ノクトサイド~誕生祭パーティのはじまり~
アラン皇子から、傍にいけない自分の代わりにリーネ嬢をしっかり見張ってくれ、と頼まれた。
つい数ヶ月前まで、アラン皇子は全く婚約者であるリーネに興味がなかったのに、今では引くほどリーネの事を考えているようだ。といっても、どうも恋愛の類ではなく、トラブルメーカーに手を焼いているという印象だ。
あの公爵令嬢の美貌は、多少のトンチンカンな性格であっても、色んな国の王族から求婚される程の破壊力はあると思う。
極悪の令嬢と名高いリーネだけど、一度あの衝撃を受けてしまってからは、僕自信も少しだけ、彼女の婚約者であるアラン皇子が羨ましいとさえ思ってしまっている。
そんな僕の心も知らず、アラン皇子は僕に、リーネの見張りを頼んできた。
ーーー見守るではなく、見張りって。
その言い方に、少し笑ってしまう。
そして思い出す。
僕は一緒に買い物にいけなかったから実際は見てないけれど、今、城下町では『王都の大通りの天使事件』というのが噂になっている。
あまりに大袈裟な話で、耳を疑うレベルの物語だ。たいしたことない話が、皇子が一緒にいたものだから、あちこち尾びれがついて、そんな話になってしまったのだろう。
大通りに天使が現れたために、負傷者34人、失神者21人という前代未聞の事件が起きた。その横にこの国の皇子が寄り添っていたと。
僕は笑ってしまった。
アラン皇子が連れていたのはリーネなので、その天使とはリーネのことなのだろうが、なぜ1人の女の子が現れただけで負傷者や失神者が出るというのか。
その話を広げている人は、言って疑問に思わないんだろうか。そんな馬鹿な話がありえるはずがないと。
そして当事者のアランもだ。
その話を否定さえすれば何の問題もなくなるのに、否定することはなく、でもその話を肯定することも嫌がる。
何聞いても、思い出したくない、とばかり。
本当は何があったと言うのだろう。
集団催眠にでもかけられたか。
とはいえ、アラン皇子にはいつも黒鎧の集団がついている。彼らは全て戦闘のプロだが、それとは別に特別な力を持った人間の集まりだ。毒に特化した者、魔法に特化した者。それこそ、幻影に特化した者もいる。その人間の前では、その対策は万全であり、つまり、アラン皇子が幻影に騙されるということは殆ど有り得ないということだ。
幻影でないなら何だ。
そんな身も蓋もない話を広げることの、メリットは。
そんなことを考えながら、僕は王宮の前の、レッドカーペットの近くで、ただただ、リーネ嬢が来るのを待っていた。
貴族達の乗った馬車は、レッドカーペット前で止まり、人を降ろしては前に進んでいく。
馬車の列は蛇のように長く、途切れることはなさそうだった。
公爵家の馬車は、この調子ではいつ頃になるか全くわからない。
今日はアラン皇子がエスコートできないので、父親であるグランドロス公爵がリーネ嬢をエスコートすることになっている。
リーネとジルの父親なだけあって、彼も見目麗しい容姿をしており、彼への熱い想いを抱えている女性は多い。さらにその妻が死別されているから、我こそが後妻にと希望があとを絶たないらしいが、グランドロス公爵はそれらを全くもってはね飛ばしているらしい。自分が愛するのは、亡くなった妻とその子供達だけだと。
僕はそれを聞いて、自分もそんな格好良い男性になれたらいいなと思ったものだ。
オシャレでも有名な公爵。今日はどんな服装でお出ましになるか、楽しみだ。
ふとみると、リロイ男爵のご子息とご令嬢が到着し、馬車から降りていた。
アラン皇子の誕生祭。
様々な貴族の集まるこのパーティで、恋人でも見つけるつもりだろうか。まさか婚約者がいるアラン皇子に見初められたいという希望ではあるまいが。
リロイ男爵令嬢は、ゴテゴテしたビンクの、かなり派手なドレスを着ていた。あれでダンスが踊れるのか疑問である。装飾もゴテゴテしたものばかり。
リロイ男爵の令嬢エリ様は、一般的に美人の類だ。性格も悪いとは聞かない。ただ、あのドレスと化粧の仕方を見る限り、金遣いが荒そうだなと思う。
僕の家は、よく言えば倹約家で、無駄遣いをかなり嫌う。 物を買う時は1週間考えて、それでも必要と思う時だけ買え。食べ物は味ではない。身体に必要な栄養バランスを計算し、必要以外の栄養素は摂取するな。
そんな名言がいくつも存在する。
そうやって教育されてきたために、贅沢が表面にむき出しにされている人間には、そこそこ拒絶反応が発生する。
そんな彼女が、目を輝かせて、僕の方へ駆け寄ってきた。
