悪役令嬢、夜会の準備をする
夜会という名のパーティ。
焼き鳥の匂いを充満させて帰ってきたマイリントアを睨みつつ、私は今日の夜会の主役だからと、真っ赤なドレスを着させられた。
15歳という年齢にしては派手な色。
だが、胸が開いているわけではなく、首がキュッと詰まりノースリーブになっている。
腰の横に顔以上に大きい花の造花がついていて、膝より上の丈でスカートが止まっている。膝から下は丸見えで、細いリーネだから着れるけど、昔の私には無理なドレスだった。
白銀の髪を1つにまとめてお団子にし、髪にも同じ色の大きな生花で飾る。イヤリングとネックレスはシンプルながらもライトで輝く宝石の散りばめられたもので、その宝石は最高級のものだった。
ここまで派手にしなくても、と言ってみたけど、誰もそれに同意しない。私のパーティなら、私が好きなドレスを着させてくればいいのに。
「リーネ。綺麗だよ。今日はお前のためのパーティだ。主役らしい姿だな」
お父様が、私の姿を見て涙ぐむ。
この姿でこれなら、私の結婚式はどうなってしまうのか不安になる。
いやむしろ、私の結婚を本当に認めるか怪しいところだ。婚約者であるアラン皇子の粗を、無理やり探している気配がたまにある。
「ありがとうございます、お父様。これで私の今までの不名誉な噂は少しは解消されるでしょうか」
「なに、今までのことだって不名誉だったことなど一度もない。リーネがリーネらしく、したいことをしただけだ。何の悪いことがあろうか」
あ。ほんとこの父親はダメなやつだ。
子供可愛さで世界を娘中心に回している。
これではリーネがどんどん増長しても仕方ないかもしれない。
私はお父様の瞳を見つめた。
「お父様。今回のことのご褒美として、お願いがあります」
「なんだい。何でもいってみなさい」
久しぶりに娘のワガママが聞けると、お父様はニコニコしながら背筋を伸ばした。
「こらからは、わたくしが間違っていることは、ちゃんと間違っているとおっしゃってください」
お父様は目を丸くして見せた。
「リーネ、、、?」
「わたくしは、もう子供ではありません。間違いは間違いであると気づかなければ。ですのでわたくしのことは、間違っていたらちゃんと正してくださいませ」
それを聞いていた執事は、はわわと言いながら号泣する。
「あのリーネお嬢様が、こんなに立派になられて」
みんな大袈裟すぎる。
「リーネ」
カーブした金色の髪を優しくなびかせて、白いタキシードを着たジルお兄様が現れた。
香水とは違う、ふんわりと良い香りがする。
ジルお兄様は、今日も各国の要人達の接待で大忙しらしい。あちこち駆け回って汗をかいて、水浴びでもしたのかもしれない。
優しくて格好よくて、才能もあって良い香りがするなんて、妹でなければ間違いなく惚れているだろう。
「リーネ。とても綺麗だね。おや、マイリントアがいないね?あの子はどうしたんだい」
「ノクト様が、お散歩に連れていってくれているはずですわ。この場に、小さいとはいえマイリントアがいたらパニックになりますもの」
「良い判断だ、さすがリーネだな」
「もちろんですわ。ジルお兄様の妹ですもの」
ふふふ、はははと2人で笑い合う。
「じゃあ、行こうか」
ジルお兄様が私に腕を差し出す。
会場でエスコートしてくれるらしい。
本来は婚約者がいる人は婚約者がエスコートするものだけど、私の場合はアラン皇子が婚約者で、そのアラン皇子はここ最近の色んなトラブルで何かと忙しそうだ。
ジルお兄様も多忙だけど、アラン皇子ほどではないのだろう。
私としてもエスコートは、そんなに仲の良いわけではないアラン皇子より、親しいジルお兄様の方がいいに決まっている。
「よろしくお願い致します、お兄様」
「ちょっと待て。お前の相手は俺だろう?」
パーティ会場の控え室。
