悪役令嬢、闇のダンジョンで戦う
「ここの景色が見えないだと?ライトの魔法を使えばよかろう。ただの生活魔法ぞ」
真っ暗な世界。
マイリントアによると『ダンジョンの中』らしい。ここがどこにあるダンジョンなのかもわからない。
公爵領のダンジョンが易しいダンジョンだとは聞いていた。では、世界最強を自負するマイリントアがいたダンジョンは、どれほどのものなのだろう。
ボコボコと、何かが沸騰するような音だけが暗闇の中に響く。足を踏み出せば熱い何かを踏んでしまいそうで、一歩も動くことができない。
「私は簡単な生活魔法も使えないのよ。ちょっと、マイリントア。意地悪しないで助けてよ。私を元に戻して」
「ライトも使えんとは嘆かわしい。これは徹底的に鍛えんとな」
と、マイリントアの声は意気揚々としている。
「ーーーさっきも言ったように、ワレはあくまで触った者の魔法が使えるだけで、転移魔法はもっておらん。ジルというソナタの兄も、行ったことある場所以外には転移できないみたいじゃしな。もう、リーネ、そなたがここから出るには、このダンジョンをクリアするしかないのじゃ」
ふははははとマイリントアの声は楽しそうに笑う。
「クリアって、、、」
「まぁ、ソナタは剣術が得意のようだからな、そこそこは行けるだろうが。まぁ、少しだけ手伝ってやろう」
ポ、と真っ暗だった世界に少しだけ明かりが灯る。そして、ボロボロの剣がどこからともなく、1本だけガランと落ちてきた。
足元に、虎のようでハリネズミのようなモンスターがちょこんと座っている。
「このダンジョンの最終層の1つ前の階の魔物は、魔法防御の天才のワレとは反対で物理は殆ど効かん。ソナタが剣で一万回斬ったとしても、向こうからしたら赤子から玩具のナイフで叩かれた程度のダメージしか喰らわんな」
手のひらサイズのマイリントアが、地面に横になり、昼寝でもしそうな体勢になる。
「このダンジョンから出たければ、その階を越えねば最終層にはいけんぞ」
薄暗いそこは、どうやら洞窟の中のようだった。天井の高さは5メートルはあるだろうか。
前後左右はだだっ広く、一旦どこかに離れてしまえば、同じ場所には戻れなさそうだった。
ボコボコと音を出していたのは沸騰するお湯ではなさそうだ。湯気はでていなかった。体感温度もそこまで高くない。
「そもそも、リーネ、ソナタは4日も飲まず食わずだったのであろう?回復魔法でどうにかなっていたにしろ、もうその力も期待できまい。このままでは、ダンジョンクリアどこではなく野垂れ死ぬぞ」
まぁ、とマイリントアは含み笑いをする。
「この場所に留まると、地下から沸きだす毒ガスによる中毒で、もっと早く死ぬだろうがな」
私はつい反射的に怒鳴ってしまう。
「なんてところに連れてきてるのよ。私、あなたのご主人様じゃないの?」
「ワレの力を発揮できん人間を主人とは認めんぞ。魔法操作もできん人間に、ワレが負けるはずがなかろう。敗北は何かの間違いだったのじゃ」
なんかマイリントアの言葉に、引っ掛かりを覚える。主従関係を結んだはずなのに認めていなさそう。
「ちょっと待って、マイリントア。もしかして、私が死ねば主従関係は解消されたりする?」
マイリントアはニヤリと笑った。
「ふふふ。ご名答じゃ。ソナタが死ねばワレは晴れて自由の身。のんびり暮らせるというもの。ワレはソナタと契約しておるから直接は殺せんがの。餓死や毒死は契約違反にはならん。主にちゃんとした力さえあれば、飢えも毒もどうにでもなることじゃからな」
転がっていたマイリントアは、そう言って、ゴツゴツした岩ばかりの地面に頭までつけて目を閉じた。完全に寝るつもりだ。
