アランサイド~公爵邸に行く
それは2週間ほど前の事だ。
婚約者のリーネに会った。
公爵領のギルドと換金所が併設している施設で。
俺はリーネを助け、その際にリーネと1ヶ月後の誕生祭に招待した。そして従者としてつきあわせたノクトにリーネを家まで送るように命令した。
リーネに逃げられるというアクシデントはあったが、有能なノクトは無事リーネを見つけ、家まで送り届くてくれたーーーのだが。
公爵邸から帰ってきたノクトの報告によると、換金をして買い物がしたかったらしいリーネは、しかし俺とノクトと3人で今度改めて買い物をしようというノクトの誘いを断ったらしい。
なぜ、と言わざるを得ない。
リーネは俺の誕生日を覚えていた。
それならば俺に多少の興味はあるはずだ。
あれほど元気そうなのに、なぜ病弱なふりして、王城だけでなく他の場所にもリーネは顔をださないのか不思議で訝しくも思っていたが、公爵の何らかの思惑で家から出れないのかもしれないと考え直していた時だった。
ノクトから誘いを断られた話を聞いて、怒りが湧いてきた。
メイドの格好の変装をしてまで、変な馬を引きずってまで、何かを買いたかったのだろう。
しかしそれは失敗に終わった。
ギルドで俺がリーネを守った後、あまりに巧妙に気配を消していたのでしばらく気づかなかったが、リーネの見張りであろう暗躍の者が何人か隠れていた。そのうち1人、物凄い殺気を放っていたので、俺の黒鎧がその場を収めなければ、多分、あそこにいた大半は生死を彷徨う羽目になったのではないかと思う。
そのようなものをつけていた以上は、リーネ嬢の行動は父親の公爵に報告されるだろう。今後、リーネ嬢が同じように家を抜け出すのは難しいと思う。
なのに、だ。
せっかくの買い物のチャンスをやったノクトの言葉を、リーネは拒否した。
「俺とノクトと3人で買い物をしようって言ったんだろ?ノクトを嫌がったってことはないのか?」
「僕が嫌だったら、多分、あの令嬢なら、一緒に馬なんか乗らないと思いますがね」
飄々として言ってくる。腹立つな。
「じゃあなんで俺が嫌がられるんだ。誕生日を覚えられてるくらいだぞ。嫌いじゃないだろ」
「そんなこと知りませんよ、でもアラン皇子の話をした途端、すごい顔してましたよ、あの天使」
天使って何だ。
「公爵だ。多分、公爵が何かリーネ嬢に言ってるんだ。馬を引きずれるくらい力のある令嬢が病弱とか嘘ついて家に匿ってるくらいだ。何か後ろめたい理由があるはずだ」
「リーネ嬢が誘拐されるからでしょ。今回だって誘拐されそうになってたじゃないですか」
「あれはリーネが世間知らずの阿呆だからだ」
「アラン皇子はリーネの素顔を見てないからそんなこと言えるんですよ。あれは誘拐されます。女神ですよ、女神」
天使じゃないのかよ。
ノクトのやつ、ちょっとリーネの素顔を見たからって言って浮かれてるのが気に食わない。あれからリーネの話ばかりしてくるのも腹が立つ。
リーネの婚約者は俺だろうが。
何か裏がありそうなリーネには関わりたくなくて、あの日も逃げるように帰ってしまったが、こんなことになるなら残って俺が公爵邸まで送ってやるんだった。婚約者なんだから本来はそれは俺の役目だろう。
1ヶ月後の誕生祭。
誘って了解されたから、リーネは参加するのだろうが、、、、あと1ヶ月か、、、。
リーネから断られた事も腹がたつが、ノクトがそこまで興奮するほどのリーネの素顔もとても気になる。1ヶ月後?そんなに待てるか。
「ノクト。リーネ嬢に手紙を出す。紙と印を」
「どうするのですか?」
「俺が公爵邸にいって、リーネと買い物をする」
ええ?とノクトは叫ぶように驚く。
「アラン様が公爵邸にですか?あれほど、もういい歳して家に篭ってる女には会いたくない、メイドに泥を投げたとか井戸に落としたとか悪い噂しか聞かない性格の悪い令嬢に時間を使うほど暇ではないって言い張ってたのに」
くそ、うるさいな、この灰髪野郎。
