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アランサイド~公爵子息と遭う

 半壊になったスタジアムを見上げ、俺はうんざりとした顔で隣にいる設計士に尋ねた。


「これを、いつまでにどうしろって?」

 眼鏡をかけて、髪を七三に分けた、明らかに頭が固そうなオジさんが、十枚以上になった書類とにらめっこしながら答える。

「3ヶ月の間に修復せよ、とのことです」

「、、、無理だろ、、、」

 呟いた俺の言葉を、設計士は聞き返す。

「え?」

 俺は声を大きくして、設計士の耳元でもう一度言った。少し八つ当たり気味に、大声で。

「3ヶ月なんて無理に決まっている」

「はぁ」

 設計士も、俺の気持ちはわかるが、とばかりに小さく同意の声を漏らした。

「こんな状態だぞ。どう見ても1年以上はかかる。今の国の状況から、材料を揃えるだけでも半年はかかる。それに労働者の数を確保するのも、スタジアムを建てるのに必要な費用を集めるのにもだ。3ヶ月でできるはずがない」  

「でも、それを『必ず』行えというのが、皇帝陛下の命令なのです。アラン殿下はともかく、私の首なんて、そこらのウサギと同じくらい簡単にチョン切られます」

 設計士が少し涙を溜めながら訴えてきた。

 この男も苦労しているのだろう。

「なぜ父は、そんな無茶を」

「3ヶ月後に、定期競馬祭が行われます。それに間に合いたいようで」

「そんなの、ここじゃなくてどこでもできるだろ」

「毎年ここで開催しているから、ここでやりたいと」

「、、、っ」


 この男に文句を言っても始まらない。

 最近の父は、本当にどうかしている。

 何が狙いなのかわからないが、少し前まで凡庸ながらも安定した治世を行ってきた。なのに、ここしばらく、理解できないことが増えた。

 痴呆というならわかるが、父はまだ年齢としては若く40を少し越えた程度。おかしな発言はあるが物忘れが酷くなったとは聞かない。


「、、、乱心したか」

「皇子。それ以上は」

 俺の後ろで控えていた黒鎧の長が、俺の言葉を諌めた。父の部下にでも聞かれたら、ただじゃ済まないだろう。最近は特に、少しでも皇帝に悪意を持つもの、反乱の念がありそうな人は容赦なく処罰している。しかもかなり残虐な方法でだ。そんな最近の父の非情さも目に余るようになってきた。


「それで?」

「え?」

「3ヶ月。それだけの猶予ってことだけで話が終わるわけがないだろう?終わらなければどうなるのか、それとも他に口出ししてきている人間がいるかどうか、そんな話も続けて聞いているはずだが」


 設計士は、顔を更に青くさせて、流石です、と頭を下げた。

「アラン皇子にできないのであれば、弟のマルク皇子が着手するそうです」

「マルクが?ーーーはっ」

 つい鼻で笑ってしまった。

 あいつか。マルク。

 出来の悪い弟。


 俺と血の繋がらない母親から生まれた子供で、甘やかされて育った上に、目の前で動物や家来が死ぬのを楽しむ残虐性がある。

 目の前の欲に踊らされて、大きな散財をした挙げ句、その責任を部下に押し付けたのはつい最近のことだ。


 そのマルクが、俺に出来ないことをするだと?


 マルクが自分からそんなことを言うとは思えない。俺を蹴落としたい母親の入れ知恵か。


「ーーーなるほどな」


 要は、マルクは今の国の財政も考えず、莫大な国税を使ってスタジアムを短時間で作り上げる気だろう。それで俺より弟の方が素晴らしい才能があると世間に広めるつもりだ。

 帝国の将来を思えば、絶対にできないことだが。


「母親も阿呆ということか」

 凡庸だと思っていたが、それ以下とは思わなかった。

「ん?」

 そういえば、慌てて剣技会を開いて、トロフィーに細工したのが皇帝である可能性を、ケリー先生が極秘に伝えてきていた。

 そしてこのスタジアムに俺が派遣された。裏には父と継母の企みがありそうだ。


 今日、夜会でまだ帰っていない各国の要人達が集まる。このままでは俺は夜会に参加できない。


「嫌な予感がする」

 俺の嫌な予感は、そこそこ当たる。

 マイリントアの現れたトロフィーの時もそうだった。あの時、もっと早く自分の予感を信じて行動していれば、もしかしたらこのスタジアムも壊れずにすんでいたかもしれないと思うと悔やまれる。


 しかし終わったことは悔いても仕方ない。

 それより、これから先のことを考えろ。

 俺を夜会に出れなくして、夜会で何が起こりうる?

