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悪役令嬢、デビューする

「とうとう。、、、とうとうこの日が来てしまったわ」 


 3月24日。

 それはアラン皇子の誕生日。


 アラン皇子の誕生日の2週間前から祭りは始まり、そして24日に誕生祭のパーティーがあるはずだった。しかし実際は、24日にパーティーの後の2週間が祭りになった。


 変更の理由はわからない。しかし、

「パーティーの日にちは結局、変わらないんでしょ」

 ちょっとふてくされ気味に私は言った。

 祭りがいつはじまろうが終わろうが、そんなのどうでもいいのだ。私はただ、パーティーに行きたくないだけなのだから。むしろ祭りはいつまででもしていてもらいたい。

 私には、ダンジョンで集めたコアがある。隙をみて屋敷を出て、祭りのついでに焼き鳥食べれたりして。

 

 うふふ、と夢見がちに愛しき焼き鳥を想う。


「リーネ様。そんなこと言っても、花月ーーーつまり4月から、学園に通われるのですよ。他の貴族の方は皆様、すでに社交界デビューをしておられます。アラン皇子の婚約者とあろうお方が、デビューさえまだなんて、あり得ませんよ」


 カリナは私の白銀の髪を丁寧に櫛ですきながら、

私の心を読んで説得しようとする。

「それこそ学園よ。今まで家に閉じ込めておいて、いきなり学園に行きなさいって。おかしいじゃない」

「それはもう何度目ですか、リーネ様。貴族や王族の方も通われるから、学園は警備が異常なほど整っているんです。どんなに相手がリーネ様を誘拐したくてもできないシステムになっているから、公爵様も学園通いを認められたのですよ。いい加減諦めてくださいませ」


 あんなに私に怯えていたカリナも、今となっては私に口答えしてくるようになっている。

 人って変わるものだよね。


「それでもどうにか学園行かないで済む方法ってないのかなぁ」

「御座いませんっ」


 そんなやり取りをしながら、有能メイドのカリナはてきぱきと私の支度を進めていく。

 

 今日のドレスは柔らかい赤を基調として、白とピンクの花をバランスよく散らばした『可愛さ押し出し系』ドレス。至るところにレースは重ねられ、ホールで輝くよう、あちこちに宝石をちりばめて計算され尽くした、あざといやつ。

 私は首を傾げ、わざとらしくダレてみせた。

「そりゃあー。私のデビューかもしれないけど、主役はアラン皇子なのよ。そんなに気張んなくたっていいんじゃないの?むしろ、ほら、あんまりでしゃばるとアラン皇子からの印象も悪いっていうかぁ」

「あら、どうしましょう。髪をハーフアップするつもりでしたのに、今日の髪の質が良すぎて、全部下ろしても美しすぎます。いや、むしろ大人っぽさを出すために全部あげて頭に花を、、、」


 あ、これダメだ。集中しすぎて聞いてないやつ。


 私はカリナから目を離し、ぼんやりと、アラン皇子の誕生祭に浮き足立つリンドウ帝国のことを考えた。

 

 皇太子の16歳の誕生日。

 時期国王になる人。評判もすこぶるよく、この国の未来はこれからも明るいと、あちこちで称える声を聞く。


 アラン様が第一皇子、というからには、第二皇子以下がいる。しかし、ゲームにはそこは全く触れられていなかった。

 こちらの世界で聞くと、第二皇子は、亡くなられた王妃の後の後妻の子供だが、後妻の家柄はそこまで良いものではなく、第二皇子の性格も陰湿で、評判が良くない。

 皇帝も第二皇子を次の皇太子にあげるつもりはないらしく、第二皇子は自由気ままに過ごしているとか。


 そうなると、アランが皇帝になるのは間違いなく、国民の期待も高まる。


 最近はレジスタンスの活動が活発になっているらしいけど、街は明るく活気がある。

 アラン皇子は基本、堅実で、節約した生活を送っていると評判だった。たまに鎧や剣などに異常な執着をすることはあるらしいが。

 皇帝も同じく、悪い噂は聞かず、言うなれば後妻の后妃がやや金遣いが荒い程度。今の皇室は民衆の不満は少ないように思えた。

 レジスタンスの人達は、何を求めて活動しているというのだろう。


 そんなことをぼんやりと考えていると、

「リーネ、そろそろお時間です」

とカリナから声をかけられる。

 