「ノクト様」
猫なで声。
なのに、僕は、それでも笑顔は絶やさない。人間関係もまた、金と同格と思えと教えられているからだ。
「これはエリ様。素敵なお召し物ですね」
「まぁありがとうございます。ノクト様も変わらずで何よりですわ。ところで、ノクト様はアラン皇子のご親友ですのに、こんなところで何を?」
「少し野暮用がありまして。いや何、すぐ終わる用事ですので、終わればすぐに会場に行きますよ」
「そうなんですのね、安心しましたわ。では、会場でお会いできた時、よければわたくしとダンスでも…」
「あらエリ様。女性からダンスを申し込むなんて、はしたないのではありませんか?」
甲高い声がエリ様の声を途切らせ、そちらもはしたないのではというレベルでズズイと僕とエリ様の間に割り込んできた。
ややグレイがかった髪を肩の下で揺らしている、黄色の、肩を大きく開けたドレスを着た女性は、オーギ男爵令嬢ケート様。
エリ様は、ケート様の姿を見て、ピクリと片眉を動かした。
「、、、まぁ、ケート様。ご機嫌よう。人の話を盗み聞きなんて、淑女としての質が問われますわね。ま、そんな肩の大きく開いた下品なドレスを着るお方には、淑女なんて言葉は必要なかったかもしれませんわね」
今度はケート様が頬をひきつらせる。
「お言葉ですが、エリ様。ご存知ないかもしれませんが、このドレスのデザインが、今年の流行りなんで御座いますのよ。そんなことも知らないなんて、さすが、宝石をただジャラジャラつけていれば華やかに見えると勘違いした田舎くさい、あら失礼、大自然に囲まれた領地の方ですわね」
女の争いは醜い。そんなもの見たくもないが、ふと見えたエリ様の目は烈火のごとく燃えていた。成金をあからさまにアピールしたアクセサリーに、自信があったのだろう。
それぞれの言い分はそれぞれ間違いなく確かで、僕には目くそ鼻くそを笑うで引き分けなのだが、彼女らにしてみたら、せめて『目くそ』でありたいというところか。
ここで口出しでもしようものなら、きっと飛び火で火傷をしてしまうのだろう。
沈黙は金。これも我が家訓の1つ。
僕が気配を消して、ただ微笑んで様子を眺めていると、彼女達の嫌味の応酬は続き、いい加減うんざりしてきたところで、明らかに外のものとは違う外観の馬車が近づいてきた。
凛とした気品のある、しなやかな馬がひくのは、威厳さえ感じる豪華な馬車。そして公爵家の紋章。
僕の目的とする人が近づいてきたと理解した。
僕がそちらに足を向けようとすると、くすりと片方の女性が笑った。
「ーーーそういえば、『あのお方』がデビューなさるんですってね」
黄色のドレスに合わせた濃い緑の扇を口元に当てたケート様の声。
「ーーーわたくしも聞きましてよ。今更デビューだなんて、可笑しくて。恥でもかきにいらしたのかしら」
目を細めたのは派手な赤の扇を口元に当てたエリ様。
「いえいえ、もちろん、『誘拐され』にいらしたのでしょう?そういう話ではありませんか」
「ほほほ、そうでしたわね。『誘拐』。公爵家の警備がありながら誘拐を恐れてデビューできないなんて、そんな馬鹿な話があるものですか。どうせブ、、、人には見せれないお顔をなさってるんでしょ。化粧がしっかりとできる歳になったからデビューさせるというのが真実なのでは」
「わたくしもそう思っておりましたのよ、エリ様」
「ではケート様も」
ほほほほ、と二人で口を隠して笑い合う。
昨日の敵は今日の友。
見苦しいったらありゃしない。これで本当に貴族のお嬢様と言っていいのだろうか。
それこそ、公爵家。そして皇太子の婚約者という立場のリーネに対するひがみではないか。
しかしリーネの悪名が高いのも事実。
「その上、性格も悪魔のようだとか。昔、侍女が少し失敗したくらいで侍女の髪を焼いたとか」
「わたくしは侍女を引き摺り回したと聞きましたわよ。恐ろしい。とても癇癪持ちだと」
「屋敷に籠って呪いの研究をなさってるとか」
「それに呪われて醜いお顔になられたのかしらね」
ほほほほほ。
悪口に花を咲かせ、盛り上がっている二人は、周りの状況に気がつかない。
公爵家の馬車が停り、公爵が降りて辺りの人達がざわつき始めたこと。
公爵家の令嬢への興味が強く、皆が公爵家の馬車に集中したあと、公爵からエスコートされて馬車から降りたリーネの姿に、一瞬にして全ての人が黙り、身体を強張らせてしまったこと。
そして。
リーネへの悪口が楽しくてそのことに気づかず、『公爵家令嬢』である人に対する悪態をさらし続けてしまった二人が悪目立ちしてしまっていることに。
