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悪役令嬢、授業を受ける

 入学してから1週間。

 想像していたよりずっと穏やかに時間は過ぎていく。


 聖女スミレは、特待生なだけあって、魔法学科でも特別な教室で高度な知識を学んでいる。私は魔法が使えないことになっているので、スミレとは真逆の位置の教室で、滅多に聖女をみかけることはない。


 高貴な人達は魔力が高いのでスミレの教室寄りにいるし、私の方は、とりあえず学園に入っておけば未来は安泰だろうくらいの程度の人達ばかりが揃っているのではないかと思っている。

 まだ剣術の授業がないからわからないけど、今のところ、クラスメイトはただ学校にきているだけとしか思えなかった。


 特に今日は酷い。頭にお花畑を作っているのではないかと思うレベル。授業中なのに、授業を聞いている人の方が少ない。手遊び、居眠りは勿論、淑女のはずなのに堂々と化粧している人もいるし、1人でボードゲームに向かって遊んでいる人もいる。


 まぁいい、私は無難に生きるためだけに、この学園生活を精一杯生きるのだから。

 クラスメイトなど、別に。


 ーーーただ。


 ちらり、と私は自分の右横に座る、やや小柄な男の子を見る。

 男なので私よりは大きいが、線は細くて中性的。

 顔はすっとした面持ちで、美少年というほどでもないが可愛い感じだ。この世界には珍しい黒髪をボブに揃えた少年。


 普通にクラスメイトとして違和感なく隣に座っていたのに、自己紹介の時に先生が彼の名前を呼んで、ぞっとした。


 彼の名前はロジー・クロワクル。


 まさかの、物語の恋愛対象者、5人のうちの1人。ーーーかつ、暗殺者。


 確か、スミレのクラスメイトになるはずなんだけど、なぜここにいる。


 私はまたちらりとロジーを見る。ロジーは本を読んでいたが、流石暗殺者。私の視線を感じるらしく、私が見るたびに殺気みたいなものをちらつかせていた。


 可愛い弟みたいな子犬系男子のはずなんだけど。


 こんな、触ったら瞬間に頸動脈噛みきられそうな子犬、絶対嫌だ。


 私は正直、昔からあまり弟タイプは好きじゃなかった。男であざとい人が苦手で、恋愛ゲームでもロジーコースはチャレンジさえしていない。

 よって、全くロジーの性格や過去など知らないのだ。暗殺者とか怖すぎるし、ゲームの作者も何を思ってその設定にしたのかと、ずっと思っていた。


 実際、こうやって横にいるだけで、よくわからない汗がでそうになるのに。

 この人と恋愛なんて、とても無理。


 私は机の上で手を組んで、その手をおでこにつけて考えるポーズでロジーからの殺気を防ぐ。


「ではリーネさん。ここの問題ですが、どうお考えですか?」


 え?

 私?


 急に指名されて、私は顔をあげる。

 目の前の黒板には、よくわからない術式が描かれていた。

 なにそれ、みたことない術なんだけど。


「ーーー全く。ちゃんと授業を聞いていないから、いざというときにそういうことになるんですよ?」


 いやがらせのような指名をしてきたのは、ケリー・アテーノ・タランテノ。

 高度魔術の権威。我が学園の指導者の1人であり、魔塔主であり、王宮騎士団の第二部隊団長。今日の特別講師。


 こちらも、まさかの恋愛対象者。


 綺麗な淡い紫色のサラサラの髪を、腰まで伸ばしている。大人らしい色気と整った顔立ち。背はかなり高いが、一見、ただの研究魔術師かと思うくらい細く見える。これでよく騎士団長などやれている、と不思議に思う。


