悪役令嬢、闘技会に出る
特別クラスに編成されて、不本意にも、聖女であるスミレとクラスメイトになってしまった。
スミレは私の破滅へのキーマンだ。そんなスミレとはできるだけ関わらないようにするために、私は普段以上に大人しく過ごしていた。
学園関係者は、前評判から、私がすぐにトラブルを起こすと思っていたようで、トラブルが起こらないことに対して、なぜ起こらないのかとザワついているようである。失礼な話だ。
事件さえ起こさなければ、破滅への道は途絶える。途絶えてしまえば私はただの公爵令嬢。
はれて自由の身となり好き勝手に生きることができるだろう。
アラン皇子とノクト様は2年生、ジルお兄様は3年生。スミレとロジーは私のクラスメイトで、ケリーは指導者かつ騎士団員。
とうとう駒は揃った。
あとはどうイベントを乗り越えていくかだった。
スミレとロジーはクラスメイトだから不可避。ケリーも特別クラスの講師なので不可避。ジルお兄様に至っては家族なんでどうしようもない。
でもアラン皇子とノクト様は、関わることをしなければ関わることもないだろう。アラン皇子とは婚約者でも、もう誕生祭も終わったし、次の約束は何もない。
ーーーーそう思ってたのに。
私は学園の中央掲示板を見上げて、それが壊れる音を聞いた気がした。
『闘技会開催決定』
「そんな、、、」
掲示板に貼ってある広告に、私は立ち尽くす。
「どうしたの、リーネ」
私に気軽に話しかけてくるのは、仲良くする気はなかった少年。ロジー。
しかし、ロジーの能力なのか、普通に良い奴なのか、とても気安くて話しやすい。色んなことに気付いてくれて、一緒にいて心地好かった。一緒に特別クラスに編入して、数日でまるで昔からの親友みたいに仲良くなった。
どうした暗殺者。
こんな関係になるとわかっていれば、向こうの世界でロジールートやっておけば良かったと思う。
「闘技会だって」
「やればいいじゃん」
「目立ちたくないのよ」
「じゃあしなきゃいい。別に全員参加じゃないんだから」
「、、、見てよ。あの副賞の1つ」
『優勝したら、プラチナのトロフィー』
「トロフィー欲しいの?」
「その下よ」
『副賞、全世界のお好きな食事をケータリング』
「ーーー食べればいいじゃないか。普通に。公爵令嬢様だろ?何を一体そんなに、、、」
そりゃそうでしょうよ。普通は食べられるのよ。好きなだけ。好きな時に。
でも私はそれができない。
『普通のもの』は、豪華なフルコースのみ。
もっと、ジャンクでチープなものを、おなかがはち切れるまで食べたいのだ。
少し泣きそうになっている私に、ロジーが優しく声をかけてくれる。
「男女ペアででなきゃいけないみたいだし、そんなに欲しいなら僕が一緒に出てあげようか?多分、僕だけでも優勝できると思うよ」
またジワッと涙腺が緩む。
「ありがと、ロジー。そうしたいのはやまやまなんだけど。見て、あの最後の一文」
『婚約者がいる人は、婚約者と出場すること』
「、、、誰?あんな嫌がらせみたいなこと考えたの。ほんと最悪」
「リーネの婚約者って?」
知らないらしいロジーを、私はジト目で見つめる。口にも出したくないのに。
「、、、アラン皇子」
「なんだ。いいじゃん。あの人は強いだろ。僕さえ出なければ勝てるんじゃない?いけるよ、優勝。がんばれ」
「いやいやいや、ほんとダメ。あの人と関わってロクなことないのよ」
「でも副賞、欲しいんだろ?」
「正直すごく欲しい!!、、、でも今回は諦めるわ。縁がなかったと思って」
私は泣く泣く踵を返し、ロジーと並んで教室に向かった。
剣術の授業が始まった。ロジーの腕前はほんとに超一流で、これなら本当にロジーと出たら、闘技会で優勝できるのではないかと思える程に。
だからこそ、とても残念で仕方ない。
焼き鳥。唐揚げ。プライドポテト。
箸巻き。山芋鉄板。パリパリチーズ。
チャンジャにキムチ。揚げ出し豆腐。
あーーーーーっ。食べたい。
そしてロジーが私を呼ぶ。
「リーネ」
「ん?どうしたの?」
私はロジーを振り返る。
※※※※※※※※※※※※※
そして、どうしてこうなったのだろうか。
私は晴れ渡った空を見上げて、大きくため息をつく。
〖さぁーーっ。この青空の下、始まりました、第26回、闘技会。今年も無事に開催です〗
マイクで拡張された声が、スタジアムに響き渡る。
「こんなイベント、私、記憶にないんだけど」
