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悪役令嬢、学園に入学する

「てぇぇいっっ!!!」


 剣を振ると、猪の頭に角を生やしたような魔物の首がヒュンと素早く斬れた。


 誕生祭のパーティーが終わってから1週間。私は連日、ジルお兄様にお願いして、ダンジョンに連れてきてもらっていた。


 例の『ダンジョンの地面穴あけ事件』から、もうダンジョンには連れてきてもらえないんじゃないかと思っていたけれど、ジルお兄様も会場で私がアラン皇子にされたあの『ホッペにチュー事件』を見ていたので、私の苛立ちと動揺を心から理解してくれて、溜まりまくったストレスの発散につきあってくれていた。

 魔法の練習はしない、という約束で。


 斬って斬って斬りまくって。


 私はFランクからいつの間にかDランクに昇格していた。それによって、ジルお兄様も、人の多い2階を超えて、3階に連れてきてくれるようになった。ランクには興味はないんだけど、行ける世界が広がるのはありがたい。

 私は相変わらず白の鎧をつけているので、公爵令嬢がダンジョンに潜り込んでいるという噂は流れずにすんでいる。


 ーーそれにしても。

 いま思い出しても腹立たしい。


 私は『公爵令嬢として』侮られないように、かといって目立たないように、淑女としての姿勢を崩さず、ただお父様のそばでひっそりと淑女らしい微笑みを続けていただけだった。


 物語としては定番の、難癖つけてくるような人達に絡まれることもなく、かといって私がとんでもない事件を巻き起こすこともなく、このまま無事に誕生祭が終わるのを待っていただけだったのに。


 自分の誕生日くらい自分のことだけで楽しめばよさそうな主役が、わざわざ興味もない婚約者に話しかけてきたのだ。ーーーいや、あれは絡んできたと言っていい。


 何を思ったか、まるで私をラブラブの愛しい婚約者のように扱って、色気剥き出しで近寄ってきたのだ。

 頭が狂ったのかと思った。


 何が二人きりの刻。

 絶対に裏があるってわかってるのに行くわけないじゃない。なのに、やんわり断ったら、あの明らかに嫌がらせの『キス』。


 ーーーー思い出してもまだ顔が火照ってくる。


 あのアラン皇子の完璧に綺麗な顔が私の顔の前に近づいて、想像よりもかなり優しくーーー、キスしたのだ。


 頬とはいえ、一瞬、身体中に電流が走ったかと思った。なにあれ。今でもよくわからない。


 お父様が、アラン皇子が時間をかけて何かの魔法を覚えたと言っていた。パーティーが始まって少ししてからかけるということだったから、あれのことだったのかもと思ったけど、キスの後のお父様の怒りは物凄く、例の魔法がこれではないとすぐに理解した。


 そして、私がキスされたことに驚いて自分の頬を両手で押さえながらアラン皇子を凝視した時の、アラン皇子の顔。


 綺麗ではあるけど明らかな作り笑いのそれと違って、イタズラがうまくいって心から嬉しそうに笑ったアラン皇子の、少年のような表情が。

 ーーーーずっと、私の頭から離れていかない。


「やぁぁーーーーー!!!」

 その映像を頭から振り払うように、剣を振り回して襲いかかってきたモンスターの頭に叩き下ろした。硬いはずのモンスターの頭が、豆腐のようにスパンと斬れる。


 アラン皇子は、学園で入学してくる聖女に惚れて、私と婚約を解消する予定の男だ。


 本来の私は悪女で、実際、主役の女の子に洒落にならないいじめをするから、そんな人間を后妃にするわけにもいかない。

 かたや、聖女という立場は、平民であっても王族と同等の地位に値するのだから、高位貴族の公爵令嬢との婚約を破棄してでも、聖女との婚約者の変更は可能だ。


 でも、リーネがいじめをするしないに関わらず、主役の女の子にアラン皇子は骨の髄から惚れてしまい、リーネとの結婚は考えられなくなってしまう。


 むこうの世界で流行りまくったこの物語。


 主役の女の子は何人かの男性を選ぶことはできるが、一番人気はやはりアラン皇子で、その理由の1つが、アラン皇子の献身的で情熱的な愛、だった。


 そんなに人は人を愛せるのかというくらい、誰よりも、自分の命よりも主役の女の子を大切にして愛し続けるのだ。


 私もあんな風に人に愛されたい。


 そういう子(老若男女含む)をメロメロにしたのがアラン皇子だった。私は入ってなかったけど、かつて『アラン皇子を愛する会』というのが発足し、宗教のように活動し出して、一時的にニュースになった時もあった。