 そのケリーが、私を睨み付けるように言い放つ。


「聞きたくないなら、聞かなくて構いません。しかし、授業の邪魔になるので、退室を要求します」


 いきなり何を、と私は目を見開く。


 化粧したりゲームしたりしている人の中で、私はただ、手を重ねて俯いていただけ。なのに、なぜ私だけそんな扱い。


 理不尽、とクラスの人も立腹してくれるかと思ったら、誰もが、私や先生に全く興味がないようで、誰も私達を見上げることなく通常運転している。


 怒鳴りあげたい衝動に駆られる。

 本来のリーネなら、間違いなく癇癪を起こして暴れまわっただろう。私でもそうしたいくらいだ。

 でも、学園生活を穏やかに過ごす。


 その誓いだけは破るわけにはいかない。


 私はぐっと我慢して、深々と頭を下げた。


「ーーー申し訳ございません。授業に集中致しますので、今回ばかりはご容赦お願い致します」


 悔しい。血の涙がでそうだ。

 プライドが高い方ではない。でも理不尽を受け入れるには、正常な人生を送り続けてきたのだ。昔も今も。


「ほう。我が儘だと評判の貴女から、まさかそんな言葉がでようとは。しかし、退室は免れません。これでは授業はぶち壊しです」

「ーーーいえ。退室は致しません」

「行くんですよ。私を誰だと思っているのですか」


 ケリー騎士団長。この学園の指導者。

 でも、それこそそんな立場の人が、こんな扱いをしていいのか。


「せんせぇ。じゃあ、ボクも出ていっていいんでしょう?」


 急に横から聞こえてきた中性的な声に、私はギョッとする。別にロジーと一蓮托生の仲になりたいわけでもない。私はおどつきながら、それを制する。

「貴方。私は別に、貴方までを道連れにする気は」

「もちろんです、ロジーさん」

 にこっ、とケリーは、今までと全く違う笑顔でロジーに微笑んだ。

 

「、、、え?」

「何、キミ、気づいてなかったの?先生が僕達を試してるの」

「???何のこと?」

「ちらちら僕の方を見るから、てっきり僕、触発されてるのかと思ったのに」

「一体、どういう、、、」


 おろおろと私が立ち上がるが、やはりクラスのロジーとケリー以外は、私の動きを見ようとする人はいなかった。


「このクラスは、今、幻影にかけているのですよ。授業が休講になったという情報とともに、他の人が見えなくなるという、ね。だから、ロジーさんとリーネさん以外の人は、休講になって自分1人が教室で過ごしていると思っているわけです」


 道理で、淑女が人前で化粧をするわけだ。


「優秀な人は特別クラスに集めていますが、他のクラスにも埋もれた優秀な人材がいないか調べるために、こうして私が直々に出向いたというわけです」

「そんな、、、」

「これはそこそこ強力な魔術でね。これを破れる人は、間違いなく才能がある。この教室はこの教室で他の個性はありますが、君達のいるべき場所は、ここではないようですね」

 ロジーもにこやかに笑う。

「うちの最高位の先生が、なんか奇妙な魔術かけてくるから、なんでかなと思ってたけど、キミにイチャモン付け出してからピンときちゃったもんね、僕」

「いちゃもんとは失礼ですよ、ロジーさん」

「いちゃもんじゃなければ、女の子をからかいすぎだよ先生。セクハラで訴えられるよ?」

「それは困りますね」

 ははは、とケリーは全然困ってない顔で笑う。


「まぁそういうわけで、貴方達はクラス替えです。今から特別クラスの生徒になりますので、移動の準備をしてくださいね!」


 特別クラス。

 ということは、スミレがいる。

  

 そうか、スミレのクラスメイトであるはずのロジー。今から移籍して彼女のクラスメイトになるのか。


 私は複雑な気持ちでケリー先生を見つめる。

 できるだけ物語の人達には関わりたくないのに。

 これでは、破滅に一歩近づいてしまう。


「ケ、ケリー先生。あの、少しお伺いしますが、このクラスは一体、どのようなクラスだったのですか?様々な人が集まっていますが」

「ここですか?ここは、魔力が低くても剣術がとても優秀な人のクラスですよ」

「わたくしっ!魔法よりも剣術をもっと極めたいんですの!!ですのでやはりこのクラスのままで、、、」


 ケリー先生の言葉にかぶせるように私が言った瞬間、ピリッと何かものすごい冷たいものが身体の芯を通り抜けた。


「リーネさん」

「はっはいっ!!」

 思わず姿勢を正してしまう。

「剣術はどのクラスも学びます。しかし、私は騎士団も持っていますので、教えれるのは特別クラスのみです。将来有望の卵を放置して何が先生。何が騎士団長。ーーー言っていること、わかりますか?」

 つまり、眠っていたお宝を見逃すことは、決してしないと。


 でも。

「ーーーっそれでもわたくし、、、」

 私が言おうとすると、ケリー先生は、私の耳元でそっと囁いた。

「ダンジョンでCランクらしいじゃないですか、リーネさん。しかも世界最短記録保持者とは」

「なっ」

 なぜそれを、と言おうとして、ケリー先生からウインクされる。

「これでも騎士団長です。ギルドの方にも顔は利くのですよ」

 

