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カセットテープに捨てた感情

作者: 夏野篠虫

 今年の仕事をしっかり納め、私は年末という暇を持て余していた。

 気になって観てなかった映画を消化しようかと思ったけど、どうにも気分が乗らなかったから古くからの慣例に律儀に従って大掃除を始めた。


 思えば最後に大掃除したのはいつだっけ。3年はしてないな。長い一人暮らしと無駄に多忙な仕事の生んだシワが確実にこういう清廉な生活へ必要な行為を押し潰してる。

 そういうことなら今年は数年分を取り返す気概で望もうじゃないか。

 ニュースアプリのAIいわく今日は今年初の冬将軍が降臨してるらしい、窓が断続的に振動してガラスから可視できそうなくらい冷気が吐き出されてる。 一度気合いが入れば没頭する性分な私は、むしろ上着を脱ぎ捨てて窓際で作業するほど熱を発生させていた。


 あらかたホコリを取り尽くしたところでクローゼットに押し込んでいた思い出入のダンボールを引きずり出して整理を試みる。

 毎日服を選ぶ際に必ずちらりと存在をアピールされるのでもやもやしていた。中身は、早い話、元彼の品々だ。


 封を切るのは別れてすぐ以来、5年は経つ。


 当然、未練の屑すら心に残っていないけど、彼を嫌いになったわけでも喧嘩別れでもなかった。向こうに別の女ができた。涙も出ないつまんない理由だ。


 ガムテープを剥がすと当時二人で使ってた柔軟剤の匂いが沸き立って消えた。中は……ヘビロテしてた海外キャラのTシャツ、内線が切れたヘッドフォン、バッテリーのないガラケー、ペアで買ったキーホルダー1個などなど。どれも「捨ててくれ」と言って部屋に置いてった元彼の私物だ。

 感傷なんてないけれど、一つごとに手が止る。

 それでも処分用ゴミ袋に仕分けていくと底に1個だけのカセットテープがあった。

 私の名前宛ての紙が貼られてた。

 こんなのあったっけ。記憶にない。家を出る前に入れていったのだろうか。

 彼は私と同い年のレトロマニアで、カセットテープもよく中古で買っていた。

 それらとは明らかに違う。彼が新品に収録したんだと思った。

 中に何が残ってるんだろう。最後に何か伝えたかったのか、それとも聞かれないと確信して録音したのか。


 でもどうやって聴けばいいかわからない。


 持っていないのだ。

 再生機器も、そのための感情も。




 カセットテープの握りしめて座る私。

 背後で太陽が冷たく沈むのを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] カセットテープのお題で その中身が分からないまま終わるのは新鮮な設定でした。 持っていないのだ。  再生機器も、そのための感情も。 ラストに向けて、大人の虚しさのようなものが感じられて …
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