悪役令嬢、闇に紛れる
目が覚めると、公爵領の屋敷に戻っていた。
見慣れたベッドの上で、私は寝転んだまま、ぼんやりと剣技会のことを順を追って思い出す。
トロフィーを回収するために剣技会に出たこと。
準決勝まで勝ち上がったこと。
トロフィーを怪しい男が割って、そこから巨大なモンスターが現れたこと。
スタジアムは大騒ぎになって、各国の要人達がパニックになっていたこと。
でてきたモンスターの中に伝説級のモンスターがいたこと。
ーーーそして、モンスターに攻撃されて死ぬと思ったら、私から黒い玉が生まれ、伝説級のモンスターを吸収してしまったこと。
周りの人達のーーー、アラン皇子達の、私に対する複雑そうな態度が目に焼き付いている。
「、、、破滅は回避できそうな気がしていたのに、、、」
呟いて、ごろんと、仰向けからうつ伏せに回転する。
「危険人物扱いになるのかしら」
よくわからない黒い玉を生み出す人物として。
少し前まで、誘拐されるという理由で家に閉じ込められていたけど、今度は危険人物として家の中で軟禁されてしまうのだろうか。
ーーーいや、リーネは物語の最後の最後まで学園にいて、主役のスミレの邪魔をしていた。
リーネが家に閉じ込められたら悪さもできない。それでは物語も進まないだろう。
しかしーーー。
学園始まってからすでに、私の知る物語とはまるで筋書きが違う。
そもそも剣技会とかなかったし、伝説級モンスターのマイリントアはゲームの中で、話題にもあがっていなかった。
それでも聖女が学園にきて初日の動きはシナリオ通りだったため、この世界が私の知る物語と違うとも言い難い。
コンコン、とドアをノックされた。私が返事をすると、目の前の扉がいつもより勢いよく開く。
返事がきたことに驚いたようで、入ってきたカリナの顔は紅潮している。
「お目覚め、、、ですか?リーネ様」
「カリナ。、、、あら、どうしたの、そんな顔して」
カリナはうつむき加減なところを、さらに険しく、泣きそうな顔になって。
「そりゃ変な顔にもなりますよ!リーネ様。覚えてらっしゃらないかもしれませんが、リーネ様がお倒れになってから、すでに4日が経っております。なかなか目覚めないから、私がどれだけ心配したと、、、う、うぅっ」
「4日も?」
安堵からか、カリナは我慢しきれず泣き出した。
「公爵様もジル様も大騒ぎなさって、国中から回復ができる魔術師を全員集めようとなさるし」
想像できるだけに、苦笑いするしかない。
色々試してくれていたのだろう。
4日飲まず食わずで、これだけ普通に目が覚めることができるのは、周りの努力のたまものと言える。
「4日も寝てしまったのね。そんなに疲れたわけでもなかったのに」
「魔力切れじゃな」
「魔力?そんな、私は何も、、、っていうか、カリナ、なんでおじいちゃん風な言い方、、、」
声が高いのでカリナと思っていたけど、声はカリナの方からではない。声が聞こえる方を向くと、ベッドの横に寄り添う『何か』に気がついた。
両手のひらに収まる大きさのそれは、黄色と紫色の虎のような形をしているが、身体中にハリネズミのように刺々の毛を覆わせている。
「ワレをテイムするのに、魔力を使ったんじゃろうな。ワレは最強の魔物ゆえ」
小型のチワワよりも小さい身体で、すごいドヤってくるそれは、なんとも可愛いというか憎らしいというか。
身体の毛は痛そうだったので、その自称『最強の魔物』の鼻をギュッとつねった。
わわわと、それはベッドの上でコロコロ転がって痛がってみせる。
「な、何をする!ワレにそんなことをするなど。主でなければ許さんところであるぞ」
キャンキャンと騒ぐ子犬のような、、、虎?
