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罪深き偽りの月  作者: 路明(ロア)
Età della luna 3 狼の話をすると狼の尻尾が見える
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Origine dell'suddiaconi diacono. 副助祭の出自

 村の何件かを尋ね歩き、野菜を売ってくれそうな家を探した。

 教えて貰った村の中心辺りの家は、年老いた女性が一人で対応してくれたが、夕方には街に野菜を売りに行った息子夫婦が帰るのだと言っていた。

 部屋は二、三部屋ほどしかないと思われる質素な家であったが、周囲に農機具を置く物置小屋と、家畜小屋らしき建物があった。

 時おり動物の臭いが漂い、山羊のような鳴き声が聞こえる。

 ヨランダが体をやや傾けて農機具小屋の奥の方を見た。

「やっぱり家畜はいるのね。人狼を警戒して出さないのかしら」

「ええ……」

 アベーレも同じ方向を見た。

「人狼以前に、野犬も狼もいるでしょうし……」

「奥様、こんなもんでいいがねえ」

 腰の曲がった高齢の女性が、スカートにいくつかの野菜を乗せ、玄関口に姿を現した。

 立ち続けるのはしんどいらしく、そのままその場にしゃがむ。

「貴族の方々が食うお野菜なんて、どんなのか知らんげど」

「あるもので構いませんのよ」

 にっこりと笑いながら、ヨランダが女性の向かい側にしゃがんだ。

「貴族の方は、人参なんて食うがねえ」

 女性は歪な形の人参を手にしてヨランダに手渡した。

 指が短くがっしりとして、皺に土の色が染み付いた手が、いかにも農家の人だとアベーレは思った。

「ミネストローネにしますわ」

 そう言い、ヨランダは振り向いた。

「アベーレ、好き嫌いはある? 子供の頃はピーマンが苦手と言っていたけれど」

 唐突に聞かれ、アベーレは戸惑った。

「え……今でも少々」 

 そう、とヨランダは頷いた。

「この際だから、好き嫌いは無くしましょ」

 ヨランダは女性の方に向き直った。

「ピーマン、ございます?」

「姉上」

 アベーレは顔をしかめた。

 これでは意中の人との買い物というより、乳母と子供のようだ。

「ピーマンは、ながったなあ」

 女性は皺で隠れそうな目をやや伏せた。

 スカート生地にゴロゴロと乗せた野菜を、一個ずつ手にする。

「ジャガイモいただきますわ。あと、玉葱とトレビスと」

 山羊が鳴き声を上げた。

 家畜小屋の中は見えないが、カタカタと柵を揺らしたような音が聞こえる。

 アベーレは、何気なくそちらの方を眺めた。

 動物の臭いと土の匂いのする敷地に、真っ白いシャツを着た自身の姿はともかく浮いていて、気恥ずかしささえあった。

 のんびりと長閑(のどか)な土地で、好きな人と静かに暮らす光景を想像していたが、中々思うようにいかないものだと思う。

 どこからともなく犬の吠える声が聞こえた。

 この家ではなく周辺の家のようだと思い、アベーレは遠くに見える家々を見やった。

御夫人(モナ)

 遠くを見ながら、アベーレは高齢女性に話しかけた。

 暫く待ったが、返事が無い。

 不審に思い女性の方を向くと、女性は皺の下の目を見開きポカンとしていた。

「びっくりしだ。誰のことがど思った」

「お婆さんのことですわ」

 ヨランダが野菜を手に取りながら微笑する。

「貴族の方に御夫人なんて呼ばれたことないがら」

 女性は、なおも呆然とした表情でアベーレを見上げた。

「……何かお気に触ったか」

 アベーレは落ち着きなくポケットに手を入れた。

 どうにもいちいち村暮らしの勘が掴めん。

「婆さんでいいですが」

 どれだけ動揺したというのか、女性は胸を撫で下ろす仕草をした。

 婆さんか、と言いかけてアベーレは口をつぐんだ。

 言葉としては知っていても、一度も口にはしたことのない台詞だ。

 厨房の件と同じで、これまた禁忌を犯すような気分になる。

「……“御夫人” で勘弁してくれるか」

 アベーレは言った。

「構わねえげど、丁寧すぎて」

「御夫人」

 構わずアベーレは言った。

 何となく襟元を直し、姿勢を正す。

「人狼が出没するという話を聞いたのだが、見た方を知っているか」

 ああ……と女性は呟いた。

 皺の下の目で、周辺の農村の景色を眺める。

「てえこどは人狼のお調べのために、この村来なさったんが」

「いや、そういう訳では」

「見だっていう若いの、三人知っでます。後でお屋敷に出向いで、旦那様のお調べ受けで来いって言っときます」

 正式なマナーを知らないまでも、女性は村人なりに改まった様子で言った。

「……そこまでしなくていい。あなたが知っている範囲で」

 やや困惑しアベーレは言った。

「死体になって見つかる者もいると聞いたが、確かに襲っているのは人狼なのか?」

「死体になっでるのは、葡萄酒を作っでだ奴ばっかだね」

 女性は言った。

「え……」

 アベーレが思わずそう声を漏らすと同時に、ヨランダが顔を上げた。

「葡萄酒の評判が良いのだと、教会の副助祭殿から聞いたが」

「ああ、あの遠くの街がら来た副助祭さん」

 ええと、と呟いて、アベーレはゆっくりと教会の方角を見た。

「……あの人は、この辺りのご出身ではないのですか」

「どっかの良家のお坊っちゃんだって聞いだな」

 女性は、皺だらけのがっしりとした手で、野菜の乗ったスカートを揺らした。

 器用に大小の野菜をスカートの中心に集める。

「まあ、教職の者は、大体そんなものでしょうが……」

 アベーレは言った。

 副助祭の出身など意識してはいなかったが、教職に採用されるには最低限、読み書きは必要だ。良家の出身者であるのはほぼ当然といえた。

 実家に帰した従者を思い出すのも道理かと思った。

 同じ良家の出身なので、仕草や雰囲気が似ているのだろう。

「どこの御家の方なのかな。知っている家かな」

 アベーレは、何となくもう一度教会の方を見た。

「死体で見つかった方が、葡萄酒を作っていた方ばかりというのは確かなの、お婆さん」

 玉葱を手にしながらヨランダが言った。

「作ってたやつ全部ではねえげどな。葡萄農家と、葡萄酒作りやってた奴と、店に卸してた奴と。今んとこそうだなって村で言ってだどこだ」

「行方不明の方も同じ?」

「それは、分がらんげど」

 どう思う、という風にヨランダがこちらを見た。





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