「俺は公爵の様子を直接みるだけだ。最近はレジスタンスの活動も活発になってきているという。それだけ大きく活動するには、裏に誰か大物がいるはずだ。資金も必要だろうからな。こうなってくると公爵も怪しい気がしてきた。俺が直接会って、公爵の人間性を見てやろうと思う」
あまりに苦しい言い訳に、
「はぁ、なるほどですねぇー」
と、ノクトは白々しい返事をする。
「では、公爵邸に手紙をだしたら良いんですね。皇子が家に行くとなると、向こうも準備が必要でしょうから、2週間後くらいかな。僕のスケジュールは大丈夫ですが、皇子は誕生祭の準備もあるから忙しいのでは」
俺はノクトを睨みつける。
「誰がお前も一緒に行くって言った」
え、とノクトは目を見開いた。
「僕は行かないのですか?リーネ嬢を初めに誘ったの、僕なのに?」
「お前はお断りされたんだろ」
言うと、ノクトの顔が少しひきつる。
ふ、と笑いが出てきた。
「ノクトはただの知り合い程度。でも俺は『婚約者』だからな。リーネを普通に買い物に誘えるし、公爵邸にも行くことができる」
印を押すということは、公式な招待状だ。
王族からの誘いを、公爵といえど理由もなく断ることはできまい。
ふ、ふ、ふ、ふ。勝ったな。
もう今となっては、何との戦いかもよくわからなくなったが、とりあえず俺は、こうやって、リーネと買い物に行くために公爵邸に挨拶に行くことになったのだった。
※※※※※※※※※※
公爵邸に向かう馬車の中。
時間が経ってしまえば、なぜあんなにもリーネに会いたくなっていたのか不思議に思うようになった。
結局は、ちょっと可愛いだけだろう?
あそこまで世間の噂になるくらいだから、リーネの性格の悪さは真実だろうし、2週間後に控えた誕生祭のことで物凄い忙しいのに、なんで俺、そんな女に会うために半日も使わなきゃいけないんだろうか。
公式な手紙を書いてしまっただけに、もう行かざるを得ないが、正直、乗り気ではなかった。
「はぁ、行きたくねぇな」
教育係が聞いたら怒られそうな口調で呟いて、ぼんやりと馬車から外を眺めると、もう公爵邸が見えだしていた。
王城ほどではないが、かなり大きい邸宅だ。
馬車の窓から覗くと、もう公爵邸の敷地しか視界に入らない。門もすごいが庭も広すぎる。そこらへんの貴族の屋敷が掘っ立て小屋に見えそうだ。
まずは敷地内に入るための門の前にたどり着く。
門番がやってきて、王家の紋章をみると、すぐに門を開いてくれた。話は通っているから公爵邸といえど入るのは簡単だった。
そしてしばらく馬車を走らせると、どこまでいっても遠くにみえていた邸宅が、ようやく大きく見えてきた。
この屋敷、まさか王宮よりも大きいのではないよな?というほどの大きさだ。
馬車が止まると、馬車のドアが開いた。馬車の下には、公爵家の執事であろう老人が待っていた。
俺が馬車から降りると、
「お待ち致しておりました、アラン殿下」
と、丁寧に挨拶される。
「リーネお嬢様も楽しみにしておられました。旦那様は、仕事で少し遅れるそうですがすぐに参りますので」
と、屋敷の方に案内される。
屋敷の門の前に立つと、なぜか少し緊張していた。
相手は、この前会ったばかりの、あのメイドの格好していた少女だろう?なんてことないーーー。
ギィィーと音を立てて、大きなドアが開いた。
1番初めに目に入ったのは、鮮やかな青のドレスだった。そして、次に白銀の髪が目に眩しかった。
リーネがドアの前に立って出迎えてくれていたのだ。自分より小さい、まだ15歳の少女。
そのリーネと視線が合った。
煌びやかな白銀の髪の下にあるのは、あの晴天の空を映したようなスカイブルーの瞳。くりくりと大きいその瞳は、豊かな長い睫毛に覆われて、宝石のように美しい。
そして整った鼻筋。薔薇のように小さい赤い唇。
その顔をつけた小さな身体も、白く細くきめ細やかに、人間ではないような繊細さで造られていた。
ーーーーー天使ーーーーー!!!!
