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悪役令嬢、ギルドに登録する

 転移魔法、というものがある。


 魔道具でも、特定の場所と場所を繋いで移動できるものもあるが、それとは別に、自分の行きたい場所にどこでも行ける、稀有な魔法を持つ人もいる。


  その1人が、我が兄、ジルだったりする。


 私にその魔法があれば、焼き鳥だけじゃなく世界各地の美味しいものを食べ歩くという有意義な使い方をしてみせるのに、と思うが、ジルは特にその能力を持ちながらも使うことは殆どないらしい。


  なんと勿体ない、と常々思っているのだが。


「さぁ、リーネ。着いたぞ」

そう声を掛けられて目を開けると、兄の部屋だったはずの視界が、前に見たギルドの景色に早変わりしていた。


 さすがとしか言いようがない。寸分も間違うことなく目的地にたどり着くとは。


  急に出てきた私達に、ギルドの中にいた人間がザワつくが、ジルの容姿とそのマントに刺繍された公爵家の紋章に、すぐに黙った。


 私はジルの命令で例の白い鎧を纏っていた。周りからは、多分ジルお兄様の護衛と思われているだろう。


  公爵子息がやってきたことを知り、ギルドの受付が慌てて駆けつけてくる。

「これはこれは公爵家のジル様ではございませんか、今日は一体、何の御用で」

  体幹は細長く、七三に分けた髪に眼鏡をかけているその人は、とても荒くれ者の集まるギルドの人間には思えなかったが、腰の横につけた異常なほどに長いサーベルのような剣を見ると、この人もただの受付というわけでもなさそうだった。


「ギルドに登録させたい人がいてね。彼女なんだが」

ジルは私の名前を敢えて言わず、彼女と呼んだ。

ギルドに登録するにはフルネームが必要だが、今、ここでわざわざフルネームを言う必要はない。

「左様でございましたか、では、こんなむさ苦しい場所ではなく、中のギルド長室までご案内致します」

「そうだな。そうしてもらおう」


  頷くジルお兄様は、家での姿よりもっと凛としていて、高位貴族と呼ぶに相応しい雰囲気を纏っている。これが本来の外でのジルの姿なのだろう。悠々としていてかつ華々しい。


  ギルドにいた若い女の冒険者達は、ジルお兄様が誰か分かっていない人でも眩しそうに眺めたり、頬を赤らめたりしている。


 さすがアラン皇子と並ぶ美形。女だけでなく男達さえ、やや頬が紅潮している気がする。

「いくよ」

とジルお兄様に促され、私もそれに続いた。


「では、この書類に嘘偽りなく記入をお願いします」

と渡されたのは、身分証明申請書。私達はギルド長の部屋のテーブルに並ぶように座っていた。

 その書類を見ると、名前、年齢、持ちうる魔法、スキルなどを記入する欄がある。

「、、、お兄様」

つんつん、と私はジルお兄様の袖を引っ張る。

「そうか、そうだったな」

  ジルお兄様はそれだけで私の言いたいことを理解し、先程の受付の男を手招きした。今日はギルド長は不在だったらしい。


「ここには、適性魔法を調べる機械があっただろう?調べてもらえないだろうか」


  小さい頃、屋敷で測定してもらったことはある。その時は『適性魔法なし』と判断された。

 人間、そう適性魔法が変化することはないため、一度測るとそう何度も測ることはないが、『ない』と言われたままで終わるのも悲しいし、正直、私がリーネの中に入ったことで何か変化する可能性もある。

