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悪役令嬢、兄に問う

 アラン皇子にエスコートされてフロアに入った私は、視線をなかなか合わせようとしないアラン皇子に苛立ちつつ、一応、形式上、必要なので一曲だけアラン皇子とダンスを踊った。


 悔しいけどアラン皇子のダンスは上手で、すごく踊りやすかった。そしてアラン皇子の胸元が近く、目の前でちらりと見える筋肉がたまらなく綺麗だった。

 私の手を握る筋張った腕も、私の身体を支える腰のラインも。男らしくて、目に毒だと思った。

 アラン皇子とは、何度か近くにいたことあったけど、これほど『傍』に感じることは初めてで。


 顔が赤くなってないだろうかとか、手が異常に熱くて汗ばんでいるのに気づかれないだろうかとか、そんなことばかり気にしてしまっていた。


 ダンスが終わると、それまで誰も近寄ってこなかった周りの人達が私とアラン皇子の近くまできて、それぞれ話をしてくる。


 私は聖徳太子ではないから、あちこちで話されても理解できない。

 とりあえず愛想笑いを浮かべつつ、アラン皇子の手が私の腰に回っている事が爆発しそうなくらい恥ずかしかったので、こっそりアラン皇子を睨み付けていた。


 本当はテイムしただけなのに、世間ではマイリントアを倒したということになっているので、皆は私を大絶賛してくる。

 歯の浮くような言葉ばかり並べられると、他人を褒められているようであんまり実感がわかなかった。


「アラン皇子がよければ、リーネ様を我が国に連れて帰りたいのだが」 

 聞こえてきたのは、アラン皇子とその向かい合わせに立つ人。テレスン国のヤルハ王子との会話だった。


 図体ばかり大きい、チリチリ頭のヤルハ王子は、褐色の肌に薄手の服を一枚羽織るだけで、かなり肌が露出している。


 南の方の暑い国らしいので、それが正装として成り立つのだろうけど、近くに従える女性の部下は、そこまで開ける必要性を問いたいくらい胸元が開いていて、私には無理な服装だった。いや、私に胸がないというわけではない。リーネはまだ15歳だけど、ちゃんと大人らしい容姿をしている。

 ただ『私』が無理なだけだ。

 ボディコンやビキニを着ろと言われても、かなり抵抗があるのと同じ。

 民族衣装としては、色が綺麗だし好きな類いなのだけども。自分が着たり、着ている人を身近で見るとなると別だったりする。


 そんなヤルハ王子とアラン皇子は、私のことでもめているらしかった。

 どうやらヤルハ王子は私を気に入ったから国に連れて帰りたいけど、それをアラン皇子が嘘つきながらも止めてくれている。そういう流れのようだ。


 アラン皇子としては、苦労なく婚約破棄できるのだから、どうぞどうぞとヤルハ王子に押し売りしそうな気がしていただけに、止めてくれたのは嬉しかった。


「リーネ。こっちに来なさい」

 ジルお兄様の声が聞こえて、私はそっちを振り向く。


 金の髪。整った顔立ち。凛々しく背の高いお姿。そして白いタキシード。

 どこからどうみても理想の王子様だ。


 見目麗しいジルお兄様が私を助けにきてくださったのね!と、少し少女漫画気分に酔おうかと思ったら、ジルお兄様の顔がとんでもなく不機嫌だったので、私はアラン皇子に抱き締められたような形になっている腕を振りほどいた。これは流石に兄として嫌な気分になるに違いない。


「お兄様」

 私はジルお兄様のところに向かう。

 ジルお兄様とヤルハ王子がやり取りした後、アランに何か耳打ちしていた。


 ジルお兄様が私を過剰に庇うのはいつものことだけど、アラン皇子に何を耳打ちしたのだろうと不思議に思っていると、お兄様は、私に優しく笑う。


「リーネには関係のないことだよ。むしろリーネが醜い争いに巻き込まれなくて良かった。やっぱり私がはじめからリーネをエスコートすれば良かったな。変な男に絡まれて可哀想に」