つまり。
マイリントアは、私を鍛えようとしているわけでなく、私を間接的に殺そうとしている可能性が高い。
毒ガスにしろ食料問題にしろ、時間がないのは間違いなかった。
マイリントアの手助けは、そのぼんやりとしたライトの魔法とボロボロの剣の提供だけ。他は全く助ける気がなさそうだ。
「、、、覚えておきなさいよ」
万が一生きてこのダンジョンからでれたら、絶対にマイリントアを小さな鳥かごに閉じ込めて、笑い泣きして謝るまで、しつこくくすぐってやる。
「ほら、早速お出ましじゃよ。ちなみにここは3階。最終階の部屋は15階じゃからな。気張って頑張るんじゃよ。14喈にたどり着く前にあの闇魔法を使えるようにしておかないと、身を滅ぼすぞ」
好き勝手言ったあとマイリントアは、あとは我関せずとばかりに昼寝に入った。すぐにイビキをかいている。
マイリントアが目を閉じるのと同時に、モンスターが現れた。
これで本当に3階?というレベルのモンスターだ。
蜂に似た小さい虫サイズだが、石のように強くぶつかってくる。
1、2匹くらいならどうってことないが、100匹以上の大群で押し寄せてくるから、多量の小石を思い切り投げつけられたような痛みを生じる。
大きいモンスターなら振り回せば剣が勝手に当たってくれるのに、小さい虫サイズになると的に当てることさけ難しい。
3階でこれ。
15階までにどれだけのモンスターをやっつけなければならないのか。
行き倒れる方が早そうだった。
「よく考えたら、私の姿、寝間着じゃない」
道理で痛いと思った。
薄いランジェリーのようなワンピースタイプの寝間着だ。これに石をぶつけたら、ほぼノーガードで直撃する。
まずい、と本気で思う。
公爵領のダンジョンは、なんだかんだアラン皇子からもらった白い鎧が役に立った。国宝級の代物なだけに、防御力も半端じゃなかった。傍には魔法も剣術も師範並みの天才ジルお兄様がいてくれた。
かたや、こちらではどうだ。
ピラピラのネグリジェに、ボロボロの剣。
傍には、主従の関係でありながら主を殺そうと企むハリネズミようなモンスターが1匹。
なんとも頼りない。
私は錆びてボロボロの剣を構える。
蜂に似たモンスター達は、よくみると決まったパターンで動いているのがわかった。
パターンに合わせて避けながら、なんとかコツコツと1匹ずつ叩き落としていく。避けたと思っても完全には避けられず、1匹倒しても他の何十匹もの蜂型モンスターがぶつかってきて、本当に痛かった。
小石でさえ全力で投げつけられたらかなり痛い。
それが、悪意をもって何回も、繰り返し繰り返しぶつかってくるのだ。
あっという間に私は、あちこち血塗れになった。細かくボコボコになって膨れ上がっている。
どれだけの時間が経ったのだろう。ようやく蜂型のモンスターを倒せたと思ったら、今度は巨大なゴーレムが姿を現した。
天井すれすれの高さで、私を上から見下ろしてくる。
マイリントアは完全に爆睡していて、私へのフォローどころか、モンスターの説明さえしてくれない。
蜂型モンスターは時間さえかければ倒せたけど、これだけの大きさのモンスターをいつ折れるかもわからない錆びだらけの剣では倒せるとは思えない。
「、、、ほんっと、良い性格してる」
グースカ気持ち良さそうな寝息が聞こえるのを睨み付けて、ピンと思い付いた。
ぐっすり眠っているマイリントアを、ひっくり返す。
マイリントアのおなかには針がない。
そのおなかをがっしり掴んで、ブンブンと振り回した。
勢いで目が覚めたマイリントアは、ひゃ、と驚いた声を上げた。目を覚ましたらブンブン振り回されているのだから、そりゃあ驚くだろう。