物語では、舞踏会はあっても武道会はない。同じく、学園祭はあっても闘技会はなかった。
私の横に立つアラン皇子が、皮手袋をつけながら眉間に皺を寄せた。
「ちゃちゃっとやっつければいいだろ。それともいっそ初戦で負けるか?」
「、、、それができれば、、、」
ぼそりと言った私の声は、周りの歓声で掻き消される。
「何だって?」
「いえ。誠心誠意頑張りましょうね、アラン殿下」
にこっと微笑んでみせる。
ことの発端は、あの時、ロジーに呼ばれてからだ。ケリー先生からの言伝てで、放課後ケリーの研究室に来て欲しいとのことだった。
何かと思って放課後、研究室に行ってみると、ロジーとスミレとアラン皇子が待っていた。
ゲームのメインキャラ勢揃い。
「実は、用事というのはですね」
と、ケリー先生は気まずそうに話し始める。
「闘技会に渡されるプラチナのトロフィー。あれは毎回、私ら魔術師が腕によりをかけて作ってるのですけれど、今回、それに間違って、巨大で希少なコアを入れてしまったようなんですーーー私がいない間に」
どうやったらそんなことになるのだろう。
「作り直せればそれが一番なんですが、あれを作成するのにかなりの時間を要するわけで」
「つまり、今からでは新しく作り直せないんですね」
ロジーが言うと、ケリーは苦笑する。
「まさにそういうことなんですよ。闘技会にトロフィーがないということはあり得ないし、闘技会には、この国だけでなく各国の要人達もやってこられる。幻影でどうにかできる話ではない。下手すれば不正を疑われて戦争にもなりかねない」
「他国の要人がなぜ」
私が問うと、先生の代わりにアラン皇子が答えた。
「他国の学生も参加するからだ。毎年、この時期になるとどこかの国で闘技会を開く。去年は隣の国のザギラだったが今年は我が国で」
そんな大規模な大会だったとは。
「そういうわけで」
とケリー先生は続ける。
「この学園の誰かに優勝していただき、そのコアを回収してから改めてトロフィーを渡したいと思いまして。そしてこの学園で優勝できそうなのは、今ここに呼んだ貴方達です。どうか私達を助けると思って」
「あら?我が学園生徒最強のジルお兄様がいらっしゃらないわ?」
私がキョロキョロとジルお兄様を探すと、ケリー先生は本当に残念そうに答えた。
「ジルさんは、去年、ザギラで優勝しまして。一度優勝した方は、残念ながら出れないのです」
各国集まる大会で優勝。さすがジルお兄様だわ。
私が少し浮かれると、困った顔のケリー先生と目が合った。
「、、、やって、いただけますか?」
『嫌』
とは言えない雰囲気が流れる。
私が周りを見渡す。
私、アラン皇子、スミレ、ロジー。
男女ペアで参加なので、アラン皇子かロジーとペアを組むことになる。
広告には、婚約者がいる人は婚約者と、と書いてあったけど、この非常事態。そんなことを言ってられないだろう。
「わたくし、ロジーとペアを組みたいですわ」
と、手をあげてみる。
「なぜ」
意外にもアラン皇子が、不服そうに聞いてきた。
「あら、簡単な話ですわ。ロジーはクラスメイトで、わたくしと仲もよろしいの。最近では一緒に打ち合いなどもいたしておりまして、ロジーの動きは多少把握しておりますもの。必ず勝たなければならないのであれば、少しでも勝率が上がる相手を選ぶのが定石でしょう」
どや顔で言ってみた。
ロジーも満更でもなさそうだし。
「だが、婚約者がいる人は婚約者とと書いてあっただろう。リーネ、お前の婚約者は誰だ」
「婚約者はアラン皇子あなたですわ。でも、婚約者が強いとは限らないのに、なぜ婚約者がいる人は婚約者と、なんですの?せっかくの強者が、婚約者のせいで負けてしまいます。それで何が各国の戦い」
だから、と私は続ける。
「そんな決まり、嫉妬深い婚約者とのトラブルを防ぐために作られたものだと思うのです。各国がそれに素直に従っているとは思いません。ならば、うちも婚約者でなくてもいいのでは。幸い、わたくしはアラン殿下が誰と組もうとも、嫉妬は致しませんので気になさらず」
「俺が気にする、と言ったら?」
私の声にかぶさるように、アラン皇子が言ってきた。
「え?」「え?」
私も声に出したが、もう一人、なぜかスミレも声に出していた。
私がスミレの顔を見ると、スミレは表情を読ませまいと顔を反らす。
アラン皇子の頬は、少し赤かった。自分で言って、恥ずかしかったのだろう。