 別に情熱的な男が好みのわけではない。


 だがアラン皇子の顔がドンピシャで好みなだけに、その沼に足を踏み入れてしまいそうになっていたのかもしれない。

 男だというのにあの美貌はよくない。そしてあの少年のように笑った表情は、絶対によくないものだ。


 ーーー人を狂わせる。


 私は何度も何度も、繰り返し呟く。

「アラン皇子は聖女に惚れる。アラン皇子は聖女に惚れて、私は婚約を解消される」


 私の目的はアラン皇子を自分に向かせることではない。聖女に惚れるアラン皇子に目をつけられないように、聖女にいじめをすることなく、平和な学園生活を送ること。


「破滅を回避すること!!!」


 スパンっ!とまたモンスターの胴体が2つに割れる。


 あと1週間で、運命の学園生活が始まるのだ。

 聖女が学園に入学してきて、アラン皇子達と出会う。

 あの物語が、とうとう始まる。

 私がこの世界に来た理由さえわからないのに。


 今でも思う。

 なぜ。

 私が。

 ーーーーわからないことだらけ。


 そしてまた、アラン皇子のあの笑顔が浮かぶ。


「ーーーっ負けるもんかぁーーー」

 私は剣を一心不乱に振り続け、気づくとモンスターの赤いコアが山積みになっていた。


 翌日。私はギルド登録の世界最短記録でDランクからCランクにあがっていた。


 ーーーランクにも、興味はないんだけど。


※※※※※※※


 リン。ーーーリン。

 鈴の音が聞こえる。


 春の夜の、緩やかな寒さをまとった風が揺れる。

 リン。ーーーリン。


 あの日と同じ音だ。 

 あの、私がこの世界に飛ばされた日の。


 何処から鳴っているんだろう。あの鈴は。

 鈴の鳴る窓の方を見ると、ぼんやりと空気が揺れた気がした。


 ーーーなぜ。


※※※※※※※※※※※※ 


 目が覚めて。

 朝だった。

 私は非常にぼんやりしていて、なかなか身体を起こせず。夢の中で何か聞いた気がしたけど、思い出せなかった。


「おはようございます。リーネ様」 

 カリナが笑顔で、目覚ましの顔拭きタオルを絞りながら声をかけてきた。

 カリナからタオルを受け取り、自分の顔を拭くと、タオルから柑橘系の爽やかな香りがした。そして独特な甘い香りがする。好きなやつだ。


「今日のは最高に良い香りね。スッキリする」

「今日は晴々しいリーネ様の入学の日ですから。特別仕様です」


 顔拭きタオルも起きてからの準備でいいし、顔くらい自分で拭くからというと、カリナは何か私にできることはないかと考えた末、香りを工夫して、どうやらアロマオイルにハマり出した。

 少し前から自分でも作り始め、今ではプロ並みの調合ができるようになっている。

 1日の仕事は完璧にこなすから、夜中か朝イチの作業だろうし。そんなに無理しなくていいと言うのに、趣味だから大丈夫と微笑むカリナは、もう私の宝物といって過言でもない。


「入学式かぁーーー。あーー行きたくない」

「またまた。リーネ様ったらそんなことを言って。リーネ様が学園に顔を出すだけで全ての人が至福の時間を過ごすことができるのです。人助けと思って頑張ってください」

「よく意味わからないし。それに別に私は、そんな人助けなんかしたくないわ」

「はいはい。ほら、素敵な白銀の髪が曲がってますよ。梳かしますから、じっとしていてください」


 カリナは私をドレッサーの前に連れていき、座らせて、優しく髪を梳きはじめる。

 また特性アロマオイルを使って、ふんわりと香るそのオイルに、ほんのり幸せな気分になる。


 香水と違う、優しい匂いだ。


「カリナは香りの天才ね。こんな繊細な香りはなかなか出せないわ。甘いのに心地好い」

「リーネ様を想って作った、リーネ様スペシャル・改です。お気に召していただいて光栄です」


 なにその名前。

「カリナは次はネーミングセンスを磨く必要があるかもね」

「ダメですか?『麗しく輝かしき太陽であるリーネ様』と悩んだんですが」

「『リーネ様スペシャル・改』でいいわ」

「私もそちらの方がシンプルで良いと思いまして」

 にこっとカリナは微笑む。


 少しずつリーネシリーズが増えているのは知っていたが、あんな名前が増えているとは思いたくなくて、私はあえて、それ以上は突っ込まなかった。


「お父様はもう行かれたの?」

「先ほど出発なさいました」

「ジルお兄様は?」

「ジル様は学園の最高学年でいらっしゃいますから今日は少し遅くからの授業になりますが、初のリーネ様の学園生活だからリーネ様と一緒に登園なさるのだと、一刻前からお待ちです」

