悪役令嬢、忘れられた土地へ行く
転移の魔道具。
これを使うと、公爵家の『影』から追跡されることもなく、好きな場所に行ける素晴らしい道具。
「ねぇマイリントアー?」
私はマイリントアに猫なで声で話しかける。
「なんじゃ、リーネ」
マイリントアは公爵家の準備したマイリントア用の贅沢な朝御飯を口一杯に頬張りながら、私を振り返ることなく返事した。
「あの転移の魔道具、1つ私に貰えないかしら?」
「ダメじゃ」
手のひらサイズの虎のような魔物は、モグモグと咀嚼しながら即答する。
「そんなこと言わないで。私とマイリントアの仲じゃないの」
「主従の関係にはなったが、仲良くなった覚えはないのぉ」
しらっとマイリントアは言うが、普通、主従の関係なら主がお願いしたら有無を言わず従うものなんじゃないのかしら。
なぜ私がマイリントアにこんな下手に出てお願いしているかというと、転移の魔道具。それをマイリントアが全て自分で保管しているからに他ならない。
そもそもは、私が身を粉にして集めたコアというヘソクリを、勝手にマイリントアが使って買ったものなのだから、その転移の魔道具は私のものと言っても過言ではないはずなのだけど。
「ソナタのこと。どうせろくなことに使わんのじゃろ。渡すだけ無駄に決まっておる」
「そんなのわからないじゃないっ」
ぷん、と私が頬を膨らますと、「まだまだ子供じゃな」と呆れて目を細める。
「ーーーでは聞くが、どこに行きたいと言うのじゃ」
「えーーっと。そのーー」
行きたい場所、と言われると少し困る。
最近、変な出来事が多すぎてストレスが溜まったから、ストレス発散に美味しいものでもご馳走されに行きたい、、、、なんて、言葉にしてもいいのかしら。
「ご馳走、とな」
心を読まれて、私の心臓はピョコンと跳ねた。
そういえば、マイリントアは主従の関係を結んだから私の心を読めるんだったっけ。
「あぁ、かの悪霊の時の連中のことよの。しかし奴等はあまり裕福ではなさそうじゃったぞ。奴等が逆立ちしてもこの屋敷の毎日の豪華な食事のレベルには届くまいよ」
「私が食べたいものはそういうものじゃないのっ」
「この料理に不満とは、我儘な娘じゃの」
やれやれとマイリントアは小さな肩を竦めた。
「まぁよい。ワレもあれからの悪霊の様子がどうか気にはなっておった。そんなにご馳走されたいというのであれば、仕方ないのぉ」
結局、マイリントアも一緒にご馳走されたいらしく、あっさりと転移の魔道具を口から吐き出した。その魔道具はマイリントアの身体よりも大きい。
いつも思うけど、マイリントアの身体の中はどうなっているのか、不思議で仕方ない。
マイリントアは転移の魔道具を出すと、開いてテーブルに乗せた。地図になっているその魔道具の上に、ちょこんとマイリントアは乗る。
「この前、住所を渡されておったのぉ。言うてみぃ」
促されて、私は慌ててこの前もらったメモ紙を読み上げた。
「ダイナ1、だって。でも帝国の地図にないのよね。どうしてかしら」
「ダイナ1?あぁ、スラム街と王都の間か」
「知ってるの?」
「ワレに知らんものなどないわ」
ホッホッとマイリントアは笑う。
「ではいくか」
「あっ!ちょっと待って!ちょっと待って!」
私はすぐにクローゼットの方に駆けていき、中からこっそり準備していた白鎧を取り出した。もうこの鎧を取りに行くという部屋の移動のためだけに、高価な転移魔道具は使わせない。
「用意周到でしょ」
私が白鎧を装備していると、マイリントアはそれを少し目を細めて、微笑ましげに眺めていた。
「サルでもちゃんと学べるのじゃな、感心感心」
全く誉められた気がしないんだけど。
「準備万端。さぁマイリントアーーーいえ、マイリン。行きましょう!」
「ーーーではリネ。気を抜くでないぞ」
マイリントアが、その地図に魔力を注ぎ地図が光る。地図は宙に浮き、マイリントアは私の肩にちょこんと乗った。マイリントアは触らずに、地図をビリリと破く。転移の魔道具は破くことで力を発揮する。
