーネと同じ馬車に乗るなんて、そして一緒に買い物するなんて、とてもじゃないが耐えられなかった。
もっと早く魅力減退の魔法をケリー先生に開発してもらって覚えておけば。
前々からリーネに会って、その魅力の異常さを知っておけば。
ーーー今更、過ぎたことを言ってもきりはないが。
そりよりも問題は、これからどうやって低予算かつ短時間でスタジアムを再建するかということだ。
ジルに相談したところ、超一流の建築家という者の住所と名前を教えてくれた。ジルによると気難しい人だというが、誠心誠意込めて対応したら理解してくれるのではないかと俺は意気込んだ。
しかしジルのくれたメモ紙に書かれた住所は、地図のどこにもにも載っていなかった。
ノクトにその場所を調べてもらうと、スラム街の近くに最近、名前をつけられた土地があるという。
その方向にやってきたのだが。
「ーーーここは一体、どこなんだ」
王都の端の端。
命の危険があるから決して近づいてはならないと小さい頃から言われていたスラムにとうとう足を踏み入れ、その想像以上に凄惨な場所を更に越えると、緑の小さな門が現れた。
緑の門を王都側から覗くと、その先はとても人の住めるような場所ではなかった。
地面はひび割れ、草木も殆ど生えていない。
広大な土地にかろうじて家はポツポツとあるが、どこもかしこも、熊にでも襲われたようにボロボロになっている。
なのにその門の向こう側に人は、沢山集まっていた。こんな場所になぜ人が集まるのか全く理解できない。
特に門のすぐそばにある2階建ての建物の中に、多くの人が行き来している。
ーーー人だけではない。
耳や尻尾のある人までが沢山いる。耳や尻尾のある人は獣人と言われる。
俺がこの国で獣人をみたのは、これが初めてだった。
確かに、獣人がこの国にいると聞いたことはなかったが、いないとも聞いていなかった。
「は。はは。まさかこんな、、、」
乾いた笑いしかでてこない。
俺は、この国のことを誰よりも考えている自負があった。深い部分に知らない事は沢山あっても、一通りは学び、ある程度は知っているつもりだった。
だが、これは何だ。
近づくなと言われるまま、近づかなかったスラム。いつかは、そのスラム街の問題もどうにかしなければとは思っていた。しかし俺にはその力はまだない。王の尻拭いはしてきたつもりだったが、スラムはどうにかできるレベルの問題ではないとーーー言い訳がましく、近寄らなかった。そのスラムどころか。
その奥にこんなものが隠されていようとは。
「いや、、、」
俺は首を振る。
これは隠しているのではない。こんなに近くに隠しものなどするものか。
ーーーただ、俺が見ていなかっただけだ。
門の内側、つまり王都側に、人は通るが獣人は誰も入らない。この門は獣人を仕切る意味合いがあるのだろう。
門を通るどころか、近寄りさえしないところを見て、獣人がここを通ったら罰を受けるのかもしれない。
ーーー刑罰。
国の法を学んでいる俺さえ知らない刑罰が、ここにはある。
獣人の存在。
知らない刑罰。
そもそも、最近名前をつけられた土地があることさえ知らなかった。ここは俺が管理する国なのに。
「ーーー不愉快だ」
言葉を吐き出すと、黒鎧の1人が慌てて俺に駆け寄る。俺はそれを気にするなと制した。
しかし、本当に不愉快だった。
澄んだ水の中に墨汁を垂らしたような。
ぽつ、ぽつ、ぽつと。
少しずつ。
やがて、水は渦を巻くように黒い色と混ざり合う。
胸の中を掻き回されるように気持ちが悪かった。
俺の知る帝国。
凡庸な父と、同じく凡庸だが毒のある義母と、愚かな義弟。それを支える人達。学園と魔塔と。王都とそれ以外の領地と。ダンジョンと。スラム街。
トラブルはありつつも、俺の知る範囲で巡る物事。
何かあればすぐに報告がある。