なんかどこかで見たことあるような、と思って、よくみると、その生き物と目が合い、はっと気づいた。
マイリントア。
最後にそのモンスターと目があった時と同じ瞳。
「まさか貴方、、、マイリントアなの?」
「ふん。そんな人間が勝手につけた名前。ワレには関係ないな。ワレはワレ。それだけである」
見れば見るほどマイリントアだ。だいぶミニチュアになって可愛いけど。
「なんでそんな姿に」
「なんでって。そなたの黒い魔法に吸収されたのだ。そしてワレの身体が殆どなくなって消滅しそうな時に、そなたが言ったのであろう。ワレに服従するかどうか」
「私が?そんなこと言った覚えは」
「『私達が勝ったのよね』と、勝利の宣言をしたであろう。ワレに服従するかどうかの最後の問いかけと受け取った。ワレはその時に敗けを素直に認めた。そしたら、こんな形になった」
まぁ、とマイリントアは、まんざらでもなさそうな顔で、ベッドの枕に顔を埋める。
「ゴツゴツした岩よりこのベッドの方が昼寝には気持ちが良い。この屋敷のものも良くしてくれるしな。悪くない。悪くないぞ」
ふふふと笑いながら、ベッドでゴロゴロする。
そういえばマイリントアは、スタジアムの中でものんびり歩いては休んでいた。元々のんびりするのが好きなのだろう。
「この屋敷のもの?」
私が問うと、ようやく今まで黙っていたカリナが口を開いた。
「公爵様も、ジル様も、気を失われたリーネ様をものすごく心配されて、どうにか回復できる方法を探していたのですが、そのモノが、リーネ様にべったりくっついて離れないのを見つけてから、なぜか納得されて、ようやく落ち着かれまして」
よくわからないのですが、とカリナは加える。
「リーネ様の体力と気力が落ちないように気を付けるよう命令されました。それからは回復に特化した魔術師を朝に呼ぶだけに留まられ。それと同時に、そのモノに、食事を与え大切にするようにもご命令されました」
それ、なんなんです?とカリナがマイリントアに触ろうとして、マイリントアは険しい顔で「ガウ」とカリナに威嚇する。カリナは触ろうとした手を引っ込めた。
「こら。カリナは私の大切な人なんだから。仲良くしないとダメよ」
と私が言うと、マイリントアは、しゅん、と尻尾を下げる。
「むむむ、ワレはあまり触られるのは好きではないのだが。仕方ない。特別に触ることを許す。いいか、特別だからな」
そう言うと、マイリントアは刺々の毛を、力を抜くようにして柔らかくさせた。カリナはその毛を恐々と撫でる。
そしてカリナは目を輝かせる。
「ひゃー。リーネ様。この子、気持ちいいです。可愛いです。可愛いです」
撫でているとカリナの目がハートになっていき、容赦なくグリグリモコモコと撫で出す。
「え?ほんと?あら、まぁ、ほんとに」
刺でなくなると、その毛はびっくりするほどフワフワで、かなり手触りが良い。
「わはは。やめ、やめい。こそばゆいではないか、わは。わはは」
マイリントアも何やら気持ち良さそうだ。言葉では嫌がりながらも、態度は嫌がっていない。ベッドの上でコロンと転がり、お腹を私達に向けた。
こうしていると、本当にただの、しゃべる小型のペットでしかない。
「それで?貴方は私に服従して、私のペットになろうというわけね?」
「ペットではない!主従の関係として、ワレがソナタの最強の守護者になってやろうと言っているのだ」
またキャンキャンとマイリントアは息巻く。
「最強の守護者、、、ねぇ、、、」
ちらり、とその身体の小ささに、私が疑問の目を向けると、マイリントアはむっとして、また毛を刺に変えた。
「そんなにワレが信じられないのであれば、どこかの国を全て砂に変えて証明してみせようか」
そういえば、と思い出す。
マイリントアのせいでスタジアムと、その周辺が瓦礫になってしまったのだった。
「ちょ、ちょっと。待って。わかった。大丈夫!信じる。信じるから」
「いや、ソナタの目がまだワレを信用していない。待っておけ、ワレがちょちょいと行って、隣の国を焼け野原に、、、」
マイリントアは、高くジャンプしようとして。
べちゃんと床に落ちた。顔から落ちたので、車に引かれたカエルのような姿になっている。
「、、、、、」
しん、と冷たい空気が流れた。
むくりとマイリントアは立ち上がり、何もなかったような顔をして、もう一度、ジャンプする。
しかし、残念な高さしか跳べなかった。
「な、、、な、な、何故だ。何故」
「何故と言われても」
マイリントアは、私をきっと睨み付ける。
「リーネ、まさか変動性の魔力の持主なのか?」
「変動性?」
「魔力が大きくなったり小さくなったり」
「あぁ確かに。というか、殆ど出ないというか」
ふふ、と私が笑うと、がっくりとマイリントアは項垂れた。
「、、、ほ、殆ど出ない、、、だと?そんな魔力の持主にテイムされたとは、、、」
すごいプライドが傷ついた顔をしてみせる。
そんなの、私のせいじゃないし。
「潜在能力はあるみたいなのよ?でも、なんか使い方がよくわからなくて。魔力なんて、ないならないで別に生きていけるし。問題なし」
「ワレには大有りなのである!ソナタの魔力はワレの力。血肉となるのだ。力のないワレなど、ただのすごく可愛い生き物ではないか」
ーーーまぁ、確かにそうだけど。
自画自賛は可愛くないわね。
私はまたマイリントアの鼻をギュッと摘まんだ。
力がないとわかったら、もう何も怖くない。
「何をするっ!」
「とりあえずわかった。つまり、私の魔力を強くして安定させればいいってことでしょ?安心して。私も魔力を強くしようと、時々ダンジョンに行って魔力の訓練してるから」
最近は全く練習してないけど。それは言わない。
「なんだ。理解しているではないか。では行こうか」
行く?どこに?