「アラン皇子様、ようこそおいでくださいました」
その声は、小鳥が囀るように可愛かった。
ものすごい美貌の天使がニコリと微笑んで、俺は一瞬、気を失うかと思った。
こんなところで、一国の皇子が気絶するわけにもいかず、必死で自分の精神を保つように堪える。
しかし次にリーネの笑顔をみたら、今度こそ倒れてしまうかもしれない。
そうだ。 リーネを見なければいいのか。
買い物をするという目的も達成していないのに倒れるわけにもいかず、リーネの顔を見ないように努めることにした。リーネは少し不快そうにしていたが、横目で見るその顔も可愛かった。
なるほど、これはノクトもヤラれるわけだ。
最近、リーネの兄である公爵子息のジルとは、あまり関係がよくない。以前は仲が良かったのに、数ヶ月前からジルの態度が変わってしまった。それでも用事があってこの前話をした時、ジルは我を忘れるようにリーネのことをベタ褒めしていた。
評判の悪い令嬢の話など聞きたくもない。俺はそんな言葉には聞く耳も持たず、ただの妹バカだなと鼻で笑っていたが。
あれはむしろ過小評価であるかもしれない。
ここまでと知っていたら、もう少し自分も用心して公爵邸に足を踏み入れてたはずだ。
「アラン殿下。今来たのか」
ジルが、あからさまな作り笑いを浮かべて俺の前にやってきた。その笑顔と同時に、殺気が込められている。
触ると斬られそうなその雰囲気に、俺はつい身構えてしまった。
まさかいきなり斬られることはないと思うが。
「、、、ジル。わざわざお前が出迎えてくれるとは」
言った言葉を、冷たく鼻で笑われた。
「出迎えなど。俺は、今までどんなに誘っても全く来なかった可愛い妹の婚約者が、今さらどんな顔をして、この屋敷に入ってくるのか、見にきただけだ」
あまりに歓迎されていないその様子に、リーネも
『ジルお兄様に何をしたのよ』という目で見てくるから『知るわけないだろう』と小さく首を振った。
ジルにまた視線を移すと、ジルがまるで俺に恨みでもあるかのような目で見ているから、俺もつい、言い返してしまった。
「礼儀を尽くす未来の義弟に対してその態度は、問題があると思うが。ジルお兄様」
口の端をあげて笑うとジルから笑顔が消えた。
すぐに、その雰囲気を察したリーネが俺の袖を引っ張る。
「アラン殿下。馬車の移動は疲れますでしょう?立ち話もなんですから、座られてはいかがですか?」
リーネが歩き出し、その様子を見てい執事は阿吽の呼吸で笑顔になり、「こちらにどうぞ」という第一執事の案内で、奥の客間に連れていかれた。
ジルは、その先にはついてこなかった。
本当に一体、俺がジルに何をしたというのだろう。
言いたいことがあれば、はっきり言えばいいのに。
そういうことも含め、あまりにジルらしくない行動だった。ジルほど、陰険という言葉の似合わない男はいないと俺は思っているというのに。
そんなことを考えていると、奥の広い客間に入った。
さっきはジルがいたからリーネの目映さが気にならなくなっていたが、また2人になるとその光に潰されそうになってしまう。そのため、俺がリーネを見ないように努めているというのに、執事によって、まさかの向かい合わせで座らされた。
嫌でもリーネが視界に入ってしまう。
気合いを入れておかないと、ついうっかり魅入ってしまいそうだ。
しかしリーネがそんな俺を訝しそうにみてくるから、沈黙が重く、非常に気まずい。
何かを話そうとすると、またリーネの方を向きそうになる。向かないようにすると、声をかけることさえ困難だった。会話ってこんなに難しいものだっただろうか。
リーネも段々と不機嫌が増してきている。
まずいな、、、と思っていたその時、公爵が遅れて部屋にはいってきた。
「お待たせしました。アラン殿下」
なんという天の助け。
「アラン殿下。今日ははるばるお越しいただきありがとうございます」
その言葉を聞いて、俺は立ち上がり微笑む。
「グランドロス公爵。こちらこそお忙しい中、時間を作っていただき感謝する」
公爵はリーネの隣に座り、俺と向き合う形になる。目のやり場ができて、本当に助かった。
ホッとしたところで、かなり良い香りを漂わせている紅茶に手を出した。1口飲んで、すぐにダンドリー産だと分かる。1口飲んだだけで鼻から一気に身体中に広がるような芳醇な香りと、砂糖も使っていないのにほんのり甘い味。
リーネのお気に入りというが、この紅茶の価値は金と同格なことくらい俺も知っている。
タタトゥーの靴といい、この紅茶といい。
ーー甘やかし過ぎじゃないのか?
