Lupo mannaro nel corridoio della chiesa. 教会の廊下を歩く人狼
礼拝が終わり、村の住人たちがぞろぞろと礼拝堂から出て行く。
並んで座っていたヨランダに、帰ろうかと目配せし、アベーレは席を立った。
出入口を通って行く者の服装や雰囲気をざっと見ると、やはり大半が畑を耕すか家畜を飼って生計を立てている者と思われた。
おもむろに近づいてきたマリアーノ副助祭に、アベーレは尋ねた。
「このあたりの主な産業というと、何かな」
「伯父君はお戻りになられましたか」
アベーレは、副助祭の方を振り向いた。
思っていたよりも近くまで寄って来ていた。目が合うと、マリアーノは微笑した。
「いや……まだ」
「この近くの葡萄農家の方も、昨日から行方知れずなのだそうです」
マリアーノは、葡萄農家の家の方と思われる方向を眺める。
「主な産業は葡萄か」
「そうですね。葡萄とオリーブ、あと小麦といったところですか」
マリアーノは緩く腕を組んだ。
「特にここ十年ほどは葡萄酒の評判が良くて、儲けていた者もおりますが」
礼拝堂内の席には、いまだ数人の者が残っていたが、その者たちもやがて億劫そうに立ち上がると、ぼちぼちと帰って行く。
「あんがい豊かなのだな。うちでは完全に忘れられていた所有地だったので、寒村なのかと思っていたのだが」
アベーレは顎に手を当てた。
「……なら税収は、どうなっていたのか」
じっとこちらを見たマリアーノの表情が、不自然に無表情な気がして気になった。
「ああ……すまん。行方知れずの者が、その後も出ているのか」
「ええ。昨日から行方知れずなのは、その葡萄酒で儲けていた方の一人ですね」
「時おり、村外れに肉片が転がっているなどと聞いたのだが」
「死体はどれも、肉片には変わりないですよ」
そう言い、マリアーノはにっこりと笑った。
「……まあ……そうだな」
やや困惑してアベーレは返答した。
人当たりは良いが、微妙に感情の掴めない人かもしれんと思った。
「つまり、行方知れずの者が死体で見つかることも有るにはあるが、噂で言う “肉片” は大袈裟だと」
まあ……とマリアーノは曖昧な返事をした。
「見つかるまでに野犬に食い荒らされていることもありますから、やはり損傷はあることも多いのですが」
「その辺が、人狼の噂に繋がって行ったということかな」
アベーレは、何気なく祭壇の後ろの装飾を見上げた。
田舎の素朴な教会という感じの内装だが、そんなに豊かなら、もう少し豪華でも良さそうなものだ。
「伯父君は、まだお戻りにならないですか……」
マリアーノは、すたすたと祭壇の方に戻った。
ええ、とアベーレは言った。
若い娘や子供ではないのだ。そこまで心配はしていなかったが、そろそろ探してみるくらいはした方が良いだろうか。
ふと祭壇を見て別のことに思い当たり、アベーレは副助祭の背中に向け言った。
「そういえば、今日の礼拝には、司祭殿が居なかったようだが」
マリアーノは跪き台の傍に行くと、置いてあった聖書を両手に持った。
「腰を痛めておりまして。私室で静養しております」
「はあ、腰を……」
アベーレは、教職たちの私室があると思われる棟の方角を見た。
「ご自愛されよとお伝えください」
「伝えておきます」
微笑してマリアーノは言った。
もう一度、帰ろうかとヨランダの方に目配せする。
だが何となく言葉足らずのような気がして、アベーレは苦笑して付け加えた。
「司祭殿には、まだ一度もお会いしていないので。正直、今日こそはご挨拶できるかと思っていたのだが」
「急ぐこともないでしょう。あなた方が教会を訪れたことは伝えておりますので」
マリアーノは言った。
「そうか……」
ヨランダが淑やかな仕草で席を立った。
スカートを軽くからげ、通路の方へと移動する。
「聞いてよろしい?」
跪き台から離れ、礼拝堂の出入り口に向かおうとしたマリアーノを、ヨランダが小首を傾げ呼び止めた。
「はい」
「行方知れずの方は、今まで何人でいらっしゃるの?」
ああ……とマリアーノは宙を見上げた。
「人狼の仕業と噂されているものということですか」
「ええ」
「八人……かな」
そうマリアーノは答える。
「田舎の村としては大きな数だな」
アベーレは顔をしかめた。
「周辺の村なども含めると、十人以上になるかと」
「十人」
ヨランダがそう復唱し、アベーレの顔を見上げた。
細面の美しい顔が、不安で縋るように見える。
「大丈夫ですよ、姉上。武器は用意しましたから」
「武器をお持ちですか」
聖書を脇に持ち替え、マリアーノが問う。
「刃物? 銃ですか?」
「銃ですが」
「それは結構」
マリアーノはそう言い、出入口の扉をわずかに開けた。
「何かあったときには、知らせてくだされば駆けつけますが、緊急となると、知らせる暇さえないこともありますからね」
そうだな、とアベーレは返事をした。
「狼煙の上げ方はご存知で」
マリアーノが尋ねる。
「……狼煙」
ずいぶんと古典的な、とアベーレは苦笑した。
「上げたことはちょっと。理屈は知っているが」
「街中と違い、一件一件が離れているこういった地域では、あんがいと馬鹿にできない連絡方法で」
「副助祭殿は、上げたことが」
「ないのですが」
マリアーノは微笑し腕を緩く組んだ。
「はあ……」
「だが、いざというときには使えるのではと思っています」
言っていることに間違いは無いのだが、何となく分かりにくい人だとアベーレは思った。
「では」
そう言い、マリアーノは改めて扉を開けた。
出入り口から続く廊下の向こう側を、ゆっくりと横切って行く人物がいた。
成人の男性のようだ。
体型の感じからすると、年配の男性だろうか。長身でがっしりとし、恰幅の良い感じ。
逆光で細かい部分は分かりにくかったが、仕立ての良い黒っぽい服を身につけているようだった。
頭部が異様に大きい気がする。
ぼさぼさの毛先が見て取れたのでクセの強い長髪なのかと思ったが、通りすぎる瞬間に違うと分かった。
鼻と口が大きく前に突き出し、耳元まで裂けた口からは、大きな犬歯が覗いている。
狼。
アベーレは、男性の通りすぎたあたりを凝視した。
廊下の一点をじっと見詰めるアベーレの表情を、マリアーノが怪訝そうに見る。
「何か」
マリアーノは振り返り、男性の通りすぎて行った辺りを見た。
「いや」
アベーレは、そわそわと手袋を直した。
「……噂で言われている人狼とやらは、はっきりと姿を見た者はいるのか?」
「ええ、まあ」
マリアーノは宙を見上げた。
「ただ、真夜中に遭遇したという証言ばかりですからね。暗かった筈ですし、酔っていた方も随分いて」
「遭遇したら、その場で襲って来るのか?」
いいえ、とマリアーノは微笑した。
「何もしないで、暗闇に消えたそうですよ」
やや落ち着かない感じで、アベーレはポケットに手を入れた。
「どうにも話が纏まらないな。ではやはり、死体で見つかる者は、人狼に襲われた訳ではないということにも」
「ええ。ですから私は、追い剥ぎか何かの狼藉者であろうと」
マリアーノはそう言った。
「なので、いずれにしろ銃はお持ちの方がいい」
そうだな、とアベーレは返答した。
ヨランダの方を振り返り、アベーレは再度、帰ろうと目配せした。