「一刻前???」


 入学する人より、在校生が気合い入れてどうするの。

 慌てて私は準備を整え、ジルお兄様の待つ、ホールへ降りていく。


 ジルお兄様は、淡いグレーのスーツに黒いシャツ、ブルーのネクタイをつけて、ホールで立ったままコーヒーを飲んでいた。


 どんな状況であろうとジルお兄様は美しく見える。金色の髪の下の整った顔が私をみて、お兄様は花咲くように微笑んだ。

「リーネ、おはよう。今日はゆっくり眠れたようだね」

「おはようございます、ジルお兄様。お陰様でしっかりと眠らせていただきましたわ。ジルお兄様と一緒の学園ですもの。心配など何一つーーー」

 ない、とは言わない。


 むしろ心配事しかない学園生活だ。

 心の底から、学園に行きたくなかった。


「さぁ、行こうか。空間移動だとすぐ到着してしまう。こういうのは行く道のりも大切だからね。ちゃんと普通に、馬車に揺られてのんびり行こう」


 馬車で通学なんてしたことない私には、何が普通なのかもわからないけど。


 私はジルお兄様と馬車に乗り込み、揺られて学園までの道のりを行く。

 馬車から見える景色は、畑がずっと永遠に続くような道だった。ところどころに小さな家があり、そこが農家の人の家だとわかる。

 たまに牛や羊がウロウロしている。


 今から行くのは、『タートイズ高等魔法学園』。


 魔法学園といいながらも、魔法を使えない人でも通うことができる。貴族の方が魔力が高い。

 なぜかはわからず諸説あるが、巨大な魔法をもつ人が王となり、その王から枝分かれしたのが貴族だからという説が有力だ。王が神の祝福を受けたとも言われる。しかし平民に突然魔力の高い人が生まれることもあり、はっきりとはわからない。

 ただ、魔力が貴族ーーーしかも王族に近い人が高いのは間違いなく、そのため、魔法学園に国の中枢の子供が通うので、知識を教える指導者もそこに集結される。結局、この魔法学園に入らないと国を動かすことを学べないので、高位の貴族は魔力がなくても魔道具などは作れる、という建前でこの学園に通うのだ。15歳以上になると、この学園以外に学べる場所はない。


