悪役令嬢、魔方陣について学ぶ
「少し相談していただきたいことがありますの。とある沼の件なのですが」
私はケリー先生の研究室に行って、相談したい旨を話した。
ケリー先生は快く研究室内に入れてくれたが、そこにはすでに先客がいた。研究室のソファーに座ってお茶を啜っている。
「あら、ノクト様。ケリー先生とお話し合いですの?ご多忙なら、日を改めますわ」
私が踵を返そうとすると、ケリー先生がお待ちくださいと私を止めた。
「ノクトさんには、最近、ちょっとした研究を手伝ってもらっているんですよ。そのせいで私の研究室にきてもらうことが多いだけでですね。特に急ぎの要件ではないから大丈夫ですよ。それより、沼の件とは?」
魔法オタク、と陰で噂されるケリー先生なだけあって、沼にかかっていた高度隠蔽魔法の件を話すと、食い入るように聞いてくれた。
「、、、と、わたくしの友人が相談してきましたの」
と付け加える。父や兄が私の外出に厳しい以上、私が経験したことであってはならないのだ。友達が経験して、それを相談された形にする。
ちなみに思い浮かべる友達は、マイリントアだ。
私に友達などいないことは百も承知かもしれないけど、もしかしたら、と考えてくれることを期待したい。
「、、、それで、マイ、、、友達の方は、その魔法を破ってくれたんですね?」
「そうなんですの。他の仲間は全く気づかなかったようで。その友達が魔法を破ると、沼の中で沢山の死んだ人達が動いているのがようやく見えたそうなのです」
ふんふんそれで?とケリー先生は真剣に聞いてくれる。
「友達の仲間が、ギルドでも強い人達なので、なんとかその死体達を倒すことができたのですが、その人達によると、元々、沼だったのを整備すると言ってやってきたのが、リンドウ国の偉い人だったというのです」
偉い人、、、とケリー先生は呟く。
「なのに、整備はされず、むしろ沼に沢山の人の死体を入れて、高度な隠蔽魔法をかけていったと?」
「そうなのです。魔法といえばケリー先生でしょう。何かご存知なのではないかと思って、聞きにきた次第ですわ」
私の言葉に、ケリー先生は、ふむ、と考える。
「、、、これについて、ノクトさん、どう思われますか?」
ケリー先生に急にふられて、ノクトは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「え、僕ですか?僕はただ、あのマイリンに、森の奥に悪霊が出るって噂があることを話題作りのために話しただけで。元々はーーーそう、アラン殿下の毎日報告される、国内情報の中にあがっていた話なんですよ」
散歩を依頼したマイリントアのご機嫌を損ねないように、思い付く限りの話題を提供しただけらしい。
そのせいで、私は散々な目に遭ったわけで。
「ーーーでも、トロフィーのことといい、その沼の話といい、国の上層部が何やら、きな臭い感じはしますね。他の組織という考えも打ち消すことはできませんが」
とノクトは付け加える。
「何が目的と思われますか?」
私はテーブルで向き合っているケリー先生に、身を乗り出すように尋ねた。
ケリー先生は少し考えるように天井を仰ぎ見て、静かに立ち上がった。黒のローブがふわりと舞い、テーブルの奥にある天井まで届く本棚の方に歩いていく。
「どれだったかな、、、あぁ、これだ」
と、高いところにある一冊の本を取り出した。
この研究室には何千、下手したら万を越える本が壁一面に敷き詰めらている。そのすべての本の内容を把握しているというのだろうか。
ケリー先生はテーブルに戻り、辞書のように分厚い本を広げた。
「ここを見てください」
本を覗くと、細かい文字の中に挿し絵があった。
大勢の黒い服をした人達が、円を描くように並び、その中央には大きな魔方陣とそれを囲むように火が燃やされていた。
「これは、大昔、マイリントアを封印するための黒い精霊を呼び出すための儀式の様子を描いたものです」
そしてまたケリー先生は、パラパラと違うページを開く。
次のページには、火を手に持つ多数の人達が魔方陣の中に入って円を作っている挿し絵が描かれている。
「これは、禁断の魔術で悪魔を召還しようとする儀式の様子です」
とても似ているけれど。
「どこが違うと思いますか?」
興味を持ったのか、ノクトもその本を覗いてくる。
「魔方陣自体についての授業はありますが、こういう人の並びのものは習ったことがありません。何故なのですか?」
知識量としては学園一であろうノクトがそう言うのならば、周知されていない術なのだろう。
「これは、禁じられた魔術だからです。人の命を奪う魔術なので、100年ほど前に使われなくなりました」
確かに、マイリントアを封印するのに、千人の魔術師の命がいると言っていた。でも同じ『人の命を必要とする』魔術なのに、何の違いがあるというんだろう。
じっと挿し絵を眺めてみる。
ーーー変わりがあるとすれば。
ノクトが口を開く。
「円の中にいるか、外にいるかですか?」
「その通りです」