 各国から集まった人達に何かして、何を得たい?

 俺がいないことで得すること、、、。


「くそっ」


 今、何が起こるか考えても検討もつかない。

 トロフィーから魔物がでるなんて想像もしなかったように、思いもよらないことが起こる可能性が高い。


「計画通りにさせてたまるか」

 俺は走り出した。

「え?アラン皇子。何処へ」

「王宮に戻る」

「ス、スタジアムは」

「道中考える。スタジアムは俺がどうにかする。マルクに関わらせる気はない。おって連絡するからそれまでは設計図でも考えておいてくれ」

 捲し立てるように俺がいって、設計士は「は、はい」と了解だけする。

 俺は、馬を置いている厩舎まで全力疾走し、そこからは休むことなく馬を飛ばした。

 王都のはずれにあるため、馬とはいえ時間がかかる。

 夜会は夕方から開催される。

 太陽はすでに頭上より西に傾きかけていた。

 馬を何頭も替えながら進むしかない。


 転移魔法持ちのジルがここにいてくれれば、と思うが、最近、ジルも何かおかしい。やけに俺に敵意をむき出しにしてくる。


 昔から妹のことは必要以上に自慢してきていたが。


 その妹も、極悪非道との噂だったのに、意外とまともで、しかも聖女を助けて自分が犠牲になろうとした。

 聖女はリーネの傷さえ治さなかったのに。

 あれではどちらが聖女なんだか。


「変なことばかりだ」


 王宮は北に向かったところにある。

 その北の空は、どんよりと曇りだしていた。


※※※※※※※※※※※※※


 俺が王宮にたどり着いたのは、もう夕陽が山にさしかかった頃だった。

 砂や汗まみれでパーティにいくわけにもいくまいと、軽く汗を流してから夜会用の服を選ぶ。

 深紅のドレスをリーネが着るという情報が届いて、落ち着いた青緑の、一部赤の入ったイブニングコートに着替えた。


 パーティ会場は王宮からまた少し離れた、馬車だったら1時間はかかるところ。

 

 仕方ないとまた馬に乗り、パーティ会場まで飛ばしていった。明日は全身筋肉痛に間違いないだろう。


 パーティ会場の控え室。

 リーネの姿を探す。

 貴族の中でも上位の人間が使う特別室だから、深紅のドレスを着たリーネはすぐに見つかった。

「じゃあ行こうか」

「よろしくお願い致します、お兄様」

「ちょっと待て。お前の相手は俺だろう?」

 ジルの差し出した腕に手を伸ばすリーネを、寸前で止めた。

「アラン殿下…」

 リーネが驚いた顔をしていた。

 俺はパーティ会場到着直前で降りだした雨に濡れてしまっていた。燕尾服はマントを着ていたから雨に殆ど濡れなかったが、髪は想像よりも濡れてしまった。


 まさか雨と汗を間違えられることはないだろうが、万が一汗と間違えられたら、まるでリーネと一緒に参加するために必死になっていると勘違いされそうだ。


 試しに自分の髪をかきあげてみると滴るほどだったので、まぁ、汗でここまで濡れることはないかと、言い訳もしなかった。

 しかし、リーネは俺の顔を見て、すごく嫌そうな表情をしてみせた。

 俺が汗臭そうに見えるのが嫌なのか、俺とパーティに参加するのが嫌なのか。

 どちらにしろ傷つくな、とぼんやり思う。


 そういえば、リーネを見ても目が眩まない。姿は見えないが、きっとケリー先生がどこかで魔法をかけてくれているのだろう。

 そんなことを考えていると、リーネの前にジルが歩み寄り、リーネを背に隠すように立ち止まった。

「今日はスタジアムにかかりっきりで、これないのではなかったのですか?」


 ほら、まただ。

 ジルは一体、どうしたというのだろう。

 

