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悪役令嬢、ダンジョンに行く

 兄のジルの魔法で次に転移した場所は、私は見たことがない場所だった。

 森の奥のようだ、とは思った。

  青々と繁った木々の中。あちこちに鳥のさえずり、動物の鳴き声が高く低く響く。

  仰ぎみると僅かに陽の光が木の葉の隙間から差し込み、やわらかく豊かな森を包んでいるように見えた。

  さやさやと葉っぱの擦れる音も聞こえる。


「ジルお兄様。ここは、、、」

「公爵領にあるダンジョンの前だよ」

「ダンジョン!」

「一般の人は、表の入口から入る。そして貴族は裏の違う入口から入る」

  そして、とジルお兄様は、目の前の大木の幹に大きく開いた穴を指さした。

「公爵家だけ、ここから中に入るんだ」


 大木は、何千年生きたのかわからないくらい大きく、その幅は私とジルお兄様が手を広げてもまだ足りないくらい長い。

その真ん中に開いた穴は、雷に打たれたのだろうか、ポッカリと大きく、キャンプで使うテントのように広かった。


「ここがダンジョンに繋がってますの?」

「そう。とても広いダンジョンだからね。どの入口から入っても、いつかは繋がるが、広すぎてなかなか別の入口、!から入った人とは出会わない。誘拐されやすいリーネにはもってこいの場所だろう」

「ほほ、そうですわね」

  もってこいかどうかはわからないけど。

「でも繋がっている以上、誘拐の危険がないわけではない。ここに来るには俺の魔法が必要だろうが、もちろん、俺も一緒にダンジョンに入るからな」

「お兄様と一緒なら心強いですわ。ぜひお願い致します」

  白い鎧を装備してるので、私が笑っているかどうかお兄様には見えないだろうけど、私は精一杯の笑顔でお兄様にお願いした。


 剣術にはそこそこ自信はあるが、実戦で役立つかはわからない。練習と違って本物のモンスターだ。

  魔法は意外な形で使えたが、あれでは時間がかかり過ぎる。魔法の練習はおいおいするとして、今は剣士としてモンスターを倒さなければならない。


 剣士としても魔法使いとしても天才と名高いジルお兄様が傍にいたら、私も安心して自分を試せるだろう。

 慣れてしまえばモンスターのコアを集めて、ギルドでそれを売ってお金にできる。

  焼き鳥への長く険しい道のりの終点が、ようやく見えた気がした。


 私は笑いが顔に浮かぶのを隠せなかったが、それは不本意にも白い兜が隠してくれていた。


「じゃあ、行こうか」


  お兄様が先に進み、私はその後を追う。

  大木の幹の大穴の中に入っていくと、暗闇が全身を覆ったあと、ひんやりとした空気が流れていった。

「ライト」

  ジルお兄様は、手のひらを上に向けると、その手のひらから丸いボールのようなものが浮かび、頭上で明るく光った。


 暗くて全く見えなかった足元が、一気に見えやすくなった。ライトの魔法は、暖色の豆電球のような色で私達を照らしてくれていた。

「便利ですのね」

「このくらいなら、リーネもきっとできるようになるよ。属性的には炎の魔法だけど、コツさえ掴めばすぐだ」


 そのコツが掴めなくて今に至るのだけど。


  辺りが見えるようになると、木の幹の中に入ったはずなのに、洞窟の中の様子に変わっていた。

  ゴツゴツした岩と土に覆われて、広く長いトンネルのような道が続いている。


 森の中はあれほど色んな音でうるさかったのに、ここは静か過ぎて耳がおかしくなりそうな程に静かだった。


  何の音も聞こえない。


「ジルお兄様、、、」


 少し不安になってジルお兄様の名前を呼ぶと、ジルお兄様は、とても嬉しそうに私の近くに寄り添い、

「大丈夫だよ」

と呟いた。

「この公爵領のダンジョンが有名なのは、低い階のモンスターが弱いからなんだ。練習にもってこいでね。中盤から強くなってくるけど」

「ここのダンジョンは何階までありますの?」

「『現在』確認されているのは、12階まで。12階のボスを倒せていないんだ。12階で終わりなのか、まだ続くのか。それさえ分かっていない」

「まぁ、、、。ダンジョンには多くの人が入っていると聞きますのに、、、。それでも」

「ここのダンジョンが出現して、もう300年にはなるらしいが。命をかけて最下層を目指す必要がないからね。下層のモンスターが上にあがってくるわけでもなく、ここのダンジョンをクリアしないと魔王が攻めてくるわけでもない。中層程度のモンスターで充分なレアアイテムは貰えるし」

