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アランサイド~黒の魔法~

 光魔法があるのに闇魔法はなぜないのか、という講義を昔聞いたことがあった。


 光と対なす闇。


 「そんなもの」と、魔術師の1人のじじぃが、アゴヒゲを撫でながら厳しい表情で言った。


「闇魔法など存在してはならないものです。光が世界と人を救う。それならば、闇魔法は世界に仇なし、いずれ滅ぼすでしょう」


 そこに別のつるりとした頭のじじぃが出てきて、

「いや、そうとは限らない」

と反論した。

「闇なくては光はその輝きを示すことはできないだろう。光と闇。同じだけの価値はあろう」

「いや、光が影にのまれるということもあり得る」

 

 老人達の架空のものに対する言い合いを、俺は眠気と戦いながら聞いていた。

 結局、ないものはないので仕方ない、という結論で収まった気がする。


 スミレという聖女を見ていて、そんな昔の話を思い出していた。


 ピンクのフワフワした髪を揺らし、くりくりとした目で天真爛漫に話しかけてくる。


 天真爛漫といえば聞こえもいいが、スミレに至ってはただのお転婆というか、常識知らずというか。

 とにかく鼻につくことが多かった。

 聖女とはもっと、慎みあって清楚なものではないのか。


「アラン殿下。アラン殿下。マイリントアの刺を一本一本斬ってください。刺がないスペースができたら、そこを狙い打ちしましょう。疲れは気にしないでください。私が回復させますので」

と、俺の手を握ってくる。


 女性から男性に触れるということに抵抗がないのか。このスミレという聖女は、何かと親しげに、かつベタベタと触ってくるのが鬱陶しかった。


 俺がスミレに好意があると信じこんでいるような行動も時々あって、どうしてそんな自信があるのか、理解に苦しんだ。


 一国の皇子に気安く触れるなど、言語道断。

 不敬罪で斬られてもおかしくないんだが。


 国の宝である聖女の称号を持っているだけに、邪険にすることもできず、扱いに本当に困ってしまう。


 見た目だけなら、リーネの方が聖女のイメージに近いのに、と思わず考えて、それをかき消す。


 リーネは、この俺がこっちにいろと止めてるのにも関わらず、あのロジーとかいう男と一緒に行ってしまったじゃないか。

 婚約者を置いて他の男と二人になるなんて、あり得ない話だ。


「くそっ!」

 沸いてでる怒りを、マイリントアの刺にぶつける。刺はかなり硬かったが、国宝級の剣だと折ることはできた。


 ただし、1平方メートルの間に、直径5センチ程度の刺が隙間なく並んでいる。

 刺の先端まで硬いので、根元から折ることがまずできない。

 なので、先端の方から少しずつ折っていき、短くしていくしかないのだ。


 なぜがマイリントアは攻撃をしてこず、のんびりと歩いている。さっきのスタジアムを半壊にしたビームを出されると困るが、このままなら時間さえあればマイリントアの皮膚までたどり着くことはできるだろう。


 1平方メートル分だけでも数日はかかりそうだけどな、と自嘲気味にひとりごちる。


 マイリントアは、この広大なスタジアムの半分の大きさがある。

 このマイリントアに致命傷のダメージを与えるには、どれだけの時間と労力がいるのだろうか。


 考えるだけで目眩がするようだった。 


 スミレは回復してくれるが、はじめの方より威力が弱くなってきている。どうやら魔力不足のようだ。

 聖女は魔力が無尽蔵なくらい膨大だと聞いていたが。普段の練習が足りていないのだろう。


 自分は魔力が落ちているのに、

「アラン皇子、いけるいけるーぅ」

とわけのわからない声援を送るスミレを無視して、俺がマイリントアの一部分だけに集中し刺を折っていると、マイリントアが急に蠢き出した。


 マイリントアと距離を置き、その様子を眺める。


 マイリントアは変形し、顔があり全身に刺のある瓢箪のような、手足のない姿になった。

 

 そしてそこから弾き出された流動体のの丸い玉は、近くの地域を完全に破壊した。

 土と石しか残らない状態に、愕然とする。


 ここは王都の中でも田舎の方とはいえ。


 すべて消えてしまった。

 永い年月をかけて守ってきた家も橋も、人も。


 このスタジアムですら、ケリー先生達が強力な防御魔法をかけていなければ、同じようになっていただろう。


 マイリントアは、悪魔のような攻撃を終えたあと、また元の虎のような姿に戻った。


 どうやら、力を溜めて攻撃する、というパターンのモンスターのようだ。


 俺達は、今までよりも気合いをいれて作業を始めた。さすがのスミレも、さっきの攻撃は衝撃的だったようで、黙々と、疲れた人の回復に精を出している。


 俺はそうやって無数の刺を折りながら、じわじわと限界を感じ出していた。


 先程の変身で、マイリントアの姿は元に戻ってしまっていた。頑張って刺を数本折っていたのに。

 改めて作業を始めるが、次にも変身されたら、また一からの作業になる。このままでは確実に、マイリントアへのダメージを与えられる部分には届かない。

 

