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悪役令嬢、お買いものをする

  王都にたどり着いて、馬車が止まった。


 アラン皇子が先に降りると私に手を伸ばし、エスコートしてくれようとする。

 アラン皇子が私に向かってニコリと微笑む。


 家に来た時から馬車の中でもずーっと私を無視してきたくせに、人前に出るとそんなに愛想良くするなんて、とんだペテン皇子ね。


 しかしアラン皇子のその整った笑顔に、つい胸がときめいてしまい、自分の頭の中で、自分の頬を叩く。騙されたらダメと自分を叱咤した。

  アラン皇子は、必ず私を裏切って婚約破棄するのだから。


 アラン皇子の手の上に手を重ねる時、つい照れと緊張で震えてしまいそうになったが気合いで堪えた。 憧れのアラン皇子に触るなんて、緊張するに決まっている。


  大通りの人達は、とにかく多かった。

  同じ『街』という括りだから、そんなに大差ないと思ってたけど、公爵領の街とは賑わいが違う。公爵領の街は人とすれ違う時、ぶつかりそうだがぶつからない程度の人の流れだが、王都の街はすれ違うことも困難なほど人が敷き詰めあっていた。

  前の世界で言う、正月の神社境内のようだ。あるいは朝の通勤時間の電車の中のよう。

  さすが王都、といったところか。

 たまにキャーとかワーとか悲鳴が聞こえる。皆がこちらを見ているが、一国の皇子が来ているのだから、皆が集まるのは当然だろう。


 私がアラン皇子に、どこに行くのか聞いたら、私の行きたいところに連れて行ってくれるという。


 アラン皇子はすごく頭が固そうだったから、少し見直した。逃げ出そうなんて目論んでたけど、連れて行ってくれるならその必要もない。あの時、父と変なテンションで誓いを立てていたから逃げ出せないんじゃないかって心配になってたけど、連れて行ってくれるなら考える必要もなかった。


  やっぱり私が逃げたことで皇子の命に危険が及んだら、目覚めが悪いもんね。


 良かった良かった。


ーーーと思っていたら、なぜか連れて来られたところは、帽子屋だった。


「ちょ、ちょっと。アラン殿下。私が行きたいのは、帽子屋では、、、」

「大丈夫。リーネ嬢の望む場所に行くために必要な店だからな」

  わけがわからないことを言う。

  アランは、店員に、私に似合う帽子を、といいつつ、何やら被り物のようなものばかり被らせてきた。

 そしてそれはどれも趣味が悪い。

 もう隠れて街にきているわけではないので、隠す必要もないのに、顔が隠れるものばかり。


 皇子は真剣な顔で「いや違う」とか「まだダメだ。隠せていない」とかブツブツと言っている。頭が壊れたとしか思えなかった。顔が極上に整っているだけに、残念な人なのかもしれない。


 次に連れて行かれたのは、仮面屋だった。

 貴族専用の、仮面舞踏会で使うようなゴテゴテした仮面が沢山並んでいる。


 意味がわからなかったが、私ははっと気づく。

「もしかして、2週間後の誕生祭、仮面舞踏会になさるのですか?」

 皇子は眉を寄せた。

「私の誕生祭に仮面被ってどうするんだ。そんなわけないだろう」

 ですよね。


  仮面は顔を覆うものから被り物まで、次々と運んでこられる。


「違うな。次に行こう」


  一応用心のためと言われて、動物の顔をしたお面をつけさせられたまま、次に入った店は防具屋だった。

  私の好きなものを買う、と言う言葉はどこに。


「これはアラン殿下」

  防具屋の店主が慌てて近寄ってくる。

「この前お買い上げになられた防具に何か問題でも、、、」

「いや、あれは充分に満足している。今日は、この娘に鎧と兜をお願いしたい」

「鎧と兜、、、でございますか」


  ブルーのドレスに、狐とも狸ともつかぬ変なお面をつけた少女を見て、店主は奇妙な顔をしてみせる。そりゃそうだろうが、皇子の連れなので何も言わず、見て見ぬふりをされた。