 リーネが主役だが、各国の皇子達がいる中に、その婚約者である皇子がでないわけにもいかないこと。皇子達は今回の主役であるリーネの魅力にまだ酔っているはず。婚約者がいても手を出しかねないのに、エスコートが兄なら尚更手を出される可能性が高くなることを伝えると、さすがのジルも言い淀んだ。


 それでも俺に食って掛かるジルに、リーネもまずいと思ったのだろう。

 俺の腕を掴んで、ジルから去っていった。

 リーネが俺を選んで連れ出そうとした時の、ジルのショックそうな顔が目に焼き付く。


 なんだあの顔。

 妹のリーネが、元からの婚約者である俺を連れ出した。ただそれだけにあんな絶望したような表情しなくてもいいだろうに。


 それにしても、リーネはあれだけ溺愛してくれる兄より、ちゃんと婚約者である俺の方を選択するとは、しっかりと常識が身に付いているんだな。

 やっぱり世間知らず、常識外れという噂は間違っているのだろう。


 パーティのフロアまでの道のりをリーネと並んで歩く。180以上の身長である俺に対し、リーネは俺の肩より低いところに頭のてっぺんがあり、横を歩かれるとだいぶ見下ろすことになる。


 リーネの顔が見えないから助かるな、と思っていたところで、リーネが俺にお礼を言った。


 この前のスタジアムでリーネが倒れて俺が運んだことと、少し前になるが換金所で男どもにリーネが絡まれそうになったのを助けたことと。

 リーネと初めて会ったあの時が、まだ数ヶ月前とは。もうだいぶ前のような気がするのに。

 いや、あれはまだ寒い日のことだった。今はもう、昼間は汗が滲む時期だ。懐かしく思ってもおかしくないかもしれない。


 あの時、リーネがスタジアムでみせたような剣術が出来ると知っていたら、俺はあの時に声をかけなかっただろう。リーネの後ろに公爵の陰も沢山いたのだし。


 余計なお世話だったな、と今となっては思う。


 でもリーネは、「鉄砲などの飛び道具や魔法を使われたら、わたくしにはどうすることもできないので。無事に家に帰れたのは、アラン皇子に助けていただけたからですわ」と俺を下からしっかりと見据えて、お礼を言ってきた。