 はぁ、と私はため息を1つ吐いて、立ち上がる。


 するとカリナはじめ、他のメイドの人達が、私とは違う種類のため息を大きく吐いた。


「ーーー、素晴らしく美しいです。リーネ様より麗しい方は、後にも先にも現れないでしょう」


 またまた大袈裟な。


 カリナは本気でそう思っているふしがあるが、最近、度が過ぎている気がする。元々、本来のリーネがこの身体にいた時からカリナはリーネにつかえていたのに、その時はここまでなかったはずなのだ。恐怖が強すぎて顔がしっかり見れていなかったのかもしれない。


 ーーーそうか。

 そういうことか。 

 恐怖は何よりも勝るということかな。


「ねぇ、カリナ。もし、もしもよ?学園で、聖女になる女の子がくるとして。ーーーー私のこと、怖がるかしら?仲良くなれるかしら」

 カリナは不思議そうな顔をしてみせる。

「またそれは、とても具体的な例ですね」

「も、もしもの話だからね?」

 ゲームで未来の事を知っているとは流石に言えない。

「そうですねぇ、今のリーネ様なら怖がられることはないかと思いますが、、、。仲良くなれるかどうかは、その子の気合いと度胸というか、、、。あぁでも聖女様なら女神様に抵抗なく近寄れるのかしら。いや、でもリーネ様は女神というか天使というか、そもそもその輝きから一般の人間にはちょっと踏み込みにくいというか」


 私、なんか変な事を聞いたかしら。

 カリナが急にわけがわからないことをぶつぶつ呟き出した。


「カ、カリナ。もういいわ。貴重な意見ありがとう。さ、もう時間なんでしょ、行きましょ行きましょ」


 私はカリナの背中を押して、先に進むように促した。

「そうでしたね。あらもうこんな時間。急ぎましょう」

 そして部屋を出た。


 玄関前の大広間に行くと、公爵であるお父様がすでに支度を整えて待っていた。

 王族特有の金の髪を継ぐ父親は、髪を相変わらずオールバックにしている。今日は艶のある白いシャツに艶やかな赤に近い茶のスーツを着こなしている。

「リーネ。今日はまた一段と輝いてる」

「お父様も、その服、素晴らしいですわ。お父様のためにあるような服ですわね」

 家族自慢ではないが、お父様は娘から見ても見目麗しく、どんな服を着てもそれなりに見えてしまう。

 そのせいか、お父様は派手な服を着ることが多い。

 それでも何も違和感を感じさせないのは、才能の1つと言っていいだろう。


「今日はリーネの記念すべきデビューの日だからね。リーネの赤の服に合わせて、赤めのものにしてみたんだ」

 社交界のデビューにはエスコート役が必要だ。

 婚約者がいる場合、普通は婚約者がその役を担うが、今回は婚約者であるアラン皇子が主役である以上、私のエスコートはできず、それ故、お父様にその役目が回ってきたのだ。


 お父様は、それに思い至ってからはとても機嫌が良く、数日前からウキウキと準備を行っていた。

 ジルお兄様も、本当は自分がしたかったと悔しがりながらも、もしかしたら何か父に都合が入って、その役目が自分に回ってくるかもしれないと、ソワソワとしていたのも知っている。


「あ。そのネックレス。この前のプレゼントだな」

 私の胸元に輝く宝石を見つけて、父は更に嬉しそうに微笑んだ。

 鉱山1つと引き換えにした宝。

 こんな時でないと一生お蔵入りだろう。

「えぇ。とても素敵な品物なので、記念すべきデビューに合わせたかったのです」

「うんうん。よく似合っている。私の至高の宝リーネには、やはり神宝が相応しいな」


 さらっとなんか言ったけど。神の宝ですか?


 父親のやや後方を歩きながら、公爵家の紋章が入った馬車に乗り込む。

 馬車が走りだし、お父様と並んだ私は、ガタガタと揺れる音を聞きながら、外を眺めていた。


 王宮までの道のりを半分ほど過ぎたところで、お父様が口を開く。

「そういえば、リーネは、皇子の誕生祭の始まりが遅れた理由を知ってるかい?」


 突然、何かと思った。

「いえ、存じ上げませんが、、、」

 ちらり、と父を見ると、少し可笑しそうな表情をしていた。

「実は皇子から、わざわざこの私に手紙を寄越されたんだがね」

「皇子からお父様に手紙が?」

「そう、祭りが遅れることの謝罪と、私だけに、その遅れる理由が書かれていたんだ」

「なぜ、お父様だけに?」


 うぅん、とお父様は少し考えるふりをする。わかっているのにあえて誤魔化しているようだ。

「ーーーとある魔法をね、獲得するのに時間がかかったらしい」

「魔法を?この時期に、ですか?」


 皇子の誕生祭が近づいているだけに、ここ数週間はかなり忙しかったはずだ。それなのに、それを差し置いて、かつ、祭りをずらしてでも獲得する必要があったということだろうか。


