悪役令嬢、兄と戯れる
ヤナンデデル伯爵の周囲に暗躍の警備網が張られたということを聞いたのは、この前のお出かけの翌日だった。
ヤナンデデル伯爵には内密で、何人かが使用人として潜入。それ以外は屋敷の周囲で見張っているという。
長期に渡ることも予想されていたが、意外と早く決行に移したようで、レジスタンスの下っ端と思われる輩が何人か捕まった。
ヤナンデデル伯爵の悪行は、なかなか尻尾を掴むことができず王宮の騎士も悔しい思いをしていたようだ。だが、今回の件で探りを入れると、慌ててヤナンデデル伯爵が帳簿を隠そうとし、そこを潜入していたスパイに見つけられ、お縄になったようだ。
奴隷だけでなく、一般人の人身売買、商品の裏取引などかなりの違法な行為が明らかになり、ヤナンデデル伯爵は、少なくとも一生牢屋からでることはないだろうと囁かれている。
「お手柄だったようだね、リーネ」
芸術の間と呼ばれる、様々な時代の様々な国から集めた美術品がところ狭しと並ぶ部屋に、一本の木からくり抜いた大きなテーブルを挟んで、私とジルお兄様がお茶を飲んでいる。
芸術品は、壁の隙間を埋めるようにびっしりと名作をはめ込んでいるため、もう風情も何もなくなっているが、兄と父はこの部屋を気に入っていた。
「たまたまですわよ、ジル兄様」
薔薇の香りのする紅茶をすすり、私はカップを皿に置いた。
「いや、ヤナンデデルという名前が出ただけで、レジスタンスと結びつけるなんて、なかなかできることではない」
褒めすぎですわ、と言ってみる。
「お兄様が、以前からヤナンデデル伯爵には気を許しておられなかったから、覚えていたのですわ。お兄様は人の本質を見抜くのが得意ですものね」
・・・と、ゲームのジルの個人紹介に書いてあった。
「小心者の彼が黒幕なんていう物語は、スリルがなくて面白くもないですもの」
ふふ、と私が笑うとジルは目を細める。
「リーネは誰が黒幕だったら面白いと思う?」
「誰・・・?そうですわね・・・」
ゲームにレジスタンスなんていう存在は出てきていない。『世界の中心で魔法を叫ぶ』のゲームは、根っからの恋愛ゲームだ。
平民から生まれた主役の女の子が聖女だと判定されて、15歳で魔法学園に特待生で入ってくる。
ダンジョンに行って成長したり、騎士団で修行したり、他国との戦争に行く攻略キャラを見送ることはあっても、レジスタンスなんて埃っぽい人達は出てこなかった。
学園の中で様々なことが起こり、そのイベントを攻略キャラの性格をみながらクリアしていくだけだ。
王家に逆らう集団。そのトップ、か。
悪役令嬢のリーネが婚約破棄されて、公爵家から追い出されるのは2年後。その時点で王家に何もないということは、まだレジスタンスは動いてないか、あるいは壊滅させられている。
ということは、私には、関係ない話だ。
「小心者ではなく、王家に太刀打ちできる意志の強さと、その影響力、経済力を持ち合わせる人など、限られますものね」
ほほ、と笑ってみせる。
ジルお兄様も本気で答えがでてくるとは思っていないだろう。ここはいかに笑える冗談が言えるか、の質問。
それならば、と私は言った。
「わたくしかジルお兄様くらいですわね」
ほほほほほ、と笑うと、ジルお兄様は一瞬びっくりしたようにしたが、私の冗談に気づいて、はははと笑いだした。
「リーネが黒幕だったなら、俺も参加しなきゃいけなくなるじゃないか。可愛い妹を1人で死地には行かせられないよ」
「では、お兄様が黒幕だった場合も、わたくしがお兄様の右腕になりますわ」
お兄様は楽しそうに笑う。
「それは頼もしい。ならばまずはアラン皇子から叩き潰すかな。彼はどうやら俺の可愛い妹をデートに誘うなんてことをしでかしたからね」
この言葉には、心から苦笑するしかない。
「あれはデートなんてものではございません。ただの買い物の押し付けというのです。やれ帽子だやれ鎧だと、わけのわからないものばかり私に合わせてくるのです。結局、わたくしが買いたいものは買ってくれなかったのですのよ」
ぷくりと私が頬を膨らますと、
「それは仕方の無いことかもしれないが」
と急にアラン皇子派に寝返る兄。
わけがわからない。
「まぁ、無事にこの屋敷に可愛い妹を戻したことは、褒めてやらないといけないな。誘拐させなかったという意味で」
「またお兄様は。誘拐などそんな何回もされるものではないのです。なのにずっと心配ばかりして、それは過保護というのですよ」
「過保護ではないさ。可愛い妹を持つ兄としては、標準範囲内だよ。しかし、あれだね。アラン皇子は、何を思ってあの鎧にしたのかな」
ちらり、と私がアラン皇子に賜った鎧を横目に見る。
使うことがないと思われたその鎧は、屋敷に帰って早々に、この芸術の間に飾られた。
「ですわよね!!!」
貴族の女の人への初めての贈り物が鎧だなんて、ほんとどうかしてるとしか思えない。
身を乗り出すようにしてジルお兄様に同意すると、ジルお兄様は素っ頓狂なことを言う。