「公爵の、娘の溺愛ぶりは、噂と違わずということだな」
「目に入れても痛くないですな」
俺はリーネが視界に入ると目が痛いけどな。
ははは、と公爵と2人で笑う。
さて、挨拶もそこそこ、本題に入らせてもらおうかな。今日の目的の1つは、公爵の動向だ。
「公爵もご存知と思うが、妙な縁でリーネ嬢と会ってな」
俺が言うと、公爵もリーネも、ピクリと僅かに動いた。
「まさかあんなところで会うとは思わなかったが、どうやらリーネ嬢は買い物がしたかったらしい」
「買い物?」
公爵は驚いている。知らなかったのか?それとも演技か。
父親が娘を何かの理由でギルドや換金所に行かせたのなら、口裏合わせをしているはずだが、どうやら違うらしい。本当に勝手なお忍びでリーネは街に出たということか。
「最近は体調もよくなってきたようだから、婚約が決まってから今まで挨拶にも来なかったお詫びとして、リーネ嬢と一緒にリーネ嬢の好きなものを買って、それをプレゼントしようと思うのだが、公爵、それでよろしいか」
これでリーネを無理やり家に閉じ込める真の理由がわかるか。
ここで、それでもリーネの外出を拒むなら、何か裏があると考えていいかもしれない。
すると、公爵は、少し黙った後、悲しそうな顔で話し出した。
「ーーー娘は、本当に誘拐されやすい体質でしてね」
やはりそこに話を持っていくか。
リーネのトラウマにならないように、リーネにも詳しく話していないとのことだが。
「はじめは3歳の頃でした。ただ近所を散策していただけでしたがーーー攫われました。犯人は、近所に住む妙齢の女性でした」
リーネの小さい頃か。今でコレだ。小さい頃もさぞ可愛かっただろう。 想像して、小さいリーネの小さいほっぺをグリグリしたい衝動に駆られる。
「捉えて理由を問うと、娘が可愛すぎたらしく、我慢ができなかったと」
それはそうだろうな、絶対可愛いもんな。
我慢できなくなる気持ちはわかる。精神力を鍛えた俺でさえ、危ないかもしれん。
「次は4歳。誘拐には充分に注意していたはずなのにーーーまた攫われました」
私兵を軍隊ほどに持つ公爵が『注意していた』と言うくらいだ。よほどの警備だったろうに、よく誘拐できたな。よっぽどの手練か。
「犯人は元うちで働いていた使用人だったんですけどね、少し前から急に仕事を辞めると言い出しまして」
使用人か。それなら頷ける。屋敷の勝手をよく知り、いつが手薄になるか、細かく把握できるからな。
「誘拐した理由を聞くと、やはり金目的ではなく、リーネが可愛すぎて仕方がなかったと」
なるほど。働いている時から、リーネを見る度にこねくり回してやりたかったんだな。それがとうとう我慢できなくて仕方なくーーーと。
わかるわーーーーー。
それは使用人の気持ちがわかるーーー。
けど、誘拐はいかんな。
「その次は5歳、、、」
「あぁ、もういいですお父様。私もわかりましたわ。気をつけます。誘拐には充分気をつけます」
幾分、リーネが怯えて泣きそうになっていた。
この話を聞いたことがなかったのなら、さぞ怖い思いをしたのかもしれない。
誘拐されやすいと聞いて、俺も絶対金目的だと思っていた。それが金ではなくリーネ自身が目的だったとは。
本人からしたら何をされるかわからないから、恐怖しかないだろう。
でもその容姿じゃ、誘拐もされるだろう。
俺は初めて、リーネを心から不憫に思った。
小さい頃から誘拐され、家に閉じ込められて外にも出れず。
俺は小さい頃のリーネを想像すると、父のような兄のような不思議な気持ちがぶわっと湧き上がってきて、なんともいえない保護欲というか、小さいリーネをどうにかこねくり回したいというか。
ーーー守りたいと思った。
「ーーわかった。私も充分、気をつけよう」
軽い気持ちで外出させてないけないと言うことだろう。なるほど、誘拐されやすいから外出させない理由はよくわかった。
だが、このまま閉じ込められてはリーネがあまりに不憫だ。
とにかく安全に。
そう、何よりリーネの身を優先しなければ。
「私もこの身にかえても、リーネ嬢を守ると誓おう」
公爵が少し涙を浮かべている。
「ーーーわかりました。殿下がそこまで言われるならーーー仕方ありませんな。リーネをお任せ致します」
決意した公爵もまた、不憫なリーネのことを想って心を傷めていたのだろう。
ダンドリーの紅茶も、タタトゥーの靴も、今なら理解できる気がする。
「ただしーーー。万が一、娘に何かあった時は、、、アラン殿下。ーーお分かりですね」
「ーーーわかった」
こくりと頷いた俺は、とんでもないことを約束してしまったのだと後で気づいたが、なぜかこの時は、リーネが可哀想で、守ってやらなければという使命感が強く働きすぎていて。
何が『わかった』なのかもよくわからないまま、その雰囲気で承諾してしまっていた。
リーネをそのまま、王家の紋章の入った馬車に乗せ、ガタガタと馬車に揺られながら、段々と身の危険を感じるようになっていた。
王家の馬車の中は広く造られている。しかし、それはあくまで馬車にしては、だ。
馬車の中でリーネと向かい合っているが、非常に近い。リーネは外が珍しいからか、馬車の窓から外を眺めているのでまだマシなのだが、あまりに近いので、俺がその微妙な雰囲気に耐えられなくなっている、というのは1つある。
もう1つは、さっきの約束だ。
買い物の場所は王都。俺の黒鎧集団もいるし、王宮の騎士団員も大勢いる。
まず誘拐される可能性はないが、しかしそれは1つの例外を除いて、の話だ。
それは、リーネ自身がわざと逃げ出した場合だ。
この前のように逃げ出されたら、どんなに鉄壁を誇っても誘拐される可能性はある。
誘拐されたら?