 たった一回の変身で、これだけの被害が出たのだ。

 この先、どれだけの犠牲がでるか。

 想像できてしまうのが辛すぎた。


 それならいっそ、一万の兵士と千の魔術師、、、。

「っダメだ。それは、、、」

 

 自分の弱い心に負けないように今までよりも力を入れて刺を折り続ける。


 自分は父親とは違う。


 国民の命を何より優先して、国民のための国にしていくのだ。決して、国民の命を粗末にはしない。


 すでに兵士と魔術師を集めるように伝達はいっている。人が集まり出撃の命令が出た時にはもう遅い。


 それまでに、俺がどうにかしなければ。

 ーーーそう思うのに、焦りばかりが先走って、作業は全くはかどらなかった。

 

 そして。

 マイリントアが1つ、あくびをする。


 しまった、と思った。

 考え事をして注意が怠っていた。


 マイリントアは、あくびの後、顔の向きを変えて、スミレの方を向く。

 

 それはダメだ。

 聖女は国の宝。

 何があってもここで聖女を失うわけには。


 俺が剣を手放し、スミレの方に飛び出そうとした時、俺より先に、血塗れの白銀の髪の少女が飛び出した。


「危ないっ!」


 いきなり現れたリーネはスミレの腕を掴み、勢いつけてスミレを遠くにぶっ飛ばした。

 スミレは飛びながら、何か文句を言っている。


 ーーー助かった。


 助かったが、、、、ーーー容赦ねぇな。


 ちょっと苦笑いをしてしまう。

 そして聖女と代わる形で、リーネがマイリントアと向かい合った。


 しまった。

 ピンチを抜けたかとと思ったが、全然抜けていない。

 このままではスミレの代わりにリーネがビームでやられる。

「リーネ!!!」

 俺が走り出すと同時に、ロジーという男もリーネを助けるべく飛び出した。せめてどちらか間に合ってくれ。


 リーネへの距離が、近いはずなのに遠く感じた。

 リーネの行動一つ一つがはっきりと見える。


 スミレを飛ばしてリーネは満足そうにしていたが、マイリントアと視線を合わせてからは顔を強ばらせた。

 怖いものから逃げるように、ぎゅっと強く、リーネはその目を閉じる。

 ーーー死を、覚悟したかのように。


 その時、リーネの身体の周りに、仄かに黒い、モヤがかかったように見えた。

 目の錯覚かと、俺は目を細めてみるが、かえってモヤはどんどん濃くなっていく。

 モヤは、リーネの前に集まり、ビー玉くらいに小さく、丸くなった。

 ゆっくりに見えたが、それはたった一瞬の出来事。


 あれは何だ?


