悪役令嬢 換金所で出会う
「リーネ様?」
黒めの灰色をした長髪の男に名を呼ばれた。
明らかにバレてるけど、私はニット帽を深く被って、まだ諦めずに顔を隠す。
「てめえら、誰に喧嘩売ってるのかわかってるのか」
チンピラ的男達が詰め寄って来るのに対し、金髪の男は抜いた剣を鞘に戻しながら不敵に笑って、パチンと指を鳴らした。
「確かにここで騒ぎを起こすのは得策ではないな」
すると、むさ苦しい男達しかいなかったはずの換金所に、どっと煌びやかな黒鎧の男達が押し寄せてきて、あっという間に、私に絡んできていた男どもを一掃してくれた。そしてすぐに撤退する。
あっという間で、まるで何もなかったかのような出来事に、私は呆然としつつも、頭の中はフル回転して、ようやく結論に達した。
この公爵領にて、公爵令嬢よりも権力を有し、そして黒鎧を従える男性。
皇帝の息子。
このリンドウ国の王子の1人。
第一皇子のアラン・ジータ・リンドウ。
次期国王第1候補。
文武両道。才色兼備。非の打ち所がないと国中の国民に言わしめる男。
そしてーーー私の婚約者。
なるほど、と思う。道理で私が誰か、すぐにわかったわけだ。実際会うのは初めてだけど、写真などで私を見たことがあるのだろう。
アラン皇子はゲームやドラマで1番人気。王道中の王道である皇子様ルートだ。私は何度もクリアした。ドラマや映画に至っては、何度も泣かされて、疑似恋愛で恋焦がれて、胸がしばらく苦しい時期もあった。
でもゲームにしろドラマにしろ、それぞれ違う役者が割り当てられるから、これが皇子だというアラン皇子の特色は少ない。
同じなのは、光が溶けたような綺麗な金髪と、紫の瞳。そして黒鎧の騎士を従えているということだけ。絶世の美青年ということも同じではあるが。
私は背筋を伸ばし、メイドの格好のままでカテーシーをした。
「ーーーはじめまして。アラン殿下。ご挨拶が遅れましたが、わたくし、リーネ・アネット・グランドロスでございます。お見知りいただき、この上ない幸福でございますわ」
ふぅん、とアラン皇子は目を細めた。
「ちゃんと正体はバラしてくれるんだな。このまま隠すつもりかと思ったのに」
楽しそうにしているアラン皇子に、私は憮然としてみせる。
「、、、名前まで呼ばれては隠し通せないでしょう。アラン殿下も、こんなところで何をされているのですか。ここはグランドロス公爵領ですが」
俺か?とアラン様は皇子は、ギルドの受付の方を見て口端を上げた。
「ギルドの登録にきたんだ。15歳になるとギルド登録ができるからな。我国は近隣では最強の大国。王族個人も強くならねばという教えだから、王族は16歳になるとギルドに登録してランクをあげないといけない決まりなんだ」
へぇ、と私は呟く。
今までアラン皇子ルートは、ゲームをはじめ、アニメ、映画まで全部コンプリートしたけど、そんな話は聞いたことがなかった。
「ギルドはあちこちあるけど、公爵領のギルドが学校に近い上、ダンジョンがかなりや広大だからな。俺には1番適しているんだ」
なるほど。私は頷く。
「そうでしたのね。でも確か、アラン殿下の誕生日は3月24日では?はまだ1ヶ月以上も先、、、はっ!!!」
私は慌てて自分の口を自分の手で覆った。
いくらゲームのアランファンとはいえ、アラン皇子からしたら、1度も会ったことも無い人間から誕生日を日付まで覚えられてるのは、さすがに気持ち悪いのではないか。
どう言い訳しようかと考えを巡らせてみたが、全くいいアイデアが浮かばなかった。観念して顔を伏せる。
アラン皇子はそんな私の動きをじっとみていた。
「ーーーそう。よく覚えているな。さすが俺の婚約者だ」
笑顔を作るアラン皇子。でもあまり目は笑っていなかった。正直怖い。
「じゃあこれは覚えているか?今年の3月24日は、俺の16歳の誕生日パーティを王宮で行う」
「それはおめでとうございます」
「もちろん、婚約者である君も参加してくれるんだろう?毎年招待状を送っているけど、体調が悪いとかでいつも断られていたんだ。他のパーティにも参加していないから、体調が悪いということを否定も出来ずに今日まできたけれどーーー」
