ロジーサイド~ともに戦う~
聖女の暗殺。
それが僕の使命であり、ここにいる全てだった。
リーネに惹かれている自分もいるけど、あくまで『お気に入り』なだけで、使命より優先されることはない。
だから僕は聖女であるスミレを選び、スミレと共に行動していた。
巨大な鳥と巨大なゴリラみたいなモンスターが現れた時、暗殺のチャンスだと思った。
スミレの後を追い、うっかり事故と呼べるタイミングを見計らっていた。
でもなかなかスミレに隙が見当たらなかった。
リーネもそういう気配を感じることがあるけど、スミレも同じように、僕が暗殺者であることを知っている雰囲気を醸し出すことがある。
スミレは必ず僕を視界にいれて行動するんだ。
スミレの後ろを走っているというのに、スミレはキョロキョロと周りを見渡すふりをして僕の行動を見続けていた。
さすがに疑われているなとわかり、僕はそのチャンスがくるまで待つことにした。
ゴリラのような巨大モンスターとの戦いに勝利したアラン皇子とリーネにたどり着くと、リーネが左腕にテーブルクロスらしき布を巻いていた。
あの巻き方は骨折した時の巻き方だ。
リーネは極力表情に出さないように努めて笑っているけど、かなり痛いはずだ。
スミレもそれに気づいて、すぐにリーネに近づき、回復魔法をかけた。さすが聖女。
ーーーと思ったら。
「、、、あら?あら??なんでかしら、回復魔法を使えないっ!もしかして、戦いに慣れていないから、身体が緊張と恐怖ででないのかもしれないわ」
この大根役者!!!
演技が下手すぎだし、さっきまで次々と僕に回復魔法を使ってたじゃないか。怪我もしていないのに。
今さら、緊張と恐怖で魔法が使えなくなることはないだろう。スミレ自身の魔法の能力は高くはないが、全く回復できないということはないはずだ。
そんなあからさまな聖女を、リーネは聖女の言うまま素直に信じた様子だった。
「それじゃ仕方ないわね。大丈夫だから気にしないで」
とリーネは優しくスミレに声をかけている。
一体誰が、リーネを悪魔令嬢と呼んだのだろう。
僕がもっと前からリーネの知り合いだったら、根も葉もない嘘を並べてリーネを陥れようとした人達を片っ端から殺してあげたのに。
そうこうしていると、トロフィーから青黒い光が溢れ、トロフィーの中から更に二頭の恐竜がでてきた。そのあと、マイリントアという伝説級のモンスターが姿を現した。
マイリントアは、一国の大軍並の兵士と魔術師がいないと倒せないという、昔のダンジョンの最下層のボス。
まだここをダンジョン内と思っているんだろうか。ノソノソと歩いてあくびしたりしている。
一度、あくびついでに声をあげたと思ったら、ビームが飛んでスタジアムの半分が壊滅した。とんでもない威力の持ち主であることは確かだ。
しかし、完全魔法防御を持っているのに、2メートルはあろう刺の毛を身体中にびっしり生やしたマイリントアに攻撃するのは至難の業だ。2メートルの長い槍を使っても皮膚をかするくらい。弓で矢を射てもどこかの刺に当たって弾かれる。
物理も魔法も攻撃ができず、だからマイリントアは『戦う時』だと理解していないのかもしれなかった。
それならば今は、恐竜討伐の方が先かと思う。
各国の要人達は兵士と魔術師が必死に守っているけれど、恐竜の力に圧されて今にも崩れそうだ。
それがわかっているから、要人達の顔は醜く歪み、見てて『気持ちが良い』ほどに泣きじゃくっていた。あぁいう顔を見たら、どうにかして更に踏み潰してみたくなるんだけど。
「ひゃあっ」
スミレの声が聞こえた。
スミレは、少し前からアラン皇子に釘付けになっている。アラン皇子は誰がみても麗しい美貌の持ち主だから仕方ないけど、ひゃあ、はないなと思う。もう目がメロメロだ。
そしてアラン皇子は、怪我をしたリーネに対するスミレの態度を見ているのもあって、スミレへの好感度は低いようだった。侮蔑の視線が時々混じっているのがわかる。
スミレはスミレで、それを察知できていないようだ。少し距離を置いた方がまだ好感度があがりそうなのに。
ちょっとした親切のつもりで、僕はスミレに声をかけた。
「スミレ。とりあえず僕達はあの恐竜から倒そうか」
なのにというか、やっぱりというか。
「ロジーは1人でも大丈夫でしょ。アラン皇子が怪我したら大変だもん。私はこっちにいる」
スミレはアラン皇子の傍を選んだ。僕が暗殺者であることを知っているからかもしれないが。
知っているなら、隠す必要はあるんだろうか?
