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悪役令嬢、伝説級モンスターの攻撃を受ける

「あっ!危ないっ!!!」


 なぜ私はこんな遠くから、その様子を静観してしまっていたんだろう。


 伝説級モンスター、マイリントア。

 ここがまるで自分のテリトリーであるように、のんびりと動いて見えていた。

 実際、あくびのような声と同時に出たビーム以外には何も攻撃行動はしてこなかった。


 私はロジーと共に恐竜の方を優先して討伐し、それを見ていた各国の要人や兵士達から喝采を浴びていた。 

 別に誉められたくてしたわけじゃないし、すごくその場に残るのが気恥ずかしくて、ロジーとマイリントアの方に戻ろうとしていた時だった。


 あちらの世界の一般的なドームスタジアム4個分ほどの広大なスタジアム。その半分を占める大きさのマイリントアは、数歩歩いては止まって、大きな動きは見られていなかった。

 なのに、虎やライオンのような顔立ちをしたマイリントアが、背中の方から急に変形し始めた。

 表面の動物的な容姿の中に、流動体のスライムのような物体が入っていたような。


 背中の中央が流れるように蠢き、そのドロドロとしたものが徐々に大きくなっていく。

 マグマのように盛り上がり、その流動体は表面の姿ごと覆っていく。身体全体を覆ったあと、そこに現れたのは、鬼の形相。

 全身に刺を持った鬼の仮面の化物、としか言いようがない。不可思議な生き物になった。

 

 さっきの動物のような姿ではない。

 手も足もなく、ただ、瓢箪の上部に鬼の顔があるような。


 手も足もないのに、どうやって動くんだろう、と思ったら、鬼の顔が、スポンと自分のお腹の中に顔を隠した。


 今となってはただの丸だわ、と私が思った時、鬼の顔がでると同時に、そのぐにゃついていた流動体の部分が小さい球体となって、数十個、スタジアムの外に飛んで行った。


 その球体が地面に到着するやいなや、「ドゴォンン」と爆音とともに激しい地響きが聞こえた。

 地震がきたかのように、スタジアムの床が大きくグラグラと揺れる。

「きゃああ」

「うわあぁぁぁっ」

 激しい揺れに、立つこともできず、避難する人達は倒れこんでいた。


「なっ、、、!!!」

 私はピームのために見晴らしがよくなったスタジアムから外を見ると、スタジアムを覆っていた平地や森だけでなく、遠くの山まで、ただの荒野になってしまっていた。


 範囲にして10kmはあるだろう。

 果てしなく遠い場所まで、土と石以外には何もなかった。

 

 スタジアムは強力な防御魔法がかかっているという言葉を思い出す。

「こ、これは、、、、」


 もし魔法がなければ、このスタジアムも目の前の場所のようになっていたのだろう。さっきのビームでは、強力な結界魔法が効いているのに、ドームは半壊したのだ。さらに強力そうな今の攻撃がこのドームを襲ったら、どうなるかは簡単に想像できる。


 私はゾッとするしかなかった。


『マイリントアを倒すのに兵士一万と魔術師千の命が必要』。

 ケリー先生が言った言葉。

 なるほどと思う。むしろ少ない方かもしれない。

 たった数分でこれだけの被害を与える化物。

 すぐに決死の覚悟で討伐しないと、数日で一国が焼け野原になるだろう。その被害は数えきれない。


 マイリントアの恐ろしさを聞いていたのに、それでも甘くみていたのかもしれなかった。


 マイリントアは、流動体の砲弾を放ったあと、またグニグニと姿を変える。


 1分ほどして、マイリントアの元の姿に戻った。


「恐ろしいモンスターもいるものだね」

 ロジーが平静に努めようとしているが、その顔色はやはり、いつもより悪い。

 マイリントアの攻撃を受けたら、人間など一溜りもないとすぐに理解できるからだ。


「ロジー。何か、良い方法思い付かない?」

「そう言ってもね。魔法完全防御に、あの長い刺の毛並みじゃあ」

「こっちも砲弾で対抗するとか」

「ここに砲弾を持ってくるのにどれだけ時間と労力がいると思うんだ。その頃にはこの国が潰れてるよ。そもそも昔の人も砲弾を使ったと思うよ。それでも効果なかったから万の命と引き換えに封印したんだろ」