一旦、言葉を止めて、アラン皇子は、私の上から下までを眺められる。
「今年はとても元気そうだ。これなら1ヶ月後の誕生日パーティにも参加できるだろう」
私が参加を拒否しているわけでなく、お父様が勝手に断ってるだけなんだけど、それをここで言っても意味が無い。
「ーーーそうですわね。最近は体調もだいぶ回復しましたので、参加できるかと。ぜひお祝いさせていただきたく」
「君のドレス姿。さぞ美しいだろうな。楽しみにしている」
優雅に笑うと、アラン皇子は換金所兼ギルドから出ていった。
まさか婚約者とこんなところで初めて会うなんて。
アラン皇子。
私の婚約者。
そして2年後、私に婚約破棄をつきつけてくる男。
「ーーーあぁもう!!!会いたくなかったのになぁーーーっ」
頭を掻きむしりたい衝動に駆られながら叫ぶと、後ろから声をかけられた。
「、、、リーネ嬢」
「はっはぇ???」
びっくりして、変な返事になった。
振り返ると、アラン皇子と一緒にいた黒めのグレーの髪の青年が立っている。私が叫んでいたことも聞いていたが、苦笑に留めてくれていた。
「アラン殿下より、危険回避のため公爵邸までお送りしろとのご命令です。あちらの馬車までよろしいですか?」
見ると、換金所の前に豪華な馬車が停まっている。王家の紋章がないところをみて、皇子が乗ってきた馬車とは違うようで、私のためだけに馬車を手配してくれたのだろう。
手際の良さは驚嘆に値する。
私はにっこりと微笑み、灰色の髪の男性にもカテーシーをしてみせた。ドレスではないので形だけのものだが。
「お心遣い、本当に感謝致します。しかしわたくし、我が家の馬に乗ってここまできましたの。連れて帰らないと馬の身重の妻が悲しむことでしょう。申し訳ありませんが、お気持ちだけ受け取らせていただいてもよろしいでしょうか」
やんわりと断ると、優男に即座に拒否された。
「それはかないません」
かないません?
構いませんの間違いでなくて?
「殿下の命令は絶対です。貴女も先程誘拐やトラブルに巻き込まれそうになったばかりなので、そのことは充分理解しているかと思いますが」
いや。理解はしてるけど、じゃあ連れてきた馬をどうしろっていうのよ。
「大切な馬なんです」
本当は私にとってはそうでもないけど。でもナナには大切な旦那様。
「ではその馬も一緒に」
「五月蝿い!!!」
私は換金所とギルド中に響く大声を出し、そして、僅かに怯んだ灰色の髪の男にむけて、持っていた宝石を放り投げた。
なぜ宝石を、、、という顔を男がした時、そのうちの1つが、眩しく光った。
「うわっ???」
私だって何も考えずこんなところに来た訳では無い。閃光弾の一つや二つくらい準備してきたのだ。ーーー品物屋から買ったものなので、たいしたものではないだろうけど。
「ノクト様。御機嫌よう」
みんなの目がくらんでいる間に、私は換金所から飛び出し、馬小屋からハチを引っ張り出して駆け出した。
捕まってたまるものか。
あの男。グレーの髪の青年。
ノクト・レイ・アンダーソン。
アラン様と一緒にいたということは、彼に違いないだろう。黒寄りの灰色の髪。ロン毛のイケメン。
次期宰相とも噂される秀才。
真面目でお堅いが、実は天然キャラ。
アラン皇子と公爵家のジルお兄様がダントツの人気で、ノクトはその次に人気のガリ勉くん。
私はノクトルートをしたことがないため、私がどうノクトと関わるのかわからないが、私はできるだけゲームのキャラとは関わりたくなかった。
皇子の命令が遂行できず、ガリ勉くんは怒られるかもしれないけど、ゴメンなさい。私にも私の理由が、、、、と思ったところで、後ろから馬の足音を聞いた。
振り返ると、頭に豪華な装飾をつけた馬にまたがる灰色髪のガリ勉くんの華麗なる姿が。
それ、さっきの派手な馬車の馬じゃないの。
ノクト様はこんな状況で、私に微笑んでいる。口が、言葉をかたどった。
「皇子の命令ですから」
ーーーーこのくそ真面目がぁーーー。