「な、な、何をしておる?」
「武器がないから、武器にしようと思って」
「な、な、な、なにを。ワレを武器にしようと、ちょ、待て。それって」
何か言おうとしたのを聞かずに、思い切り勢いに乗せてマイリントアをゴーレムにぶつけた。
「ぶひ」
とマイリントアはゴーレムにぶつかった瞬間、鳴いた。
「ざまぁ」
にやりと笑った私に、マイリントアは怒る。
「今、ざまぁと言ったか?ワレを投げつけて、まさかざまぁみろなどと。最低じゃな、お主」
「それはこっちの台詞でしょ、こんな若くてか弱い女の子捕まえて、モンスター使ってボコボコの血塗れにする下僕がどこにいるってのよ」
「誰がか弱い女の子じゃ、ワレは見たぞ。ソナタ、あの時、ワレと共に出てきた恐竜の首を一振で叩っ斬ったじゃろ」
「マイリントアだって、刺があんなに長くなければ真っ二つに叩き斬ってやったわよ」
やいやい言っていると、ゴーレムが上から私達同時に殴りかかってきた。
「邪魔しないで」
「たわけ者」
私が剣でゴーレムを斬るのと、マイリントアが口から火を吐いてゴーレムを溶かすのが同時だった。
ゴーレムが灰になったあと、赤いコアに変わる。
それまで、2人で見つめあったまま黙って。
ようやくーーー、マイリントアが口を開いた。
「あのゴーレムを瞬殺とは、なかなかやるのぉ」
マイリントアが笑う。
「この剣、錆びてる割には、ちゃんと斬れるのね」
私が錆びた剣を掲げると、マイリントアは、当たり前じゃ、と誇らしげに言った。
「その剣は、本来、ワレの数階下のボスを倒した時にレアボーナスで出る業物じゃよ。今はソナタの力がクソムシじゃから錆びておるが、ちゃんとした魔力を流せば、その剣はそれこそ聖剣よりも斬れる代物ぞ」
「クソムシ、、、」
私が呟いてマイリントアを睨むと、マイリントアは少し楽しそうに笑って、短い足ですっくと立ち上がった。
「まぁ良い。その剣でゴーレムが斬れるということは、やはりワレの見る目は間違っておらんかったということ。ソナタは光る原石のクソムシということじゃ。これは面白くなってきおった」
マイリントアは、私を見上げて、
「近う寄れ」
という。
「もうすでに近いんだけど」
私が軽く睨みながら言うと、マイリントアは片手をヒョイヒョイと揺らしてみせる。
「こっちじゃ、ほら」
淡々というが、その声に少し優しさがあったので、警戒しつつも顔をマイリントアに寄せてみる。
すると、マイリントアは、地面と私の顔を両手で触って、「ケア」と唱えた。
瞬間、ふっと顔の痛みが消えていった。
ペタペタと顔を触ると、あんなに腫れ上がってボコボコだった顔が、つるんと艶のある肌に戻っている。
「この地面は毒ガスを吐くが、ごく少量だと回復の力もある。薬は毒になるという。逆もしかり、じゃ」
どうやら、マイリントアが回復の力を使ってくれたらしい。
「さて、行こうか」
と、マイリントアは私に尻尾を向けて、ポテポテと歩き始めた。
ついてこいということだろう。
少しは認めてくれたのだろうか。
後ろから見ると、刺々のハリネズミのように小さな身体で、虎のような尻尾がピョコピョコと動く姿は愛らしい。
小一時間程度だろうか、マイリントアについて歩くと、巨大な扉が出現した。
扉のてっぺんが尖った、インドの建築物を模したようなデザイン。
「ここは『えれべーたー』のような工夫がされておってな」
「エレベーター?」
こちらにきて初めて聞く、あちらだけの用語。
「古代の科学というか。昔の遺跡じゃよ」
あちらの近代の機械が、こちらでは古代?