 測れるものなら測ってみたかった。


「適性魔法がないならないで、リーネはリーネだから構わないんだが」

と、ジルお兄様は私が結果でがっかりしないように、先に励ましの言葉を優しく言ってくれる。


案内の男は、顔の大きさ程度の水晶玉らしきものを持ってきて、私達の座るテーブルの前に置いた。


「ここに両手で包むようにかざしていただいても宜しいでしょうか。玉は触らなくて結構です」


  触らず玉を包むように。

  この玉に魔法を流すイメージだろうか。


 魔法の練習は、本当にしていない。

 学園では魔法が必修科目にあるというのに、適性魔法なしと判断されてからは魔法を習うことはなかった。その代わりに学業、剣術や馬術など様々なことを家では学んだ。


 でも、魔法も使ってみたかった。


 玉に魔法を流すイメージをしてしばらくすると、玉の中にぼんやりとモヤがかかるように見えた。ほんの少しだけど。


「ーーー何もでませんね。これは適性なしということでしょうか」

 案内の男は、たいして変化のない玉を見て、そう呟いた。

「え?なんかモヤがかかってません?」

「「モヤ?」」

ジルお兄様と案内の男が声を合わせて私の言葉を繰り返す。そしてもう一度、玉の中をよく見て、あぁ、とジルは声を出した。

「確かに何かモヤのような」

「モヤというか何本かの線というか。でも確かに何かありますね。なにやらフワフワしたものが」


 何かあるかもしれない。


 そう考えると、少し嬉しくなった。


「リーネ。お前は魔法の使い方を全く習ってなかったんだったな」

「えぇ。その機会はありませんでした」

「そうか、、、。うーん、どうしようかな」

ジルお兄様は、少し悩んだようにしながら、私の方をじっと見て、ふと、私に手を伸ばした。

「額の中心。そう、眉と眉の間の少し上。そこと、胸の中心。胃より少し上。そしてお腹の中心。臍より少し下。その3点に意識を集中して」


 お兄様が私に触ったのは額の中央だけ。

 でも意識してというのは3点。

 3点を同時に意識というのはなかなか難しかったが、その3点を繋げるイメージを持つと意識しやすかった。

「その3点から、全身にエネルギーが廻るイメージ」

 エネルギーが廻るイメージ、、、。


  よくわからないなりに、私は血の流れと気の流れをぼんやりと意識しながら流してみた。体から頭、足、そして手のひらに何か温かいものが廻る。


「おお!増えましたぞ」

 案内係が小さく声を上げた。

 玉の中にあった線のようなモヤが、数を増やして揺らいでいる。意識を集中してそれを身体中に流し続けると、さらにモヤは増えていった。

そのモヤは玉の中央に集まりだし、あまりにか細い線のようなものが集まりながらクルクルと回って、小さな小さな黒い点になったような気がした瞬間。


『パリン』


 水晶玉のような機械は、音を立てて割れてしまった。しかもその欠片は砂のように粉々になっている。

  さっきまでそこにあったはずの機械が、今、目の前にない。

異様な光景だった。


「、、、え?」

案内係の男は、見たものが信じられず、割れてから1分ほど経って、ようやく不思議そうな声をあげた。


「ーーーえ?ーーー今、何が、、、?」


  案内係はどう言葉にしていいかわからないらしい。かく言う私も、なぜか言葉が出てこなかった。


  してはいけないことをした時のような、ほのかな罪悪感と、恐怖と、不思議な高揚感で僅かに手が震えた。


「、、、これは、故障しやすかったり、壊れやすかったりするものなのか?」

  ジルお兄様は、案内係をチラリと見る。案内係は慌てて首を振った。

「まさか。とんでもございません。時には大魔力を持つ人もいるのです。全ての魔法に対応できるように、ダイヤモンド並の硬さの上に、防御の魔法をつけております。どんな業火でも、凍結でも、重力魔法を使ったとしても、出来てヒビをつける程度。割れるなんてとても。ーーーなので、粉々になるなんて、、、有り得ません」

  言って、案内係は私の方を見た瞬間、身体をぶるりと震わせた。真っ青な顔をしている。


  見ていたのは、本当に小さな小さな黒い塊だけだった。蚊ほどの小さな丸。それだけ。


  それだけであの威力。


「ーーーでは、彼女の適性魔法は?」


  少しも表情を変えることなく、ジルは案内係の男に、そう尋ねる。案内係は少し泣きそうになっていた。

「わ、わかりませんーーー。わかりませんっ」

  ギルドの男だというのに、ブルブルと身体が震えている。


「こんな魔法、見たことも聞いたこともありません。ーーーただ、もし想像で言っていいのであれば、、、光魔法があるのになぜか存在していなかった、闇魔法ーーーーー」


  闇魔法。


 現代の異世界モノではよく聞くやつだ。

  むしろ、光魔法があるのに、この世界には闇魔法がないというのが驚いた。


「闇魔法、か。なるほど」

  ジルお兄様は、ふと笑った。

 何がなるほどなのかわからないが、そう呟いたお兄様は、いつもと少し違う表情をしていた。


「では、身分証明書には、この魔法をなんと書く」

「ーーこれはさすがに私の一存ではとても、、、。ギルド長の意見を伺わなければならないので、後日でも宜しいでしょうか。適性魔法がなくとも、ギルドの登録はできますので」

「そうか、そうしてもらおう」

「はい、、、」

 案内係の男は、なにやら憔悴した様子だった。ぐったりとしながら、登録の手続きをする。


  手続きが終えると、疲れ果てた顔の案内係を残して、ジルお兄様は、私と共に次の目的地に飛んでいった。


 一瞬にして自分以外誰もいなくなった案内係は、テーブルの上の砂の山を見て、これをどう報告すべきなのかと、混乱したまま眺めていた。



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