「アラン皇子が覚えないといけなかったのですか?他の宮廷魔道士では無理だったと?」

「今日だけなら宮廷魔道士でも良かっただろうけどね。もうすぐ学校が始まるから。アラン皇子が一番適任だったんだろう」


 ふふ、と笑うお父様はとても楽しそうだ。


「ーーー意味が、よく、、、わかりませんが」

「あぁ、リーネはいいんだ。君はそのままが一番素晴らしい。むしろ、そのことをアラン皇子が理解してくれたということが嬉しいな。あのアラン皇子が、何を差し置いてもそれを重要視してくれたということも」

「???」

「この国の未来を危惧していたが、アラン皇子がいずれ皇帝になるのであれば、少しは期待できるかもしれないな」


 ーーーよく、わからなかった。


「あぁ、ほら。見えてきたよ。宮殿だ」

「わぁ」


 高く建ち並ぶ豊かな城下街から、頭1つ飛び出して見えるのは、巨大な王宮だった。

 丸い帽子に角が一本生えたような建物がいくつも連なり、それをまとめて1つの城となっている。


 引きこもりの私は、王宮に入るのは初めてのこと。


 公爵邸も驚くほど広いが、見る限り、王宮の方が大きい。当たり前といえば当たり前だ。

 

「あそこに今から行くのですね」

「そうだよ。あの広さ全体に魔法をかけるのは、相当苦痛だろうが、ね」

「?」

 やはりお父様はとても嬉しそうだった。


 なんとか時間をかけ、馬車は城下街を抜けて、王宮の門を1つくぐった。

 そのあと、いくつか門を抜け、ようやく王宮の手前の、最後の門を通り抜けた。すでに、招待された貴族達の馬車がところ狭しとばかりに並んでいる。


「せっかくのデビューだから、今回は始めだけ魔法をかけないでおく、という事だ。そこも皇子はよくわかっている」

 馬車が王宮の入り口に続く赤い絨毯の前にたどり着いた時、お父様はそう呟いた。

 お父様は馬車が止まるのと同時に立ち上がり、優雅に馬車から降りる。

 

 そして、私に向かって、白いグローブをつけたまま、その手を差し出した。

「さぁリーネ。今日は楽しんでおいで」


 優しく笑う笑顔は、本当に子供を想う父親の顔をしていた。実はお父様も、私がこの歳でデビューしていないのを申し訳なく思っていたのかもしれない。


 私はお父様の手をとり、できる限り優雅に、馬車から足を降ろした。


 そう、これは私のデビューなのだから。

 一生一度の、晴れ舞台。


 気張っていこう。


 私が馬車から降りると、周りにいた全ての人が、私達の方を向いているように思った。


 それは何故か。

 理由は私も知っている。


 閉じ込められた公爵令嬢。

 極悪とも言われる性格の悪役令嬢。

 公爵家に生まれたのに、15歳になってもデビューできなかった落ちこぼれ。

 話の種。

 笑い者にするために。

 ただ興味本位で。 


 だからこんなにも私を見ているのだろう。


 でも私は知っている。お父様もお兄様も、そんな私をずっと愛し、見守ってくれていたこと。


 今日はその恩返しをする日なのだ。

 

 公爵家は、決して笑い者にされるような人間ではないと伝えるのが、今日の私の使命。


 馬車から足を降ろし、私は父の手を離した。

 丁寧に、優雅に。

 私は片方の足を曲げて、簡易的な形式上の挨拶を行う。そしてフワフワの羽のついた扇を取り出して、顔の前で広げた。

 

 周りの皆は、まだ黙って私の方を向いていた。


 好奇心旺盛な人達。気持ちはわかるけれど。

 その貴族達に、私は目を細めて軽く会釈をし、そのまま、王宮の入り口へ歩きだした。


 凛と背筋を伸ばし。

 決して侮られて良い人間ではないと。

 言葉ではなく態度で示すのだ、公爵令嬢として。


 私は王宮の中に入っていく。


 しかし、その場にいた人達は誰も、黙ったまましばらく動かなかった。

 

 私の背中をただただ、じっと見つめたままだった。



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