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スミレサイド~薔薇のマジシャン

 リーネ、という悪役令嬢がいることは知っていた。


 私がこの世界に飛ばされたのは、もう10年前。チョイ役で出てた悪役令嬢の細かい設定は全く覚えていないけど、悪役令嬢が主役の子の邪魔ばかりしてくることは、ちゃんと記憶にある。


 私は普通にゲームを楽しむタイプで、邪魔者は嫌いだった。あくまでこれは恋愛ゲームであって、邪魔する人なんて全く必要ない。


 王子様やそれ以外の素敵な男性と、楽しく過ごしながら恋愛して関係を深めて。

 そして幸せになりました。

 それでいいじゃない。

 ーーーそれがいいじゃない。


 元の世界で、私は菫という名前だった。だからこっちの世界でも『スミレ』と名乗った。


 この世界にきてから育った家は、心の底からクズみたいな家族で私は苦労したけど、物語のラストを知っているから頑張った。いつか幸せになれるのなら、そのための苦労は仕方ないと自分に言い聞かせた。


 私は原作通り、ピンクの髪で可愛くて華奢で、聖魔法が使えて。

 そう。この物語の主役として生まれ変わった。


 15歳で学園に入って、私は次々に素敵な男性に言い寄られて悩みながらも、中からたった1人に決めるのだ。そして幸せになる、そんな物語。


 ーーーそのはずなのに。


 入学してから、初日以外、なにも起こらない。


 公爵子息のジルに至っては、まだ私に近寄ってきたことさえない。アラン皇子と並ぶ人気のキャラクターなだけに、私としてはキープしておきたいところだったのに。


 アラン皇子も私に距離を置いているようだし、ロジーは私に無関心。ケリー先生も、表面は優しくしてくれるけど、何か冷めた目をされることが時々あった。

 唯一普通に接してくれるのは、ノクトくらいで。


 あんまり私はノクトがタイプではないんだけど、あまりに他が酷いから、もううっかり、ノクトルートでもいいかなとか思ったりして。


 でも、最近、気づいてしまった。


 アラン皇子、ジル、ロジー、ケリー先生までも。

 彼らの視線の先には、リーネがいる。

 さすがに恋愛感情はないにしても、興味はあるみたい。

 あの子は悪役令嬢よ?

 なぜ主役の私よりも注目されなきゃいけないの。


 リーネは確かに美人とは思う。

 白銀の髪は綺麗だし、スカイブルーの瞳は宝石みたい。顔も小さいし、スタイルはいいし。


 でも、私も顔面偏差値なら負けてないでしょ。可愛いのが好きか美人が好きかという好みの問題程度の差くらいだと思う。


 なのにどうしてあの子ばっかり。


 悪役令嬢のはずのリーネは私を全然虐めてこないし。悪役が虐めてくるから主役の子が目立つんじゃないの?

 

 この前なんか、リーネがマイリントアという大きなモンスターを倒してしまった。


 私が、主役補正があると思って、魔法の練習をあまりしてなかったのもあるけど、私が殆ど活躍できなかったというのに、リーネったら、格好よく大きな鳥や恐竜を斬るし、マイリントアは退治するし。


 それで何よ。今度はリーネを讃えたお祭り開催って。


 私のイベントが全く起こってないのに、なんでリーネのイベントが起こるわけ。

 

 隠しストーリーなのか。

 普通のイージーモードと違って、クリアが難しいハードモードなのか。


 『世界の中心で魔法を叫ぶ』のゲームは、全世界で人気がありすぎて、ゲームの枠を越え、映画、漫画、アニメとあまりに広がってしまった。

 主要メンバーは変わらないけど、スピンオフでホラーバージョンもあれば、コメディバージョンもある。


 私はノーマルの世界に入ったと思ってたけど、ここはもしかしたら違う物語の仕様になっているのかもしれない。

 でもスピンオフってのは、本来の筋からは大きくは離れないものだ。 

 いずれは、、、と期待するしかない。


 そうして私は、お祭りにきたもののリーネを讃える祭りだと思うと楽しめず、とぼとぼと1人で学生寮まで歩いて帰った。


 学生寮は、学園の端にあって、周りは森に囲まれている。鬱蒼としていて、夜になると何か出そうで少し怖い。


 学生寮の門の前には、薔薇の花壇があって、ちょうど今、薔薇の花の咲く時期のようで、小さな蕾と咲いた薔薇とが寮の外観を彩っていた。

 花壇の薔薇は、真っ赤ではなく淡いピンクで、その色はまるで。

「まるで薔薇のようですね」


 誰もいないと思っていたのに声をかけられて、私は飛び上がりそうになった。

  

