悪役令嬢、祭りにいく
ケリー先生はあのあと帰ってこなかった。
あとで聞いた話によると、ケリー先生は私が魔術師の塔に飛び込んだ時に私とぶつかって、床に倒れた時に頭を打ったらしい。そのせいでドアから出ていったあと倒れたようだ。
私はというと、ケリー先生が倒れる前にジルお兄様に連絡をしてくれていたおかげで、公爵家から馬車のお迎えがきてくれた。
ジルお兄様が迎えの馬車に一緒に乗って魔術師の塔まで入ってきたことには驚いたけど、上に白衣を着ているとはいえ、ネグリジェがボロボロになっているのを見て、目を真ん丸とさせたあと、マイリントアに憤慨していた。
ケリー先生の研究室から、ジルお兄様がマイリントアだけを連れていった時はハラハラとしたし、帰ってきた時、マイリントアの表情が真っ青になっていたのには私も理由もなく恐ろしく思えた。
でもマイリントアは最強のモンスターというし、本気でジルお兄様に恐怖したわけではないだろう、と信じたい。
ジルお兄様もダンジョンに飛ぶ前はマイリントアに対してあんなに丁寧に接していたのに、いつの間にか普通に仲良く話してるし。
でも馬車に乗って帰る時に、マイリントアがジルお兄様に対してやや恐縮していたことが可笑しかった。
きっとジルお兄様に、強く説教されたのだと思う。ジルお兄様は頭が固いから、ちょっとしたことでも気になるようだ。
ジルお兄様は私には強く怒らないけど、ジルお兄様に静かに怒られて震えている人を何度か見たことがある。
いずれ公爵のあとを継ぐ立場としては、優しいだけではいけないということなのだと思う。
馬車の中、揺られながら、ジルお兄様に声をかける。
「ジルお兄様。お兄様は今回のことをどうお考えですか?」
「どのことだい、リーネ」
「トロフィーのことです。わたくしはあのトロフィーに悪意を感じました。かといって、犯人がケリー先生ではありえないと思います。同じように、このマイリントアも悪いモンスターとは思わないのです。もっと別の誰かが」
「俺もそう思うよ。ただ、今回の件はだいぶ複雑そうだ。リーネは、今回のことはもう忘れなさい。俺とお父様がどうにかするから、心配しなくていい」
ジルお兄様は、にこっと笑う。
優しいが有無を言わさない、はっきりとした言葉だった。
普段はたまに言い返すことがある私も、こういう時のお兄様には何も言えない。
「そう、、、ですわね」
そう返事をして、私は黙る。
マイリントアは、私の横でしゅんとしたまま、私とお兄様の様子を伺っていた。
お兄様の怒りを買ったからマイリントアは私から離されると思っていたのに、それはされないようだった。テイムで結ばれた関係はなかなか外せないのだそうだ。
馬車は公爵邸に入り、玄関でとまる。
執事達が出迎えてくれたが、さらにその奥、お父様が待っていて、私の顔を見た途端、すごい力で抱きついてきた。そういえば4日の眠りから醒めてダンジョンに飛ぶまでの間も会えてなかったから、随分と心配させてしまったのだろう。
「ーーーお父様。ご心配おかけして申し訳ありません」
「いや。リーネが無事ならそれでいい」
お父様は泣きそうになっている。
ジルお兄様の助言で、帰る途中で寄り道してボロボロのネグリジェから、よそ行きのドレスに着替えてて本当によかった。
あの姿を見られたら、寝間着のままダンジョンに飛ばしたマイリントアも、不運にも偶然その姿を見てしまったケリー先生も、もう二度と会えなくなるほど遠くに飛ばされてしまうに違いない。
ケリー先生から借りてお世話になった白衣は、クリーニングに出してからケリー先生に返そう。新調してからお渡しするのもいいかもしれない。
いや、何か想い出の品だったりしてはいけないから、クリーニングした上で、新しく買ったものをプレゼントするのがベストだろう。
ケリー先生の髪の色に合わせた、薄紫のラインが入った白衣などどうだろう。裏地には勿論、ケリー先生の名前入りで。ついでに背中のところに大きくケリー先生の名前なんかいれてみるのもいいかも。
「それはさすがに喜ばんと思うぞ、リーネ」
心を読まれてドキリとする。
