悪役令嬢、生徒会について揉める
ノクトに案内されて生徒会室にきた。
中庭を歩いていて、そういえばノクトと中庭を聖女が歩くシーンもゲームでみたような、と思うと、本当に物語が変わってきていることを実感する。
まさか聖女ではなく、私が生徒会役員に推薦されるとは。さすがに想像さえしていなかった。
私が生徒会に入るメリットは何もないんだけど。
嫌々生徒会室に向かう途中、アラン皇子に会うというイベントもあったけど、アラン皇子はスタジアムの件で頭がいっぱいだったようだ。
公爵家のお金を使えば何も考えることはないのに、アラン皇子が『友と金の貸し借りはしない』という頭の固いポリシーのせいで苦しんでいる姿を見て、意外とアラン皇子は不器用な人なんだろうなと思った。
私はアラン皇子の、眉目秀麗、文武両道、完璧主義のひねくれ者。そのイメージの中に『頭が固く不器用』を追加した。
アラン皇子が生徒会室から出ていくと、ジルお兄様が改めて席を移し、テーブルを挟んで私に向かい合った。
「リーネ。生徒会役員推薦1位、おめでとう。さすが私の妹だと鼻が高いよ。この前、父がリーネに宝石をプレゼントするために鉱山を1つ売ったらしいね。では私も自分の持つドマワ島を売って、リーネへの祝いの品としてドレスでもプレゼントしようかな」
ドマワ島。
林業も農業も調子が良く、海運の拠点地として人の行き来もある。貿易も盛んな島。
まだドマワ島がただの船の停留島だったところをジルお兄様がたった8歳で領地として任された。
そこから様々な業種が急上昇で好転し、今に至る。ジルお兄様が、どんなことがあっても衰えることはないといい放ったアイデアが詰まっている島で、豪族の人なら誰しもが喉から手がでるほど欲しいという島だ。
その島を発端に、お兄様の手掛ける島や領地は至るところにあるけど、その島を売ってまで作ったドレスなど、絶対欲しくない。
それをジルお兄様の横で聞いていたノクトが、目を剥き出すようにして驚いてるし。
まぁ、あの島を売ったら、簡単にスタジアムくらい建てれるものね。
私はニッコリ笑って、
「謹んでお断りさせていただきますわ。お兄様」
と言った。冗談かもと思っていたけどジルお兄様は少し残念そうに「そうかい?」としょげてみせる。
「リーネの入学祝いもちゃんとできてなかったから、いい機会だと思ったんだけどね」
「そのお気持ちだけで充分です。そしてお兄様からは、ちゃんと入学祝いのプレゼントはいただいていましてよ?ほら」
学園の制服の胸元に輝く、シンプルなのにセンスが光るブローチ。お兄様の手作り。宝石は散りばめられていないが、希少な鉱物で作られた上品なアクセサリー。
ゲームでは小さい頃、主役の子に歪んだ指輪を渡してしまったジルは、あとで後悔してそれからコツコツ腕を磨き、今はそこらの技師より高度な技巧を手に入れている。その技を駆使したブローチは、ドマワ島を売って買ったドレスより嬉しい贈り物だ。
「そんなものだけではダメだろう」
「いいえ。これがいいのです」
「私はリーネに喜んでもらいたいだけなのに」
「お兄様がわたくしのことを考えていただけるだけで、わたくしは幸せものです。むしろわたくしがお兄様にプレゼントしたいくらいですわ。お兄様が望むものを」
「ーーーでは、生徒会に入るんだね?」
「嫌です!」
話の流れでうっかり「はい」と言いそうになったけど、瞬時に軌道修正する。
絶対に生徒会は嫌だ。
「私もリーネには穏やかに学園生活を過ごして貰いたいと思っている。でも推薦1位の生徒会役員参加は、絶対だ。それだけは避けられない」
「それでも嫌です」
ジルお兄様は、うーんと声に出して悩む。
「リーネがそこまで言うなら、そうしてやりたいところなんだが、、、」
「わたくしが病弱で、とても生徒会役員なんかになれないことをアピールしてはいかがかしら」
「スタジアムでのリーネの様子を見て、リーネを病弱と捉える人は皆無だろうな」
「では、家での仕事が忙しいからとか」
「俺やノクトが、家業で忙しくても生徒会役員をやっているから、それも無理だろう」
「ではどうしたらいいのですか」
私がジルお兄様にとても悲しそうな顔をしてみせたら、ジルお兄様は慌てて「わかった」と言った。
「リーネは、生徒会役員になったふりだけしてくれればいい。あとは俺がどうにかしよう」
「ジル様っ」
ノクトがお兄様を叱咤するように叫ぶ。ジルお兄様は苦痛に満ちた表情をしてみせた。心臓に手を当てている。
「仕方ないだろう。リーネがやりたくないと言っているんだ。もうこれ以上は、、、可哀想すぎて俺の心臓がもちそうにない、、、」
「何を言っているんですかジル様っ。そんなだからリーネ嬢がワガママの非道の極悪の悪魔令嬢になってしまったんじゃないんですか?」
「、、、ノクト様、、、?」
あまりの言いように私がノクト様を一睨みすると、ノクトはすぐに態度を変えた。
「わかりました。リーネ嬢のダミーを用意しましょう。実質常務を行ってくれる人間も数名準備致します。それでよろしいですね」
急な対応の変化に、そんなに私の顔が怖かったのかしらと心外に思う。
「ーーーありがとうございます。ではそのようにお願いいたしますわね」
私はここで話を戻されたらたまらないと、すぐに立ち上がり、表面上の笑顔を作って生徒会室をあとにした。