「どのような鎧と兜がよろしゅうございますか?」

「どんなもの、、、か」


 ふむ、とアランは顎を擦る。


「リーネ嬢。どのようなものが欲しい?」

「ーーーそう、言われましても」

  苦笑いを浮かべるしかない。

  剣術や馬術を習っているとはいえ、普通の公爵令嬢は戦場には行かない。鎧と兜を使う場がない以上、好みを聞かれても、どうしようもない。


「アラン殿下にお任せ致します」

 これが最善の返答だろう。

「そうか。ではリーネ嬢に相応しいものを選ぼう」

  仮面をつけてから、アランは私を見てくれるようにはなった。にこりとアランはよそ行きの表情をする。


 私の顔が好みではないのだろうか。そんなに顔を背けるほどの悪い顔ではないと自分では思っていたけど。


「では店主。誘拐されることがないように、できる限り重い鎧を頼む。あと、兜は厳ついものがいいだろうな。見たら誰もが逃げ出すほど怖いものはあるか」

「何言ってるんですの???」


 ーーーつい叫んでしまった。

  誰が言ったのよ、アラン皇子は欠点の見当たらない完璧人間なんて。

  人が逃げるほど怖い面をつけて、誘拐さえできない重さの鎧を好んで着る令嬢がどこにいる。


「気に入らないか?」


  、、、、本気だ、この人。

  とりあえず微笑んでみる。仮面つけてるけど。

「そ、そうですわね。少し可愛い感じにしてもらえると」

「ダメだ」

 何で?


「で、では、せめて軽いもので。いくらなんでも誘拐できないほど重いものは、わたくしが動けないのでは」

「そうか?代々グランドロス公爵家の者は身体能力がずば抜けて優れていると聞く。女の身であっても、その力は発揮できるんじゃないか?1度装備してみるといい」

と、無理やり装着させられる。


 鎧を装着して、私は黙る。

  ーーーいやまぁ。確かに動けるけど。

  こんな、大の大人の男でも動かすのに相当の力のいりそうな鎧が、確かに普通に動かせるけど!

  さすが王家の血筋、というべきだろうが、女性の着る服としては最悪の部類だろう。


「ーーーアラン殿下。確かに素晴らしい鎧だとは思いますが、あちらなど、いかがでしょう?」

  私は妥協案を出すしかないと思った。

  どうもアラン様は、顔と体型が隠れるものが良いらしい。しかも可愛くないもので。となると、一般的な鎧の中でも1番マシなものを。


 アラン皇子は私の指差す方に視線を移した。

「白い鎧、、、、?」

「白なら悪目立ちしませんし、でも白の鎧は珍しいから、いなくなった時に気づきやすいのではと思いまして」

「なるほど、、、。俺の護衛が黒だから対称的に、ということだな。ーーー悪くない」

 よし、及第点。これならさっきの鎧よりは重くない。

  多分女性ものの鎧だろう。下半身までのフル装備だが、装着してみると体積の問題もあって軽く感じる。軽い素材を使ってもいるのだろう。

 アラン皇子がなぜそんなに鎧にこだわるかは全くわからないけれど。

「店主。これを貰おう」

「ありがとうございます」

 アラン皇子は満足そうだった。

「これでようやく買い物ができるな」

  アラン皇子がそう笑って、兜の中の私は苦笑する。

 この意味のわからない買い物のせいで、時間は殆どなくなりましたけどね。


  防具の店を出て、私とアラン皇子は並び、その後ろに黒鎧が3人が続いて街道を歩く。

  パッと見、皇子以外は鎧なので、ただのお気楽皇子のお忍びみたいになっている。白い鎧が皇子と並ぶと、これはもうデートではない。ただの護衛だ。

「見たいところがあれば、何でも見ていいんだぞ。欲しいものがあれば言ってくれ」

  街道は広い。

  前の世界の片道3車線くらいの幅の道路が、ずっと先まで続いている。

  この区画は市場になっていて、道路の両端に出店が並び、その後ろに二階建ての建物が並ぶ。あちこちで良い匂いがしたり、野菜や果物が売られていたりする。

  雑貨、本、中古品。

  乗り物以外売っていないものはないのではないかという品揃えに、人の行き交う盛況ぶり。

 祭りに来た時のような興奮が沸き上がる。

あー。これこれこれ。

この感じがいいのよねぇ。

「アラン殿下。食べ物を買ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん、、、いや、それだと兜を取らなきゃいけなくなるな。ーーー却下で」

  はぁーーーー???

 