「でも」

「兵士一万と魔術師千人でどうにかできるなら、そっちの方がいい。すでにその準備は進んでいるようだよ。この状況をみていない人達はすぐには心の準備ができないだろうけど、時間の問題だ。この化物が王都の中央にでもいこうものなら、、、」


 兵士一万と魔術師千人。

 そんな数。

 そしてその中には、多分ケリー先生や知り合いの兵士達も混ざるのだろう。その全ての人が死んでしまう。


「で、でも昔より砲弾の威力も何倍もあがってるはず。そうだわ。ジルお兄様。ジルお兄様なら私も一緒に運べる空間移動ができるから砲弾を持ってこれるかも」

「無理だね。空間移動は基本自分1人だけ。その『ジルお兄様は』魔力が強いからリーネも連れていけたんだろうけど、二、三人が限界だろ。砲台なんてとても」

「じゃあ、、、ほんとに、人の命を犠牲にする以外に打つ手はないの、、、?」


 ケリー先生。

 まだ出会って少ししか経っていないけど、すごく優しい人なのに。


 この物語の恋愛対象者。

 こんなところで死んでいいの?

 ケリー先生。

 ゲームとか関係なく、穏やかでとても良い方なのに。

 

 マイリントアは、また前のように、ノソノソと数歩歩いては止まる。


「ーーー魔法」

 私は呟く。

「?」

「魔法よ。本当に完全魔法防御なのかしら。あの魔物が自分でそう言ったわけじゃないんでしょう?モンスターのデータとして普通の魔法が効かないのは確かだろうけど、もしかしたら、特殊魔法なら」

「特殊魔法?」

「スミレよ。神聖魔法。回復系に特化してるけど、本来は『光の魔法』。光の力でどうにかなるかも。アンデッドは回復魔法でダメージを受けたりするじゃない」

「そうなのか?聞いたことないけど」


 物語の知識なので、堂々とは言えないけど。


「とにかくそうなの。だからスミレに」

 スミレの方を振り返ると、アラン皇子や一部の兵士達が、がむしゃらにマイリントアの刺の毛を斬ろうとしている。スミレはそれを真剣な顔でフォローしていた。


 でも今はまだマイリントアは攻撃体勢に入っていない。今のうちにスミレに魔法を試してもらおう、と私は足を踏み出す。


 万が一回復魔法を使ってマイリントアが回復してしまったとしても、マイリントアはまだ全くダメージを受けていない。受けていないダメージを回復させることはできないだろう。

「スミレ、、、」

 スミレを呼ぼうとして。


 マイリントアが、小さくあくびをした。


 ぐるんとマイリントアが首の向きを変えて、スミレの目の前に顔を向ける。

「ーーーーあっ」

 ビームがくる。

「危ないっ!!!」


 私はなぜ。こんな遠くからその様子を静観してしまっていたんだろう。


 スミレはこの物語の主人公。

 マイリントアは物語にはでてこない。

 物語の何かが狂ってきている。

 でもスミレがいなくなれば、この物語はどうなるの。スミレなしで、この世界は持続するの?


 私だけじゃない。お父様もお兄様もカリナも。

 私の好きな人達がみんな、いなくなってしまうの?