 あちらでも、高等学校は義務教育ではなかったけど、、、。


 こういう、貴族か有能な人しか学べない環境は、あまり気に食わない。魔法や知識の才能がない人でも、カリナのように有能で、才能のある人は沢山いるはず。

 その人に合わせた知識を学べる場所が必要よね。


 ぼんやりとそんなことを考えていると、あっという間に学園についた。タートイズ学園は公爵領のすぐ近くなので、仕方ないのかもしれない。


「さぁ、リーネ。行っておいで。楽しい学園生活を」

 馬車を降りる前、ジルお兄様は優しい顔で私にそう言ってくれた。

 父親のようであり、そうでないお兄様。


 ほんと、血の繋がりがなければ私はお兄様と結婚したい。素敵な素敵なお兄様。


 そういえば聖女の相手はジルお兄様になる可能性もある。お兄様をとられるのは、少し淋しいけれど。


「楽しんで参ります」

 私も微笑んで、差し出してくれるジルお兄様の手を掴む。そのまま、ジルお兄様は私をエスコートしてくれて馬車から降りた。


 ジルお兄様の登場に、若い女の子達がキャアと顔を赤らめる。その横にいる女を何者かと少し睨み付けた後、私が妹なのだと気がついたらしい。

 一気に殺気を消して、微笑ましそうにしてみせた。


 家族仲がよろしいのね、と。


 誕生祭と違い、みんなドレスでない服を着ている。それでもその服の品質から、同じ生徒であるのに平民と貴族は一目瞭然だった。


「ーーー一緒に学ぶなら制服にするべきね」

「何か言ったかい?リーネ」

 ジルお兄様から声をかけられて、私は首を振る。


「なんでもありませんわ。あら、お兄様。学年が違うのですから、こちらではないのでは?」

「いや、気になる人を見つけたからね」

「気になる?ジルお兄様が興味をもつなんて」

 私以外に、という言葉は伏せてみた。

「ほら、あそこ」

 ジルお兄様が指を指すわけでもなく、形の良い顎で示したのは、1人の平民だった。


 珍しい、春の花のような髪。

 ソメイヨシノの桜の花びらのような柔らかい色のそれを、肩まで伸ばしている。天然なのかフワフワとしているその髪は、本当に花びらのようだ。

 その髪に光るは虹色のバレッタ。


 初めての学校。

 ほとんど貴族の中に1人、平民が入ることに緊張しているのか、少し顔を強ばらせて歩いている。

 それでもクリクリとした目にピンクの唇は可愛らしく、物凄い美人というわけでもないのに、不思議と人の目を惹いた。


「あれは」

「おや、リーネも知ってるのかい?今年度入学することになった聖女。成績も優秀だから、特待生として入学することになったんだよ」

 

 知っている。と言っていいのだろうか。

 本来のリーネならば知らない人のはずだが。

 でも私は知っている。

 ピンクの髪の、可愛い女の子。


 この物語の主人公。

 いずれ私を破滅に導く人。


「聖女は特別だからね。教会も、本当は学園には入れずに直接手元に置きたかったはずだよ。余計な人間のお手付きになる前にね」

「余計な人間のお手付き?」

「そこらの貴族さ。聖女だけは、どんな人よりも重要視される。だから、もし俺に婚約者がいたとして、その俺が聖女と結婚したいと言う。聖女もそれに同意したら、それは誰も反対できないんだ。リーネも覚えておくといい。彼女は絶対的な存在であることを」


 それは知っている。そのせいで私は破滅する。リーネと婚約破棄した上、アラン皇子はすぐに聖女と婚約した。

 ーーーでも、ジルお兄様はなぜそのことを私に。


 そして、は、と気づく。


 妹想いのお兄様は、アラン皇子が聖女を好きになったら、私が婚約破棄されるかもしれないということを暗に教えてくれているんだろう。そうなったときに私が傷つかないように、、、かどうかはわからないけれど。


 ジルお兄様の言葉が耳に残る。

 ジルお兄様にもし婚約者がいたら、か。

 ゲームの世界でも、ジルには婚約者は存在していなかった。

「こんな時にこんなところでなんですけれど、ジルお兄様。私にさえ婚約者がいるというのに、なぜ、公爵家の跡取りであるお兄様に婚約者がいらっしゃらないの?」


 ゲームしている時から不思議だった。


 アラン皇子に、邪魔ものの私がいるように、それぞれの恋愛対象者にヴィランが存在する。

 ジルお兄様との恋愛のヴィランも、アラン皇子の時と同様、リーネだった。


 でもなぜ。公爵令息という充分な立場で、婚約者ではなくリーネが邪魔者の立場にいなければならないのか。


 ゲームしている時でさえそう思っていたのに、なぜこの世界に来てからその疑問を、私は今の今まで感じなかったのだろう。


 ジルお兄様は、きょとんと私を見る。


 そして、少し悲しそうに、ふふ、と笑いながら、

「リーネの花嫁姿を見るまでは俺は誰とも結婚しないと、自分から父に言ったからだよ」


 冗談とも本気ともわからぬ言い方に、私は混乱する。事実ならとんでもない話だし、冗談ならもっと冗談らしく言って欲しい。


「ほ、ほほ。面白い冗談ですこと」

 とりあえず冗談であってくれと、冗談にして笑ってみる。合わせて、ジルお兄様も、

「バレたか」

と、冗談として笑ってみせた。


 でも少しーーー感じた。


 今の冗談の仕方。

 本気を誤魔化すやつじゃないの?


 え?なんで?

 なんで私が結婚するまでジルお兄様は結婚しないつもりなの?

 わけわかんないんだけど。

 そんな話、物語の中でも言ってなかったし。


 物語の中でキーになるのは、聖女の持つ、それぞれのグッズ。

 今、明らかに聖女について見えるのは、髪を飾るバレッタ。あれは、彼女が小さい頃、街で迷子になった聖女がお忍びのアラン皇子に助けられた時にもらった虹のバレッタ。


 聖女がアラン皇子を選択した時に、中盤でその事実が明らかになる。


 そしてジルお兄様を選んだ時には、ジルお兄様とお揃いのリングを彼女はネックレスとしていつも身につけていて。

 私はジルお兄様のスラリと伸びた指を、横目で確認する。

 聖女と同じ大きさのリングは、ジルお兄様には小さく、ピンキーリングとしてお兄様の小指に常にはめているはず。


 私がジルお兄様の指を確認すると。


 ーーーあるはずのそれは、ジルお兄様の指のどこにも、見当たらなかった。



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