悪役令嬢、モンスターと戦う 2
伝説級モンスター、マイリントア。
山のように巨大で、牙がまるで鎌のようだ。虎に似た体躯で、その毛並みが全て刺になっている。
攻撃しようにも2メートルはあろう刺がそれを阻み、魔法は完全魔法防御状態だという。
戦う術が見つからない。
マイリントアとは別に、恐竜のようなモンスターも先に2頭、地上に解き放たれている。
マイリントアの巨体はスタジアムの大半を占め、残ったスペースに、生き残った人達がところ狭しと敷き詰めあう。その中に紛れた恐竜が、集まった人々に齧りついて振り回していた。
血の涙を流し、人間は叫び続ける。
それはまさに地獄絵図だった。
マイリントアと出入口の反対側である方向は、かえって人がおらず、閑散としていた。
メインテーブルのあった場所に落ちているトロフィーにアラン皇子が近づく。
「とにかく、これ以上被害がでないようにトロフィーを壊すぞ」
アラン皇子がトロフィーを持ち上げて叩き落とす。これだけの元凶のくせに、トロフィーは落としただけであまりにも簡単に割れて砕けた。
「金属って、こんな簡単に割れたりしないでしょ」
合流したロジーは、壊れたトロフィーの欠片を手にとって、宙に透かしてみせた。
だからといって何がわかるわけでもない。
そこにケリー先生が近付いた。
「詳細は、落ち着いてから解析しましょう。まずは人命救助です。マイリントアは、今の私達では倒せません。どうにかここの人達を1人でも多く助け、私達も逃げ出して出直すしか」
偉大なる魔術師の権威のケリー先生がそこまで言うなら、その通りなのだろう。あれほどの魔法を駆使するケリー先生が倒せない魔物が、他の人に倒せるはずがなかった。
「、、、逃げるって言ってもどこから」
聖女であるスミレが、マイリントアの迫力に圧されて震えていた。スミレは私と違ってダンジョンも経験なく、実戦は初めてなのだという。
スミレは私の左腕が折れているのに気付き、すぐに回復魔法をかけてくれようとしたが、モンスターへの恐怖からか神聖魔法を使うことができなかった。
私は回復を諦めて、改めてロジーに、折れた左腕をテーブルクロスで身体に固定してもらう。
マイリントアは、恐竜達とは違って、まだ戦闘態勢に入っていなさそうなのが救いだった。
私が元いた世界でのドーム4つ分くらいの大きさであるスタジアムの中を、マイリントアはノソノソと狭そうに歩いている。
「、、、実は名前の通り、穏やかな生き物だったりして」
私が呟くと、マイリントアは「んーあ」と返事するように声を出した。
その時、口の中が光り、線を描くように地上と水平にビームが飛び出した。
チュイン。
そんな小さな音だけが聞こえただけだったのに。
一瞬にして、スタジアムの半分以上が完全に姿を消した。元々天井のないスタジアムだったが、ステージをぐるりと囲っているはずの観覧席の半分がなくなり、スタジアムの中からでも、外の景色が広々と眺めることができるようになっていた。
「、、、これは生きて帰れる気がしないな」
苦笑いしかできないというアラン皇子に、スミレがアラン皇子の腕の服を握り、
「そんなこと言わないで下さい、アラン皇子。私達、絶対生きて帰りましょう」
と、元々可愛い声を更にかわいらしく言って、しっかとアラン皇子を見つめた。
アラン皇子はスミレのその圧力に、少し後ずさりしつつ、静かに頷く。
「あっ!怪我してるじゃないですか」
スミレはアラン皇子の頬が少し血がでているのに気づいて、そこに手を当てる。
すぅっとアラン皇子の傷が消えていく。
アラン皇子の頬が完璧に元に戻ったのを確認して、スミレはにっこりと笑った。
「もう大丈夫。あとにも残りませんよ」
「ーーーあ、あぁ、、、」
「回復魔法は得意なんです。これからも何かあればすぐに言ってください。ちゃちゃっと治しますから」
アラン皇子を見つめるスミレから、キラキラと眩しいものを感じる。
ーーーーあっっれぇーーーーーー????
おかしいなぁ。
初めての実戦の緊張からか、何度やっても回復魔法は使えないんじゃなかったの?
あっさり使ってるんだけど。
どういうこと?
アラン皇子は顔のかすり傷で、私はがっつり腕が折れてるんだけど。
優先順位間違ってない?
アラン皇子もそれは感じているようで、スミレの態度に戸惑いながらも、スミレに口を開く。
「スミレ、助かったが、リーネにも回復を」
「アラン皇子!!攻撃が来ます!!」
言葉を被せるように、スミレは叫んだ。
しかしマイリントアはただ尻尾を振っただけだった。
っっあぁーーーそう。
そういうこと。
そういえば入学式当日、私が転んでも手を差しのべてもくれなかったわね。
つまり、私とは相容れないってことでしょう?