 吸い込まれそうなほど澄んだスカイブルーの瞳は、たまに驚くほど凛として大人びることがある。


 ケリー先生が魔法を使ってくれているはずなのに、俺の心臓は息苦しいほどに傷んだ。

 これ以上は見てはいけないとリーネから視線を反らす。15歳の、まだ少女。この眼力は末恐ろしい。


 いやむしろ、純粋な今だからこそ恐ろしいのかもしれない。ずっと屋敷に閉じ込められてきたという少女は、あまりに何にも染まらなさすぎて。

 すでに汚れてしまっている俺には、眩しすぎた。


 ケリー先生が魅力減退の魔法をすでにかけてくれているけど、一応、保険として俺も同じ魔法をかけておく。


『アラン・ジータ・リンドウ殿下。リーネ・アネット・グランドロス様。ご入場でございます』


 俺達が大きな扉の前に並ぶと、会場中に伝わるように大声で名前を呼ばれ、大きな扉が音を立ててゆっくりと開かれる。


 拍手と共に、わあっと歓声が上がった。


 フロアにはすでに多くの人が集まっていた。

 その殆どの人がこちらを見ている。

 あの、スタジアムの時のように。

「、、、そういえばリーネ。この並び、剣技会でのペアの時のようだな」

 俺が正面を向きながら言うと、少し不機嫌そうなリーネの声が下から聞こえる。

「そうですね」

「どうして機嫌が悪くなったんだ?」

「機嫌が悪いわけでは御座いません」

「じゃあなぜ」

「早く帰りたいだけですわ」

 ぶすりとした声でリーネは呟く。なるほど、俺と一緒か、と納得する。


 本当は俺も、こんな面倒くさいこと避けて、家に帰りたかった。でも扉が開いた瞬間、やっぱり来て良かったなと痛感する。

「ーーー早く帰れるといいけどな」


 会場の中からの、殺気があまりに多すぎた。 

「リーネ。死ぬなよ」

「え?」


 保険かけていて良かった。

 各国の人達がいるなかでこんなに堂々と殺気が出せるのは、防御魔法を会場にかけていたはずのケリー先生が何らかの形で退場させられているからだ。

 騎士団長という肩書きをもつケリー先生が、早々にやられるということは考えにくいが。毒でも盛られたか。


 俺達は拍手の中、一歩一歩、フロアの中央へ歩いていった。

 いつどこで、どんな攻撃がされるかわからないが、何かあるまでは騒ぎを起こすわけにもいかない。


「素敵ですわ」

「見目麗しくお似合いの2人だな」

「なんともお可愛らしい」

 周りの人達は頬を紅潮させて、遠くから俺達に賛辞を述べている。


 ふと見ると、弟のマルクが俺を見て驚いた後、悔しそうな顔で口許を歪ませた。元々俺の事を好意的には思っていなかったが、その瞳には憎しみが混じっていた。


 なるほど、と思う。

 俺を会場から除外させようとした理由の1つがあっさりとわかった。

 マルクの狙いはリーネだろう。


 誕生祭のパーティの時に、マルクのリーネを見る目が異常だった。その想いが募ってしまっていたのだろう。

 スタジアムの件で限界値を越えたかもしれない。

 俺をこの夜会に来ないようにして、その隙にリーネに手を出すつもりだったか。


 いくら俺の婚約者であっても、弟にお手つきにされた女性を俺が娶ることはない。この国で俺と父を除けて、マルクより高い地位の男はいない。俺が辞退してマルクがリーネを嫁にと望めば、そうなるわけだ。


 ふ、と笑いが漏れそうだった。


 考えが甘過ぎる。

 そもそも、俺がいなくても公爵子息のジルがエスコートしていた段階でその計画は簡単に潰れただろう。


 妹を溺愛する兄の前で妹に粗相でもしようものなら、地位や立場など関係なく、明日には海の藻屑となっていたかもしれない。

 そして。


 ちらりと俺はリーネを見る。

 この女。リーネの剣の腕前。間違いなくマルクより上だ。しかもあのマイリントアを退治する人間を手込めにしようと考えるなんて、本当に弟は考えが浅はか過ぎる。


「理解に苦しむな」

 つい声に出してしまって、リーネに怪訝な顔をされてしまった。俺は苦笑いして、フロアの中央でリーネにダンスを誘うポーズを取る。

 リーネは形式上、それを素直に受け、俺とダンスを踊った。

 踊りながら、俺は会場全体を視野に入れる。


 明らかに殺気を放っている人を確認。

 皇帝は不在にしているが皇后の姿は視野に入った。マルクが皇后に何かを言っている。 

 