息を切らせて駆けつけたのは、まさかのアラン皇子だった。そんな汗びっしょりになってまで、間に合わせなくていいのに。
「アラン殿下、、、」
アラン皇子は、私のドレスに合わせたのかたまたまか、赤に合う青緑の落ち着いたタキシードを着ていた。一部赤も入っている。
アラン皇子の深い紫の瞳が私の方をしっかりと見ていた。
光が溶けたような金の髪が汗で濡れ、それを手で掻くようにしてオールバックにする。整った顔がオールバックにすることで顕になった。
私は少し顔を歪めた。
ほんと、嫌になるくらいアラン皇子って、顔だけは私の好みにドンピシャなのよね。
「そんな顔をするな。婚約者が当たり前のことをしようとしてるだけだろう」
「今日はスタジアムの方にかかりっきりで、ここには来れないかったのでは?」
私の代わりにジルお兄様が前に出る。
アラン皇子とジルお兄様が対峙する形になった。
この感じ。私の屋敷でもあった気がする。
なんでだろう。
ゲームの中では、アラン皇子とジルお兄様は、学年は違えど仲が良かったはずだ。
なのにこの前からアラン皇子とジルお兄様が会う度に、小さな火花が散っている気がする。
どちらかというと、ジルお兄様が一方的にアラン皇子を牽制しているようだけど。
「各国の要人が集まるパーティで、婚約者が主役として参加するんだ。でないわけにはいかんだろう、それが国の皇子なら尚更」
確かに。
「しかも、中には各国の皇子や地位の高い結婚適齢期のものも数多くいるんだぞ。彼らにしたら、婚約者がいようがお構いなしに手を出してくるかもしれない。そこに、婚約者でなく兄がエスコートでもしてみろ。それこそ大事な妹にうるさいハエが群がるぞ」
他国の皇子達をハエ呼ばわりとは。
ジルお兄様は、少し眉に皺を寄せたが、またいつもの優しい顔に戻って、アラン皇子に視線を向けた。
「妹のためにそこまで考えていただけたのは光栄です。しかし最近まで全く妹に興味がなくて放置していたのに、いきなり親切な婚約者面をされても戸惑ってしまいます。何か裏でもあるのではないかと考えてしまってもおかしくない」
明らかに敵意を持った発言。
不敬罪になっても不思議ではない。
ぴくりとアラン皇子の頬が動く。
「妹最上主義の人間にはわかるまいが、こちらも好きでエスコートしようとしているわけではない。国のために仕方ないだけで、裏も表もあるわけがない。あんまり考え過ぎると早く老けるぞ、お義兄様」
アラン皇子よりジルお兄様が一歳年上なだけだけども。
お義兄様、と呼ばれて、笑顔なのにジルお兄様の額に一瞬だけ血管が浮いた。
二人とも笑顔なのにすごく怖い。
「え、えぇっと。ア、アラン殿下。確かに、パーティは婚約者からエスコートされるものですものね。代わりを名乗りあげていただいたジルお兄様には感謝しますが、今回は形式通り、アラン殿下にエスコートをお願い致しますわ」
本当はジルお兄様にエスコートして欲しいけど、第三者から見て、アラン皇子にエスコートされることが正しく、そこに私的な感情をいれるものではないと思う。
私がアラン皇子の腕に手を突っ込んで、やや強引にアラン皇子を引っ張る。
この場所に、この2人を向かい合わせたまま長いこといてはいけない気がした。
まさか妹が自分ではなくアラン皇子を選ぶとはと、ジルお兄様はショックそうな表情をしていただけに、心は張り裂けそうだけど。
控え室から離れ、パーティ会場までの廊下を早歩きで進む。
「意外とわかってるじゃないか」
アラン皇子が私に呟く。
どうせ常識知らずと思ってたんでしょうけど。
「、、、お兄様に何かなさったのですか?ジルお兄様があんな態度をとるなんて」
「俺は何もしていない。勝手にむこうが機嫌悪くなっているだけだ。いつからかな。お前の屋敷に初めて挨拶をしたくらいだったか、その前あたりか」
その頃から?