どうなるんだ俺。
さすがに第一国王候補なのだから、命をとられるということはないだろうが。
いや、あの親バカ公爵だ。全くないとも言えない。
今がレジスタンスと関係なくても、その結果、レジスタンスに加勢するということも考えられる。
まずいな。
ちらりと横目でリーネを見ながら、俺は心に誓う。
今回の買い物が終われば、今まで通り、リーネのことは避けて暮らそう。
こんな、見ているだけで心の何か大事なものが吸い取られていきそうな娘の傍にいるのも不安だし、俺が一緒にいる時にリーネに何かあれば、俺の命が危ないのだ。
関わらないに越したことはない。
今日1日だけ。
今日1日だけ頑張ろう。
気を抜かなければきっと大丈夫。
リーネだって、天使に見えるが本物の天使ではない。
雑踏に紛れれば、ただの普通の少女だろう。
何もしなければそれで大丈夫なはずだ。
騒がず目立たず。
よし、それでいこう。
俺がそう思った時、馬車が止まった。
王都の大通りに到着したようだ。
「アラン殿下」
「わかった」
俺は先に降りて、リーネに向かって手を伸ばす。
エスコートは紳士の基本だ。
目を反らしたいところだが、それではエスコートにならないため、気合いを入れてリーネに笑顔を作る。
リーネは少し戸惑いながら、俺の手に自分の手を乗せる。照れているのか、ほんのり首周りが赤くなっていた。なんだそれ、めちゃ可愛いだろ。やめてくれ。
リーネが降りると、大通りの雰囲気がザワりと揺れた。
元々王家の紋章の入った馬車が来るというだけで、王家の誰かが来たということなので、人は注目するし、軽い騒ぎにもなる。
しかし今回はそれとは全く違った。
白銀の髪にスカイブルーの瞳。薔薇の唇。人形のように顔は小さく、肌は透き通るように白い。
鮮やかなブルーのドレスは清楚なリーネの容姿を更に引き立て、上から羽織った白いファーは、天女の羽衣のようだ。
リーネを見た人は、そこから目が離せなくなり、リーネの動き1つ1つに注目した。
俺の笑顔につられて、リーネが微笑んだ時、その興奮に耐え切れなくなった若者が1人倒れた。それをキッカケに何人かバタバタと倒れていく。
なぜ倒れたのかわからず悲鳴をあげるものもいる。リーネにまだ見惚れて足が止まり、人の渋滞ができてくる。
「皇子が女神を連れてるぞ」
「天使か妖精じゃないの?」
「なんて綺麗な子、、、」
多くの人間の視線はリーネに釘付けになっていた。それ以外の人が段々と騒ぎになり、リーネを中心として、異常な混乱が起き出していた。
「あれがもしかして、噂の聖女では?」
「本当か?俺の持病。いや、俺のお袋の病気を」
「早くあやからないと」
ザワザワザワ。
我先にと、リーネに届かない範囲で人が密になっていく。
なんだこれ。なんだこれ?
当の本人だけは、普段の大通りの雰囲気を知らないから、この異常さに気づいていない。
「アラン様。それで一体どこに、、、?」
ほわんとした表情。そんな鈴のなる様な声で言われても。
「ーーー私はね、リーネ嬢」
「はい」
「君の望むところに連れて行ってやりたいと思っていたんだよ」
「え?」
どこに行きたいというのか、リーネはパッと花咲くように笑顔になり、それに伴って、また何人か人が倒れた。
人が次々倒れるってどういうことだ。
こんな現象、見たことない。
後に『王都の大通りの天使事件』として語り継がれるこの事態に、俺はこっそり頭を抱える。
公爵。
俺は間違っていたのかもしれません。
この子は、リーネは。
ーーー家から出してはいけない娘だったのでしょうねーーー。