「好奇心だけで最下層に行くには、ボスが強すぎるということなのですね」

「そういうことだね。あ、ほら、そうこうしていると、敵のお出ましだよ」


  キー、と小さく声が聞こえた。


 少し離れた所から、バスケットボール程度の大きさのネズミのようなモンスターが近づいてくる。

  ノソノソと歩くので、速さは感じないが、口からはみ出て見える牙は、小さめのつららのように長く、噛まれたら大量出血は免れないだろう。


「ボールマウス。毒はない。素早さもないから狩りやすいが、たまに集団で行動する」

「まずはアレを狩ればいいのですね」


私が腰から剣を抜くと、ジルお兄様がそれを制止した。

「リーネの剣の腕前は知っている。実戦の経験はないとはいえ、この階層のモンスターなら楽勝だろう」


  ジルお兄様は、私の誘拐は非常に気にしてるが、どうやらモンスターとの戦いはそう大して心配してないようだ。まぁそれだけこの階のモンスターが弱いのだろうけど。


「リーネは魔法を使いたいのだろう?俺も実はさっきのギルドでのことがずっと気になっている。魔法の練習も兼ねて、ちょっとやってみないか」

「魔法の練習、ですか」

  望むところです。

  天才級と聞くジルお兄様に教えてもらえるなんて、この上ない誉でしょう。

  適性なしと言われ、屋敷での個人教育スケジュールに魔法は入っていなかった。独学するには魔法の本が屋敷に少なく、そして『リーネ自身』も魔法への興味が皆無といってよかった。

  魔法が使えたら、と思うのは、リーネに入った私だけ。そしてその機会が今来たわけで。


「わかりました。でも、、、どうすれば」

「魔法の基礎知識がゼロだったな。では、先程の、体内で魔力を増幅させるところまでやってみようか」


 額、胸、腹の中心に意識して、そこから身体の気を巡らせる。


「あの水晶玉の中で見えていたものがあるだろう?イメージする事が大切なんだ。手の中にあの水晶玉があるように想像して」


 イメージ。


 あのモヤが。

  少しずつ増えて。

  集まる。


「それを、放つ」


  ーーーハナツ?


  やり方がわからなくて、結局何も起こらなかった。

「ーーーお兄様。そう簡単にはできませんわ」

  はは、とジルお兄様は笑う。

「そりゃそうだ。まぁ魔法も練習あるのみだからなぁ。これからモンスターに会う度に同じ練習をしていこうか」

「はい。ジル先生」

「先生か。ではリーネの専属教師として、厳しく指導させてもらおうかな。まずはリーネ君、あのボールマウスを倒したまえ」


  今度こそ、私は剣を抜き、ノソノソと歩いてくるボールマウスに剣を振り下ろした。


 骨辺りで多少の抵抗はあったが、ボールマウスはスパンと真っ二つになる。血は出たが、絶命してしまうとボールマウスの体は何かに吸収させるように消えていった。

  小石のような赤いコアだけが地面に残る。


「剣術は、もう俺の口出しはいらなさそうだね。殺すのに躊躇するかなと思ったけど」

「モンスターとわかってるからですわ。これがただの動物だったら、さすがに躊躇します」

  ーーーかどうかは、やってみないとわからない。

 さすが悪役令嬢、というところか。モンスターとはいえ1つの命を失わせたのに、全く心が痛まなかった。

 この体なら、もしかしたら動物でも全く動じないかもしれない。


「こんな小さなコアでは大した価値はないが、討伐したという証拠にはなる。学園では、ダンジョンに入って素材とは別に、コアを集める課題もあるんだ」

「そうなのですね。でも素材集めって、あのモンスターはすぐに消えてしまいましたが、どうやって素材を集めるのですか?」


 すぐに消えてしまっては素材など取れない。


「命の強さによって消え方が変わるんだ。強ければ強いほど、絶命してからもしばらく消えない。その間に素材を取るんだが、さっきのような弱いモンスターからどうしても素材が欲しいなら、まだ生きている時に欲しい素材だけとるしかないな。まだ生きているから、死んだ時より気持ち的にはグロテスクになるが」