まさか本当に妹馬鹿なだけであそこまで敵対するのかしら。いや、それにしてはちょっと過剰な気が。
ジルお兄様が私を溺愛してくれているのは知っている。でも、その中に恋愛感情はない。
だからこそ過剰な行動も素直に受け止めれるし、何も違和感を覚えないのだ。ジルお兄様の場合、私への態度はただの度の過ぎた家族愛だとわかる。
なのに何だろう。
アラン皇子に対しては、ジルお兄様らしくないものが表に出てくる。
私のことで表面上怒ってはいるけど、もっと深い何かがありそうな。
「また眉間に皺が寄ってるぞ」
アラン皇子に指摘され、私は更に眉を寄せながら左手で眉を隠した。
アラン皇子は、困ったように私を見下ろしている。
「せっかくの美人が台無しだろ」
しれっと本人に美人というなんて、言い慣れているのだろうか。天然の女たらしか。
まぁ1国の皇子なのだから、お世辞なんて星の数ほど言ってきただろう。それこそ、他の女の子達にも。
そういえばスタジアムで、マイリントアがいなくなって私が倒れたあと、アラン皇子が私を運んでくれたらしい。私は覚えていないけど、お姫様抱っこで医務室まで連れていったとか。
私はアラン皇子を視線だけ見上げる。
「そういえば、お礼をまだ言っていませんでしたね。わたくしが倒れた時に、医務室まで運んでくれたのだと伺いました。感謝いたします」
あぁ、とアラン皇子は少し視線をずらす。
「みんな倒れてて俺くらいしか運べる人がいなかったからな。仕方なく、だ」
そのことを噂にする人がいるくらいだから、他にも起きていた人がいるはずだけど。
素直に感謝の気持ちを受け取ればいいのに。
アラン皇子って、あまのじゃくよね、間違いなく。
「優しいのですね」
ふ、と笑ってみる。
「皇子自ら、助けていただけるなんて。そういえば、あの時も助けていただきました。初めて会った時、換金所で」
私が変装してたのに、そこにいる輩に絡まれた時。
一番にアラン皇子が助けにきてくれた。
アラン皇子もそのことを思い出して、少し笑う。
「あぁあの時な。どこかの常識知らずが、たいそうな宝石もって出歩くから。周りの男どものヨダレでも垂れそうなあの顔が、とても見ていられなかった」
「それなら無視して出ていけば良かったでしょう」
「俺だって本当は、、、、いや、か弱いご令嬢が強面の男どもに脅迫されるのを、見逃すわけにはいかないからな」
何か誤魔化してる。さては、好意で助けたわけではないわね。外面が良さそうだから、婚約者を見捨てたら変な噂が立つのを阻止したというところかしら。
私がアラン皇子の顔を覗き込むと、アラン皇子はしらっとしてみせた。
ほんと、顔はこれ以上ないくらい整っているのに、性格は全然整っていないんだから。
「でも、リーネの剣の腕前があれば、余計なお世話だったな。あれくらいの男ども、全員叩きのめせただろ」
確かに、と私は思う。
誘拐されないため、貴族としての教養以上に護身術は叩き込まれた。一対一。あるいは男達の武器がみんな剣であれば、私は勝てただろう。
でも。
「、、、100%倒せるわけではありませんので。鉄砲などの飛び道具や魔法を使われたら、わたくしにはどうすることもできません。無事に家に帰れたのは、やはりアラン殿下に助けていただけたからですわ」
これは本心だった。
あの時、アラン皇子がいなかったら、どうなっていただろう。今頃、海に沈んでいるか、変態貴族に飼われているか。
そんなの冗談じゃない。
「本当に、ありがとうございました」
心から礼を言うと、アラン皇子はそれに対して、素直に受け取るでもなく嫌みで返すわけでもなく。
ただ、私から視線を反らした。
まただ。
アラン皇子は最近ようやく目を合わせてくれるようになったと思ったのに、また目を反らす。
私を嫌うのは仕方ないけど、礼を言った時くらいちゃんと向き合えばいいのに。
もうほんと。失礼な男だわ。
『アラン・ジータ・リンドウ殿下。リーネ・アネット・グランドロス様。ご入場でございます』
パーティ会場の前に立つ男が、私達が近づくと、大きい声で会場内に宣言した。
パーティ会場の、見上げるほど大きい扉がゆっくりと開かれる。
私はアラン皇子の左腕に手を絡ませ、姿勢を整えた。今から各国の人達に挨拶して回って、愛想笑いして。
これからのことを考えると非常に面倒くさい。
隣に立つ人も私と同じ考えみたいで、私と同じ表情をしていた。
あーー。早く家に帰りたいなぁーーー。