どういうことだろう。
「ここの扉は、触って行きたい階を願うとその階にいけるようになっておる」
マイリントアは、私を振り返った。
「本来は地道に勉強してもらおうと思っておったがな。そなたの剣術だと14階まで、下手したら魔法を使わず剣術のみで行きかねん。それでは時間の無駄だからな」
マイリントアが扉に手を当てた。
「特別サービスで、14階まで連れていってやろう」
マイリントアが扉から手を離すと、ぎぃ、と音を立てて扉が自然と開いた。
なのに、扉が開くと、そのままの形で何かが入り口を塞いでいる。
水色で軟らかいゼリー状の。
「、、、何よ、これ」
14階というから流石に恐怖を感じて顔から血が引いていたのに、扉に入れもしなければ、塞いでいるモノが襲ってくる気配もない。
私がマイリントアを睨むと、さっきまで自信満々だったマイリントアの尻尾がペタンと下がった。
「ーーーいやいやいや。おい、スライム。お主。そんなところにいてどうする。お主はちゃんとこのフロアのボスの座にじゃなぁ」
とマイリントアが声をだすが、スライムと呼ばれた水色のボヨボヨは全く動かない。
「、、、死んでるの?」
「死んだらコアになるはずじゃ。まだ生きておる」
「でも動かないじゃない。寝てるのかしら」
「こんなところに張り付くようにか?いくら呑気なスライムといえど、流石にこれはちょっとな」
マイリントアは、スライムに手を伸ばしてボヨんボヨんと更に動かしてみている。しかしどうにも動かない。
マイリントアはようやく困った顔をしてみせた。
なるほど、と私は思う。
全く物理攻撃が効かない理由。
14階のボスはスライムだったのか。
スライムに攻撃は効かない。まず痛覚がないのだろう。斬ってもくっつけたら元に戻るし、殴る蹴る斬るでスライムが死ぬことはないのだ。
スライムを倒すには、魔法で焼くか特殊な毒で溶かすしかない。しかもどのくらいの大きさかもわからないほどのスライムだ。倒すのは容易ではないだろう。
そして、あれ?と思う。
「ボスの部屋のモンスターは、倒されたら消えるんじゃなかったの?」
「そうじゃな」
「スライム生きてるじゃない。ボス倒さないと下の階に行けないんでしょ。なのになんでマイリントアは魔術師達に倒されたの。、、、いやあれはマイリントアが地上にいたから皆で力を合わせて、、、はっ!まさか」
マイリントアを見ると、マイリントアは、さっと顔を背ける。
その行動で全ての謎が解けた。
14階のボスは『倒されていない』。
しかしボスを倒さないと下の階にはいけない。
つまり。
「マイリントアが勝手に最下層から地上に出ていったんでしょう!」
「ーーー正解じゃ」
てへ、とまたマイリントアはあざとく首を傾げた。
あの、願えば階を変えれるエレベーターのような扉で、最下層を地上かその付近に出たのだろう。
「ずっと地下におったら身体に悪かろう。たまには日の光を浴びて散歩したかったのじゃ」
「ダンジョンの最終ボスが勝手に散歩行ったらダメでしょう」
それで人間に見つかって倒されたら意味がない。私が叱るように声を出すと、マイリントアはしゅんとする。
「、、、だって、、、仲間のモンスターがワレのところにきて、楽しそうに話すんじゃ。外の世界は面白い。太陽の光は気持ちがよく、緑は綺麗で風もさわやか。海なんてとにかく広くてどこまでも自由だと」
ワレだって、ワレだって、、、と繰り返す。
扉の中の壁と化してるスライムが、ピクリと揺れた。
泣きそうなマイリントアの腕を、私は棘に刺さりながらも引き上げる。マイリントアの身体が宙に浮いて、ぶらりと垂れ下がった。
私は自分の腕を上げて、マイリントアを自分の顔の前に近づける。
「ーーーなんだ。マイリントア、あなた、さてはただの甘えん坊さんね?」
「なっ!ワレが甘えん坊とは」
「自分の守らなければならないものを放り出してまで好き勝手するのは、ただの甘えん坊のわがままっていうのよ」