私もそう思ったのに、先にノクトに言われてしまった。ちょっと悔しい。
「それが、どう違うというのですか?」
ノクトの質問に、ケリー先生は神妙な顔をして、呟くように答えた。
「身体を生け贄にするかどうかの違いです」
「生け贄に?」
「黒の精霊を呼び出す儀式も、命は失う。しかしそれは生命エネルギーを魔法の力に代えるためなので、命は失っても身体は残るのです。しかし、悪魔を召還しようとする儀式は、その人達の身体を犠牲にし生け贄とする儀式なので、身体は残りません」
は、と私は気がつく。
「ーーーでは、あの沼は、その身体を犠牲にする儀儀式かもしれないということですか?」
「リーネさん。その通りです。ただし、自らの命ではなく、他者を犠牲にしている一番質の悪い方法です。目的が何かまではわかりませんが、身体を犠牲にするタイプの儀式は『呪い』の類いが多い」
「『呪い』ですか、、、」
「その沼からは、死人が彷徨っていたのでしょう?沼の中に何か魔方陣が隠されているかもしれませんね。そこに案内していただけませんか?調べてみたいので」
私は頷いた。
「そうですね。では案内を、、、」
と言おうとして、気付く。
マイリントアによって沼は消滅したのだということを。
「あ。あーーーー。そ、そういえば、なんか、友達が燃やして沼を消してしまったようなーーー」
「え?沼を、ですか?」
ケリー先生はビックリしたようだったが、私の友達、と聞いてそれ以上は突っ込まないでくれた。
ケリー先生の横にいるノクトもやや顔が青白い。
「沼を燃やせるんですか、、、あり得ないな。僕の首、消えてなくて本当に良かった」
「うーん、それならもう魔方陣の形跡はないかもしれませんが、、、一応、調べてみますので、場所だけ教えていただいていいですか?」
私はにこりと笑った。
「はい、もちろんですわ」
私は沼のあった場所の地図を紙に描いて、ケリー先生に手渡す。
「ーーーケリー先生。その儀式は、もう術を発動させていたのでしょうか、、、?」
「どうでしょうか。でもまだ人の形を保っていたのでしょう?蠢いて、死にながら生きていた。まだ、完全に発動してはいない、と考えていいと思いますがね」
それを聞いて、私はほっとする。
ここは『世界の中心で魔法を叫ぶ』の物語の中。だけど、その話がどんどん変わってきている気がするのだ。
話が違えば、何が起こるか想像もつかない。
「それなら、、、いいのですけど、、、」
それでもやっぱり、不安は拭いきれなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※
『世界の中心で魔法を叫ぶ』。
それはあちらの世界では有名な物語。
物語のクライマックス。世界の中心で魔法を叫ぶのは、聖女だ。自分を庇って最愛の男性が死んだことで大聖女になり、神聖魔法最大の技、『クリスタルミーティアストリーム』を放ってボスを倒す。そして聖女の命と引き換えに、聖女は泣き叫ぶように唱えるのだ。最愛の人を甦らせる魔法を。
そして世界が平和になったところで、ハッピーエンドのラストを迎えるという物語。
しかし私が知る『世界の中心で魔法を叫ぶ』の物語の中に、剣技会も、悪役令嬢のための祭りもない。
もちろん、呪いなんて言葉も出てこなかった。
どうなっているのだろう。
それとも、本当はあったのだけど、聖女が活躍しなかったから省略したのだろうか。
そもそも、あの物語の大筋はどんなものだっけ、と私は思い出してみる。
物語のはじめはこうだ。
聖女は入学して、それぞれの恋愛対象者に会う。
そしてそれらの人達からデートに誘われて、一通りデートをした後、各男性の好感度が高い人のルートに入っていき、それぞれの過去や悩みなどに踏み込んでいく。
私はゲームはアラン皇子とジルしかしていないけど、アラン皇子のルートは、学校でアラン皇子と2人でダンジョンに行くことになって、そこで仲を深めるのだった。リーネは魔法が使えないしダンジョン経験がないため、ダンジョン攻略に参加することができなかった。もし一緒に参加できたら、婚約者の前でアラン皇子は他の女性といちゃつくこともできず、話は変わっていたかもしれない。
アラン皇子ルートが一番、リーネは罰を受けやすい。婚約破棄、国外追放、下手したら斬首刑になることがある。
だから、私は2人の仲を発展させないようにと、自分もダンジョンにいけるように剣術の努力をしたし、成長していないが魔法の練習もしているのだ。
でもその努力は虚しく、今のところ、学園で私がダンジョンに行く気配はない。
そしてジルルートでは、ジルの転移魔法で夜毎に様々な場所へデートして愛を深めつつ、昼間は生徒会長であるジルとともに、学園内外の問題を一緒に解決していくという物語になるのだけど、これまた、今現在、スミレが生徒会室を行き来しているという気配は見られていない。もうすぐ生徒会役員交代で、ジルお兄様は退任するのに。
アラン皇子ルートでもジルお兄様ルートでもないということだろうか?