「、、、、何でも買ってくださるのでは」

「もちろん、買うのは構わない。だがここで食べるのはダメだ。もし毒でも入っていたらどうする」

 衛生上おなかを壊すことはあっても、気まぐれに決めた店の食べ物に毒を仕込むのはかなり難しいと思うのですけどね。

 私は買い食いがしたいのに。


 でも私は諦めない。

  私は雑貨を見るふりをしたり、骨董品などに寄ってみたりしながら、じわじわと、焼鳥の出店に近づいていった。

  一つ一つ店を覗いて見ていたら焼鳥の前にきて、焼鳥が美味しそうだったから買ってみたくなりました、と言うのだ。


 焼鳥屋まであと1つ。

 炭火で焼く、香ばしい香りが私の食欲を唆る。

 あぁ早く焼鳥にかぶりつきたい。


 焼鳥屋の横の店は、石を加工したアクセサリーショップだった。露店のテーブルに、数十個のアクセサリーが並ぶ。

 宝石ではないがそこそこ綺麗に磨かれた石に紐をつけてネックレスにしたり、ピアスにしたりしている。値段は子供でも買えそうなものばかり。良心的な店なのだろう。

 これはこれで可愛いな、と思ったところで、私の横にすっと男が並んだ。


 私の2回りは背の高い体格の良い男。筋肉隆々で、プロレスラーのようなイメージがある。

  頭に茶色いバンダナを巻いているから、顔は半分しか見えていないが、体格に対してやや整った顔立ちをしていた。目元に少し愛嬌があり、日焼けした肌の色が健康的だ。

  男は、私をみていないのに私に話しかけてきた。

「この石を買うのか?」

  え?と思う。別に石が買いたいわけじゃない。

「いえ、焼鳥を、、、」

「そうか。ーーー明後日、3時に例の場所で。ヤナンデデルだ」


  男の視線は石を見たまま。囁くように告げられる。そしてすっと静かに去っていった。


 私がわけがわからず混乱した後、思い至って振り返ってみると、もうその男は人に紛れていなくなっていた。


 ーーーー絶対あれ、人間違えしたよね?


  きょろきょろと人を探す私の行動に、アラン皇子が不審そうに話しかけてきた。

「どうした、先程の男から何かされたか?」

「い、いえ」

「怪しいやつか。おい、お前たち、先程の男を探せ」

「は!!!」

  黒鎧の男達が、ざっと音を立てて敬礼する。すぐに行動に移そうとするので、私が慌てて制止した。

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。大丈夫!大丈夫です。何もされておりません」

「いや、俺の直感があいつは怪しいと言っている。もう買い物は終わりだ、リーネ嬢」

「え?いや、まだ全然私は買い物をしていません」

  あと1つなのに。

  私が名残惜しそうにすると、アラン皇子は、その店の店主に言った。

「ここの石を全て貰う。包んでくれ」

「え?あ、は、はい。すぐに準備します」

  いきなり出てきた皇子に驚きつつも、品物を全部買い取ってくれるという言葉に、アクセサリー屋の店主は歓喜で満面の笑みになっている。

  隣にいる焼鳥屋の店主が、少し羨ましそうにしていた。


「あ。あのアラン皇子。私は焼鳥が」

「焼鳥の臭いなどすぐに消える。さぁ、帰るぞ」

  別にアクセサリーについた焼鳥の匂いなんて、元々気にしてないけど。


  黒鎧が私の周りを囲み、身動きとれないようにされてしまった。

  周りの人がざわつく中、王家の紋章入りの馬車が街道の真ん中に停り、従者が恭しく馬車のドアを開けた。


  私は有無を言わさず馬車に乗せられ、来た道をガタガタと揺れながら帰っていく。


  アラン皇子と向かい合う馬車の中、行きも特に会話が弾むことはなかったが、帰りは沈黙でしかなかった。


 私は私で焼鳥が食べられず悲しみと皇子への怒りで言葉がでなかったし、皇子は皇子で何かを考えているようで、綺麗な顔が歪んでいる。


 馬車で揺れていると、鎧はともかく、兜が重さでグラグラなって首が痛くなりそうだったので、私はもう兜はいらないだろうと、兜を取った。

 アラン皇子がそれを見てギョッとしてみせる。

 なぜ兜を取るのかという顔だった。

「ーーー暑苦しいので」

私がそう言うと、アラン皇子は私から視線を反らしながら、「そ、そうか」と返事した。


  顔を隠してからは目を反らさなくなっていたのに。やっぱり私の顔がお気に召さないのか。


「ーーーさっきの男と、何か話さなかったか」

「ーーーーいえ」

  私は怒っている。つんとして答えた。

「話しかけられていたようだが」

「石は買うのか、と聞かれました」

「何と答えた?」

「焼鳥を、と」

「焼鳥?」

アラン皇子が一瞬目を見開き、はははと笑い出した。

「はぐらかし方が上手だな」


  冗談ではないし。


「アラン様は、焼鳥を食べられたことは?」

「焼鳥を?俺は食べたことはないが」


  さっきも思ったけど、皇子の第一人称が『私』から『俺』に変わっている。少しは気を許してくれているということだろうか。


「皇子に何かあったら大変ですものね」

「そういうことだ。ギルドに入ったから、じきにダンジョンにいくことになるだろうが、その時も、何かあってはいけないから、王族は王宮の用意した干物を食べるらしい。皆と同じ、肉などを焼いて食べてみたい気もするが」


