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ノクトサイド~聖女との遭遇~

「ノクト」

 声をかけられて振り返ると、少し疲れた様子のアラン皇子が近寄ってきた。

 学園の図書館の中。窓の外の太陽は、そろそろ赤みを帯びてきていた。

「アラン皇子。だいぶ疲労が蓄積してそうですが、大丈夫ですか?」

「たいしたことはないーーーが、王宮全体に魔法をかけるよりはだいぶマシでも、やはり1日中、学園全体に魔法をかけるというのは骨が折れる」

「お疲れ様です。僕が代わってあげれたらいいんですが、いかんせん、僕は魔力はあまり自信がないし」

「やってみないとわからないじゃないか」

 ナイスアイデアとばかりにアラン皇子が目を光らせるので、僕はすぐに「お断りします」と言い放った。

「魔力切れで倒れるとあとが大変なんですよ。頭痛はするし吐き気もしてくるし」

 考えただけで具合が悪くなりそうだ。

「そういうのはジル様にお願いすればいいんですよ。公爵令息なだけあって、魔力量も魔法の威力もピカイチだし、そもそも、その魔法が必要になっている元凶のお兄様じゃないですか」

「ジルか、、、」

 

 1つ先輩で、現生徒会長にしてリーネの兄、ジル。


 アラン皇子と仲は良く、リーネのためならばと快く引き受けてくれそうだけど。

「あいつにはあんまり借りを作りたくない」

「僕にはいいんですか?」

「3年生は学園にこない日も多いしな。却下」


 僕の質問は無視された。

 そのことも含めて、アラン皇子はにやりと笑い、僕の背中を軽く叩いた。

「まぁいい。疲れるが長距離走程度だ。普段鍛えているからどうってことない。お前も頭だけじゃなく身体も少しは鍛えろ。太るぞ」

「僕は太らない体質だからいいんです」

といいつつ、自分の姉が少しずつ丸くなっているのを思い出し、軽く焦りを感じる。


「それで?こんなところまでわざわざどうしたんですか、殿下」

「俺が図書館に私用で来たらいけないのか?」

「宮殿にこの数十倍の書籍があるのに、ここで何を探すというんですか」

「王宮には堅苦しい本しかないぞ。もう少しくだけた本があってもいいと思うんだけどな」

「殿下にこれ以上くだけられても困りますから、仕方ないですね」

「いつなんどきでも対処できるように、頭は柔らかくしておかないと後々困る。知識が広いに越したことはないだろう」

「では、この本などどうですか?」

と、明らかに図書館本来の利用目的できたのではないのに、それを認めようとしないアラン皇子に、僕は一冊の本を渡した。


『清い男女交際のススメ』


 さすがのアラン皇子も目を丸くする。

「なんだこの本は」

「プラトニックな愛を貫く人達に対して、デートなど行動の方法を指南してくれる本です。意外と面白かったですよ。あとがきの、どこまでを『清い』とするかの考察は、考えさせられるものがありました」

「ノクト、お前、読んだのか?恋人いないお前には必要ないじゃないか」

 なんてことを。僕だっていずれできる予定なんですよ、失礼な。

「知識が広いに越したことはないですからね」

「まぁ、そうか。しかしよくこの本を購入することが許可されたな」

「現生徒会長に、清い交際をして欲しい人がいるんじゃないですか。快諾してくれましたよ?」


 現生徒会長に関連した人、となると、嫌でもすぐに思い出す。

「あぁー。なるほど、、、、」

 アラン皇子もすぐに思いいたったようで、苦笑いをしてみせた。

「では、俺のために購入されたと言っても過言ではないのか」

「そんなわけないでしょう、過言ですよ。これは図書館の本ですから」

 なに言ってんだ。


「でも、王都に住んでいる作者が書いてるから、デートスポットとか王都が多かったですよ。まぁさすがに王都の防具屋は載っていませんでしたがね」

 言うと、アラン皇子は綺麗な顔を歪めてみせた。

「あれは、、、俺も失敗したとは思ってる。でもその場を乗りきるのに必要だったんだ。ノクトだってあの状況になったら同じことをしているはずだ」

 初デートなのに、相手の顔を隠すのに必死になって防具屋で散々、女性に鎧を着させる事を?