 よしよし、とジルお兄様に頭を撫でられる。

 頭を1つに結んでいるので、撫でられると少し崩れる。それをわかっていてやっているのが、ジルお兄様の可愛いところでもあり、困ったところでもある。


「やめてください。わたくしはもう子供ではないのですよ」

 私が髪を押さえると、ジルお兄様は私を見つめて、少し悲しそうに笑った。

「、、、そうだな。もうリーネも大人になってきているのか。早いものだな」

 遠くを見るような、そんな瞳をするジルお兄様に、私は違和感を覚える。

「ジルお兄様、、、?」

「いやいいんだ。気にしないでくれ。ちょっと、昔を思い出してね」


 昔。


 私はジルお兄様の昔をあまり知らない。

 リーネの記憶はあるけれど、私は屋敷に閉じ込められていて、お兄様と一緒に外を出歩いたりしていない。ジルお兄様は中等部の学園や、騎士見習いで騎士団に稽古に出向いたりと忙しかったから、そもそもお兄様と会う時間が少なかった。

 それでもお兄様は、私をいつも優しく可愛がってくれた。毎日寝る前に部屋に会いに来てくれたお兄様。ジルという存在がリーネにとってどれほど大きかったか。


 でも、私には、ジルといえば、ゲームでのジルの方が情報としては多い。

 ジルお兄様、いや『ジル』はまだ幼い頃、主人公と出会って恋をする。

 ピンクの揺れる髪の女の子。数日しか会わなかったけど、ジルにとってそれはとても大切な想い出で。

 

 ジルはその短い時間で初めて魔法を使って、お揃いのリングを作り、主人公の女の子に渡す。

 初めて作ったからまだまだ拙い、よれて曲がった不恰好の指輪。それを主人公はその目に涙を溜めて、可愛らしい笑顔で喜ぶのだ。絶対に大切にする、またいつか必ず会いましょうと約束をして。 

 だからジルは大きくなっても、自分の小指に、ピンキーリングとしてはめて大事にしている、、、はずなのに。

 私はちらりと、ジルお兄様の左小指を見た。

 やはり、指輪はついていない。


 なぜ、と思う。

 

 学園当日。私は主人公である『スミレ』が、あちこち学園を歩き回って、それぞれの恋愛対象者と関係者に会っていることを確認した。

 アラン皇子、ノクト。ロジー、そして私。

 でも、ジルは、、、?


 あの日、私が屋敷に帰ったら、すでにジルお兄様は家にいた気がする。

 ジルと主人公が出会うのは確か夕方。

 沈む夕日の中で、2人は再開するのだ。主人公は気づかないけれど、ジルはすぐに気づいて、そこから主人公を献身的に助け続ける。


 情熱的なアラン皇子。

 献身的なジル公爵子息。


 どちらが真に幸せになれるのか、自分のことでもないのに、『世界の中心で魔法を叫ぶ』ファンは熱く夜通し討論したものだ。

 2人にはそれぞれ熱狂的なファンがついているから、それはもう、ニュースのネタになるほどの対立が起こっていた。

 それほどの影響力を持つジルが、まだスミレが本格的に『誰を選ぶか』動いてもない時期に、スミレのと想い出の指輪をつけていないなんて。

 夕日の時刻に再会するはずなのに、夕方私が屋敷に帰った時には、すでにジルお兄様が家にいるなんて。


 ーーー絶対おかしい。


「ジルお兄様。何か、悩みがおありでしょう?」

 私はそっと聞いてみる。

 いつものようにはぐらかすのはわかっているけど、聞かずにいられなかった。


「、、、どうしてそう思うんだい?」

 公爵家専用の馬車に乗りながら、ジルは優しく聞き返してくる。

 どうしてそう思うのか。まさか『ゲームのあらすじを知っているからです』なんて言えないし。

「ジルお兄様が、、、寂しそうに見えるから、です」

 そう感じることだけを言ってみた。


「私が?ーーーそうか。そうかもな、、、」

 自嘲気味にジルお兄様は呟いて、少し黙った。


 馬車は走りだし、私とジルお兄様は向き合う形で馬車に揺られる。

 ジルお兄様は、窓から景色を眺めながら、そこではない、どこか遠くを見るようだった。


「ーーー私は、間違ったんだ。それでいいと思っていたことが間違いだった。だから、、、今度は間違わない」

 外を眺めていたはずのジルお兄様は、気づくとしっかりとした顔で、私を見ていた。

 いや。


 ーーー私じゃない人を見ていたのかもしれなかった。

 

 それ以上は、お兄様は何も言ってはくれなかった。

 


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