マイリントアは身体は棘で覆われているが、顔は虎のよう。まだ小さい虎の子なのかもしれないと思うと、マイリントアがとても可愛らしく見えた。
ジルお兄様の転移魔法。
『行ったところにしか行けない』魔法。
ーーーマイリントアは、もしかしたら、このダンジョン以外に行ったことがないのかもしれない。
だから、私をここにつれてくるしかなかったのかも。
私は、何か胸がキュンとしてしまい、つい、笑ってしまった。
「いいわ、マイリントア。私は貴方がどこにいこうと、許してあげる」
「ーーー本当か?」
泣きそうなマイリントアは、私の顔を覗き込むようにして見つめた。
「本当よ。だから」
マイリントアを、そっとスライムの傍に連れていく。
「スライムも心配してるみたい。ボスに出ていかれて、スライムもあなたのように拗ねていたのよ。でもあなたが泣くから、困ってしまってる」
さっきから、マイリントアが弱音を吐く度にピクリと動くスライム。声が聞こえているのに、扉の前から動かない理由は1つだ。
「スライムに謝ってあげて、マイリントア。そして仲直り。ね?」
子供をあやすように私が言うと、マイリントアは少し躊躇いながらも、更にスライムとの距離を縮めて、スライムにそっと手を置いた。
「ーーー留守を任せてすまんかった。スライム。ワレの勝手な行動で、寂しい想いをさせたな」
マイリントアがそう謝ると、スライムはじわりと動き、少しずつ、扉から奥に入っていった。
スライムは許してくれたのだろうか。
ボス部屋の中に入るスペースが生まれて、私達はボスの部屋に足を踏み入れた。
スライムは、スタジアムの半分ほどの大きさのマイリントアとは比べ物にならないが、小学校の体育館程には大きい。その身体でゆっくりゆっくりと移動する。
その後ろをついていきながら、私は、スライムに攻撃するなら今だな、と思った。
だが。
マイリントアにもそうだけど、もう私は、このスライムとも戦う気はなくなってしまっている。
ボスの部屋は、扉の向こうと同じく暗い。
今までと同じく、ボコボコと沸騰するような音を立てながら、毒ガスであるらしいものが泡となって湧き出ている。毒らしい毒の影響は、まだ身体の表面にはでてきていなかった。
さて、どうしようかな、と考える。
マイリントアとしては行けたところがここしかなかったかもしれないが、このダンジョンをクリアしないと外には出られない、とマイリントアは言う。出たところで、このダンジョンがリンドウ国内にあるかどうかはわからない。トロフィーに混入したコアが、リンドウ国の魔術師の塔で管理されていた以上、マイリントアを退治したのはリンドウ国内ということで間違いないだろうけど。
こうなると、この先の選択肢は3つ、になる。
①乗り気ではないけどこのスライムを倒してダンジョンを正当に出る。
②スライムを倒さずダンジョンを出る方法を探す。
③ダンジョンを出ず、ジルお兄様達が迎えにきてくれるのをひたすら待つ。
どれも正解かもしれないし、どれも正解にならないかもしれない。
正直、空腹はかなり深刻なレベルだし、マイリントアに顔の傷は回復してもらったけど、体力的な部分は全然回復していない。毒の影響もいくらかはでてくるだろう。
このままでは、野垂れ死にする可能性が一番高い。
「あー。どうしようかなぁー」
結局、目的のはずの魔力も全く鍛えていない。
ここにつれてこられた元凶のマイリントアは、スライムへの罪悪感か、すっかり静かになってしまっている。
「魔法、、、魔法かぁ」
私は自分の手をじっとみた。
ジルお兄様に、はじめてダンジョンに連れてきてもらった時に、魔法の使い方を習った。
まず身体に魔力を充満させる。
額、胸、腹部の芯に意識して、それを全身に巡らすイメージ。
そして手に集めて。
「ーーー投げる」
投げたあと、ライトの届かない暗闇の中をしばらく眺めていたが、やはりどうにもならなかったようだ。
どうしてこんなに魔法が不安定なんだろうか。
危機に陥らないと発揮しない?