「な。マイリントア、なんで」
「ワレはソナタにテイムされたのだぞ。主の心が読めんで何が主従じゃ」
「勝手に心を読まれても困るんだけど」
「そう照れんでもよい。ソナタが何を思おうがワレは人にばらしたりはせんぞ。ワレはできるヤツじゃからな」
マイリントアが何か言い出した。
ジルお兄様に何か言われた影響かもしれない。お兄様に何を言われたかわからないが、そっとしておこうと思った。
「そういえばリーネよ。今度、お祭りがあるらしいぞ」
「お祭りはこの前、アラン皇子の誕生祭が終わったばかりよ。だいたい、私はお祭りなんて出してもらえないし」
「なんで出してもらえないんじゃ?ワレは行ってみたいぞ、お祭り。リーネ、そなた、ワレが行きたいところどこでも行っていいって約束したじゃないか。リーネがいないとワレはこの地のことはわからんのだからな」
マイリントアはブスッとして文句を言う。
「それは確かにそうだけど、お祭りは、、、」
いや待てよ。
私がお祭りに行きたいと言えば危ないと止められるけど、マイリントアが行きたいと言っているならどうだろう?マイリントアのことを怒ったとはいえ、それまではあれほど敬意を払っていたのだ。可能性のない話ではない。そしてあの白い鎧でも着ていけば、こっそり祭りの中で焼き鳥、食べられるんじゃないの?
「マイリントア。ナイスアイデア!それでいきましょう!」
私は早速、お父様とジルお兄様を説得するための準備にとりかかる。
台本を作り、2人の前で、マイリントアに「祭りに行きたい」と駄々をこねてもらうようにした。
そしてそれは。可能となった。
※※※※※※※※※※※
祭りの場所は、王都の中央。
王宮からまっすぐ伸びた道の途中から商店街が続く。その通りを、花で飾った人達が躍りながら歩くパレードが延々と続いている。
商店街の前では、その店特有の出店が出たりして、辺りは芳しい匂いで充満していた。
人々はそれぞれ品物を買ったり買われたり。
とにかく楽しそうだ。
私はぶすっとして、商店街の一番広い場所に立てられたステージから、その様子を見下ろしていた。
「ーーーこんなことだろうと、思ってはいたのよ」
ステージは、人々のいる場所より人1人分高いところに設置されている。椅子に座っているだけで、かなり偉そうに見える造りだ。
「アラン皇子の誕生祭が1ヶ月続いたばかりでお祭りなんて、変だなとは思っていたのに、なんでピンとこなかったのかしら。喜び損よね」
祭ということに浮かれてしまっていたらしい。
当たり前のことを見落としていた。
「急に祭りを開くほどのお祝いなんて、この今の状態では1つしかないじゃないですか」
私の接待を任されたノクトが、私にフレッシュジュースを渡してくれながら、苦笑いしてみせた。
この祭り。
何を隠そう、私のための祭りだった。
王都どころか国1つ壊されていたかもしれないというマイリントアを、たった1人で倒したとして、私が倒れてる4日の間で、国中にその話が拡散されていたらしい。
祭りなんて、お父様が許してくれるはずがない。なのに私達が説得してすぐに認めてくれた時に、すぐに気づかなければならなかったことだ。
こんなことになるなら、私は今まで通り、家にとじ込もっていた。
「これ、いつまで続くんですの?もう2時間も躍りを見てるんですけど」
「まだ始まったばかりですよ。2時間後には、リーネ嬢を讃えた物語の寸劇を、急遽、国一番の劇団が作成したようですので」
たった4日で作った劇なんて、絶対面白くないやつでしょ。
はぁ、と私はため息を漏らす。
祭り当日。
私はマイリントアに棘の毛を普通のモコモコの毛に変えてもらって、虎というか猫のつもりで猫の服を着せた。
そして私が白い鎧を着ようとした時、カリナに白い鎧を奪われ、その代わりにゴテゴテの水色のドレスと、大量の生花を身体中にひっつけられた。
その上から、キラキラした宝石をつけられて、私はステージで飾られている。これじゃ生きた人形だ。
テーブルの下ではダンスや歌など次々に披露されるが、正直、私の方が見世物に近かった。
渦中の少女を一目みようと、ものすごい数の人達が、キラキラ輝く瞳で集まっていた。