 そうか。皇子も辛い立場なのね。

「私もギルドに登録すればダンジョンに行けるのでしょうか」

「もちろん行けるだろうが、、、リーネ嬢の場合は、公爵が許さないだろうな。危険だし過酷だ」

 確かに。お父様は許さないだろう。

「リーネは、何か得意な魔法でもおありか」

「魔法?魔法ですか、、、」


  魔法は何度か試みたが、どうも適性がなさそうだった。王家の血を引くので、そこそこ魔力はあるはずなのだけど。

「生活魔法も使えませんの」

「生活魔法?」

はは、とアラン皇子は笑う。

「生活魔法は便利だが、ダンジョンには必要ないな。攻撃か防御に特化してないと、ダンジョンは難しい」

「私は剣術を嗜んでおりますよの?体力もそこそこございます」

「病弱で家から出れなかった婚約者の言う台詞ではないな」

 アラン皇子が苦笑して、私も確かに、と思う。

「もう良くなりましたの。だからこうして、アラン殿下とお出かけもできるのですわ」

「そうだな」

 小娘の戯言を聞き流すように、それでも可笑しそうにアランは返事する。

「いつか私もダンジョンに挑んでみたいですわ。素敵な兜と鎧もいただきましたし」

  私が横に置いた兜を持ち上げて冗談っぽく言ってみると アラン皇子は声にだして笑った。その様子に私も、くすりと笑って見せた。


 ダンジョン。

 アラン皇子は、ダンジョンにいく。

 いずれ学園であう、ゲームの主人公の女の子と共に。聖女である彼女は、回復魔法を使ってアラン皇子を助け、そこから愛を深めていくのだ。

 婚約者のリーネは、生活魔法さえ使えないのでダンジョンにはいけない。もし、リーネもダンジョンに行けていたら、2人はダンジョンで接近することもできず、話も変わっていたかもしれない。


 でも、惹かれ合う2人ならば、もしダンジョンで2人きりにならなくても、いつかは結ばれるのだろう。


 関わらないに越したことはない、か。


  馬車は公爵邸につき、馬がその足を止めた。

 街と同じように、先にアラン皇子が降りて、手を伸ばしてエスコートしてくれる。

  私は、アラン皇子の手の上に自分の甲冑の手を重ねて降りた時に、口を開いた。


「『明後日、3時に例の場所で。ヤナンデデルだ』ですわ」

「え?」

  結局、視線だけは外していたアラン様が、思わず私をしっかりと見つめた。

「先程の怪しい男が私に言った言葉です。ただ、私が皇子の横にいたことはもう知れ渡っているでしょうし、計画は変更になるでしょう。でも」

「ヤナンデデル」

私は頷く。時間の変更はあっても、標的はなかなか変更できないものだ。いつかはヤナンデデルが狙われるだろう。

「ヤナンデデル伯爵は評判が悪いですもの。隠れて奴隷を売っているとかいう噂も。私が『そういう立場』なら、悪い金を持っているところから狙いますわ。資金は必要ですからね。ーーーではこれで。ちゃんとご挨拶したいところですが、鎧の姿なので、このままで失礼いたしますわね」


 アラン皇子の手を離して、私は軽く会釈するだけでアラン皇子から離れた。

  屋敷の前で待っていた執事が、なぜ私が鎧を装備しているのか不思議そうにしていたが、しかしプロの執事だから顔には出さずに笑顔で、

「お帰りなさいませ、リーネ様」

とだけ言った。

  執事は馬車の従者から、白い兜と、大きな箱に入れられた大量の石のアクセサリーを受け取り、私の前に立つ。

 アラン皇子がまた馬車に乗り込むと、執事は深々と頭を下げて、馬車が屋敷から去るのを見送った。


『ヤナンデデル』

あくまで憶測でしかないが、多分、ヤナンデデルに用事のある連中は、レジスタンスの輩だろう。


 ヤナンデデル伯爵がレジスタンスに資金を出している可能性も捨てられないが、ヤナンデデル伯爵は、金に執着する器の小さい男だと聞く。

 王国に敵対するような無謀な行為はしないだろう。 となると、ヤナンデデルの屋敷が襲撃されると考えた方がいい。


 今、レジスタンスが王宮でも問題になっている。

アラン皇子の態度に、黙っておこうかとも思ったが、レジスタンスの活動が活発になれば、私の生活にも何かしら支障がでるかもしれない。


  皇子と聖女は必ず結ばれる。そうなった時でも、私が悠々自適に暮らしていけるように。

  別にレジスタンスに恨みはないけど。


 ごめんなさいね、バンダナのお兄さん。

 私はやっぱり、自分が可愛いみたい。


私を恨まないでね。



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