ではこの状況は危機ではないというのか。
ダンジョンの床には穴を空けたけど。
何度も繰り返していったら、どうにかなるんだろうか。
「投げる」
「投げる」
「投げる」
「投げる」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
何度、魔法を出す練習をしただろう。
マイリントアが、いつの間にか、身体の棘を柔らかい毛並みに変えて。
私の肩に、ぴょこんと飛び乗った。
「リーネ。もう良い」
マイリントアは優しく首を振った。
呆れられたのだろうか。不甲斐ないと。
「マイリントア。、、、私」
「もう良い。もう充分だ」
「でも」
私がしつこく粘ろうとすると、優しい声を出していたマイリントアが、急に怒鳴った。
「もう良いと言っておろうが!このダンジョンを壊す気か、たわけ者」
ぴしゃり、と細長い尻尾で顔を叩かれて。
「いったぁ」
「ほら、その腑抜けな瞳でよぉく見よ。あそこじゃ。スライムが教えてくれたぞ。このダンジョンの空間に穴を空けようとは。流石じゃの」
にやり、とマイリントアは笑う。
指、ではなく小さな腕が指し示すそこには。
真っ暗な空間に、一筋の光が差し込んでいた。
「そこに、さきほどの剣を差し込んで切り裂くのじゃ。魔力さえちゃんと込めれれば、聖剣以上の力を発揮すると言ったであろう」
あの錆びてボロボロの剣が、聖剣以上の力なんて、信じられないんだけど。
それでも可能性があるならと、光の入り口に剣を差し込んでみる。
だが空いているのはあくまで『空間』。剣を入れても感触はないし、気を抜くとすり抜けてしまう。
「リーネ。ほら、魔力じゃ。あの時の力を思い出すんじゃ」
「、、、あの時と言われても」
多分、スタジアムの時のことを言っているのだろうけど、あの時はもう頭が真っ白でよく覚えていない。
他に魔法が使えたといえば、ギルドで測定器が壊れた時と、ダンジョンで大きな穴が空いた時と、、、。
「あれ?マイリントア。ここ、壁じゃないじゃない。この『空間』、どこに繋がっているの?」
マイリントアを振り返ると、マイリントアは、
「さぁ、ワレにはわからん」
と、平然とした顔で言った。
わからない、とは?
「冗談言わないでよ、知ってるからここの空間を開けろって言ってるんでしょ?」
マイリントアは、ふむ、と少し考える。
「知っているといえば、知っている。じゃが、どこに繋がるかはわからない、が正しいかの」
「ーーーどういうこと」
私の顔が、自分で思っているより怖いものになっていたのかもしれない。飄々としていたマイリントアは、少し後退りして、いやいや、と訂正した。
「ワレだって、本来、何十年も前に消滅したはずなのに、復活させられたのじゃ、詳しいことはよくわからんわい」
じゃがなぁ、と続ける。
「気づけばなぜか復活していたあと、ワレ達は、この宙に出現した『空間』に吸い込まれるようにして、リーネ達のいたあの場所に行ったのじゃよ」
それがあのスタジアムだったと?
「ダンジョンからえれべーたーを通って外に出るのは容易いがな。このダンジョンは、リーネの国の最南端にある孤島の中にあるんじゃ。見てわかるように毒ガスも沸いてくるダンジョンじゃし、島にも狂暴な魔物や動物がひしめいておるしな。島の周囲数百キロ単位で人間の住む場所はないから、えれべーたーを使ってダンジョンを出るのは、あんまりオススメはせんなぁ」
「、、、つまり?」
「ここまで言ってもわからんのか?思っていた以上に頭が悪いのぉ、つまり、このダンジョンを出て自分の足で家に帰るより、あのスタジアムとかいう場所に繋がっている方が帰りやすいんじゃないかと言っておるの、、、ぐわわわわ」
マイリントアが言いきる前に、私はマイリントアの短い毛並みである内側の首をギュッと押さえ込んだ。最強のモンスターであるはずのマイリントアは、苦しそうに声をあげた。
「誰の頭が悪いですって?」
「冗談、冗談じゃて」
マイリントアは焦って短い足をパタパタさせる。
長い尻尾が細かく揺れて、可愛かった。
「でも、そっか。マイリントアは昔、退治されていたのよね。それが何かがあって蘇り、スタジアムにでてきたと」