「確かに白は清楚でリーネの良さを引き立てることはできるだろう。だが、白1色というのがいただけない。もっとリーネの高貴さを表すような色を入れるなり、宝石を散りばめるなり、色々あっただろうに。そもそも、いくら職人の作品とはいえ、リーネのためだけに作られたオンリーワンの鎧ではないだろう。リーネの身体にあった鎧を特注するくらいのことはして当たり前だと思うのだけどな、そこらへん、アラン皇子に何を思ってのことか聞きたいものだ。ことによっては、うちの至宝のリーネを軽んじていると、王家との争いが起きても仕方がないことかもしれないな」
私はぎょっとして、本気にも聞こえるジルお兄様を宥める。
「いえいえいえ、お兄様。さすがにそのくらいで王家との争いの種になることは」
「そのくらいとは心外だな、リーネ」
ジルお兄様は、真剣な顔で私の言葉を否定する。
「そもそも争いとは、本人達の欲望の落とし所の違いから起きるものなんだよ。それらが何を大切にして、そのためにはどうしたらいいのか、それらが相手と食い違うことで争いになるんだ。俺の何よりも大切なリーネを皇子が軽んじた。それだけで戦になるには充分というもの」
「ななな、何をおっしゃるのです。お兄様。そんなことを言って、もしこれを誰かに聞かれでもしたら、謀反の疑いを持たれるかもしれないのですよ、そんな軽々しく王家と戦などと」
「うちの有能な使用人達が、王家などの諜報員を見抜けぬはずがないだろう。安心おしよ、リーネ。ここは安全だ。そしてリーネはアラン皇子の婚約者なんだ。そんな人間を、さすがにすぐに殺したりしないよ。ただ、リーネには幸せになってもらわないといけない。アラン皇子がリーネに相応しいかどうかは、ちゃんと見極めないといけないね」
ははは、とお兄様は笑う。
どこまでが本気でどこまでが冗談なんだか、全くわからない。
「、、、もう、ジルお兄様ったら、本当に人が悪いですわ。わたくしを困らせてばっかり」
全て冗談だと信じて受け止め、私はわざと困ったように小首を傾げる。
「悪かったね。可愛いリーネを見ると、ついイタズラをしてしまう。昔からの悪い癖だよ。気にしないでおくれ」
そうなのだ。ゲームの中でも、ジルはリーネを心から愛し、どんなにリーネが非情なことをしても守り続けていた。それを知っているからこそ、私のジルお兄様への信頼も厚く、好意的に思えるのだが、大人びた印象のジルお兄様は、その見た目に反して時々、子供のような悪戯をしてくる。
この前は、有名なケーキ職人のケーキの中に、わざわざかなり酸っぱい果物を特注でいれて私に贈り物として渡してきたのだ。あれからしばらく口が酸っぱかった。
もしジルお兄様の献身的な好意を知らなければ、イタズラどころではなく嫌がらせと思ってしまうところだろう。
「お兄様のイタズラを気にしていたら、この先の学園生活なんて過ごしていけないでしょう。心の準備として受け止めますわ」
苦笑いを浮かべて、私はもう一度紅茶を啜る。あの酸っぱいケーキを思い出すとまだ口が酸っぱい気がした。
「そうそう。もうそんな時期か。入学は今年の花月からだったね」
花月というのは、四季で言うと春。現代でいう4月付近だ。様々な花が咲き乱れる時期で、出会いと別れに相応しい。
「そうなのです。今まで屋敷に閉じこもっていたので、わからないことも多いでしょう。常識知らずと笑われるかもしれません」
私は俯いて嘆くふりをしてみせる。
ジルお兄様は、そんな私を見ながら、やんわりとした口調で言った。
「リーネを笑うような人間がいたら、俺がその場で処刑してやるから、心配しなくていいよ」
にこり、と笑う兄の目が、ちょっと本気で怖かった。
「いえいえ、学園はそれこそ貴族の人達も多いのですから、そういうわけには。でもですね、お兄様。ちょっとお願いがあるのです」
ちらり、とジルお兄様を見る。
「なんだい」
「わたくし、家にこもってばかりで、外出を殆どしたことがないでしょう。なので実戦経験が、全くないのです」
す、と立ち上がって、私は1歩踏み出す。アラン皇子に貰った鎧に近づいた。
「お勉強は家でもしていますので、ついていける自身はあります。問題はそうーーーーダンジョン」
ぽん、と白い鎧に手を置いた。
リーネは魔法を殆ど使えない。
実戦経験もない。
そして過保護に育った。
それによって、ゲームの世界ではリーネはダンジョンに行けず、主人公の女の子とアラン皇子がチームとなり、ダンジョンで協力して戦うことで親睦を深めていくのだ。
まぁ、別にそれはどうでもいい。断罪されるかどうかは、私が主人公に悪さをしなければいいだけの話。
それより、ダンジョンに行きモンスターを倒す、ということが大切なのだ。
そう、私の目的はあくまで焼き鳥。
モンスターを狩り、資金を手に入れる。
ダンジョンに行くという理由で外出をして、そのついでに、焼き鳥を買うという。
これ以上ない計画を私は、アラン皇子から貰った鎧を見ながら思いついたのだ。
しかしそれには、まずダンジョンにいくための経験と、ギルドへの登録が必要になる。
「ダンジョンに行くには、経験とギルドへの登録が必要です。でも私はその資格がない。学園の皆は、ダンジョンに行くのは必須なのでしょう?わたくしだけ除け者にされてしまうのではないかと心配で、、、」
不安そうにしてみせると、ジルお兄様はあっさりと否定してきた。
「いや、さすがに女性はダンジョンに本当に行く人は少ないから気にしなくていいよ」
なんですと?