しかしそれにしては、目の前にいるケリー先生もノクトも、スミレと絡んでいるところを見たことが殆どなかった。
ここにいないロジーも然り。
「スミレは一体、何をしているのかしら、、、」
リーネが婚約破棄とともに断罪されるのは、アラン皇子の卒業パーティー。
つまり約1年半後。
まだ時間はあるとはいえ、もう半年が過ぎてしまっている。愛を育むには足りないくらいだ。
2年生になったら、物語はクライマックスにむけて進んでいく。さわやかな恋愛をするのは今しかないのに。
「スミレに対して、傾向と対策が必要かしら」
そろそろ生徒会の交代が行われる。そこに聖女が推薦を受けて生徒会に入る。
スミレはそこから動き始めるつもりだろうか。
生徒会に関わる人。
ジルお兄様か、ノクト。
いや、ジルお兄様は今回の生徒会の交代で退任するから、、、ノクトのみ。
現副会長であるノクトが、交代によって生徒会長になる。そして聖女は生徒の推薦によって正式に生徒会役員になり、ノクトの補佐をしながら、愛を育んでいくーーーはず。
「なるほど、その方向ね」
ようやく理解した。
そういう『流れ』。
私は学園の1年のクラスの廊下を歩きながら、隣の棟に見える、2年のクラスの方を眺める。
「狙うはノクトということ、、、ね」
「ーーー僕がどうかしました?」
「きゃあっっ」
急に後ろから話しかけられて、私の心臓が口から出るかと思うほど驚いた。
まさか私の後ろにノクトがいると思わなかった。
「ノ、ノクト様っ」
私は早鐘のように鳴らす心臓を押さえ、ノクトを見上げる。聞かれていたとは思わず笑えない状況だったが、ノクトも複雑そうな顔をしていた。
年下の女性から「ノクト」と呼び捨てにされたのもあるかもしれない。
しかし私は公爵令嬢。ノクトが先輩だとしても、立場は私の方が上。呼び捨てにされても文句は言えないだろう。
「ここは1年の棟ですわよ。一体、どうなさいましたの?」
話をはぐらかして、私はノクトに問う。
ノクトは、手にもっているプリントのことを思い出したように「そうそう」と言って、私に見せた。
「今度、生徒会役員の交代があるのはご存知ですか?その前に、生徒全員に票をとったんですよ。新1年で誰が生徒会に入って欲しいかという、アンケート形式の推薦なのですが。実はこれ、強制力がありましてね。1年からは生徒会に入る2人のうち、1人は自己推薦。もう1人は他者からの推薦なんです」
ノクトが手にしたプリントには、学園全員のアンケート結果が記されていた。
そうそう。聖女はこれで生徒会に推薦されて、生徒会に入るんだったわね。
聖女は、国の宝ですもの。
選挙は、知らない人より知っている人間に票をあげたいという心理が働く。1年に聖女がいるというのは有名な話。当選して当たり前なのよね。
「なので他者推薦の人は、容赦なく生徒会に入ることになるのですが」
ペラリ、と最後のプリントをノクトは開く。
「推薦1位は、リーネ・アネット・グランドロス。貴女になりました。まぁ、救国の公爵令嬢。今学園でも一番話題の『時の人』ですからね。当たり前といえば当たり前の結果でしょうが。そういうわけで、リーネ嬢。生徒会まで来ていただいてもよろしいですか?」
「ーーーーっな、」
んなバカな。
聖女は?スミレはどうなるの?
私はあんぐりと口を開けるしかなかった。