自分達の声が、下品にも、辺りに響いてしまったことで、ようやく我に返ったようだ。
あまりの静けさに二人が不思議に思って振り返ると、すぐ近くに、目映いーーー『光』だと思ったのだろう。
眩しそうに目を細めて、彼女を見ていた。
後光でも差すような白銀の、艶のある髪。
そして決して曇らせる事はできそうにない、澄んだスカイブルーの大きな瞳。太陽のような薔薇色の唇。
まだ15歳。大人になりきれていない未熟ながらも、凛としたその姿。
洗練されたその姿に合う、気品のあるピンクのドレスを着こなし、そして首に輝くは、見ることさえ躊躇われるような神宝。砂くらいの大きさでも誰もが夢見るその宝石は、遠くから見ても存在がわかる程度に大きい。
その価値がわからない人は、知識のついた貴族には、いるはずがない。
砂くらいの大きさでさえ、豪邸が建つというそれ。
なのにその大きさ。
国宝級といっても過言ではない。
いやむしろ。ーーー世界中でもトップを争う宝。
なのに。
その神宝をもってしてもまだ、その持ち主の方が輝いて見えた。その少女をわずかに照らすためにつけたライトのような。
宝石を身にまとっているのは同じなのに、けばけばしい宝石に喰われているエリ様とはまるで違う。
リーネがそこにいるからこそ輝く宝石。
神宝でさえ、ちゃんと身分をわきまえて、リーネを飾るに徹している。
そのリーネが、自分の悪口に気づいているだろうに、それをあえて無視する形で、ゆっくりと、二人の令嬢を素通りしていく。
これ以上ないほどに気高く。
ふわりと風が吹いて、リーネの白銀の髪をなびかせた。ーーーそれだけ。
それだけなのに、ケート様とエリ様は、何かに取り憑かれたかのように、涙を流し始めた。
二人の身体は固まったまま。目は見開いたままで、ボロボロと泣き始める。
周りの人達も、それを見ながら、涙を流し始めた。
身体が動かなかった。
公爵様がそばにはいるとはいえ、たかが15歳の少女が1人、通り過ぎただけ。
なのに、その場にいた人達、全ての身体が動けなくなっていた。すでに後ろ姿しか見えないリーネから、目が離せない。質の悪い魔法でもかけられたかのような。
リーネが、王宮の中に入ってようやく、じわりと身体が動き始める。
それでもある人は泣き続け、ある人はその場でしゃがみこんだ。
エリ様は真っ青な顔で唇を震わせ続け、ケート様は一瞬真っ赤な顔をしたかと思うと、その場で意識を失った。慌てて従者がその身体を支えるが、その従者さえ、夢見心地でぼんやりとしている。
リーネが去ったあとも、異常な静けさは続いた。
ーーーーそれがどういうことか、長いこと全く理解できず、僕は混乱したままの頭をフル回転させ、ようやく。ようやく動いた身体でリーネの後を追った。
アラン皇子の言葉が耳によみがえる。
『リーネを見張ってくれ』
冗談かと思ったその言葉。
『王都の大通りの天使事件』
ーーー冗談じゃない。
散々アラン皇子には無理難題押し付けられてきたけど、今回ばかりは洒落にならない。
こんなの、僕にどうしろと。
僕の手に負えるものではないのは考えればわかるだろうに。
リーネ公爵令嬢。
悪い噂は何度も聞いていた。でも実際はそうでもないかなと思った程度の。
初めて会った日。
メイドの格好をしていたけど、ニット帽とマフラーの隙間から見えた顔が、天使のように綺麗で可愛かった。
ただそれだけだったはずだ。
だけど。
「なんだ?これはーーー」
リーネが視界から消えた今でも、まだ脳裏にリーネの姿が焼き付いて離れない。
身体から自由が奪われて、心に、何か胸を締め付けるような苦しいものができてそれに押し潰されそうだ。
よくわからない。
よくわからないが、なぜか涙がでてくる。
「なんだこれ???」
不安とも恐怖ともつかない、だけど、恍惚とするような感情が支配する中、それでも身体を動かしてリーネを追えるのは、ただただアラン皇子から任された言葉への『責任感』によるもの。
たった1人の少女を少し見ただけで、外の人はまだろくに動けていない。
こんなことが有り得ていいのだろうか。
アラン皇子が、リーネと買い物に行ったあとから気が狂ったようにいきなり魔塔に通いだした理由。
国をあげてのイベントである自分の誕生祭の日にちをずらしてでも覚えなければならなかった魔法。
ーーーようやく、理解できた。
『あんなの』が婚約者だなんて。
「、、、苦労が絶えなさそうだな、あの人も」
僕は、親友の将来を憂い、苦笑するしかなかった。