 そしてフロアの入口に2人。

 フロアの奥に2人。

 2階の廊下に3人。


 マルクはリーネを狙っているが命を奪うわけではない。そして俺はそもそも本来ここにはいないはずの人間だ。この殺気の狙う標的の人物がどこかにいるはず。


 俺とリーネだけのダンスは、会場の皆が見守る中、とても静かに行われた。楽器の演奏の音だけがフロアに響く。


 終わると盛大な拍手が舞った。

 そしてようやく、主役のリーネに声をかけたい人達が俺達に近寄ってきた。


「リーネ様」

「リーネ様、あの時は助けていただいて本当にありがとうございました」

「リーネ様のあの素晴らしい剣技。見惚れました。どのようにして技術を磨かれたのか教えていただいても宜しいですか」

「婚約者がいなければ、ぜひうちの嫁になっていたはだきたいものだが。実に惜しい」


 次々に声をかけられる中、俺は何があってもいいように、リーネの腰に手を回して他の人間達を牽制していた。それだけでもリーネに何かしようとする人間が減るはずだが。


 俺に腰を触られているリーネからの俺への殺気の分、会場の殺気を放つ人の数が一つ増える。それが正直、邪魔ではあるが。


「アラン皇子」

 リーネばかりに声がかかっていたが、俺の名を呼ぶ人間がいて、俺はそちらに向いた。

「これはテレスンのヤルハ王子」

 リンドウ皇国よりも南に位置するテレスン国。

 その第三王子のヤルハ王子だった。

 リンドウに比べてやや褐色の肌が特徴で、太陽の日差しの強さが伺える。

 黒めの茶色の髪は太めで天然パーマだろう。短く切ってはいるが、頭の上で激しく捻れていた。


 身体つきは俺より巨体で、がっしりとした印象の人物。年齢も俺より10は上だろう。


 その王子が俺に愛想を振り撒いてきたが、俺を見る目に棘があった。

「リーネ様と仲が良いのだな。実に羨ましい」

「ありがとうございます。リーネは私の宝物ですから」

 俺も愛想笑いで対応した。

「そうだろうとも。こんなに輝かしい女神のような人物は2人といまい。アラン皇子さえ良ければ、今すぐに我が国に連れて帰りたいが」

 暗に、リーネを譲れと言っているのか。


「お戯れを」

「いやいや、冗談ではないぞ。聞くと、アラン皇子の婚約者といえど、最近まで顔さえ合わせたことがなかったそうじゃないか。それならリーネ様にそんなに執着もなかろう」

 にやり、とヤルハ王子は汚く笑う。


 だいぶ下調べしてきてるじゃないか。その情報をいくらで買ったんだか。

 金の使い方はもっとまともなことに使え。一国の王子ならば特に。

 そんな情報を知らない人達は、リーネと俺との間にまだ隙があるのかと、期待でざわりと空気を揺らした。


 全く面倒なことを。


「リーネは人見知りの恥ずかしがり屋なので。あえて会わずに文通で愛を育んできたのです。リーネが15歳になり、俺もようやく成人できたので、昔からの約束通りリーネに会うことができました。それからはできるだけ一緒にいようと約束して。デートに誘ったり剣技会でもペアを組んだりと、これでも今まで離れていた分、リーネとの距離をどうにか縮ませようと四苦八苦しているところです」

 言ってる俺自身も聞いたことない話ばかり。

 舌先三寸もいいところだ。

 

「俺もリーネ様が我が国にきたら、これ以上ないというほど愛してやるけどなぁ」 

 ちらり、とヤルハ王子はリーネを見る。

 舌なめずりしそうな勢いで、男である俺でも気持ち悪い。いい加減諦めろ、くそ王子。

 婚約者が目の前にいて、堂々とその婚約者に交渉してくるなんて、頭がいかれてるとしか思えない。

 殺気を放ってるやつらが、この男を狙っててくれないかと期待してしまう。それなら俺は決して止めないが。


 そして、これらのやり取りを見ていたのであろう、怖い顔のお義兄様が近づいてきた。

 綺麗な顔なのに眉がつり上がって、滅茶苦茶怖い。


 しかし俺とヤルハ王子はあくまでも王族。

 ジルは王族の次の地位である公爵の子息ではあるが、こちらはあくまで子息。そこには雲泥の差がある。この会話に普通は口出しできないはずだが。


「リーネ。こっちに来なさい」

 ジルはリーネを呼んだ。

 そう、公爵令息の立場では俺達の中には入れないが、リーネは別だ。王族でもなければ、他人でもない。相手は自分の妹。声をかけて何も問題ない。

 

「お兄様」

 花咲くようにリーネは笑う。

 なんだそのリーネのすごく嬉しそうな顔は。俺の時にそんな顔したことないだろ。

 