スタジアムに出たマイリントア。
あれは、トロフィーからだったか。
怪しい男がトロフィーに傷をつけて。そこから青黒い煙と光が溢れだした。
調べることは色々ありそうだけど、今、一番大切な内容は、この『空間』が、スタジアムにモンスターを出現させたものと同じということ。
王都にあるスタジアムに出れるなら、それにこしたことはない。もしかしたらこの『空間』に入ることで、全く違う場所に飛ばされる可能性もあるけど。
それでも、孤島のダンジョンから地上に出るよりはマシと、そのダンジョンのモンスターが言うくらいだし。
私はマイリントアを地面に置き、改めて、剣を構えて『空間』の穴に剣先を入れ込んだ。
また何度でも繰り返し魔法を試していくしかないか。
毒ガスというのにいつまで耐えられるかわからないけど。
私は目を閉じて集中。
精神統一して。
気合いを入れた。
「んーーーっ!ここを、開く!!!」
「リーネさんの声ですか?」
私の声と、誰かの声が重なった。
ずっと押していた重いドアが急に開かれたように、私の身体は、勢いよく、『どこか』にツルンと押し出された。
「わっっ?」
「きゃあ」
私は勢い余って倒れこむが、身体は全く痛くなかった。何か柔らかいものがクッションになってくれたようで。
そのクッションがモゾリと動いて、私が顔をあげると、見知った人が目の前にいて、私はすっとんきょうな声をあげてしまった。
「ーーーケリー先生???」
さっきの声。知っている声だとは思ったけれど。
飛び出した先にケリー先生がいて、ケリー先生に支えられる形で二人(1人と1匹)とも転がってしまったらしい。
暗いところから急に明るい場所にきて、目がチカチカした。ぐるりと周りをみると研究器具が沢山ある場所で、ここはスタジアムではなさそうだ。
どうなっているの、と不思議に思いながらケリー先生を見上げると、ケリー先生は見たことないほど真っ赤な顔で私を見ていた。
「な、な、リーネさん。なぜいきなり現れて、、、というかその格好は何ですか。年頃の女性が、はしたないですよ」
と、ケリー先生は私からすぐに離れ、自分の着ていた白衣を脱いで私にかけてくれた。
よく考えれば、私は薄いネグリジェのままダンジョンに飛ばされて、しかも蜂のようなモンスターに、小石を投げつけられるのと同じくらいの攻撃を無数に食らったのだった。ボコボコの顔は治してもらったけど、破れて穴の空きまくった服は直っていない。
正直、今の私は裸にぼろ布を当てた方がまだマシというほどの姿なのだろう。
私も恥ずかしくなって、ケリー先生の白衣で身体を隠すが、ケリー先生はすぐに立ち上がり顔は赤いながらも気にしてなさそうだったので、私も気にしないことにした。
ケリー先生、さすが大人な男性、というところか。
背が高く、長い紫の髪に、大人らしい整った顔立ちがクールで凛々しく見える。ケリー先生は生徒だけでなく、若い女性教師からも人気があった。
魔術の権威。騎士団の団長。優しく賢く、穏やかな性格。そしてこの容姿。どれをとっても魅力的な男性。
そんなケリー先生だから、女性の身体など見慣れてるだろうし、15歳の女の子には興味もないのだろう。
ーーーまぁそれでも、恋愛対象者として、私と同じ年であっても聖女は別なんだろうけど。
「リーネさん。あなたがいなくなって、グランドロス公爵やジルさんは大慌てでしたよ。どうしてここにいるかは後で聞くとして、とりあえず、リーネさんが無事だったことを報告してきます」
と、ケリー先生は少し微笑んで、部屋から出ていった。
ケリー先生が出ていくと、部屋はしんと静かになる。
いくつかのテーブルと、それをぐるりと囲む沢山の本の山。本棚も数えきれず。
実験の途中なのだろう、ビーカーやフラスコなど科学に使う道具が液体を入れて並べられていた。
ケリー先生の個人の研究室だろう。
立ち上がって窓から外を眺めると、とても高い塔の上だとわかる。あまりに高くて地上が豆粒のようだ。
「ここはーーー魔術師の塔だわ」
なぜこんなところに出たのか。
私には、全く理解できなかった。