「なるほど。では、強いモンスターを狩るか、生きて剥ぎ取るかということですね」

「そういうことだな。ボールマウスの素材が欲しいか?」

「いえ、今は特に欲しいものはありませんわ」


 その後も、ゾロゾロとボールマウスはじめ、弱いモンスターが次々と現れた。その度に私は、まず魔法を出す練習をして、その後、剣でやっつける。


  結局その日、魔法が私の掌から出ることはなかった。


「やっぱり魔法は難しいですわね」

「あとは練習あるのみ、だな」

「はい。ジル先生」


 ふふふ、ははは、と遠足の談話のように笑う2人の足元には、100を超える小さなコアが転がっていた。


 それからというもの、毎日のように私はジルお兄様にダンジョンに飛ばしてもらい、私は練習を続けた。


  公爵家専用出入口というだけあって、他の誰にも会わないから戦いに集中できる。

 二日目、三日目まではお兄様が一緒に付き合ってくれていたが、全く誰一人として会うことはなく、公爵家専用の入口までたどり着く人は殆どいないということが理解出来た。

  1週間も経てば、お兄様は戦うことを止め、様子をみて離れては戻るようになっていき、2週間後には1度屋敷に戻るようになった。

白い鎧を着ていることもあり、1ヶ月後には送り迎えだけの日々になった。


  それでも毎日毎日、ダンジョン生活を続けていくと、段々と白い鎧の重さを感じなくなっていった。

  剣も振りやすくなり、自分の体の一部になったかのように動く。剣に意思があるように、どう振れば効果的なダメージが与えられるのか、剣を振る前にわかるような気がしだしていた。


「だいぶ慣れてきたようだな、リーネ」

「はい、お兄様」

「魔法はまだ使えていないのかい?」

「、、、まだ、、、。あの時の感覚が使えていないというよりは、あの時の感覚で魔法を使っているはずなのに魔法が出ていない、という感じで、、、」


  あの時は比較的すぐに効果が出たのに、あれから毎日、何百回と試しているのに全く発動しない。

  何かが足りないのだろうけど、何が足りないのか全くわからない。

  集中して身体が温かくなり、手にその熱を集めて、黒い物体を放つイメージで投げると、その熱が身体から出ていく気配はするのに。


「まぁ、焦らなくてもいつかできるようになるよ。これだけの剣術があれば、学校のダンジョン科目も『優秀』を貰えるだろう」


ジルお兄様は、私の足元に転がるものだけでも500は超える赤い小さなコアをみて、ため息をつくように言った。


「リーネの努力と根性にはいつも驚かされる」

「まだまだですわ。ここはあくまでダンジョンの1階。子供だましのものしかいないですもの」

「それでも苦戦している人は多くいるんだけどね」

「2階に行きたいのです」


  こんな小さなコアだけじゃ、焼き鳥から始まるグルメツアーの資金にはとても足りないだろう。


  魔法はともかく、剣術は有効に使えることがわかった。そうなると、もっと稼ぎたい欲が出てくる。


「ダメだ」

兄は即答する。


「なぜ」


「2階に行くには1階のボスの部屋を通る必要がある。もう2階のボスは攻略されているからボスの部屋は空になっているが、2階に行く人と、あそこは回復の泉があるから人が集まるんだ。リーネを連れていく訳にはいかない」


