悪役令嬢、聖女に遭う
『世界の中心で魔法を叫ぶ』
それはむこうの世界でキチガイのように流行りまくっていた物語。ゲームから始まり、ドラマ、アニメと広がった。
その物語は、学園の入学式から始まる。
主人公、坂口菫は、幼い頃に異世界からこの世界にきて、貧しい家に拾われる。
学園入学までの間に、恋愛対象者それぞれと、どこかで関わっているのだけど、それは後にならないと語られることはない。
とりあえず学園に入学してすぐに、スミレはそれぞれのポイントで恋愛対象者と出会うことになる。
一番は、物語の王道、アラン皇子。
そのあと、その親友であり宰相の息子ノクト。
そして公爵令息であり生徒会長のジル。
学園の指導者であり、魔塔主であり、騎士団団長のケリー。
最後に同級生の甘えっ子、実は暗殺者のロジー。
まずは、この5人が対象者になる。
隠しキャラがいるらしいが、そのキャラを対象者にするには、まずこの5人を90%以上の好感度で攻略した上で、かつ何らかのトリガーを見つけなければならないらしい。
アラン皇子を何度もクリアし、ジルを一通りクリアしただけの私には、隠しキャラとの恋愛までの道のりは果てしなく遠い話だった。アラン皇子以外にそこまで興味が持てなかったのだから仕方ない。
中にはハーレムルートというものが存在し、全ての人と恋愛にならない代わりに全ての人を手元に置ける、というのもあるという。
全ては、主人公の選択肢次第。
その主人公が実際、目の前にいるという事実に少し感動しつつも、ジルお兄様への違和感に気をとられている間に、入学式が終了していた。
私の本来の目的は、主人公とその恋愛対象者に関わらず、平凡に学園生活を送ること。
何もないなら良いことなのではと思うけど、何やらずっと、胸騒ぎがして落ち着かなかった。
今日は1日、チラチラとピンクの頭が目に入る。
主役なのだから目立って当たり前なのだろうし、物語としてはスミレがあちこち彷徨って、対象者全員と出会わなければ話が始まらないから仕方ないのだけど。
「あっ」
どん、と後ろからぶつかられて、私は振り返る。
ぶつかられて一緒にふらつくような鍛え方はしていない。
軽くぶつかったはずのに、鉄に弾き飛ばされたようにそのぶつかった相手は飛んでいった。
「大丈夫?」
ぶつかられたのは私なので謝りはしなかったけど、代わりに転がった相手に手を伸ばした。
伸ばしてから、はじめて、その飛んでいった相手がピンク頭だと気づいた。
「え、えぇ」
少しショックを受けていそうなスミレの表情に、私は慌てる。今のまさか、私が突き飛ばしたとか思われていないわよね?
そして思い出す。
物語始まってのプロローグ。
それぞれの男性に会う途中、リーネともスミレは出会う。それは学園の廊下。
スミレとぶつかったリーネは、スミレに向かってこう言うのだ。
『嫌だ、平民の汚い汚れがついてしまいましたわ。こんなところにゴミを置いたのはどなた?二度とわたくしの前にゴミを捨てないでいただきたいわ』
スミレがアラン皇子と仲良くなる前の状態でその態度。そう言われて、スミレは、今と同じ顔をしてみせていた。
まずい。破滅させられる。
「わたくしがぼうっと前を歩いていたのが悪かったの。ごめんなさいね。怪我はなかった?あら、少し洋服が汚れてしまったかしら。よかったら、その洋服、わたくしに買い直させていただいてもよろしくて?お代は結構よ」
まだ尻餅をついたままのスミレは、私を見上げたまま呆然としていた。
早く言い過ぎて混乱させたかしら。
媚売りすぎと思われて敬遠されたかしら。
「あ、いえ、、、私、大丈夫ですから」
差し出した手は握られることなく、スミレは自分で立ち上がるとパタパタとスカートの汚れを払って、笑顔もなく立ち去っていった。
あらまぁ、愛想のない。
確か、聖女のスミレ・サカグチは、愛嬌があって誰からも愛される素敵な少女じゃなかった?
あれじゃ、男はともかく女からは愛されそうにないけど。
私が貴族のオーラを出しすぎたかしら。
あるいはこれでも元悪役令嬢。怖い雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
廊下のところどころにある大きな鏡に自分を映しながら、私は怖くないように笑顔の練習をしてみるのだった。
「そこで何してる」
「え、、、?」
振り返ると、呆れた顔のアラン皇子に出会う。壁にもたれかかって、さすが恋愛第一有力候補というか。とにかく仕草が何しても素敵すぎる。
合わせて、この前のほっぺにチュー事件を思い出し、ボッと顔が熱くなった。
「なっ。ア、アラン殿下には関係ありませんわ」
プイと顔を背けるが、アランはくつくつと笑う。
「確かに関係はなさそうだが、親切にしたはずの女の子に逃げられて、怖がられたのかもとショックで、笑顔の練習でもしてるのかと思ってな」
図星です。
「見てたのならそうおっしゃればいいのに」
「いやいや、プライドの高い公爵令嬢様が、まさか平民の女の子に無視されよう日がくるとは。しかも、それを怒ることなく笑顔の練習。健気で泣けてくる」
と言いながら、アラン皇子は楽しそうだった。
「聖女だから優しくしたのか?」
「わたくしがそのような打算的な女に見えまして?」
打算といえば打算。でもよく思われようとしたのではなく、悪く思われたくなかっただけですけど。
「気に食わなければ聖女でも蹴飛ばしそうだな」
「そうーーーって、それは失礼ですわよ」
「そうか?」
アラン皇子はまだ笑っている。
アラン皇子は、リーネに興味がなかったはず。それなのに、こうやって自分の方から話しかけてくる。本来の物語でも、実はそういうことは時々あったのだろうか。
学年が1つ違うのに、アラン皇子はなぜここにいるのか。不思議でつい、聞いてしまった。
「アラン殿下は、なぜここに?」
「あぁ、先ほどの、リーネにぶつかった聖女が学園の庭で迷子になっててな。教室の手前まで案内したところだ」
あ、それ知ってる。
アラン皇子とスミレの出会い。すでに終了していたのか。物語は着実に進んでいる。
私はちらりとアラン皇子を見上げて、少し、声をかけてみた。
「ーーー可愛い子、でしたわね?」
「ん?あーーー。あぁ、そうか。そうかもな。でも、魔法が効いてるから特に、、、」
「魔法、とは?」
「え?あっ。いや、こっちの話だ。別にお前には何も。むしろお前は変わらず異常なくらい綺麗というか、いや、何言ってるんだ。あーーーそうだ、用事を思い出した気がする。じゃあ、またな」
逃げるようにアラン皇子は去っていく。
「用事を思い出した気がするって、、、」
誤魔化し方が下手すぎる。
あれで完璧と言われてるのだから不思議で仕方ない。
ゲームでアランを何度もクリアしていた時は、アランの顔とその完璧さが好きだった。
熱い情熱も、その気品も。全てが完璧だった。
ゲームの中では、主役の女の子によく見られたくて、そう演じていたのかもしれない。
実際は、かっこつけで、ちょっとイジワルな少年のような。
「まるで違う」
言って、少し嬉しく思った。
私の好きなゲームのアラン皇子とは違う。
これなら、自分がアランに夢中になりすぎて、主役であるスミレを憎むことなどないかもしれない。
アラン皇子もさっきのように気軽に話しかけてきてくれるなら、もしかしたら、いずれ良い友人のようになれる日がくるかもしれない。
少しだけ。
自分の未来が明るいような気がしていた。
そうあればいいなと、私は思った。