生徒会室からまっすぐ長い廊下を行くと、途中みた中庭にたどり着いた。
私は彼らが追いかけてきていないか確認し、誰も追ってこないとわかってようやく、大きなため息をつく。
「生徒会役員なんて、冗談じゃないわ」
あちらの世界で。
私は高校時代、大学入試のための内申点をあげるために、自分で立候補して生徒会に入った。
先輩方が、仕事は後輩にさせて、その得たものは自分達の成績としてアピールするタイプだった為、毎日毎日遅くなるまで作業をして、先輩達だけが誉められていた理不尽を思い出してしまう。結局、私は何も活動をしていないと翌年は生徒会から外され、私が生徒会で日の目をみることはなかった。
この世界の生徒会ではそういうことはないのかもしれないけど。
「もう生徒会は充分。こりごりだわ」
そう呟いた時、同じ高さの瞳と目があった。
火花でも飛び散るのかと思うくらい強い瞳。
その瞳は、ピンクの炎を纏い、まっすぐに伸ばした手の先を拳にしている。私にその拳をぶつける気はなさそうだが、行き場のない怒りを握りつぶしているようだった。
「ーーーなんであなたなの?」
ピンクの髪の聖女。
この世界では、スミレという名前を持つ少女。
同じあちらから来ているのに、私には向こうの名前をこの世界で反映することはできない。
かたや、彼女は自分の名をこの世界で使えるほどの影響力を持つ。そんな彼女が、怒りに唇を震わせながら、私と1メートル離れた場所から挑んできた。
「なぜリーネ、あなたが生徒会役員に選ばれるの」
私は首を捻った。
私が生徒会役員推薦1位に選ばれたのは、まだ生徒会役員の人しか知らないはず。
私はすっと背筋を伸ばし、その挑戦的なスミレの目を見据えた。
「スミレ様。貴女がどこでその話を聞いたかは存じませんが、貴女に恨まれるようなことはしていないはずですけど?」
「違うわっ。私が本当は推薦1位になるはずなのに、なぜ貴女が1位なのよ」
スミレ、わかっていたことだけど、やっぱりこの話の粗筋を知っているのね。
だけど私はスミレに、自分が同じ世界からやってきた事実をバラしたりしない。協力を頼まれたり都合の良い使われ方をされたら厄介だ。
「何を言っているのかよくわかりませんが、、、」
私はひらりと扇子を出して、口の前で開いた。
「国の宝である聖女よりもわたくしが選ばれたというのであればーーー理由は簡単なことなのでは?」
「、、、何よ」
「ふふ、まだお分かりにならないなんて『足りない』方なのでしょうか。聖女でありながら皆の期待を集めることができない理由はただ1つ」
扇子を勢いよく閉じて、パチンと鳴らす。
「ーーー貴女が怠惰なのです」
にこり、と私は笑ってみせた。
どう考えても、そうとしか思えない。
本来、聖女は学園に入ってアラン皇子とともにダンジョンに行く。戦闘を繰り返し、聖女はレベルをあげて力をつけていくのだ。
そして騎士団にも顔を出して、そこでも訓練を重ねる。騎士団長であるケリーともそこで親睦を深めるのだが、そもそも全て、聖女が『困っている人を助ける力』を欲しているからに他ならない。
その魔法を学ぶ姿勢、戦闘に真摯に向き合う姿にも、様々な男性が惹かれていくはずなのだ。
なのに、なんでだろう。
その気配がない。
初めてスミレを疑ったのは、ダンジョンのことだった。
本来、聖女は強くなるためにダンジョンに行きたいと言い出し、国の宝の聖女を守らなければならないと、スミレに一目惚れしたアラン皇子が自ら同行を名乗り出る。
だが、スミレはまだダンジョンに行っていない。
なぜだろうと思っていた。
次におかしいと思ったのは、スタジアムのことだ。
あの頃にはすでに初心者ではないはずのスミレの魔法が、本来の魔力に比べて低かった。
私の腕を回復させないという行為は別として、スミレの回復魔法は低レベルのものであったし、そのレベルの魔法を少し使ったくらいで魔力切れを起こしていた。
魔法が殆ど使えない私には言われたくないだろうけど、正直、あり得ない状態だ。
「スミレ様。貴女がわたくしを見ていたように、わたくしも貴女を見ていたことをご存知?」
「ーーー私を?、、、あぁ。そうね、私の邪魔をするためでしょ」
天使の心を持った少女とは、誰が言ったんだろう。
このピンクの髪の少女は、悪魔でもとりついたような顔で私を睨み付ける。
「わたくしが邪魔するですって?怠慢で実技の成績が伸びない貴女に、わたくしが何の邪魔をする必要があると言うのでしょう」
私がコロコロと笑うと、スミレは心外だとばかりに声をあげた。
「私がいつ怠慢をしたってっ!私は頑張ってきたわ。ずっと勉強してきた。努力して誰にも負けないように」
努力。努力。努力。
そうね、スミレはよく机にかじりついていた。
でも校舎の外では全く見かけなかった。
「勉強はーーーですわよね。では、実践は?戦いは頭だけでは補えませんよ。知識を身につけた上でダンジョンに行ったり、戦闘の訓練をしてはじめて本当の力になるのですわ」
ーーーと、ジルお兄様に習った。
「スミレ様。貴女はあのスタジアム以外で、何か戦いの訓練は行ったのでしょうか。していませんわよね。それこそが貴女の怠慢。生徒会役員推薦1位にならなかった理由なのでは」
するとスミレが大きな声を張り上げた。
「あんたが邪魔したんでしょうが」
いきなり言われて、私はむっとする。
私がいつ、邪魔をしたって?