もういっそ、モンスターを斬るふりして僕の計画を遂行してしまおうか。
他の人に見られても構わない。ここにいる人間を僕が全部始末すればいいだけの話。
そうか、それが一番手っ取り早いかも。
そう思った。
その時。
「じゃあ、わたくしがそっちに行きますわ。ロジー、ご一緒にあの恐竜を倒しましょう」
にこっと笑ったリーネ。
僕と目が合うと、そのスカイブルーの瞳の瞳孔が大きくなった。
僕は知っている。
瞳孔は、興味があるものを見ると大きくなるんだ。
リーネが僕を親しく思ってくれているのは知っている。でも、自分の意志ではどうしようもないところで、その事を示してくれることが、こんなにも嬉しい。
人間らしいことを今まで全くしてこなかったけど。
リーネが、少しずつ僕に人間らしさをくれている気がした。
僕はリーネに頷く。リーネは更に柔らかく笑った。お互いに納得して。リーネが走り出したから僕も走り出したその時。
リーネが強制停止をかけられた。
アラン皇子に襟を掴まれたのだ。
ーーーーリーネの、婚約者。
「マイリントアに物理攻撃でダメージを与えられる人間が他に何人いる」
明らかにリーネを引き留めたいのだろうに、アラン皇子も素直じゃないというかひねくれているというか。
なのに、結局、アラン皇子は振りほどかれ、リーネは僕と一緒に恐竜に向かっている。
アラン皇子より僕が選ばれたようで普通に嬉しかったけど、アラン皇子が少なからずショックそうな顔をしていたから、一応、聞いてみた。
「いいの?」
リーネは少し考えて、
「ーーーいいのよ別に」
とだけ答えた。
その表情からは、リーネの心は読み取れなかった。
少し怒っている様にも聞こえたけど、何かを考えていることは間違いない。
「それよりロジー。この状況、どう思う?」
リーネに聞かれて、僕は今の状況に意識を向ける。
トロフィーが誰かの意図で混入したこと。
なぜかそのトロフィーから、モンスターが複数でてきたこと。
そのモンスターの一頭が、以前封印して倒しコアになった、その時のモンスターだったこと。
トロフィーには、現皇帝が関わっているかもしれないこと。
スタジアムには近隣の国の要人達が集まっていること。
ーーーそして、いま、その要人達が窮地に立たされていること。
「普通に考えたら、コアの使い道を詳しく知っている人間の助言で、ここにきた各国の要人達を殺したいってことなんだろうけど」
「要人を倒してどうするの。関係が悪くなるだけじゃない。戦争になればこっちも犠牲が出るし、損ばかりよ」
「そうでもないんだよ。普通の人は、もちろん、食べ物もなくなるし生活という生活ができなくなる。貧しいし飢えるし危険だし。一般の人にとって戦争はほんと損しかないと思うけど。ほんの一握り。ごく少数だけ、戦争が起こることで莫大なお金を手に入れることができるんだ。戦争による甘い汁を吸いたい人は沢山いるわけで」
リーネは顔をしかめた。
「聞いてるとゲロがでそう」
本当にゲロがでそうなわけではないだろうけど、リーネは苦虫を踏み潰したような顔をしてみせる。
ふふ、と僕は笑った。
「リーネ。令嬢が謹み深さを捨てるのはどうかと」
「ロジーの前だけだから、いいのよ」
「僕の前だからこそ、ぜひ女の子らしくいて欲しいけどね」
嘘とも本気とも言わず僕が言ったけど、そこはリーネも全く照れることなく、スンとしていた。