「さすがにしませんよ」

 本気でつっこんでしまって、アランは少しショックそうな顔をしてみせた。

「僕だったら、そんな大騒ぎになってしまったのなら一旦引いて、買い物は後日に改めますね」

「リーネに好きなものを買ってやるって約束したんだ。男が一度言ったものを曲げるわけにいかないだろ」

 なんだ、相変わらず頭が固いな、アラン皇子。


「そんなこと言って。ちゃんとリーネ嬢の好きなもの、買ってあげれたんですか?鎧選びにだいぶ時間かかったって聞きましたよ」

「もちろん、そこは間違いない。露店で売ってる石の飾りを必死に選んでいたから、その店の石を全部買ってやった」

「全部???そんなにいらないでしょう」

「それもまた事情があったんだ。鎧とその石で俺の私財は結構なくなったんだからな」


 一国の皇子の私財がなくなるって、どれだけ使ったのか、考えるだけでも恐ろしい。

 そもそも、そんな石なんて簡単に買えるものなら、リーネ嬢があんなに必死に買おうとしたり、買いたいものを人に言うのを憚ったりするだろうか。

 絶対、買いたかったものは石じゃないと思うんだけど。


 アラン皇子は基本そつない完璧人間風だけど、たまに『ど』のつく天然が入るからな。リーネ嬢も困惑したに違いない。


 リーネ嬢を不憫に思いながら、僕は改めて、アラン皇子に質問した。


「そうですか。お金は大切にしてくださいね。ーーーそれで?本当の理由は何なんです?本気でそういう本を借りにきたわけじゃないんでしょう?」

 ふっとアラン皇子は笑う。

「お前は何でもお見通しだな。ーーー聖女のことだ」

「リーネ嬢のことでなく聖女のことですか?」

「そう。先ほど校庭で迷子になっていたから、校内まで案内したんだが」

「アラン殿下が直々に案内を???」

 僕があんぐりと口をあけて驚くと、アラン皇子は不思議そうにしてみせる。

「何か悪かったか?」


 いや、悪かったも何も。

 確かに学園内は、誘拐されると危惧していた公爵さえも愛娘に入学を許すほど厳重に守られていて、間違っても不審者は入れないし、危険人物を入学させることもない。

 だが一国の皇子が、単独で、1人の少女に案内をするなんて。しかも婚約者のいる身。


『皇子と聖女が二人きりで校庭を歩く』

 それだけで、校内の新聞部が興奮しながらそのニュースをまとめて、明日の朝、門前で配りまくるやつじゃないか。


「どうしたんですか?皇子らしくない。あ、そういえば聖女、可愛い子でしたね。リーネ嬢とは比較にもなりませんが、素朴で愛らしい小動物のような」

「別に聖女のことはどうでもいい。顔も、魔法のせいか全く魅力は感じなかった。好みでもない」

「ではなぜ」

「『だから』だ」

「???」

 僕は頭をひねるしかない。

「いいか。この俺が。校庭に出たんだ」

「、、、はぁ」

「授業と訓練とその他もろもろ多忙で分刻みの生活の、この俺が、だぞ。たまたま時間がポッカリあいて、たまたま滅多に行かない校庭に出たら、たまたま、聖女が迷子になっていた。『何故?』だろう?」

「そういうの、運命って言うんじゃないんですか?」

「いや、何か、よくわからないものに引っ張られた気がする。妙に気持ち悪くてな」

「はぁ、それで、、、」

「不思議に思って、少し聖女のあとをつけてみた」

 え、まさかのストーカー?