あっという間に私とマイリントアは、きらびやかな私の部屋から、寂れた村に転移していた。
たどり着いて、私は一瞬、唖然としてしまう。
そこは舗装という言葉など初めから存在しないような。荒野という呼び方の方が相応しい、荒れた土地だった。
だだっ広い土地に、ポツポツと木造の平屋が見える。どれもだいぶ古びていて、とても人が住めるとは思えないくらいの、少し強い風が吹いたら飛んでいきそうな造りをしていた。しかし中から人の気配はする。
周りは乾いて割れた地面。まばらに、乾燥に強い種類なのだろう、膝辺りまで伸びた1種類の雑草が茂るのみ。生活らしい生活ができているようには思えなかった。
「ーーー本当にここなの?」
「少なくとも住所はここで間違いなかろう。かといってあの男がリーネに偽りを言っているわけでもなさそうだったな」
マイリントアは私の肩から降りて、トテトテと小さな足で歩いていく。
そして足を止めた。
「どこからか良い匂いがするのぉ」
マイリントアはまた歩きだし、王宮側に歩いていく。
少しだけ丘になっているのであろうこの場所からは、遠くに王宮が見える。そして王都の建物も、立派な玩具を敷き詰めるように見えていた。
あちらとこちらはまるで違う国ではないかと疑いたくなるほど、あまりにも貧富の差がありすぎる。王都は遠くないはずなのに、なぜこんなことになっているのだろう。
「こっちじゃ」
マイリントアは歩き続けていた。私はその後を追う。
辿り着いたのは、王都とスラムとはまた別の場所。
土地を分ける小さい門があり、そこから完全に別のエリアになっていた。片方は普通で、もう片方は忘れられた場所。その王都ではない側の、門から一番近い店だった。
看板を見ると、酒場兼宿屋の店らしい。寂れた土地の中では一番まともで、多少の風ならなんとか堪えられそうな造りをしている。門の外側では唯一の2階建て。
昼間だというのに、そこだけは多くの人が行き交っている。ボロボロの薄汚れた布を巻いただけのような服を着た人、戦闘服を着た人、やけに色気をふりまいている露出の多い服を着た人と様々だ。いないのは貴族だけかもしれない。
私はマイリントアについていき、店の中に入っていった。白鎧を着ているので子供とは思われないだろう。
店の中に入ると、お酒と埃とカビのような臭いがした。そこに煙草の匂いも混じっている。
鼻を摘まみたい衝動に駆られる。
店に入ると、まずカウンターが入口のサイドにあり、ガリガリの骨だけで生きているような男の人がカウンターの内側に立っていた。首の上辺りで切ったザンバラ髪に、汚れたシャツの上から茶色のベストを着ている。
背が高いのに猫背で、全く愛想がない。とても受付とは思えないが、その瞳だけは大きくギョロついていた。
「いらっしゃい。お泊まりかい?」
私は慌てて首を振る。
「人を探している。住所をもらったが、そこがどこかよくわからないんだ」
「ーーー見せてみろ。ーーーあぁ、それはここだよ」
と受付の男は言う。
ここ、ですって?
「さっき、向こうの方でもこの住所だったんだけど」
「そうだ。ここら一帯がその住所なんだ。この地域にそもそも住所なんてなかったんだがな。場所に名前がないと不便だからって、最近、名前がついたんだよ。俺はまだその名前に慣れてないから使わないけどな。誰だい、そんな住所をお前さんに渡したのは」
「ーーーベックっていう」
「あぁ。あいつか。なるほど、あいつは変わり者だからな」
男は納得して笑い、店の奥を指差した。
「やつは今はいないが、毎日ここに食べにくる。待ってたら会えるだろうさ」
指をさしたのは、酒場の方だった。
宿屋からも行けるが、本来は裏側の入口から直接入るらしい。
促した男は、あぁ、と言って私を止めた。
「ーーーお客さん、ここは初めてかい?」
「え?ーーー初めてだけど、それが何か」
「ここは世間から弾かれものの集い場。初めて来た人は大抵驚いて、下手したらパニックを起こす。トラブルは遠慮してくれよ」
驚いてパニックになる?