 私があまりに驚いていたので、その人は「申し訳ない」と小さく謝って、私に一歩、近づいた。

「貴女の髪の色と、薔薇がよく似ていたので」

 

 若い男の人だった。

 深めのシルクハットを被り、黒いタキシードを着ている。そして目元を覆う仮面をつけているので、あちらの世界でのマジシャンのようだった。

 しかし細いイメージのマジシャンと違い、がっしりとした体つきであるのが、そのタキシードのラインからわかる。


「あなた、誰?」


 気品さえ感じるその佇まいは貴族かと思うけれど、基本、平民しか使わないこの学園寮に、貴族が近づくのは珍しかった。

 でも学園全体に強力な防御魔法がかかっているから、危険人物でないことは確かだ。危険思考があるだけでも学園に入れない。危険な行為をしようものなら、その相手にその行為が跳ね返ってくる。

 私に何かしようとしているわけではないだろう。


「私が誰かなんてことは、些末(さまつ)なことです」


 目の前の男がパチンと指を鳴らすと、何もなかった男の腕の中に、薔薇の花束が出てきた。


 やっぱりマジシャンのようだ。

 その花束を私に渡してきた。


「聖女スミレに、会いたいという人がいます」

「私に?」

「その人は、ちゃんと貴女に名乗ってくれるでしょう。私はその人との、ただの橋渡しに過ぎません」

 

 そんな曖昧なことを言われても困る。

 この学園内ではいけないのか。

 危険思考がある人なのかもしれない。


「どんな人なの?」


 マジシャンらしき男は、うーんと考えてみせた。


「そうですね、、、貴女にとって必要なものをくれる人、、、ですかね」

「私にとって必要なもの?」

「ええ。そうです。とても大切な、、、ね」

 くすり、と笑う様子は嘲笑のようで一瞬むっとしたけど、その笑った唇が綺麗だったのでつい魅入ってしまい、強く拒否もできなかった。


「ここに、、、学園にきてもらうわけにはいかないの?」

 試しに言ってみると、すぐに返事がきた。

「貴女が望むならそう致しましょう」

 目元の仮面をつけているのに、にっこりと微笑むのがわかる。

 私がそう言うことをはじめからわかっていたような、その言い方。


「それで貴女の信頼が得られるなら、あちらもそれを望まれるでしょう」


 学園に来れるなら、悪意はないということ。

 私の利になるって人に、会うだけならそれでもいいかもしれない。

 でも、なんか、気に食わない。

 まるで手の上で転がされているような。


「ーーーごめんなさい」

 私ははっきりと言った。

「よく知らない人には関わらないようにしているの。聖女を騙そうとしている人は沢山いるからって、常々言われているから」


 私はあなたのことも疑っているのよ、と暗に言ってみる。

 するとその男は、確かにそうですね、と言った。

「では、貴女に信頼してもらえるまで、私は毎日、貴女に会いに来ましょう」

「え?」

「ではまた明日」


 マジシャンは、マジシャンらしく左手を伸ばし、右手を身体の前にして頭を下げた。

 そして、背を向けて去っていく。


 あまりにあっさりとしていて、拍子抜けしてしまった。

 なんなの、あの人。

 毎日会いに来たからって、信頼されるとは限らないのに。

 でも。

 私は、あのマジシャンの立っていた場所を眺める。


 ここにきて。

 この世界にきて。


 はじめて、この『世界の中心で魔法を叫ぶ』の人に、ちゃんと「私」をみてもらった気がした。

 


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