 一国の皇子が。

 これもまた、新聞部に知れたら号外ものだな。


「そしたら、聖女、俺が案内したにも関わらず、そのあとも妙にウロウロと彷徨っているんだ。あれは迷子じゃない。意識して彷徨っている」

「、、、それで、、、?」

 嫌な予感しかしない。

「それなのに、リーネにぶつかっても愛想もなく。またウロウロし始めている。その聖女が、何か目的をもってこっちに向かいだしたから、先回りして俺がここに来たというわけだ。だが、俺がここにいるのを知られるわけにもいかん。ーーーだからどこか、隠れるところはないか」

「ーーーそうでしたか」


 僕はまた、アラン皇子の、わけのわからない行動に巻き込まれたようだ。


 アラン皇子の本能なのだろうが。たまにアラン皇子は、そうやって勘を働かせる。それが的中することも多く、あなどれないのだけど、たまに『おおはずれ』ということもなくはない。


 これは下手したら、聖女も厄介ごとに巻き込まれるな、と、僕は聖女のことも可哀想に思った。


 入学式の日に学園をウロウロして何が悪い。

 学園内を覚えるため、興味本位で学園探検、理由はいくらでもある。

 それを、自分がたまたまばったり校庭で会ったという理由だけで大騒ぎすることではないだろう。


「あちらの奥に、集中して本を読む個室コーナーがありますよ。そこなら隠れるのにちょうどいいんじゃないですか?」

「そうか、助かる。お。来たみたいだぞ」


 アラン皇子は足音に慌てて、僕が示した場所に駆けて入っていった。誰だ、アラン皇子を完璧人間って言ってるやつは。だいぶ歪んでるぞ。


 アラン皇子が個室に入ると同時に、図書館の扉がギィ、と開く。


 ピンクのふわふわとした髪が揺れて、くりくりとした瞳が図書館をぐるりと見渡した。

 一見、僕しか図書館にはおらず、僕と目が合うかなと思ったが、それはせずに聖女はまっすぐ図書館の本を探すようにして、棚に並んだ本を見ながら歩きだした。


 何か本でも探しているのかな、と思ったら、聖女は1つの棚の前で足を止め、高いところにある本に手を伸ばす。


 聖女の背では、背伸びしてギリギリ。いや、ギリギリも届かないだろう。そのために脚立はあるわけで。

 なのに、聖女は脚立を使わずに、少し登るようにしてその本を取ろうとした。


 グラリ、と登ろうとした棚が揺れて、聖女に向かって倒れようとする。

「危ないっ!」

 僕は駆け寄り、本が床に落ちる前にその棚を支えた。僕が、聖女に向かって壁ドンしたような形になる。


 目の前に、聖女の可愛い顔がある。少し動くとキスをしそうなくらい近い。

 聖女はかあっと顔を赤らめて、僕から距離を置いた。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

「いや、ケガがなくて良かった」

 本が落ちたら、本の片付けも大変だしね。


「君は、有名な聖女、だよね?何の本を探しているの」

「そこの、魔法の本を。もう少し勉強したくて」

「あぁ、これ。良い本だよ、わかりやすくて」

「そうなんですね。良かった。他にもオススメありますか?今日はちょっと、もう時間がないんですけど」

「もちろん、沢山あるよ。オススメしてあげるから、またゆっくり、図書館においで」

「はい。ありがとうございます」

 聖女はニコニコと愛想のよい表情で挨拶し、図書館から出ていった。


 聖女が図書館から出ていって少しして。


 様子をみながらアラン皇子が個室から現れる。

 ほらみたことか、という、優越感の表情が腹立たしい。

「ほれみたことか」

 言った。


「絶対おかしいだろ。あの何百冊と詰め込んだ棚が、軽そうな少女1人乗っただけで倒れるものか」

「ーーーー確かに」


 そもそも本が乗っていなくても、棚には倒れないように保護魔法がかけてあるはずだ。

 うっかり倒れる、ということはあり得ない。


 アラン皇子が感じている違和感は、本物なのかもしれなかった。


「ノクト。これからもあの聖女には注意して観察しておいてくれ。俺はこのまま、あの聖女の行く先を追う」

 そういって、アラン皇子も図書館から出ていった。


 分刻みで忙しいと言ったアラン皇子。本当は暇なんじゃないかと思う。


 さて聖女。

 これは一体、どういうことだろう。


 聖女なのだから魔力は充分。何かわからない魔法を使うこともできるだろうが。


「とりあえず、様子見、、、かな」

 自分達に危害がなければ、そこまで慌てることもあるまい。


 そう考えながら、ふと見ると。

 そこにあるはずの『清い交際のススメ』の本がどこにも見当たらなかった。


「、、、アラン皇子、、、、か」


 呆れたのは言うまでもない。


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