「それは冗談だが、やはり目の前で婚約者が他の男の方を選んだら、良い気はしないだろう」
それもそうか。
「でも、スミレ様もアラン殿下も、単独でもお強いでしょう。でもわたくしは、まだまだ未熟の身。慣れた人との方が、戦いやすいのです。それにロジーもわたくしと組んでくれると、、、、前に言いましたわよね?」
にっこりとロジーに圧をかけると、ロジーは苦笑いで頷いてくれた。
「ボクは別にいいよ。リーネとは気が合うから、戦いやすいし」
ロジーが素直に賛同してくれて、私はほっとする。だが、そこにアラン皇子がストップをかけた。
「いやまて。ロジーと言ったな。お前、体格からしても、前に一度戦い方を見た時も思ったが、超接近戦が得意だろう?身軽で、行動範囲が広い」
確かにロジーはそういう戦い方をする。
「それなら、同じ近距離タイプのリーネではなく、遠距離の回復魔法の援助と、遠距離広範囲攻撃のスミレとの方が相性が良いはずだ。そもそもロジーという男に他人と共に戦う戦略が合うとは思えない。ずっと1人で戦ってきたのだろう」
なんでそこまでわかるの、アラン皇子。
私はゲームで暗殺者ということを知ってるからわかるけど、アラン皇子はロジーを少し見ただけでしょうに。
私はちらりとロジーを覗き見る。
私とアラン皇子の言い分はドロー。この様子だと、ロジーの返事で決まりそうだ。
ロジーは少し黙ったまま、しばらく経って、口を開いた。
「、、、スミレはどう思うの?ボクとアラン皇子」
突然聞かれて、スミレは少しうろたえる。
「わ、私は私の戦い方をするだけだから、どちらとも特に」
「じゃあ」
大きめの声でスミレの言葉を遮ったロジーが、ふっと笑った。
「ボクはスミレとペアを組むよ。ごめんね、リーネ」
黒い前髪をさらりと揺らして、ロジーは私に謝ると、スミレの手を握った。
「よろしく、スミレ」
「え、えぇ。よろしく、ロジー」
「じゃあ、晴れてリーネは俺とペアだ、残念だったな」
私の気持ちを知ってか、してやったりと笑うアラン皇子が憎らしかった。
ロジーも、私を選んでくれると思ってたのに。
やっぱり仲良いと思っても、本来の主役であるスミレを選ぶのね。
「決まったんだね。じゃあ、4人とも。どうか優勝をこの国に。頑張ってくださいね」
、、、そして、今に至る。
闘技会のスタジアムは、学園内にある、天井のない大きなドームだ。各国の要人も来るため、学園と同じ、かなり強力な防御魔法で守られている。
ステージも、スタジアムに合わせた円になっており、安全対策のためにステージの下に場外が設けられている。中央の大きな円から外れたら失格となる仕組みだ。
決闘時間は5分。決まらなければもう5分の延長で、あとは判定で勝敗が決定する。
初戦の相手は、南の王国、テレスンの学生。
どう見ても弱そうだった。
私は相手を見てつまらなさそうな顔をしているアラン皇子に、声をかける。
「アラン殿下。本当はスミレの方が良かったのではないですか?」
物語では、アラン皇子はスミレに一目惚れすることになっている。だから今頃、アランはスミレで胸がいっぱいのはず。
「まだ言うか。俺は別にどちらがいいとかで決めていない。ロジーという男にはスミレの方が適切だった、それだけだ」
テレスンの1人が剣を振ってきたので、それを一歩下がって避ける。
「そんなこと言って、実は後悔してるのでは?」
くすりと笑うと、アラン皇子は「しつこい」と眉を寄せる。そのままアラン皇子は何度か振ってこられた剣を、ヒョイヒョイとかわした。
相手はすでに息を切らしていた。あんな大きな剣をしつこく大振りなんかするからだ。
「だってアラン皇子、貴方本当は」
キン、と剣と剣が重なる音がする。
テレスンの男性の方の剣が割れて、場外に飛んでいく。
折れた剣の先が、場外の芝生にざく、と刺さったところで、アラン皇子が私の頬を触れて、自分の方にぐいっと近寄らせた。
「しつこい、と言っている。ーー俺の婚約者は誰だ」
凛々しい目元の奥にある強い光。すぐ目の前に近寄られて、私は軽く眩暈を感じた。
「、、、私、、、です」
今、多分、私の顔は真っ赤になっているだろう。
アラン皇子が私と視線を合わせるのを避けていたからどうもなかったけど、こうも近く見つめられたら、思わず腰が砕けそうになる。
これはヤバい。
勝負は相手の降参で勝利したが、私も一緒にリタイアしそうになってしまった。
アラン皇子、恐るべし。