 なるほど。

「その様子だと、あまり目立ちたくなさそうですが。私はただ、個人の能力を無駄にしたくないだけ。特別クラスで指導しますが、貴女が学校で目立たないように、どんな成績を取ろうとも、それを操作することができます。それこそ、今後貴女がAランカーになったとしても、それを隠蔽することも、ね」

 にこり、と悪魔の微笑みをしてみせる。

 確かにさっきの魔術の様子をみると、それは可能なのかもしれない。

「さっきの魔術はまだまだ序の口。あのくらいでは騎士団団長などなれませんよ」


 その言葉に、ぐらりと心が揺れる。

「ーーーケリー先生。ーーーものは相談ですが、今さっきの魔術。私も使えるようになりますか?」


 私が言うと、ケリー先生はきょとんとしてみせる。

そして、にこっと微笑んだ。

「努力次第ですが、私も尽力させていただきますよ」

「ーーそれなら」

 あの魔術を使って、みんなを騙せれば私も買い食いができるようになるかもしれない。


 希望の光を見て、ケリー大先生の瞳を覗く。

「わかりました。特別クラスに行きますっ!」

「良かった。そういってくれると思っていました。もう変更は利きませんからね。良かった良かった」


 そうして、ケリー先生は、授業中であるはずなのに、機嫌よく笑いながら教室から出ていった。

 まだ周りの人は私達のことに無関心で、自分の作業に夢中になっている。こうも気づかないものなのだろうか。魔法って怖い。


 こんな怖い魔法なら。


 私は少し期待しながら荷物を纏めていると、横から少し呆れた声で、ねぇ、と言われた。

「なんか、すごい浮かれてるけど、ちゃんと先生の言うこと聞いた?尽力するって言っただけだよ。できるようになるって約束されたわけじゃないんだから」

 言われて私は、はっとする。

「確かに」

「そもそも、この教室にいるってことは、魔法の才能あるかもだけど、魔力が高いわけじゃないんでしょ。キミ、みる限り器用そうじゃないんだよね、脳筋というか一発芸タイプというか。ーーー幻影って、ものすごい複雑で、いろんな調整が必要なんだけど」


 ロジーの言う通り、間違いなく魔法のコントロールが出来ずに困っているわけで。


「なのにあっさり先生の口車に乗せられて。ふふ」

 ロジーは細い目を更に細めて、楽しそうに笑った。

「キミって、絶対、自分の方から破滅するタイプだね」


 図星なだけに、ものすごく腹が立った。

「な、ななな、なな。なら、貴方だって、そうじゃない。このクラスにいるってことは、魔力あんまりないんでしょ?なのに特別クラスなんて行って大丈夫なの?身に余る行動は、自分を壊すわよ」

「ボクは才能の塊だから大丈夫」

きっぱりとロジーは言い放った。


「入学試験の時、目立ちたくなかったから、あえて点数が低くでるようにしたんだ。合格範囲内に調整してね。でも、特別クラスに入らないと意味なくて、ちょっと困ってたんだ。まさか、成績でクラスが決まるなんて思ってもみなかった。今回、こういう機会をもらえたのはほんとラッキーだったな」

 ちらり、とロジーは私を見る。


「キミがいたからだろうね。Cランクさん」

「なっ!聞こえて、、、」

 ケリー先生もそこはかなりの小声で言ってくれてたのに。

「ボク、地獄耳なんだ」

 笑うロジー。そうか、暗殺者ということは闇の人間。そういう類いの能力は抜きん出ているのかもしれない。


「キミの能力の再評価のために、きっとわざわざ特別講師としてケリー先生が来てくれたんだと思うよ。世界最短記録でCランクにあがった公爵令嬢なんて、そんな貴重な卵、この学園が捨てるはずがない」


 その網にボクもかけさせてもらえて、ほんと運が良かったな、とロジーは独り言のように呟く。


 そしてロジーは、いままでで一番の笑顔で私に向き直った。

「そういうわけで。これからもよろしくね。世界最短記録Cランクの公爵令嬢サマ♪」


 その笑顔があまり恐ろしく、絶対可愛い子犬じゃないな、と私は思うしかなかった。

 



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