それをできる限りで対処するのが俺の役目で。
ーーーなのに。
獣人の話など、一度も聞いたことがない。
獣人の住む場所の話が報告にあがったこともない。
こんなに王宮の近くにあるのに。
これだけの人達がいて、トラブルが起こらないはずがないのに。
ーーーー気持ちが悪い。
「アラン殿下」
「、、、わかっている」
促されて、俺は意識を目の前のことに戻すよう努めた。
沸き上がる怒りを、誰に向けていいかさえわからない。それだけ俺が無知だったということだ。
今はスタジアムのことだけを考えよう。
ーーーそう思うしかなかった。
ジルのメモによると、この目の前の酒場に、その超一流の建築士がいるらしい。
それにしても、この場所を指定できるということは、ジルは知っていたということだ。この現状を。
有能なジルだからといえばそれまでだが。
それはそれでまた悔しい。
いつかジルをギャフンと言わせてやると心に誓う。
店は、宿屋と酒場とで入口が分かれていた。
俺は酒場の方に回り、大きめの扉から中に入った。
入るとすぐに、露出の多い姿をした若い女性が近寄ってきた。耳が鋭く尖っている。かなりの美人だが人間ではなさそうだ。
「あらお兄さん、すごく素敵ね。私を買わない?いい夢を見せてあげるわよ」
俺は無視して突き進む。
その後も次々に声をかけられて、元々苛ついていた俺は、つい剣に手をかけそうになる。剣を出したら誰も近寄らなくなるだろう。鬱陶しい連中を一掃したかった。
しかし、ここには交渉にきているのだ。顔も見る前から悪印象を与えるわけにはいかない。
酒場に入ると、更に多くの獣人の姿があった。子供のように小さい者。背が低いが太って岩のようにごつい者。尻尾や動物の耳がついている者。
人間もいるが、貧しそうな姿をした者が多い。
下品に笑い、醜悪な輩がたむろっていた。
「アラン殿下。お言葉ですが、あまり殿下に相応しい場所ではないかと」
「ーーーそのようだな。、、、だが、、、」
あのジルが言うのだ。ここに間違いなく優秀な建築士がいるのだろう。
また声をかけてきた者に、俺は尋ねた。
「人を探している。ザンドウという男はいるか」
女達はコソコソと話す。
「ザンドウ?」
「ほら、あの人じゃない?ちょっと近寄りがたいけど、よくここに来ているわよね」
指をさされたのは、端の小さなカウンターで1人で飲んでいる男だった。
特徴的なのは長くて豊かな髭。口の周りにびっしりと生えている。そして俺よりは背が小さいが、腕も体幹も太さは3倍ほどあった。岩のような顔をしており、やはり人間ではなさそうだ。
俺はその男に近づき、声をかけた。
「ザンドウというのは貴方だろうか。少し話を」
「断る」
振り返ることもなく、俺の問いを男は遮断した。
ピンと張り詰めた空気が流れる。
「、、、話を聞いてもらえないか」
「断る、と言っている。お前こそ、人の話を聞いたらどうだ」
やはり男は振り返らない。
男の持つウイスキーのグラスが、氷が動いてカランと音を立てた。
「人間は自分の都合ばかりだ。俺は人間は好かん。だから人間の頼みごとを聞く気はない。もうこれ以上は話しかけんでくれ。せっかくの酒が台無しだ」
そういって、また男は酒を飲み始めた。
完全に扉を閉められた。これ以上粘って、良い結果が出るとは思えない。しかしこのまま諦めるわけにもいかないのだ。
ジルが言うからには、必ずこの男はスタジアム再建にとって必要なキーになるのだろうから。
俺はとりあえずその男から離れ、考えをまとめるためにテーブルについた。
どうしたものかと悩む。
まだ俺の半分も満たないだろう小さい女の子が注文を聞いてきたので、エールを注文した。
16とはいえ成人したのだ。法律的には問題ない。
エールが運ばれ、頭を冷やすためにぐーっとエールを飲み干す。もう一杯頼んで、今度は少しだけエールを口に含んだ。