「はぁー綺麗な子ねぇ」
「天使みたいー」
「あの子がそんな大きなモンスターを1人で?」
ざわざわと好き勝手に話をしている。
私の周りに知り合いは、ノクトしかいなかった。
姿は見えないが、ケリー先生も私のフォローという形で会場にはいるらしい。どこにいるのか全然わからないから、何をフォローしているのか聞くこともできない。
アラン皇子は、マイリントアの壊したスタジアムを再建するため、一旦、スタジアムのあった場所に視察に行ったらしい。
「リーネ嬢。お顔が崩れていますよ」
ノクトに囁かれて、はっとする。
「あ、あら。気持ちがでちゃってましたかしら、ほほほ」
笑って誤魔化すが、気持ちは晴れない。
ただの晒し者だから。
お祭りを楽しみたいというマイリントアの願いも聞いてやれていない。
私の隣に置いてあるケースの中で、猫の洋服を着て待機しているマイリントアも、暇すぎて眠ってしまっている。
「そんな様子では今日1日持たないですよ。夜は夜会があるのに」
「え?夜会もありますの?」
「もちろんです。あの時スタジアムにいた各国の方々も、リーネ嬢に直接会ってお礼を言いたいと熱望されていますから」
「ここに来ていただいたらよろしいのでは」
私は扇で顔を隠しながら、ノクトに苦笑いした。
今でさえ逃げて帰りたいのに、この先、さらに面倒くさい夜会なんて耐えられない。面倒ごとは一緒にしてもらわないと。手短に。コンパクトに。
「これは国民のための祭りですからね。ここに他国のお偉い方々が揃ったら、警備の人達でごったがえして、国の人達がリーネ嬢を見ることができなくなってしまいます」
見ることができなくなればいいのに。
「この祭りは、わたくしを讃えてくれる祭りだったのではないのですか?」
「そうですよ」
「でもこれでは、わたくし、見世物にされているようです。ほら、わたくし、元々、病弱でずっと屋敷で過ごしていたでしょう?こんなに人に囲まれるのも、沢山の人に会うのも、慣れていなくて」
あぁ、とノクトは私の公爵邸に閉じ込められていた経緯を思い出してくれたようで、頷く。
「そうでしたね。リーネ嬢があまりに噂と違うし、とても病弱で華奢な令嬢には見えないものですから、失念していました」
にこ、とノクトは笑う。
「スタジアムで、僕は客席の方から見させていただいていましたが、それはもう、ありえないほどにお元気に飛び回られていましたね。『元々病弱ではなかった』ような機敏さとパワフルさに、僕はリーネ嬢から目が離せませんでしたよ」
元々、病弱ではなかったしね。
ノクトもそれに気づいているようだ。
「、、、ほほ。学園生活で支障がないように、これでも随分、鍛えたのです。そう見えていたのなら、健康なふりも成功ですわね」
「そうですね。その効果がしっかりでているようなので、今日1日くらいは持ちそうですね、あ、ほら、また顔に出ていますよ。その苦虫を噛み潰したような顔はやめてください」
あら、そんなに顔に出てしまっていたかしら。
私は顔の力を抜いて、笑顔を作ってみせる。
「国民のみんなも不安なんですよ。国が落ち着かず、税金は上がり、徴兵で家の人がいなくなっていく。悪天候で農作物が育たず、飢餓で苦しむ地域もある。もっと人手を増やして、設備さえ整えれれば潤うのに、と願う人達が沢山いるなかで、なぜかその政策が成されない」
ノクトはやや厳しい顔をして、そう言い出した。
「ーーー宰相である父も、様々な策を提言しているようですが、、、力及ばず」
少し、悲しそうだ。
ノクトも、いずれ国の要になる男。
考えることは多いのだろう。
ノクトは暗く重い話が深くなりそうなことに自分で気づいて、明るい表情に戻した。
「まぁ、、、そういう中で、こういう明るい祝い事は国民の力になります。リーネ嬢も、今日1日は国のためと思って我慢してください」
そう言われてしまうと、嫌と言えなくなるじゃない。
何か言い分けして逃げ出そうと思ってたのに。
「ノクト様も、色々と大変ですのね」
「なぜですか?」
「そうやって、国を想い、父を想い。いろんなものを抱えていらっしゃるのでしょう?」