入学のしおりには『ダンジョン実習は必須科目です』って書いてあったのに。
ーーー貴族か。
お金を積めばどうにかなるやつか。
あのボンボン達め。
私はめげずに首を振った。
「ーーーいえ、いくら現状がそうでも、わたくしは誇り高き公爵家の人間です。本来、しなければならないことを、女性だから、貴族だからと逃げたくないのです。公爵家の人間として、誇り高く学業にも挑みたいのです」
「リーネ、、、」
真摯な瞳でジルお兄様に切々と語ると、ジルお兄様はじわりとその切れ長の目にうっすら涙を溜めた。
「あのリーネが、ここまで立派になっていたとは。わかった。そこまで言うなら善処しよう。できるだけリーネの希望にそえられるよう努力する」
私は自分の手を合わせ、胸の前で握りしめた。
「ジルお兄様。ありがとうございます。感謝します」
「ただし、条件がある」
条件。
くる気はしていた。
「まずは使うことはないと思っていたが、この鎧を装備することは鉄則とする」
この白い鎧を?
いくら鎧の中では軽量とはいえ、多分、何十キロかは普通にあるのだけど。ダンジョンって大きいのよね?ちゃんと最後まで歩けるかしら。
ジルお兄様は続ける。
「ギルドまで。またダンジョンまでは、転移の魔法を使って、できるだけ移動距離を短くすること」
それって移動中に焼き鳥買えなくない?
「最後に」
まだあるの?
ごくり、と私は喉を鳴らす。
「リーネだけを危険に曝すわけにはいかない。俺も一緒にダンジョンに行って戦う。ーーーそれが条件だ」
「ジルお兄様が?ダンジョンに???」
確かにジルは、見た目の華美さだけでなく、文武両道、特に剣術の腕前はピカイチだと、ゲームのキャラクター説明に書いてあった。魔法も高度なものを使える、かなり高いスペックで設定されている。
アランが、結婚してお姫様になれるという王道のルートなら、ジルは別の王道。女の子の夢、キラキラルートだ。むしろアランより主人公は幸せになれるんじゃないかと思わせてくれるルート。ジル最強説。
私ことリーネは、ジルお兄様と本当に血が繋がっているからどうにもならないが、もし血が繋がっていなくて、誰と結ばれたい?と聞かれたら、ジルお兄様と即答できる。
まぁそんな人とダンジョンでも行こうものなら、楽勝すぎて危険の危の字も味わうことなく、レベルアップできるんだろうけど、、、。
うーん。そうね。
焼き鳥はしばらく食べられないけど、とりあえずはモンスターを狩っての資金作りとレベルアップ目的だし。
ーーー仕方ないか。
「わかりました。その条件で」
ガタリ、とジルお兄様は驚いたように立ち上がる。
了解されると思ってなかったようだ。
「本当かい?リーネが俺と?」
何がそんなに嬉しいのかわからないが、最近みたジルお兄様の中で1番目をキラキラと輝かせて、スキップでもしそうな勢いのまま近くにいた使用人達に、ダンジョンにいく準備を指示し始めた。
ジルはほんと、どんなリーネでも可愛くて仕方ないんだろうなぁ。たった1人の妹だからか。
こんなに人を愛せる人なら、恋愛としてお付き合いしても心から大切にしてくれそうだ。
ゲームをしている時は、ジルに欠点がなさすぎて面白みを感じず、もし自分が恋愛をするならジルはないなと思っていたけど、今となってはジルルートが正解なのかなと思う。
まだ主役の女の子に会ったことはないけど、主役の子がジルを選ぶといいなと思う。間違いなく幸せになれるだろう。
そしたら主人公が私のお義姉さんか。
ジルルートだと私はジルお兄様が守ってくれるので死ぬことはない。
そうか、聖女に会ったら、ジルルートを勧めていけばいいかもしれない。主役の子に私がその妹として親切にしてあげたら、断罪されることも追放されることもないだろう。
ーーーそんな風に、私は花月にくる学園生活を呑気に考えたりもしていたのだった。