 近寄ってはいけない気がした。

 俺はリーネに近寄る足に急ブレーキをかけ、その場に留まる。

「んあ」

と、マイリントアはリーネに向けてビームを吐き出す。

 そして。

 ーーーリーネの前の黒い玉が、そのビーム全てを吸収してしまった。


「ーーーなんだ?あれは、、、」


 あのビー玉ほどの小さい玉に、どれだけの力があるというのだろう。あのビームはスタジアムを半壊にしたほどの威力のはずなのに。

 リーネも、覚悟をしていたはずのビームが来なくて、不思議そうにゆっくりと瞳を開く。

 そして、目の前に浮く黒い玉に気がついた。


 黒い玉はビームを吸収したせいか、ビー玉大から手のひらサイズまで大きくなっている。

「ーーーなにこれ」

と、リーネは黒い玉を触っている。


 よくあんな不可解なものに躊躇なく触れるなと思う。

「なにこれ」

 リーネは混乱して、俺達の方に向いて尋ねてきた。


 リーネから出てきたものなのだから、リーネがわからなければ俺達は知るはずもない。

 俺はまだ状況が掴めておらず声がでなかったが、ロジーという男は何者だろう、こんな時でもそこまで狼狽えることなく、リーネに説明した。

「、、、リーネから出てきたその黒い玉が、マイリントアのビームを全て吸収したんだ」


 そう、それが、今わかる全て。

 トロフィーのことも、マイリントアのことも、リーネの黒い玉のことも。何もわからないまま。

 リーネは、それでも思い当たることがあったらしい。

「あっ!」

と何かに気付き、そして、その黒い玉に手を伸ばし握りしめた。


 握れるのか。

 俺が思った時、リーネも同じように呟く。

「握れた」


 そして。リーネは何かを考え、その玉をマイリントアに投げつけた。

 さっきのスミレを投げ飛ばす行為といい、リーネ、お前、行き当たりばったり過ぎないか。

 マイリントアに投げられた黒い玉。

 それはマイリントアに届くと、渦を巻いてマイリントアを吸収しはじめる。


 これには俺も、唖然とするしかなかった。

 マイリントアは、広大な土地に作られた学園の校舎よりももっと大きい。その校舎を、そこらに落ちている小さい石が包み込もうとしているようなものだ。


 どうなっている。これは。


 ケリー先生の幻覚か何かだろうか。 

 ーーーいや、ケリー先生は、マイリントアを退治するための人集めに、この場を離れたはずだ。

 そもそもこんな幻覚を作って、何のメリットがあるというのか。

 これは幻覚ではない。現実だ。

 そう、黒い玉小さな玉に、伝説級のモンスターが手も足も出ずに、渦を巻きながら半分以上吸収されてしまっているとしても。


「ワ」

とマイリントアが最後の声をあげて、それに対してリーネが、こんな状況にも関わらず、ぞっとするような微笑みでマイリントアを見ていたとしても。


 悪魔の少女。

 そう呼ばれていたことを、俺は思い出した。

 本当は、ーーー本当に悪魔の少女だったりするのだろうか。


 とうとうマイリントアは、反撃をすることもできず、リーネの黒い玉に完全に吸収された。お役目御免と、マイリントアがいなくなると、黒い玉も姿を消していた。


 マイリントアが、いなくなった。

 助かったのだ。

 この国の危機が去った。


 ーーーそれなのに。


 リーネを見ていたスタジアム内の全ての人が、リーネを凝視したまま、声も出せず、動くことさえできずにいた。

 今ここで起こった全てのことが、信じられないのだ。

 そしてまだ15歳という若い少女が、不思議な力で危機を救った。


 ーーーそう思えたらいいのに。


 リーネの魅せた力は、賞賛するにはあまりに強大すぎて。ーーー人の理解を越えてしまっていた。

 人は、理解できないものを本能で怯える。

 だから誰も。

 誰も動くことなく、ただただ黙って、リーネを見ていた。そして、沈黙が続きすぎると、誰も賞賛しないことが気になってくる。

 リーネは、元々評判の良い人間ではないのも大きく影響しているのだろう。

 誰も声を出していないのに、雰囲気が重く、悪いものになりだしていた。


 これは不味いな、と俺は思う。


 黒い玉が何にしろ、リーネは賞賛されるべきだ。

 このスタジアムの、この国の、多くの命を間違いなく救ったのだから。


 俺はどうしようかと悩み。

 そして思い出した。


 普段毎日使うことで、なんとなくルーティンになってしまって、身体にはかなり負担がかかっているのにその魔法を使っていることさえ忘れてしまっていた、その存在を。


 パチン、と俺は指を鳴らし、血塗れで汚れたリーネに『保清の生活魔法』をかけた。

 一気に、リーネから恐竜の血だけでなく、戦いの中で汚れた砂ぼこりもぬぐいとった。


 そうして、もう一度、パチンと指を鳴らす。

 ーーーリーネの魅力を1/10以下にする魔法を、俺は苦汁の決断で解除した。


 瞬間、花咲くようにリーネが光を帯びて、どこぞの天使か女神かとばかりに輝いた。そんな状況とも知らず、リーネは俺の方を振り向く。


 絶対見ないようにしようと思ってたのに、直視してしまう。

 

 なぜこのタイミングで俺を見るのかと、俺はリーネから視線を反らした。

 少し、リーネは寂しそうにしたあと、ロジーという男に声をかけた。

「ロジー!私達、助かったのよね?」

 リーネはロジーに手を伸ばした。ロジーがリーネの手を握ろうとした時、リーネがふらりと眩暈を起こした。


 魔力切れかもしれなかった。

 リーネは完全に気を失っている。

 ロジーが、意識を失ったリーネを支えていた。

「リーネ」

 ロジーは複雑そうな顔でリーネを見下ろす。

 これから救世主とも、悪魔とも呼ばれるだろうリーネ。下手したら、このまま牢獄に連れていかれる可能性もあった。

 ーーーだが。

 ロジーの心配するようなことにはならないだろう。


「安心しろ。殆どの人が気絶している」

 ロジーは周りを見渡して、目を見開いた。

「、、、どうして」

と呟く。


 スタジアム内の人達殆どが気絶とは。

 大通りのようになるとは思っていたけど、これは予想以上だった。

 多分、恐竜やマイリントアに対するリーネの活躍で、すでにみんな、リーネに惹かれていたのだろう。


 その上で俺が魅力軽減の魔法を解いたから。

 与える影響が多かったのだ。


 ーーーーリーネの魅力、恐るべし。


 俺はロジーからリーネを奪うようにして、リーネの身体を引く。

「ーーー俺が連れていく」

 俺はリーネを横抱きにして、俺はスタジアムを去った。



 のちに、『王都のスタジアム事件』として言い伝えられることは、まだ誰も知らない。


 

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