安い味のエールだったが、アルコールはやや強めのようだ。そういえばこんなに一気に酒を飲んだのは初めてかもしれない。
俺はまた一口飲んで、賑やかな店内に目を向ける。
様々な種族が楽しそうに酒を飲んでいた。
16年生きてきて、見たことない景色を不思議に思っていると、頭が少しぼんやりとしてきた。
皿とテーブルが重なる音。
若い女の笑い声。
乾杯のグラスが鳴り。
食事の良い匂いが。
俺がまたエールを口に含むと、一杯目のエールが効いたのかなんとなく尿意を感じた。酒には利尿作用がある。そういえば王宮出てからトイレに行ってなかったな、と俺は立ち上がった。
トイレはどこだ、と見渡すと、トイレ前のテーブルに、見たことある白い鎧を見つけた。随分と吟味して買ったものなのですぐにわかった。
なぜこんなところに。
何から隠れようとしているのか知らないが、白鎧は首を縮めてテーブルに突っ伏せるように丸くなっている。肩には小さな手のりライオンのような生き物が乗っていた。あれは俺もついこの前死ぬ覚悟で対峙した魔物のミニチュアだ、わからないはずがない。
あれが話に聞いたマイリントアか。
ノクトが彼女からマイリントアの散歩を依頼されて、散歩後、蒼白の顔で報告してきた。
なぜ彼女がここにいるか知らないが。
見知らぬ種族に囲まれて、何が正しくて何が間違っているかもわからなくなり、そして目的の人物の男にも拒絶された今。
リーネを見つけて、嬉しく思う自分がいた。
俺は少し、酔っていたのかもしれない。
そのままトイレに行かず、リーネのテーブルに行き、横に座った。
「ーーー奇遇だな」
声をかけると、白い兜を被っているのに、リーネの動揺を強く感じた。白鎧はさも今、気づいたとばかりに顔をあげて、俺に頭を下げる。
「え、えぇ。本当に。殿下に置かれましては、ご健勝のご様子でなにより、、、」
「そういうのは今はいい」
表面上の挨拶など余計だ。
「リーネも、今は普通で構わない。ここはそういう場所じゃないだろう?」
「そう、、、言われましても、、、」
白鎧が、困って狼狽えている。俺の傍に遣える、何事にもびくともしない黒鎧とは大違いだ。
そう思ったあと、鎧というだけで公爵令嬢と従者を比べてしまったことに俺は可笑しくなってふっと笑う。
見た目が似ているからと中身が同じなわけがない。
「その兜。取らないのか?」
「ーーー目立ちたくありませんので」
「敬語はなくしてくれ」
今は、リーネとは普通に話したかった。
「リーネ」
俺がじっと見ると、リーネは慌ててパタパタと手を振った。
「わかりま、、、わかった!わかったから!!アラン殿下」
「アランでいい」
「ア、アラン?そんな、、、っていうか、絶対酔っ払ってるでしょ!!?」
「俺が酔っ払うものか」
「いいえ、絶対酔ってる」
俺の言葉でむきになるリーネが可愛く見える。
普段と違って白い鎧だからだろうか。
白い鎧が、ふらふら、ふわふわ。
あぁ、こんなに可愛く見えるならやっぱり、この鎧、買ってよかったな。
高かったけど。
「ーーーアラン殿、、、?ちょ、アラン!!」
リーネの鈴のような声が子守唄に聞こえる。
急に眠くなって。
そういえば最近、ちゃんと寝れていない気がする。
ずっとスタジアムのことで頭を抱えていて。
しかしザンドウをどうにか仲間にしなければ。
「リーネ、、、」
リーネが俺に伸ばした手を掴んだ。
リーネならもしかして。
スタジアムの時みたいに、なんとかしてくれないだろうか。
でも言葉にすると、とてもじゃないけど格好つかないな。
年下の、俺の婚約者。
だけど。
それでもリーネならもしかしてーーー。
「ザンドウを、、、頼む」
言うと、くらりと眩暈して。
そしてーーー俺は、意識を手放した。