 リーネが、腰に回した俺の手をほどいてジルの方に行こうとするが、その顔を見ると無性に悔しくなる。無理やり引き止めそうになるのを堪え、その手を離した。

「ちょっと待て。なんだお前は」

 わかってはいたが、ヤルハ王子はリーネを引き止める。

 ジルはヤルハ王子に向き合った。

「テレスン国ヤルハ王子。お初にお目にかかります。私、ジル・フレッド・グランドロスと申します。ここにいるリーネの兄でして」

 右手を胸の前に当て、丁寧にお辞儀をする。

 その仕草はとても上品で、どっちが本当の王子かわからなくなりそうだ。

 周りの女性陣からも熱いため息が漏れた。

「ーーーそれで、どうかなさいましたか?」

 ジルの冷たい笑顔に、ヤルハ王子は憤慨する。

「リーネ様をどこにつれていく。俺の用事はまだ終わっていないだろ」

「そうでございましたか。これは失礼致しました。アラン殿下と熱心にお話されているようでしたので、妹が傍にいたら邪魔になると思いまして」

 にこり、と整った笑顔を作る。


 流石リーネの兄、とでも言おうか。

 髪の色は違うが、整った顔立ちはリーネに共通するものがあり、見ているだけで人を魅力する。

 そして醸し出す雰囲気は、王の血を引くだけあって気品と威厳を兼ね備えている。


 テレスン国の王子といえど、ヤルハ王子は第三王子。リンドウ帝国公爵家の長男とは、背負うものが違うのかもしれない。


 ヤルハ王子は、甘やかされて自由で我儘に育っていると聞いた。テレスン国の長男は人望もある好青年であるらしい。いくら第三位王位継承者といえど、長男が有能だと、第三位の人間は期待されなくなる。教育にも長男とは差がでてしまうのだろう。


 ヤルハ王子はジルの圧と魅力に押されて、少し顔を赤くさせていた。相変わらず表情は険しいが。


「お、俺はリーネ様を我が国に連れて帰る気だ。そのリーネ様を連れていくとは何事だ」

 ジルは氷になった瞳をヤルハ王子で凍てつかせた。

「ヤルハ王子」

「な、なんだ」

「アラン皇子がおっしゃっていたでしょう。うちの妹は人見知りの恥ずかしがり屋なのです。テレスン国はどうか知りませんが、我がリンドウ国では、婚姻には親族、特に家長の許可が必要なのです。今は公爵の父が。いずれは私がそうなるでしょう。そしてリーネはまだ15歳の世間を知らない娘です。しかしこの国の第一王位継承者であるアラン殿下の婚約者という立場がありながら、他の国の王子に誘われてそれに乗るような教育はしておりませんし、人見知りで恥ずかしがり屋の娘を知らない他国に出すようなことに、我が家の許可が下りることは金輪際ありません」


 一気に言葉を出しきって、ジルはヤルハ王子をはね除けた。ぐうの音もでないヤルハ王子を見ると、俺もスッキリしてしまった。流石だ、ジル。


 そしてジルは俺に向き合う。


「アラン殿下。もうリーネは一曲殿下と踊りましたので、役目は果たしたでしょう。退場させますが宜しいでしょうか」

 有無を言わせぬ迫力。


 まだリーネと話したい人は大勢いて、周りは不満の声でざわりと揺れるが、ジルがそちらをちらりと睨むと不満の声はピタリと止まった。

「あ、あぁ」

と許可を出すしかない。


 ジルは俺の許可に、ようやく、いつもの優しい笑顔に戻り、

「では失礼します」

と、リーネを連れて退場していった。


 最後に俺の耳に、

『殺気の矛先は、ザキラの国王のようだ』

と小声で告げ口をして。


 そんなこともわからないのかという含みを受けて、俺は顔をひきつらせるしかなかった。

 颯爽と出ていく背中がまた、凛々しくて。

 ご婦人達は、ジルを見る目をハートにして今にも倒れそうな勢いだ。


 ジルめ。全部持っていきやがった。

 俺だって、あんなやつ、、、嫌いだ。



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