 そんなのーーーー嫌だ。


 私は走り、マイリントアと目があって固まってあるスミレの腕を握る。

 全身に力を込めて、思い切り。


 私はスミレを投げてぶっ飛ばした。


「ちょ、何するのよ、リーネ、、、」


 状況を把握していないスミレは、空中を飛びながら私に不満をぶつけようとする。


 さっきのスミレと立ち位置が、そのまま私の立ち位置になる。

 マイリントアと視線が合い、マイリントアの大きな瞳が、少し可笑しそうに細くなった気がした。


 ーーーー何が可笑しい。


 当時のマイリントアを倒した人達だって、自分の命より大切な人の命を優先したんだ。

 せめて自分の分まで残った人が幸せになって欲しいと願いながら。

 でも。

 でも本当はーーー。


「リーネ!!!」

 アラン皇子とロジーが私を呼ぶ声が聞こえた。


 同時に、私を嘲笑うかのようにマイリントアが。

「んあ、、、」

と声を出そうとして。


 ーーーー本当は死にたくないーーー。


 ぎゅう、と私は強く目を閉じた。

 恐怖とマイリントアへの怒りで、私の何かが爆発しそうになりながら。

 マイリントアの口からビームの出てくる様子が、スローモーションのように見えた。

 

 ーーー死ぬ。

 

 ビームは一瞬だった。あれを受けたら即死だろう。だからその一瞬の痛みの訪れを覚悟して待っていたのに、一向にその衝撃が来なくて。


 私はじわりとその閉じた目蓋を開いた。


 目の前に。

 マイリントアと私の間に、仄かに黒い、手のひらサイズの小さな玉がぷっかりと浮かんでいた。


「ーーーーなにこれ」 

 触ってみると、その玉はほんのり温かい。 


「なにこれ」

 確認するために振り返ると、アラン皇子が、整った顔が崩れるくらい口を開けて呆然としている。


 驚きつつもまだ冷静な表情のロジーに視線を変えると、ロジーは戸惑いながらも口を開いた。


「、、、リーネから出てきたその黒い玉が、マイリントアの出したビームを全て吸収したんだ」


 私から黒い玉が?

 なぜ私から黒い玉が。

「っあ!」


 思い至った。

 私の魔法。ーーー黒魔法。


 それは、決して壊すことができないはずのダンジョンの地面に『穴をあけた』。


 マイリントアは『ダンジョンの生産物』だ。

 関係あるかはわからないけれど。


 まだ私とマイリントアの前に浮いている黒い玉を、私は今度は握ってみる。

「ーーーー握れた」

 そして、試しにマイリントアに投げてみる。

 結構、強く投げたはずなのに、黒い玉はユルユルとマイリントアに向かって進んでいく。


 マイリントアにたどり着いた瞬間、その黒い玉は、渦を巻くようにマイリントアの身体をえぐり始めた。


 否。

 えぐるように、吸収し始めた。


 徐々に大きな渦を巻いて、マイリントアは体内の流動体ごと、吸われていく。

 回した洗濯機の中の水を掃除機で吸うとこうなるのかな、なんて、私は場違いなことを思ってしまった。


「ワ」


 他のモンスターのように叫び声をあげるのかなと思ったけど、マイリントアは意外にも、小さく、少し穏やかな声で「ワ」声をだしただけだった。


 ワ、って何だ。ちょっと可愛いんだけど。


 くすり、と笑った私を、周りにいる皆が凝視していた。まるで怖いものでも見るみたいに。


 マイリントアは、最後、尻尾まで吸収され。


 ーーーースタジアムから姿を消した。


 

 しんと静まったスタジアムの中。

 あまりに静かで耳が痛いくらいだった。


 役目を果たしたからか、黒い玉もいつの間にか消えていた。


 伝説級のモンスターがいなくなって、みんな歓喜で騒ぎだすかと思ったのに。


 私がアラン皇子を見ると、これ以上ないくらい真っ青な顔をして私を見ていた。その近くにロジーがいて、私はロジーに手を伸ばした。


「ロジー!私達、助かったのよね!」

 ロジーが私の手に、自分の手を伸ばした時。


 立ちくらみがして。


 ーーーー私は意識を手放した。



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