わけがわからないんだけど。
私は首を傾げながら、酒場の方に足を進める。
宿屋の奥の扉を開けると、一気にガヤガヤした騒音が耳を貫いた。
「わっ」
耳を塞ごうとしたが、兜があるから塞げない。むしろ兜がなければもっとうるさいのだろうか。
外観よりずっと広い酒場だった。大きな丸いテーブルが10近くあり、1テーブルに10人くらいは集まれる。人を集めてガハハとバカ笑いする人から、端の方でしんみりと呑んでいる人もいる。千差万別。いろんな人達が敷き詰めあうように人がいた。
しかしそれよりも私を驚かしたのは。
耳と尻尾のある人達。
「ーーー獣人」
この世界に来て、初めて見た。
獣人。しかも、よく見るとエルフやドワーフなどもいる。酒を飲んでいる小さい人は、子供ではなくホビットだろうか。
「ーーーいたんだ」
ダンジョンがあるから、そっちの種族も期待している自分もいた。でもその話は誰もしないし、どこにも記録がない。この世界にはいないものと思っていた。ゲームにも勿論でてこない。
帝国の皇后になるための教育を受けてきたリーネでさえ、帝国内のこの土地のことを知らないなんて、よっぽどだ。
私の肩で私を見ながら、したり顔をしているマイリントアは、どうやら知っていたらしいが。
「マイリントア。どうして知っていたの?」
「ワレは祭りのあと、あちこち回っていたからのぉ。じゃが、貴族社会では決して口に出さない、むしろだしてはいけないことのように、ここの土地の者達は無視されておる。迫害されておるんじゃ」
「なぜ」
「さてな。『自分達とは違う』からじゃろうかの」
「そんな、、、」
ここの人達はみんな、笑っている。
しかし、着ているものは殆どの人ーーー殆どの種族達は、ただ身体を隠しているだけのような着物ばかり。
あとはスラムの人達だろうか。公園にいる浮浪者のような人達だった。
たまにちゃんとした格好をしているのは、ギルドの冒険者か。娼婦であろう派手な格好の人もいる。
「お兄ちゃん。何を頼む?」
足元から声をかけられて、私は足元を見ると、まだ小学生低学年くらいの女の子がお盆を持って私に注文を聞いてきた。
髪を後ろで1つに括った可愛い女の子。着ているのものは煤汚れたシャツ1枚とズボンだけど、それでもこの中の人達よりはまともな格好に見えた。
「ーーーここで働いてるの?」
「そうだよ。働かないと生きていけないでしょ」
当たり前のように言う。
この歳なら、まだ親に守られていていい頃なのに。
「ほら、早く注文してよ。こっちは忙しいんだから」
眉間に少し皺を寄せて、女の子は私を急かしてくる。
小さいのにすでに圧力を持っていて、私は少し圧されて後退った。
「あ、あの、ベックって人を探していて、、、」
「ベック?ベックお兄ちゃんの知り合いなの?」
女の子の眉間の皺は更に深まり、全くもう、と言わんばかりに腕を腰に回して、顎で促した。
「ベックはまだ帰ってこないわよ。あと2、3時間くらいかかるんじゃない。こんなところでぼーっとされたら邪魔だから、あっちのテーブルで待ってたら」
トイレ前のテーブルに追いやられて、そこにドン、と薄めのお茶の入ったカップを置いていく。
「これはベックお兄ちゃんにつけておくから。気にしないで」
まだ眉間の皺は直らない。今度は口も歪んだ。
「お礼も言えないの?ベックお兄ちゃんの客って、ろくなのがいないのよね。全くもう」
「ご、ごめんね。、、、気を遣ってくれてありがとう」
「いいのよ。そんな人しかここにはこないから」
にっ、と笑う女の子は、本当にしっかりしている。
あと2、3時間か。
私は椅子に座り、一息ついた。うっすいお茶を兜の口元を開けて啜る。
外出していることがばれたら大変だから、本当だったら家に一度帰りたいところだけど、マイリントアがまた転移の魔道具を使ってくれるとは限らない。多少怒られるのを覚悟して、ベックにお礼の料理をおごってもらう方がいいかもしれない。こんな機会はなかなかないだろう。
周りの人達が食べている料理は、ベックが言うようにとても美味しそうで、豪華ではないけど間違いなさそうな匂いがしている。
いっそ、待っている間に自分でお金を払って食べたいくらいだけど、マイリントアにコアを全て奪われて、私にここで食べる金銭は残っていなかった。私が持っている宝石をお金の代わりに出したら、多分、また面倒なことになるのだろう。
私は周りにいる他の種族達を、兜の中から物珍しそうにキョロキョロと眺めながら時間を潰した。
おなかすいたなぁーなんて思っていると、酒場の方から、目立つ人が現れた。
次々に人が出入りしている中でも一際存在感が強く、そこにいるだけで目を引く。
着ている服は普段よりずっと質を落としているが、その人の持つ眩しい威力は抑えることができないようだった。
私はその人が誰かということに気づいた瞬間、驚愕でつい立ち上がってしまう。
向こうは私に気づかないようだったので、私はまた静かに座った。目立たないテーブルに案内してくれた、さっきの少女に感謝する。
「ーーーなんでこんなところに」
呟いて、私はまたこっそりその人を見る。
後ろには黒い鎧の男が数名、付き添っていた。
他の人達とあまりに違いがありすぎて、酒場の人達の視線が徐々にそちらに集まる。
「ーーーザンドウという男はいるか」
ゾワリと鳥肌が立つほどの美声。
間違いなくあれは。
ーーーアラン皇子。
私は嫌な予感しかしなかった。