「ーーーいえ、そんな」
たいしたことは、と言うのに、私は言葉をかぶせた。
「それなら、わたくしのことも、少し手助けしていただけないかしら?」
「え」
ノクトはいきなり言い出した私の言葉に、目を丸くする。私はにっこりと微笑んだ。
「今日はこの猫ちゃんにお祭りを楽しませてあげるって約束したのに、全くできていませんの。この猫ちゃんを、散歩と、猫ちゃんが望むところに連れていってあげていただけないかしら」
「、、、え?」
私がケースをあけると、黄色と紫の色をした、手のひらサイズのマイリントアが、昼寝から覚めた様子で目を擦っていた。棘を普通の毛にしてもらっているので、モンスターには見えない。
「ーーー猫、ですか?これ、、、」
「猫です。虎によく似た猫よ、ね?マイリ、、、マイリン。ほら、にゃ~、は?」
マイリントアは、眠りから気持ちよく覚めていたのに、いきなり私から変なことを言われて、眉間に皺を寄せた。私は改めて、マイリントアに顔を近づける。
「マイリン。にゃー、は?言ってみて」
マイリントアは、私とノクトを見比べて、その雰囲気を察したのだろう。
渋々と「、、、にゃー」と言った。
私はノクトに視線を移し、どや顔してみせる。
「ね?猫でしょ?」
「、、、、、」
ノクトは黙っている。
でも棘を下ろしているから、さすがにマイリントアであるということはばれないだろう。
「お、さ、ん、ぽ」
私はノクトに言う。
「行って、いただけるかしら?」
にこ、と笑ってみせた。
国民のためにと、私がこの場に残ることを強いているのに、そのノクトが、接待をしなければならない私の言うことを拒否するわけにもいかないだろう。
お祝いされる私だけ不自由とか、おかしいわ。
「でも僕はリーネ嬢の、、、いや、でも、猫の望むところと言われても」
「大丈夫ですわ。この子、とても賢い子ですのよ。この前、とある魔術師に、お話できるよう魔法をかけていただきましたの。だから、少しお話もできますのよ?このことは秘密ですけどね。ね?マイリン。ノクト様から、色々祭りを案内して欲しいわよね?」
私がマイリントアを抱えて膝に乗せる。マイリントアの毛並みはサラサラのフワフワだった。いつもこうしてればいいのに。
「うむ。喋れるぞ。よろしくな、ノクトとやら」
流暢に話すマイリントアは、少ししか話せない猫を演技するつもりはないらしい。
失敗したかしら。
「、、、全然少しじゃないし」
驚きながらもノクトは突っ込む。
でも騒ぎ立てはしなかった。
作戦成功、かな?
「えぇっと、、、この猫ちゃん、、、を祭りに案内すればいいんですか?」
「そうなの。わたくしが約束しちゃったのに守れなさそうなので、困っていましたの。約束を破って大変なことになっても、、、あら。大変って何でしょうね。ほほほ」
必要ないところまで言ってしまうところだった、危ない危ない。マイリントアが約束破ったと大暴れするのは困るけど、猫がそこまで大変なことをするわけない。
「、、、あの。この猫、ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫じゃ」
私とマイリントアがにっこりと笑うと、ノクトは心底不安そうな顔をしてみせて、色々と諦めたようだった。
「ーーーわかりました」
マイリントアは、ノクトの手に渡り、そのまま腕を渡ってノクトの肩に乗った。
「、、、行ってきます」
「行ってくるのだ」
嬉々としたマイリントアと対極に、ノクトは若干死んだ目をしていた。
年下の女の子に命令されたみたいで嫌だったのかしら。
まぁ、私だってこんなところ居たくないのに、国のことを持ち出されて逃げれなくされたものね。お互い様よね。
祭りはまだまだ続きそうだ。
みんな出店などを顔を出して幸せそうにしている。
とても賑やかで、とても情勢が悪いようには感じなかった。
しばらく躍りと歌が続くだろう。
夕方から、寸劇を見るのだろう。
私はこのまま、ずーっとこのステージに座っているだけなのだろう。
あー。
私も祭りを自分で回って楽しみたかったな。