  またそれだ。


 誘拐されるから、危険だから。

  そうやって私を閉じ込めてばかり。


 この前は少し、外に出した方がいいかもとか言ってくれてたくせに。


  だから急に学校行って常識がわからず悪役令嬢として生き、結果追放されてしまう。


  まだ外に連れ出してくれたアラン皇子の方が、話がわかると思った。


黙り込んだ私に、ジルお兄様は少し申し訳なさそうな顔をする。

「ーーーそろそろ、違うことに取り組んだらどうだ。学園で学ぶことは他にもっとあるだろう?もう剣術は充分ーーー」


「わたくしは魔法を使いたいのです」


  むきになって言ってみた。


  使えないと理解していても、少しでも可能性がある以上、使ってみたい。

  そしてまだまだ稼ぎたい。


「お兄様。お願いですから、もう少しだけわたくしに修行させてくださいませ。もう少ししてダメなら、潔く諦めますから」


  ジルお兄様は渋い顔をしている。

  しかし、ジルお兄様がリーネを心から愛しているのを知っている。ゲームの知識で。

  なんだかんだ、妹には甘いのだ。外出すること以外は。


「ーーーわかった。しかしあと1週間だけだ。それ以上は、きっとリーネ自身がこの場所より先に行きたくて耐えきれなくなるだろうから」


  よくご存知で。


 1週間後には、アラン皇子の誕生祭もある。

 ここらが潮時なのだろう。


「あと1週間ですね」


  私は頷き、自分の魔法袋を見つめた。


  魔法袋は高価なものだが、小さな見た目の割に沢山のものが入る便利グッズだ。


 ここ1ヶ月捕り続けたコアが全て入っているが、まだまだ入りそうだ。

  地面に落ちている500個以上のコアを入れて、あと1週間、死にものぐるいでモンスターを狩り続ければ、そこそこの金額にはなるだろう。


 ジルお兄様にはあぁ言ったけど、金稼ぎに力を入れようかな、とも思う。

  魔法の訓練は、よく考えれば家でもできる。

  周りに危険が伴うから、こういうダンジョンの方が良いけど、そもそも私はそんな魔力強くないから、家が吹っ飛ぶようなことはないだろう。


  モンスターを狩る前に毎回していた魔法の練習時間を減らせば、ざっと今の倍は稼げるだろうから。


「先に言っておくが、本当にこのダンジョンは広い。2階のボスの部屋に行くまでにはとんでもない距離がある。地図が頭に入ってないリーネは、迷子になって出てこれなくなる可能性しかないから、絶対この先に進もうなんて考えるんじゃないぞ」

「わかりました」


  そこは素直に頷いておく。

 この場所だけでも1人になると相当の数のモンスターが出てくるからだ。1階にしかいることができないのに、わざわざ歩き回って体力を使う必要はない。


 ジルお兄様がいる時には滅多にモンスターがでないところをみると、多分、ジルお兄様は魔除けの魔道具を持っているのだろう。


「じゃあ、俺は1度屋敷に戻って、残っている仕事を終えてからまた戻ってくる。それまで練習に励むといい。決して無茶はするなよ」

 そしてジルお兄様は霞むように消えていった。


「お兄様も色々と大変ですわね」


 兄のいなくなった場所に、話しかけてみる。

  当たり前だが返事は無かった。


 そして兄がいなくなると、それまでどこに隠れていたのかわからないが、数十匹というモンスターがノソノソと私に近づいてくる。


  2週間くらい前から、ボールマウスだけでなく、猿のような形のものや、羽の生えた鳥のようなモンスターも出現するようになった。


  それらが、私を親の仇のように目を真っ赤にして集まってくるのだ。

  私がこの場所で同類を殺しすぎたからだろうか。


  ふ、と笑いが出てくる。

 最初はこのダンジョンにも、モンスターにも多少なり戸惑いも罪悪感もあったのに。


 今では、湧いてくるのは高揚感。

「安心しなさい。そう焦らなくても、すぐにお友達のところに連れて行ってあげるからね」


  この時、私は『悪役令嬢らしい』顔をしているに違いなかった。


  私は心ばかりの魔力をいれる練習をすると、すぐに剣を振り上げ、一振りすると数匹のモンスターが宙に舞った。その大半が一刀両断されている。

 数回剣を振るだけで、はじめにやってきたモンスター達は屍になった。そのあとも、まるで私のために来てくれているように、うじゃうじゃと湧いて出る。


  皆、赤い眼。

  私のことが相当憎いらしい。


  こんな眼を見ると、心の奥底が痺れるように疼いてしまう。いますぐ殲滅したい気分になる。

 ーーーもう魔法の練習なんてしなくても。

と思ったのにずっと身体に染み込ませた練習のせいで、図らずとも手に魔力を込めてしまう。

「おっと」

  慌てて手から魔力を集める意識を止め、いつものように魔力を放り投げるイメージで力を抜いた。

 それはいつものように、何も起こらないはずだった。

  なのに。


  ダンジョンの地面が一瞬、軟らかい泥になったかと思うと、そのあとは泥さえなくなって、ポッカリと大きな穴に変化していた。


「え」

 私はただただ、落ちていく。

  ダンジョンの地面は分厚く、地面に穴を掘った時のように、目の前には丸い土の壁が延々と続いていた。


 この穴の空き方。

 もしかしてだけど、私はまるで穴を掘るように、魔力でコツコツとダンジョンの地面を壊していたのだろうか。

だからモンスター達があんなに目を赤くして怒っていたのだろうか。住処を壊されていると知って。


 あーーーー。なるほどねぇ。

 そりゃ恨むわな。


  ーーーなんてことを、落ちながらぼんやりと考えていた。



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