マイリントアが、小さい身体をすくっと立ち上がらせ、ピョコンとベッドから飛び降りた。
トコトコと短い足でどこかに行くので、そのあとをついていったら、たどり着いた場所は、ジルお兄様の部屋だった。
どうやって開けているのか、マイリントアがドアの前に行くと自然とその扉が開く。
不思議そうな顔の私に、またマイリントアがドヤった。
「このくらいの魔法は息をするようなものだ」
「そうですか」
私はスルーする。
扉が開くと、ジルお兄様が中央の机に座って仕事をしていた。
ジルお兄様は、私の顔を見つけてガタンと立ち上がると、花咲くように歓喜で微笑む。
「あぁリーネ!目が覚めたんだね!良かった!!」
本当に心配してくれていたという笑顔が嬉しい。
「心配おかけして申し訳ございません。お仕事中でしょう?とんだご迷惑を」
「いいんだよ。そこの小さいお方がここに連れてきたのだろう?」
小さいお方。
そんな偉そうな肩書きではないはずだけど。
「リーネがなかなか起きないものでな。このジルというものが見舞いにくる時に話をするようになった。なかなか面白い男だな、この男は」
「ありがとうございます。まさかマイリントアと親しくなれる日がこようとは」
ジルお兄様の態度に、私は疑問符が頭に浮かぶ。
なんでジルお兄様が下の立ち位置にいるわけ。
「ジル。ソナタはワレの偉大さを理解しているようだが、どうもワレの主はそれを理解できていないようだ。まぁおいおいわかると信じてはいるがな」
「そうでしたか。それで?今日は何をしにここに?」
「そうそう。そうだった。今日は、リーネの魔力を鍛えようと思ってここにきたのだ。ジル、ソナタの力を借りてな」
「私の?というと」
「まぁ、何もしなくて良い。少しこっちに来て貰えんか、ここ、ここ、このリーネの横に」
不思議そうにしながらジルお兄様は立ち上がり、私の横に並んだ。
すると、マイリントアはちょこんと床にお尻で座って、両手を上げる。
その片方ずつの手を私とジルお兄様の足に乗せた。
『ブン』
という音と共に、何か空間が歪んだ気がした。
一瞬、眩暈がして、ふと、前を向くと、さっきまでジルお兄様の部屋にいたはずなのに、辺りは真っ暗になっている。
足元に、何かボコボコ音がしていて怖い。
「、、、え?ここは、どこなの?」
私が声を出すと、下からマイリントアの声が返ってきた。
「ここは、ワレがいたダンジョンの中だな。修行のために特別に連れてきてやったぞ」
「え?ど、どうやって?空間移動なんて」
「リーネ、そなたの兄は空間移動の能力の持主であろう。ワレくらいになれば、相手の能力くらいわかる。ワレの力の1つは、ワレが触れてさえいれば、その能力が使えるということなのだ。ははは、すごいであろう」
それはすごい。
確かにすごいが。
「ちょっと待って、マイリントア。ジルお兄様の姿が見えないんだけど」
「ジルはリーネ大好きだからな、いると邪魔するから奴は置いてきた」
周到であろう?とマイリントアは言う。
私はさあっと血の気が引いた。
「ーーーねぇ。空間移動ができたのはわかったわ。ここがダンジョンというのも信じる。じゃあ、ジルお兄様がここにいないのに、どうやって家に帰るの?」
私が恐る恐るマイリントアに尋ねると、マイリントアは、少し、黙った。
しばらくして、口を開く。
「ーーー後先を考えないのが、ワレの悪い癖でな」
てへ、と、マイリントアは、ぶりっこして笑ってみせた。