「女の子らしいとか、令嬢らしいとか、、、」
何か呟きだした。
「そういうの、どうでもいいの。私はただ、、、」
恐竜のところまでたどり着いた。
バリアで守られた要人達の、新しく助けに来た僕達の方に視線が集まる。
「ただ普通に生きたいだけなのよ」
左腕が骨折しているはずのリーネは、バランスを崩すことなく高くジャンプした。
空中で剣を抜き、剣を振りかぶって二階建ての家くらいの大きさの恐竜の背中に剣を突き刺す。
「グワァァァー!!!!」
一頭の恐竜が剣で刺され大きく暴れる。
二頭が対になっているようで、もう一頭の恐竜もボク達の方に意識を向けた。
「グィィルルルル」
僕達に威嚇してくる。
恐竜に剣を突き刺したリーネは、剣ごと恐竜の背中に乗ったまましがみつき、体勢を立て直した。
その姿で背中にさした剣を抜いて、足を踏ん張りもう一度剣を振りかぶった。
回転するようにして。
リーネが剣を振ると、部屋が一室入りそうな太さの恐竜の首が、半分一気に斬れた。大量の血が溢れる。
何をしたらそうなるかわからないけど、リーネの力と技術は尋常じゃない。
左腕が骨折しているなら、左腕が使えないというだけではない。少し動くだけで激痛が走るはずだ。それなのにこれだけの動きをするリーネの精神力は驚嘆に値する。
「、、、それで普通になりたいなんて、よく言う」
ボクは困ったように笑って、もう一頭の恐竜に向き合った。
リーネの方は、リーネに任せて大丈夫そうだ。
さてボクはどうやって倒そうか。
恐竜の顔をみて、毒はどうかなと考える。
ボクはポケットから、暗器の一つである極細のワイヤーを取り出す。
細すぎて糸にしか見えない特殊なワイヤーだ。
それを素早い動きで恐竜の周りを回り、恐竜にグルグルと巻いていく。
勢いよく。そのワイヤーを引っ張って回収した。
他国の要人、兵士と魔術師と多くの人がボク達をみてるけど、これは誰にも見えてなかっただろう。
ワイヤーを巻かれた恐竜さえも。
一滴で象が即死する超強力な毒。
それをワイヤーに隙間なく塗り込んでいる。
勢いよくワイヤーを引っ張ることで、ワイヤーが恐竜の身体に少なからず傷を作り、そこから毒が入り込む仕組み。
ワイヤーを回収したボクは、スタスタと恐竜の傍から離れた。
「、、、5、4、3、2、1、、、、」
数えて。
グラリと恐竜が力なく、地面に倒れこんだ。
ズシンと倒れた恐竜の重みで地面が揺れる。
わぁ、と歓声が上がった。
バリアを破ろうとしていた恐竜の恐怖から解放された観客達は、安堵と歓喜の表情を浮かべている。
「いま、何したの?」
思い切り恐竜の血を頭からかぶって血塗れのリーネは、そんなことを気にすることもなく、ボクの暗器に興味があったようで、ボクに近寄ってきた。
少し離れたところでもう一頭の恐竜が倒れていた。
流石だな。
「特に何も。あいつが勝手に倒れだけだよ。おなかでも空いてたんじゃないの?」
ボクが言うと、リーネは、少しきょとんとした後、あははと鈴を転がすような声で明るく笑った。
「目の前にいる人達を食べれなかったものね」
恐竜の血でドロドロのリーネ。
臭くて汚い。とても公爵令嬢とは思えない様子で。
白銀の髪ももう見る影もない。
ーーーそれでもボクは。
ボクに明るく笑うリーネを、綺麗だと思った。