マイリントアより先に、目の前の聖女をばっさり斬りたい衝動に駆られながら、私は剣の先をマイリントアに向けた。
この怒り、悪いけど八つ当たりさせてもらうわ。
私は左腕が使えないながらも、右手で剣をしっかりと握り締める。
マイリントアに近づき、ひゅんと剣を振ると、マイリントアの硬い刺の様な毛が、2本ばかり毛が斬れた。
完全魔法防御なら、どうにか物理で頑張るしかない。
「ケリー先生。兵士一万と魔術師千人でどうやってマイリントアを倒したんですか?」
「、、、一万の兵士であのビームに耐えながら、魔術師を守り、魔術師はその間に魔術でマイリントアを封印する『箱』を作るんです。マイリントアに直接魔法は効かないのですが、封印という形で倒したのです」
なるほど。理解した。
「でも、兵士はともかく、なぜ魔術師千人もの命が必要なんですか?」
「封印の『箱』を作るには、特殊な魔法が必要でしてね。魔術師の力だけでは足りない。なので契約するんです、黒い精霊と。自分の命を引き換えに、ね」
魔力と自分の命。
割に合わないんじゃないの?
「当時の魔術師達は、進んで命を差し出したらしいですよ。自分の家族が助かるならと」
ケリー先生が辛そうにすると、アラン皇子が少しケリー先生をみたあと、スラリと腰から剣を抜いた。
「家族愛は素晴らしいが、俺のいる時代に俺の国民の命は、これ以上1人も差し出せんな」
アラン皇子は両手で剣を構える。
ちゃき、と剣が鳴った。
「ひゃあ」
と、今の場にそぐわない声がスミレの方から聞こえる。
スミレは、頬を染めて、輝く瞳でアラン皇子を見ていた。アラン皇子はスミレに片眉を上げる。
少し空気がピリリと揺れた。
スミレの後ろにいたロジーが、静かにスミレの前に出て、スミレの肩を叩く。
「スミレ。とりあえずボク達はあの恐竜から倒そうか」
スタジアムの壊れていない半分では、各国の要人達が多数の兵士と魔術師の作ったバリアに包囲され、なんとか守れている。
しかし二頭の恐竜は、ハリアを破ろうと何度もアタックして、いつバリアが破られてもおかしくなさそうだった。
ロジーがそっちから対処しようとするのは間違いではない。
だが、スミレはぶるんと首を振った。
「ロジー1人でも大丈夫でしょ?アラン皇子が怪我したら大変だもん。私はこっちにいる」
スミレはアラン皇子側に足を動かした。
ロジーも恋愛対象者のはず。少し前にケリー先生に呼び出された時はアラン皇子とロジー『どちらでも』と言っていたのに。
さっきの「ひゃあ」といい、スミレはアラン皇子に傾いているんだろう。
ロジーの無表情の顔が怖かった。
「じゃあ、わたくしがそちらに行きますわ、ロジー。ご一緒にあの恐竜を倒しましょう」
「リーネ」
ロジーは暗い表情から、ふっと優しい瞳に変わる。
「そうだね」
ロジーが私のことを好意的に思ってくれている。
それがすぐに伝わってきて、嬉しい気持ちになった。
私がロジーと共に二頭の恐竜の方にダッシュしようとして、いきなり首根っこ掴まれた。勢いを出していたから、首が締まって死ぬかと思った。
「なっ!何をなさいますの」
振り返ると私の首もとを掴んだのはアラン皇子で、掴んだアラン皇子自身が自分の行動に驚いたようだった。
自分が掴んだくせに、ブスッとしている。
「、、、お前はこっちだろう」
「なぜ。あちらは各国の要人もいらっしゃるのよ、先に助けるのが普通では。ーーーそちらには回復が得意な聖女様もいますし」
少し嫌みも含めて言うと、アラン皇子は更に苦々しい顔をしてみせる。
「マイリントアに物理でダメージを与えられる人間が他に何人いると思う」
「マイリントアは、まだまだ眠そうにしていますわ。優先順位はあちらです!!」
ぴしゃりと言い放って、私はロジーと改めて恐竜の方に走り出した。今度は首は締められなかった。
ロジーはアラン皇子の方を横目にちらりと見て、私に「いいの?」と聞いてきた。
良いも何も。
アランはスミレに一目惚れしてるはず。
意外にもスミレに対して、あまり印象良くないような複雑な顔をしていることはあるけど、恋愛感情に気づいていないだけかもしれない。
あれよね、はじめは『なんだこいつ』と思っていたのに徐々に恋心に気付くやつ。
私は別に、アラン皇子の婚約者という立場に執着しているわけじゃないのだ。破滅したくないだけ。
「ーーーいいのよ。別に」
言った声は、少し怒っているように聞こえたかもしれなかった。