「ーーーーなんですって?」
私が声を低めると、スミレは少し後退るが、睨むことはやめなかった。
「、、、確かにはじめは戦いが怖かったから動いてなかったけど、これじゃダメかもって思って、私がダンジョンで訓練したいと言ったら、技術が足りないからダンジョンには行けないと言われたわ。だから騎士団に行って技術を習おうとしたら、例え聖女だとしても、特別扱いで騎士団の中で練習などできないって言われたっ」
スミレの瞳にわずかに涙が滲む。
「本来の通りにしただけよ。なのにできないなんて、そんなはずないのにっ!」
確かに、そんなはずはない。
ゲームの聖女は、ダンジョンにも早い段階で行っていたし、騎士団に混じって訓練もしていた。ゲームでできているのだから、ここでも可能なはず。
「ーーーそう。そうだわ。ようやくわかった。リーネ。あんたの仕業なんでしょう?公爵家の金にものを言わせて、そうなるように仕組んだんだわ。そうとしか考えられない」
とうとうポロリとスミレの瞳からポロリと一筋流れ落ちた。スミレはその私を睨み付ける色は更に濃くして、肩を震わせた。
「リーネあんたを絶対許さないからっ!最後の最後で絶対『ざまぁ』よ!覚えておきなさいっ!バーカ」
スミレが捨て台詞を吐いてパタパタと走っていく。
その足がすごく遅い。中庭を走り抜けるだけで数分かかっていた。バーカという言葉を付け加えたのも、とても子供っぽくて。
聖女ってあんな人だっけと不思議に思う。
ようやくスミレが中庭の端を曲がって、私の視界から消えた。いったい何だと言うのだろう。
私がスミレの邪魔をした記憶はない。
そもそもダンジョンや騎士団に口出しできる権力を私は持たない。金を使って細工することはできなくもないだろうけど、私はそんなことをしていない。
ほんと、いったい、なぜそんなことに。
「最後の最後で『ざまぁ』、、、か」
ぼんやりと考えて、はっとする。
『ざまぁ』!!!
悪役令嬢リーネの最後は『ざまぁ』なんだった。
私、この世界にきて、そうならないように頑張るんじゃなかったっけ?
スミレを虐めることはせず、静かに学園生活を送る。そして『ざまぁ』にならないようにすることが最大の目標ーーーだったはずなのに。
『リーネ、あんたを絶対許さないから』
スミレの吐いた言葉。
スミレの私を睨む瞳の色がまだ脳裏に焼き付いている。あれは本気で私が虐めたと思っている憎しみの色。
スミレを虐めてはいけない。
こんな大切なこと、なんで忘れていたんだろう。スミレに絡まれた時にピンとこないといけなかったのに。
まだスミレから話しかけられた時に柔軟に対応していたら少しは違ったのだろうか。
なりたくもない生徒会役員にさせられて、本来なるべき人が怠慢のせいで1位になれず、しかも八つ当たりなんてしてくるから、ストレス溜まってつい対抗してしまったけど。
悪役令嬢が聖女を虐める。
私の身に覚えがなくても、何か物語の強制力のようなものが働いているのかもしれない。
やっていないのに悪役令嬢が罰を受けるなんて、よくある話じゃないの。
どんどん物語は変わっているくせに、こういうところは物語通りに進むのは釈然としないけど。
聖女を虐めた悪役令嬢の最期は、婚約破棄。国外追放。最悪、牢獄入って斬首刑。
私の身体が、変な汗のせいで一気に冷たくなるのを感じた。
これって絶対。
ダメな流れのやつーーーー。




